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第二幕 旅の始まり
癒やしの歌の少女
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「人間という生き物も我々と同じく群れる生き物じゃ。一人ならおとなしいが、二人三人四人と数が増えるにつれ大胆になり、無茶をやり出す」
うん、確かにそうだな。仲間の人数が増えるほど元気になる。
「徒党を組んだ人間は、森に分け入り、木を切り火を焚く。酒を飲み、大騒ぎする。それだけならまだ良いが、いたずらに生き物を狩り、火をきちんと始末せずに放置する。おかげで何度も山火事が出た」
ああ、ありがちだ。同じ人間として申し訳ない。
「さらに人間どもは、谷に橋を架け、道をならし、大型の馬車で乗り付けて、森の木をどんどん切り倒し木材として運び出すようになった。こうなるともう森の生き物にとっては死活問題じゃ。ワシらは人間と対立するようになった」
白狼は遠い目で話を続ける。
「ワシはのう、実は、幼い頃人間に育てられたんじゃ。おかげで人間の習性に詳しく、人語を話すことも簡単な歌術を使うこともできた」
なるほど、元の世界ならともかく、ファンタジーではあり得る話だな。
「そのため、この群れの頭を務めておったワシが森全体の総大将になり、森と生き物全てを守るという大任を負うことになったんじゃ。そこまで人間嫌いではなかったから、ワシとしては複雑な心境じゃったがな」
うんうん、この白狼、話し好きみたいだからな。難しい立場だったんだろうな。
「木材商人たちは、腕の良い猟師や熟練の旅人を雇い、森のあちこちに罠をかけ、弓を射、歌術を放ってきた。一方でワシらは橋を落とし、道には岩を転がし、奴らを森の奥に誘い込んで惑わし、徹底的に戦った」
「うわあ、もう完全に戦争ですね」
思わず言葉が出る。
「その通り、あれは戦じゃった。お主らは戦で勝つために大事なことを知っておるか? それはな、精鋭同士で戦っておっても埒が明かんということじゃ。猟師や旅人は強く、隙がない。そして我々も強く、隙がない。これではなかなか戦況は変わらん」
そうだろうな。お互いが強ければ強いほどラスボス戦みたいな消耗戦になってしまう。
「そこでじゃ、強くもない、隙だらけの奴を狙うようにしたんじゃ。つまり、そもそもこういう事態を作り出した元凶である商人ども、そこだけを重点的に狙ったんじゃ」
「でも、それこそ護衛が傍についてるんでは? やっぱり精鋭同士の戦いになりますよね」
「そこじゃ。人間には他の動物にない弱点がある。こういう時を狙えば一撃で落とせるというタイミングがある。黒髪の旅人よ、それが何か分かるか?」
「えっと……寝てる時ですか?」
「ぶっぶー、50点」
って、えらく世間ズレしてるな。
「敏い者は寝ておっても襲われる気配ですぐに寝覚める。お主らもさっき、ワシらが近づいただけで目覚めたじゃろ」
ああ、そう言えばそうか。俺もニコもパッと目覚めたもんな。
「娘よ、どうだ? 分かるか?」
「えっと……あの……あの……おトイレしてる時……かな?」
ニコが恥ずかしそうに答える。
「ぶっぶー、40点」
って、点数辛いな!
「何じゃ、お主ら知らんのか? 交尾じゃよ、交尾」
白狼があまりに事も無げに言うので一瞬反応が遅れたが、
「こ、こーび!?」
倒れそうになった。
「そうじゃ、交尾じゃ。人間は他の動物と違ってやたらと交尾が好きじゃろ? 年中発情しとる。しかも交尾に耽る時間が長い。木材商人が野営地に女を連れ込んで交尾する、護衛を遠ざける、その時を狙って襲うのじゃ。簡単じゃ。まず仕留められないことはない」
ああ、確かに良いアイデアかもしれない。商人さん、アウトドア環境で羽を伸ばして不倫相手とお楽しみ、護衛も遠慮して席を外してる、そんな最中に狼が襲って来たら……そりゃ逃げられないだろうな。
「旅人も番(つがい)の場合はよく交尾をしとる。交尾しとる時に踏み込めば手練れの旅人でも簡単に落とすことができる。人間の弱点じゃ」
いや、そりゃそうだろうが、あまりに露骨な話の展開に、俺は気になってちょっとニコを盗み見した。しかし美少女はキョトンとした顔をしている。話について来れてないようだ。
「だからお主らも交尾をするものだと、ワシらはずっと待ち構えておったのだ」
だああああ! こっちに話振ってくんのかよ! っつーかそこを期待して覗き見してたのかお前ら!?
