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第二幕 旅の始まり
微笑む者と謝る者
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ニコの家は村はずれにある。ナジャの街に向かうにはまず村の中心部まで行って、そこから東に延びる街道を歩いて行くことになる。
村か……さっき寝室の窓から見た時には赤々と燃えていた。黙呪兵が火をつけたのか。どうなったんだろう。気になる。
しかし近づくにつれて、村の変わり果てた姿が薄明の中に浮かび上がってきた。
建物はあらかた燃え落ちてしまっており、石造りの部分だけが真っ黒になって残っている。今はもう火の手は見えないが、まだあちこちから白い煙が上がっている。
村人たちはどうしたんだろう。どこかに避難できたんだろうか。
ひどいな。いったい何だっていうんだ。俺を探すために来たんだったら、村に火をつける必要なんてないだろう。黒髪の男は村はずれのニコの家に住んでるってちょっと調べりゃ分かるはずだ。何で村を燃やすんだ。訳が分からん。
火傷やケガをしてる村人がいるかもしれない。俺は普通に村の中に入って行って、助けられる人を助けようとしたが、ニコに断固反対された。
「ソウタ、だめ。危ないよ。村の人たちは私たちの味方じゃないよ」
「いや、でも全員が敵ってこともないだろ」
俺は、若い男衆にいじめられて困ってる時に助けてくれた八百屋のオバちゃんや靴屋のオッちゃんを思い浮かべていた。
「ううん。村の男子は全員バカだし、女子は全員イジワルよ。大人たちはみんな、困ったことは見て見ぬ振りをするわ。全員、敵よ」
ニコは苦い表情で言い切った。
そういえば村人のことを「みんな大嫌い!」って言ってたよな。学校へ行けなくなったというぐらいだから、きっといろいろあったのだろう。俺はもうそれ以上何も言えなかった。
それに俺自身も、あの男衆を始め村の大半の人には歓迎されてない。もし俺のせいで村が燃やされたんだとしたら、しかも、もし村人たちがそれを知っていたなら、俺がのこのこ村に入って行ったら今度こそ取り囲まれて袋叩きだ。というか殺されてしまうかもしれない。ニコの言うことは、あながち間違いとも言えない。
仕方なく俺たちは村の外側にある麦畑や雑木林の中を通り、村を回避して街道に出た。
街道と言ってもただの田舎道。こんな時間だし、もちろん人っ子一人いない。たまに定期馬車が通ってるみたいだから一車線ぐらいの道幅はあるが、舗装なんかしてないむき出しの固い地面だ。
晩秋の朝の冷え込みはきつい。周りは白く霜が降りており、道の端の方を歩くと霜柱がザクザクいう。もうすぐ雪の季節だ。俺たちは白い息を吐きながら黙々と歩いて行く。
しばらく歩いていると、ちょうど行く手から朝陽が射してきた。光が当たった部分はほんのり温かくなる。やっぱり太陽はありがたい。
しかし俺の心の中はさっぱり温まって来なかった。
連れ去られたジゴさん、ナギさんは大丈夫かだろうか? そればっかり頭に浮かんでくる。連中は『重要参考人』って言ってたから殺されはしないだろう。でも尋問とか拷問とかひどい目に遭うんじゃないだろうか。
それにやっぱり、燃えてしまった村のことも気にかかる。
俺のせいで火を付けられたのなら、村人たちが言ってた「黒い髪は村に災いをもたらす」という言葉は本当だったことになる。俺が村を燃やしたようなものだ。ざまあ……なんて言えない。申し訳ない。申し訳なさ過ぎる。
ニコが村のことを『全員、敵よ』とばっさり切り捨てたのも、仕方ないこととはいえ、ちょっと心の中がひんやりする。
ニコは何を考えてるんだろうか。黙ったまま歩いている彼女を振り返ってみると、やはり何やら冴えない表情をしている。
「ニコ、寒くない?」
探るように訊いてみる。
「うん、ちょっと寒いけど大丈夫。ソウタは?」
「うん、俺も大丈夫だよ」
そこで会話が止まってしまう。空気が重い。いつもならこういう時にはニコがいろいろおしゃべりしてくれるんだが。
「なあ、ニコ」
耐えかねて思わず口を開いてしまう。
「なあに?」
「お父さん、お母さんのことを心配してるのか?」
「ううん、お父さん強いから大丈夫」
首を横に振って即答だ。絶大な信頼だな。
「じゃあ、何を考えてるの?」
珍しく返事がない。
「村のことを気にしてるのか?」
図星だったのだろう。一瞬だがニコの顔を暗い色が覆った。余計なことを口にしたのを俺は悔いた。
「ごめん、ニコ」
「ううん、謝らなくてもいいよ。っていうかソウタって、すぐ謝るのね。謝ってばかり」
「そ、そうかなあ」
痛いところを突かれてどもる俺を見てニコはようやっと笑顔になった。
「そうだよ。1時間に10回は謝ってるよ」
「そんなに謝ってるかなあ……」
「もっと謝ってるかも、ふふふ」
自分でも分かってる。俺がこんなに謝ってばかりになったのも音痴のせいだ。
俺が音痴だと分かった母親は、それまで順調に進んでいたピアノのレッスンを止めさせて歌のレッスンに切り替えた。毎日毎日「ダメ!」「下手くそ!」「音痴!」と罵られ続け、俺は「ごめんなさい」と謝り続けた。
そのうち母親には匙を投げられ、音大の先生のレッスンに毎週通わされた。この先生も最初のうちは優しかったが、だんだん俺の音痴に対してイライラし出した。俺はまた謝り続けた。そしてついにはこの先生にも匙を投げられた。
そして止めが中学2年の時の事件だ。「笑い過ぎて腹が痛くなったよ」「いや俺は気持ち悪くなって吐き気したぜ」「私は頭が痛くなったわ」等々、いろいろ言われた俺は、音痴が人に迷惑な存在であることを心に刻んだ。
すいません。ごめんなさい。俺は、とにかくまず謝るようになった。
「だから癖みたいなもんだな。いつも他人に迷惑かけてるんじゃないか、怒られるんじゃないか、嫌われるんじゃないかってビクビクしてるから、すぐ謝ってしまうんだよ」
「ふうん。でも私にはそんなに謝らなくってもいいよ。私、ソウタの言葉で怒ったりすることないもん」
だと思う。思うんだが……俺は心のどこかでニコにすらビクビクしているんだろうか。情けないな。
「あのねソウタ、私が途中から学校行ってなかったって聞いたことあるでしょ?」
「あ、ああ」
ニコは微妙に強張った表情で、学校に行かなくなった頃のことを語り始めた。
「小さい時は毎日楽しく学校に行ってたんだけどね、4年生ぐらいかな、周りの女子が急に変わっちゃったの。グループを作って、男子の噂ばっかりするようになったの」
ああ、いわゆるプレ思春期ってやつか。
「そのうち男子まで変わり始めたの。ギラギラした目で、鼻息荒く『ニコちゃん!』って詰め寄ってくるし、もう気持ち悪くって」
そりゃこんな美少女がクラスにいたらそうなるよな。俺が同級生でもきっとそうなる。鼻息荒くなる。
「でもそうなるとね、私が隣の席の男子としゃべっただけで『私の彼を盗った』みたいに大騒ぎする女子が出てきたの。盗りゃしないわよ、そんな田舎のバカ猿」
俺は噴き出しそうになったが、ニコの真面目な顔を見て必死で笑いを抑えた。ここは笑う所じゃない。
「それでもたぶんね、空気の読める子だったら上手に対処できるのね。でも私にはとても無理。知らん顔してるしかなかったの。そうしたらね、すごいイジワルされたの。女子みんなに」
そうか……元の世界でもそういう話あったよな。
アイドルの子が、中学生の時にはぼっちだったとか、イジメに遭ってたとか。
こんな可愛い子がそんなのあり得ねえって思ってたけど、あんまり可愛過ぎると、いろいろ周囲に馴染みにくくなってしまうのかもしれない。
「大事な物を隠されたり壊されたり、帳面に悪口いっぱい書かれたり、いくら話しかけても女子みんなに無視されたりもあったわ」