「お主らは交尾はせんのか? 番ではないのか? それとも血のつながった兄妹か?」
「つ、番じゃないです。兄妹でもないです」
「何じゃ、兄妹でないなら事実上、番じゃろ。交尾せんのか?」
し、しつこいなこのエロ狼! さっきまで森の主かと思ってリスペクトしてたのに、盛り場でカップルに絡む酔っ払いジジイに見えてきたぞ。
「し、し、しません!」
いや、そりゃ俺だって健康な18歳の男子だ。で、相手はこんな美少女だ。偶然抱き合ってしまった時の感触では身体の凹凸もしっかりあった。したくないわけが……って言えるかそんなこと! 顔がかーっと火照ってくる。
その時だ。ニコが俺の服の裾をくいくいと引っ張った。俺を見上げて真顔で尋ねる。
「ねえソウタ、こーびって何?」
うわああああ! 訊いてくれるな、そんなこと!
「それはじゃ、オスとメスが……」
いや、お前が答えなくていいから! エロジジイ!
「い、いいですから、いいですから! 僕が後でちゃんと教えておきますから」
白狼がまた露骨な解説をしそうだったので慌てて遮った。もうこれ以上詳しい話をされたら本当に倒れてしまいそうだ。
「ふむ、そうか。では話を元に戻そうか」
白狼はどうも交尾ネタを続けたかったようで残念そうにしているが、俺の方はホッとした。
「そうやって商人たちを直接襲うようにしてやったところ、さすがに森に踏み込んでくる商人はおらんようになった。そして雇い主を失った猟師や旅人も森に来んようになった。ワシらの勝ちじゃ。いったん森は平和に戻った」
「いったん?」
ニコが尋ね返した。
「そうじゃ。いったん平和にはなった。しかしそれは一時の平和じゃった。争いはそれでは終わらんかったんじゃ」
「何があったんですか?」
思わず尋ねる。
「それから数年経って突然、黙呪兵とか言う黒ずくめの小人がいっぱい押しかけてきて、森を焼き払おうとしたんじゃよ」
俺とニコは顔を見合わせた。
「あの……実は僕たちも、住んでる村を黙呪兵に焼き払われたんです」
「何!? そうか、お主らも黙呪兵にやられたのか。それは大変じゃったな……」
白狼はこちらを気遣うように口をつぐんだ。
「あの……黙呪兵って、あれは一体何なんですか?」
俺はジゴさんに詳しく訊けなかったことを白狼に尋ねてみた。
「ふむ。ワシも詳しくは知らぬ。しかしあれは心を持たぬ、魂を抜かれた人形じゃ。奴らは人間に命じられるまま躊躇なく森に火を放ち、森の生き物に対して歌術を放った」
「人間に命じられるまま?」
「そうじゃ。おそらくバックにおったのは、ワシらのせいで森に近づけんようになった商人たちじゃろ。腹いせに黙呪兵を連れてきて森を焼き払おうとしたんじゃろうな」
ああ……なるほど、そういうことか。
実行犯は黙呪兵とはいえ、結局、人間の仕業なんだな。今度は俺の方が口をつぐんだ。
「ワシらは最前線に出て戦った。黙呪兵の奴らの一体一体はさほど強くない。歌術や簡単な武器は使うが、ろくに防御もせぬ。首元に噛みついて骨を砕けば一撃じゃ。しかし数が多い。いくら倒してもまた湧いてくる。きりがない。ワシら以外の動物たちも、戦える者はみな戦ったが、あまりの数に疲れ果て、1頭、2頭と倒れていった。結局、森は焼かれ、全焼は免れたがかなりの面積を失った」
「……」
俺もニコも息をのんだまま言葉が出ない。そんなひどい出来事があったのか。
そりゃ人間が森に入って来て火を焚くことに過敏になっても無理はない。
「何年か経って焼け跡はだいぶ目立たんようになったが、それでも街道から外れて北の方に行くと、まだまだ焼け焦げた樹がいっぱい残っておる。ワシらの群れも半数以上が亡くなった。それがちょうどこの若い連中の親の世代じゃ。こいつらはみなその大火のせいで孤児になったんじゃ」