俺は胸の中が真空になったような苦しさを感じた。
「私もね、一生懸命何とかしようとしたのよ。それがね、とにかくニコニコ笑うことだったの。学校の先生が『どんな時でも笑顔を絶やさないようにしなさい』って言ったの。村のオバさんにも『ニコは可愛いから笑ってたら大丈夫』って言われたわ。だからとにかく笑うようにしたの」
俺の心の中にはむくむくと怒りの感情が起こってきた。とにかくニコニコしてなさい……つまらない大人が口にしそうな台詞だ。
しかも彼女の笑顔の背景にそんな辛い体験があったことも知らず、彼女の笑顔を可愛い可愛いと思っていた自分にも腹が立ってきた。
「でもね、ニコニコ作戦は失敗だったわ。かえって男子は騒ぐし、女子には『あざとい』『ウザい』って嫌われるし、辛くなるばっかりだったの」
……俺にはもう言葉がなかった。涙が出そうだった。無性にニコに謝りたくなった。
「もう限界で、お母さんに泣いて『学校に行きたくない』って言ったら、『だったら行かなくてもいいよ』って言ってくれてホッとしたの。でもお買い物とかで村に行っても、同級生に会うでしょ? 男子が声かけてくるでしょ? だからもう家で本ばっかり読んでたの」
そうだったのか……俺も半年ほど学校行ってなかった時期があるからよく分かる。家にいたからって平和じゃない。それはそれでいろいろと苦しい毎日なんだ。
「でもね、ソウタが来てくれて、異世界の話を聞かせてくれて、私、自分でもはっきり分かったの。私はこの狭い村から出たいんだ、外の世界を見たいんだ、って。だからソウタと一緒に、家からちょっとずつ出るようにしたの」
そうか。俺がきっかけでニコはまた家から外に出られるようになったのか。全然気がついてなかった。
ジゴさんやナギさんが言ってた「別人のように元気になった」ってのはこのことか。だったら俺がこの世界に来たことにもちょっとは意味があったんだな。
「ところがね、もうニコニコ作戦は止めたし、笑わなくってもいいのに、何だか笑っちゃうの。別に楽しくもないのに、人前に出るとヘラヘラ笑っちゃうの。無理に笑うのが癖になっちゃったのね」
ニコがここまで自分のことを話してくれたのは初めてだ。そうか。屈託ない笑顔……と思っていた背景にここまで辛い思い出があったのか。
「……ごめんな。ニコがそんなに辛かったの、知らなくって」
とうとう俺は我慢できずに謝ってしまった。
「ほら、また謝った」
「あ、ごめん」
「はい、また謝った」
「うう……」
「うふふ、ごめん。でも私がやたらと笑ってしまうのも、ソウタが謝ってばかりなのと同じかもね」
そう言ってニコはにっこり笑った……のだがすぐに真顔に戻ってしまった。
「でもね、今は何故か笑えないの。せっかくソウタと二人で村を出られたのに、嬉しいのに、いっぱい笑いたいのに、何だかすぐに笑いが消えてしまうの。何故か、さっきの燃えちゃった村の映像が頭に出てくるの」
「そうか……」
「村の人たちは大嫌いだし、みんないなくなったらいいのにって思ってたけど、でも本当に燃えちゃった村を見たら『ざまあみろ』って思えないの。何か胸の中がもやもやして、全然笑えないの。ヘンね」
俺はそれを聞いて安心した。
ニコは素直な心を持った優しい女の子だ。その笑顔に嘘はない。さっきひんやりした俺の心もようやっと温もってきた。
「それはたぶんこういうことだよ。ニコの心の中で『ざまあみろ』っていう気持ちと『やっぱり気の毒だ』っていう気持ちが戦ってるんだよ。でも『気の毒だ』っていう気持ちはニコ自身にとっては意外なものだから、うまく自覚できなくって、それで胸の中がもやもやするんじゃないかな」
俺が分析してみせるとニコは驚いた。
「すごい! ソウタって私の心の中が見えるんだね! ちょっともやもや取れたよ。村の人たちは大嫌いだけど、訳も分からず突然家を燃やされたりしたらやっぱり可哀想だもんね」
「でも確かに、俺がのこのこ村に入って行ってたらどんな目に遭ったか分からないから、ニコの判断は正しかったんだよ」
「ありがとう。私、間違ってなかったよね」
「ああ、大正解だ。100点だ」
そんなやり取りをするうち、俺たちはようやっと自然な笑顔を取り戻した。
荒野を貫いて東へ東へと延びる街道を、俺たちは足早に歩いて行った。
村か……さっき寝室の窓から見た時には赤々と燃えていた。黙呪兵が火をつけたのか。どうなったんだろう。気になる。
しかし近づくにつれて、村の変わり果てた姿が薄明の中に浮かび上がってきた。
建物はあらかた燃え落ちてしまっており、石造りの部分だけが真っ黒になって残っている。今はもう火の手は見えないが、まだあちこちから白い煙が上がっている。
村人たちはどうしたんだろう。どこかに避難できたんだろうか。
ひどいな。いったい何だっていうんだ。俺を探すために来たんだったら、村に火をつける必要なんてないだろう。黒髪の男は村はずれのニコの家に住んでるってちょっと調べりゃ分かるはずだ。何で村を燃やすんだ。訳が分からん。
火傷やケガをしてる村人がいるかもしれない。俺は普通に村の中に入って行って、助けられる人を助けようとしたが、ニコに断固反対された。
「ソウタ、だめ。危ないよ。村の人たちは私たちの味方じゃないよ」
「いや、でも全員が敵ってこともないだろ」
俺は、若い男衆にいじめられて困ってる時に助けてくれた八百屋のオバちゃんや靴屋のオッちゃんを思い浮かべていた。
「ううん。村の男子は全員バカだし、女子は全員イジワルよ。大人たちはみんな、困ったことは見て見ぬ振りをするわ。全員、敵よ」
ニコは苦い表情で言い切った。
そういえば村人のことを「みんな大嫌い!」って言ってたよな。学校へ行けなくなったというぐらいだから、きっといろいろあったのだろう。俺はもうそれ以上何も言えなかった。
それに俺自身も、あの男衆を始め村の大半の人には歓迎されてない。もし俺のせいで村が燃やされたんだとしたら、しかも、もし村人たちがそれを知っていたなら、俺がのこのこ村に入って行ったら今度こそ取り囲まれて袋叩きだ。というか殺されてしまうかもしれない。ニコの言うことは、あながち間違いとも言えない。
仕方なく俺たちは村の外側にある麦畑や雑木林の中を通り、村を回避して街道に出た。
街道と言ってもただの田舎道。こんな時間だし、もちろん人っ子一人いない。たまに定期馬車が通ってるみたいだから一車線ぐらいの道幅はあるが、舗装なんかしてないむき出しの固い地面だ。
晩秋の朝の冷え込みはきつい。周りは白く霜が降りており、道の端の方を歩くと霜柱がザクザクいう。もうすぐ雪の季節だ。俺たちは白い息を吐きながら黙々と歩いて行く。
しばらく歩いていると、ちょうど行く手から朝陽が射してきた。光が当たった部分はほんのり温かくなる。やっぱり太陽はありがたい。
しかし俺の心の中はさっぱり温まって来なかった。
連れ去られたジゴさん、ナギさんは大丈夫かだろうか? そればっかり頭に浮かんでくる。連中は『重要参考人』って言ってたから殺されはしないだろう。でも尋問とか拷問とかひどい目に遭うんじゃないだろうか。
それにやっぱり、燃えてしまった村のことも気にかかる。
俺のせいで火を付けられたのなら、村人たちが言ってた「黒い髪は村に災いをもたらす」という言葉は本当だったことになる。俺が村を燃やしたようなものだ。ざまあ……なんて言えない。申し訳ない。申し訳なさ過ぎる。
ニコが村のことを『全員、敵よ』とばっさり切り捨てたのも、仕方ないこととはいえ、ちょっと心の中がひんやりする。
ニコは何を考えてるんだろうか。黙ったまま歩いている彼女を振り返ってみると、やはり何やら冴えない表情をしている。
「ニコ、寒くない?」