……そうだったのか。だから人間に強い敵意を持ってるんだ。
その時、ニコが急に荷物をゴソゴソ探り出した。何をするのかと見ていると、傷の手当に使う救急セットを取り出し、白狼の横を通り抜けて、前足の傷をペロペロなめている若い狼の手当を始めた。狼は驚いたのか、逆らわずなすがままに手当てされている。
その姿を見て俺は胸がジーンと熱くなった。
これはどうだ。
俺なんか口先で謝るばっかで行動が伴わない。空気は読んでるかもしれないが、読み過ぎてなかなか動けない。ニコの空気を読まない唐突な行動の方がよっぽど真摯な謝罪になってる。
俺も慌てて駆け寄り、ニコを手伝った。どうか人間の愚行を許してくれ。俺の震刃も許してくれ。
「ほっほっほ、つまらぬ話をしてかえって気を使わせてしまったようじゃ。すまんな。それにしても、この世がお主らのような人間ばかりであれば、無駄な争いも起こらず、森も多くを失わずに済んだじゃろうなあ」
白狼は柔らかい調子でニコに話しかけた。
「旅人の娘よ。お主は『癒歌』を知らぬか? 情の歌術の一種じゃ。傷を治す効果を持つ」
「ううん、知らない」
「ならば教えてやろう。傷に手をかざし、ワシの歌う通りに歌ってみると良い。お主らの包帯や傷薬は貴重品じゃ。お主らのためにとっておけ」
そう言って、低い声で歌い出した。声は柔らかく、子守歌のように優しいメロディーだ。聞いているだけでホッとする。
それを聞いてすぐにニコが歌い出した。
「血潮よ、血潮よ、集まりて集まりて、傷を塞ぎ、痛みを癒したまえ~♪」
ニコは聞いた通りに正確に歌っている。俺もメロディーはすぐに覚えられる方だが、その通りに歌えないから意味がない。一方、ニコのこの記憶力と再生能力はすごい。ジゴさんの歌うメロディーも聞いてすぐ正確にトレースしてたもんな。
しかもニコの声は可愛い。今みたいに小声で歌ってると声に少しだけハスキーな成分が混じり、それが鼓膜をくすぐるというか、とても耳触りが良い。音程が上がる部分では声が少し張って切ない感じになる。それがまた溜まらなく魅力的だ。
癒歌の効果だろう、ニコが歌い終わった途端に若い狼はぴょこんと立ち上がり、ぶるぶるっと身体を震わせたかと思うと、その辺をたったっと歩き始めた。
「ほう。お主もやるのう。のみ込みの早い娘じゃ。術の効果も高い。初めてやった術とは思えんぐらいじゃ」
傷の治った狼はすっかり気を許したようで、ニコの懐に顔を突っ込んで甘えている。ニコもその身体を抱え込んで笑顔でもふもふしてやっている。もふもふと癒やしの美少女、絵になるなあ。
白狼は俺の方を見て言う。
「黒髪の旅人よ。お主もやってみるか。知っておくと便利じゃぞ」
「は、はい……」
自信はない。正直全く自信はない。でもいきなり「できません」と断るのも失礼過ぎる。とりあえずやってみるべきだろう。俺は目の前の狼の傷に手をかざし歌ってみた。
しかし案の定、音程はすっかり外れている。まずい、まずいと思うほど違う歌になってしまう。
目の前の狼は苦しげに顔をしかめ、そのうち俺を睨んで唸り声をあげ始めた。だめだ。術が発動するどころか、傷に悪影響を与えているのかもしれない。
とうとう狼は無理矢理立ち上がり、びっこを引きながら逃げて行ってニコの後に隠れてしまった。うう、ごめんなさい。
「うおっほっほ。お主ほどの腕前でも不得意はあるんじゃのう。歌術はまことに奥深い。ほっほっほ」
「うう……すいません」
また笑われてしまった。やはり俺は土下座がお似合いかもしれない。
うん、確かにそうだな。仲間の人数が増えるほど元気になる。
「徒党を組んだ人間は、森に分け入り、木を切り火を焚く。酒を飲み、大騒ぎする。それだけならまだ良いが、いたずらに生き物を狩り、火をきちんと始末せずに放置する。おかげで何度も山火事が出た」