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そこで会話が止まってしまう。空気が重い。いつもならこういう時にはニコがいろいろおしゃべりしてくれるんだが。
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「ごめん、ニコ」
「ううん、謝らなくてもいいよ。っていうかソウタって、すぐ謝るのね。謝ってばかり」
「そ、そうかなあ」
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「そうだよ。1時間に10回は謝ってるよ」
「そんなに謝ってるかなあ……」
「もっと謝ってるかも、ふふふ」
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そのうち母親には匙を投げられ、音大の先生のレッスンに毎週通わされた。この先生も最初のうちは優しかったが、だんだん俺の音痴に対してイライラし出した。俺はまた謝り続けた。そしてついにはこの先生にも匙を投げられた。
そして止めが中学2年の時の事件だ。「笑い過ぎて腹が痛くなったよ」「いや俺は気持ち悪くなって吐き気したぜ」「私は頭が痛くなったわ」等々、いろいろ言われた俺は、音痴が人に迷惑な存在であることを心に刻んだ。
すいません。ごめんなさい。俺は、とにかくまず謝るようになった。
「だから癖みたいなもんだな。いつも他人に迷惑かけてるんじゃないか、怒られるんじゃないか、嫌われるんじゃないかってビクビクしてるから、すぐ謝ってしまうんだよ」
「ふうん。でも私にはそんなに謝らなくってもいいよ。私、ソウタの言葉で怒ったりすることないもん」
だと思う。思うんだが……俺は心のどこかでニコにすらビクビクしているんだろうか。情けないな。
「あのねソウタ、私が途中から学校行ってなかったって聞いたことあるでしょ?」
「あ、ああ」
ニコは微妙に強張った表情で、学校に行かなくなった頃のことを語り始めた。
「小さい時は毎日楽しく学校に行ってたんだけどね、4年生ぐらいかな、周りの女子が急に変わっちゃったの。グループを作って、男子の噂ばっかりするようになったの」
ああ、いわゆるプレ思春期ってやつか。
「そのうち男子まで変わり始めたの。ギラギラした目で、鼻息荒く『ニコちゃん!』って詰め寄ってくるし、もう気持ち悪くって」
そりゃこんな美少女がクラスにいたらそうなるよな。俺が同級生でもきっとそうなる。鼻息荒くなる。
「でもそうなるとね、私が隣の席の男子としゃべっただけで『私の彼を盗った』みたいに大騒ぎする女子が出てきたの。盗りゃしないわよ、そんな田舎のバカ猿」
俺は噴き出しそうになったが、ニコの真面目な顔を見て必死で笑いを抑えた。ここは笑う所じゃない。
「それでもたぶんね、空気の読める子だったら上手に対処できるのね。でも私にはとても無理。知らん顔してるしかなかったの。そうしたらね、すごいイジワルされたの。女子みんなに」
そうか……元の世界でもそういう話あったよな。
アイドルの子が、中学生の時にはぼっちだったとか、イジメに遭ってたとか。
こんな可愛い子がそんなのあり得ねえって思ってたけど、あんまり可愛過ぎると、いろいろ周囲に馴染みにくくなってしまうのかもしれない。
「大事な物を隠されたり壊されたり、帳面に悪口いっぱい書かれたり、いくら話しかけても女子みんなに無視されたりもあったわ」
俺は胸の中が真空になったような苦しさを感じた。
「私もね、一生懸命何とかしようとしたのよ。それがね、とにかくニコニコ笑うことだったの。学校の先生が『どんな時でも笑顔を絶やさないようにしなさい』って言ったの。村のオバさんにも『ニコは可愛いから笑ってたら大丈夫』って言われたわ。だからとにかく笑うようにしたの」
俺の心の中にはむくむくと怒りの感情が起こってきた。とにかくニコニコしてなさい……つまらない大人が口にしそうな台詞だ。
しかも彼女の笑顔の背景にそんな辛い体験があったことも知らず、彼女の笑顔を可愛い可愛いと思っていた自分にも腹が立ってきた。
「でもね、ニコニコ作戦は失敗だったわ。かえって男子は騒ぐし、女子には『あざとい』『ウザい』って嫌われるし、辛くなるばっかりだったの」
……俺にはもう言葉がなかった。涙が出そうだった。無性にニコに謝りたくなった。
「もう限界で、お母さんに泣いて『学校に行きたくない』って言ったら、『だったら行かなくてもいいよ』って言ってくれてホッとしたの。でもお買い物とかで村に行っても、同級生に会うでしょ? 男子が声かけてくるでしょ? だからもう家で本ばっかり読んでたの」
そうだったのか……俺も半年ほど学校行ってなかった時期があるからよく分かる。家にいたからって平和じゃない。それはそれでいろいろと苦しい毎日なんだ。
「でもね、ソウタが来てくれて、異世界の話を聞かせてくれて、私、自分でもはっきり分かったの。私はこの狭い村から出たいんだ、外の世界を見たいんだ、って。だからソウタと一緒に、家からちょっとずつ出るようにしたの」
そうか。俺がきっかけでニコはまた家から外に出られるようになったのか。全然気がついてなかった。
ジゴさんやナギさんが言ってた「別人のように元気になった」ってのはこのことか。だったら俺がこの世界に来たことにもちょっとは意味があったんだな。
「ところがね、もうニコニコ作戦は止めたし、笑わなくってもいいのに、何だか笑っちゃうの。別に楽しくもないのに、人前に出るとヘラヘラ笑っちゃうの。無理に笑うのが癖になっちゃったのね」
ニコがここまで自分のことを話してくれたのは初めてだ。そうか。屈託ない笑顔……と思っていた背景にここまで辛い思い出があったのか。
「……ごめんな。ニコがそんなに辛かったの、知らなくって」
とうとう俺は我慢できずに謝ってしまった。
「ほら、また謝った」
「あ、ごめん」
「はい、また謝った」
「うう……」
「うふふ、ごめん。でも私がやたらと笑ってしまうのも、ソウタが謝ってばかりなのと同じかもね」
そう言ってニコはにっこり笑った……のだがすぐに真顔に戻ってしまった。
「でもね、今は何故か笑えないの。せっかくソウタと二人で村を出られたのに、嬉しいのに、いっぱい笑いたいのに、何だかすぐに笑いが消えてしまうの。何故か、さっきの燃えちゃった村の映像が頭に出てくるの」
「そうか……」
「村の人たちは大嫌いだし、みんないなくなったらいいのにって思ってたけど、でも本当に燃えちゃった村を見たら『ざまあみろ』って思えないの。何か胸の中がもやもやして、全然笑えないの。ヘンね」
俺はそれを聞いて安心した。
ニコは素直な心を持った優しい女の子だ。その笑顔に嘘はない。さっきひんやりした俺の心もようやっと温もってきた。
「それはたぶんこういうことだよ。ニコの心の中で『ざまあみろ』っていう気持ちと『やっぱり気の毒だ』っていう気持ちが戦ってるんだよ。でも『気の毒だ』っていう気持ちはニコ自身にとっては意外なものだから、うまく自覚できなくって、それで胸の中がもやもやするんじゃないかな」
俺が分析してみせるとニコは驚いた。
「すごい! ソウタって私の心の中が見えるんだね! ちょっともやもや取れたよ。村の人たちは大嫌いだけど、訳も分からず突然家を燃やされたりしたらやっぱり可哀想だもんね」
「でも確かに、俺がのこのこ村に入って行ってたらどんな目に遭ったか分からないから、ニコの判断は正しかったんだよ」
「ありがとう。私、間違ってなかったよね」
「ああ、大正解だ。100点だ」
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