ああ、ありがちだ。同じ人間として申し訳ない。
「さらに人間どもは、谷に橋を架け、道をならし、大型の馬車で乗り付けて、森の木をどんどん切り倒し木材として運び出すようになった。こうなるともう森の生き物にとっては死活問題じゃ。ワシらは人間と対立するようになった」
白狼は遠い目で話を続ける。
「ワシはのう、実は、幼い頃人間に育てられたんじゃ。おかげで人間の習性に詳しく、人語を話すことも簡単な歌術を使うこともできた」
なるほど、元の世界ならともかく、ファンタジーではあり得る話だな。
「そのため、この群れの頭を務めておったワシが森全体の総大将になり、森と生き物全てを守るという大任を負うことになったんじゃ。そこまで人間嫌いではなかったから、ワシとしては複雑な心境じゃったがな」
うんうん、この白狼、話し好きみたいだからな。難しい立場だったんだろうな。
「木材商人たちは、腕の良い猟師や熟練の旅人を雇い、森のあちこちに罠をかけ、弓を射、歌術を放ってきた。一方でワシらは橋を落とし、道には岩を転がし、奴らを森の奥に誘い込んで惑わし、徹底的に戦った」
「うわあ、もう完全に戦争ですね」
思わず言葉が出る。
「その通り、あれは戦じゃった。お主らは戦で勝つために大事なことを知っておるか? それはな、精鋭同士で戦っておっても埒が明かんということじゃ。猟師や旅人は強く、隙がない。そして我々も強く、隙がない。これではなかなか戦況は変わらん」
そうだろうな。お互いが強ければ強いほどラスボス戦みたいな消耗戦になってしまう。
「そこでじゃ、強くもない、隙だらけの奴を狙うようにしたんじゃ。つまり、そもそもこういう事態を作り出した元凶である商人ども、そこだけを重点的に狙ったんじゃ」
「でも、それこそ護衛が傍についてるんでは? やっぱり精鋭同士の戦いになりますよね」
「そこじゃ。人間には他の動物にない弱点がある。こういう時を狙えば一撃で落とせるというタイミングがある。黒髪の旅人よ、それが何か分かるか?」
「えっと……寝てる時ですか?」
「ぶっぶー、50点」
って、えらく世間ズレしてるな。
「敏い者は寝ておっても襲われる気配ですぐに寝覚める。お主らもさっき、ワシらが近づいただけで目覚めたじゃろ」
ああ、そう言えばそうか。俺もニコもパッと目覚めたもんな。
「娘よ、どうだ? 分かるか?」
「えっと……あの……あの……おトイレしてる時……かな?」
ニコが恥ずかしそうに答える。
「ぶっぶー、40点」
って、点数辛いな!
「何じゃ、お主ら知らんのか? 交尾じゃよ、交尾」
白狼があまりに事も無げに言うので一瞬反応が遅れたが、
「こ、こーび!?」
倒れそうになった。
「そうじゃ、交尾じゃ。人間は他の動物と違ってやたらと交尾が好きじゃろ? 年中発情しとる。しかも交尾に耽る時間が長い。木材商人が野営地に女を連れ込んで交尾する、護衛を遠ざける、その時を狙って襲うのじゃ。簡単じゃ。まず仕留められないことはない」
ああ、確かに良いアイデアかもしれない。商人さん、アウトドア環境で羽を伸ばして不倫相手とお楽しみ、護衛も遠慮して席を外してる、そんな最中に狼が襲って来たら……そりゃ逃げられないだろうな。
「旅人も番(つがい)の場合はよく交尾をしとる。交尾しとる時に踏み込めば手練れの旅人でも簡単に落とすことができる。人間の弱点じゃ」
いや、そりゃそうだろうが、あまりに露骨な話の展開に、俺は気になってちょっとニコを盗み見した。しかし美少女はキョトンとした顔をしている。話について来れてないようだ。
「だからお主らも交尾をするものだと、ワシらはずっと待ち構えておったのだ」
だああああ! こっちに話振ってくんのかよ! っつーかそこを期待して覗き見してたのかお前ら!?
「お主らは交尾はせんのか? 番ではないのか? それとも血のつながった兄妹か?」
「つ、番じゃないです。兄妹でもないです」
「何じゃ、兄妹でないなら事実上、番じゃろ。交尾せんのか?」
し、しつこいなこのエロ狼! さっきまで森の主かと思ってリスペクトしてたのに、盛り場でカップルに絡む酔っ払いジジイに見えてきたぞ。
「し、し、しません!」
いや、そりゃ俺だって健康な18歳の男子だ。で、相手はこんな美少女だ。偶然抱き合ってしまった時の感触では身体の凹凸もしっかりあった。したくないわけが……って言えるかそんなこと! 顔がかーっと火照ってくる。
その時だ。ニコが俺の服の裾をくいくいと引っ張った。俺を見上げて真顔で尋ねる。
「ねえソウタ、こーびって何?」
うわああああ! 訊いてくれるな、そんなこと!
「それはじゃ、オスとメスが……」
いや、お前が答えなくていいから! エロジジイ!
「い、いいですから、いいですから! 僕が後でちゃんと教えておきますから」
白狼がまた露骨な解説をしそうだったので慌てて遮った。もうこれ以上詳しい話をされたら本当に倒れてしまいそうだ。
「ふむ、そうか。では話を元に戻そうか」
白狼はどうも交尾ネタを続けたかったようで残念そうにしているが、俺の方はホッとした。
「そうやって商人たちを直接襲うようにしてやったところ、さすがに森に踏み込んでくる商人はおらんようになった。そして雇い主を失った猟師や旅人も森に来んようになった。ワシらの勝ちじゃ。いったん森は平和に戻った」
「いったん?」
ニコが尋ね返した。
「そうじゃ。いったん平和にはなった。しかしそれは一時の平和じゃった。争いはそれでは終わらんかったんじゃ」
「何があったんですか?」
思わず尋ねる。
「それから数年経って突然、黙呪兵とか言う黒ずくめの小人がいっぱい押しかけてきて、森を焼き払おうとしたんじゃよ」
俺とニコは顔を見合わせた。
「あの……実は僕たちも、住んでる村を黙呪兵に焼き払われたんです」
「何!? そうか、お主らも黙呪兵にやられたのか。それは大変じゃったな……」
白狼はこちらを気遣うように口をつぐんだ。
「あの……黙呪兵って、あれは一体何なんですか?」
俺はジゴさんに詳しく訊けなかったことを白狼に尋ねてみた。
「ふむ。ワシも詳しくは知らぬ。しかしあれは心を持たぬ、魂を抜かれた人形じゃ。奴らは人間に命じられるまま躊躇なく森に火を放ち、森の生き物に対して歌術を放った」
「人間に命じられるまま?」
「そうじゃ。おそらくバックにおったのは、ワシらのせいで森に近づけんようになった商人たちじゃろ。腹いせに黙呪兵を連れてきて森を焼き払おうとしたんじゃろうな」
ああ……なるほど、そういうことか。
実行犯は黙呪兵とはいえ、結局、人間の仕業なんだな。今度は俺の方が口をつぐんだ。
「ワシらは最前線に出て戦った。黙呪兵の奴らの一体一体はさほど強くない。歌術や簡単な武器は使うが、ろくに防御もせぬ。首元に噛みついて骨を砕けば一撃じゃ。しかし数が多い。いくら倒してもまた湧いてくる。きりがない。ワシら以外の動物たちも、戦える者はみな戦ったが、あまりの数に疲れ果て、1頭、2頭と倒れていった。結局、森は焼かれ、全焼は免れたがかなりの面積を失った」
「……」
俺もニコも息をのんだまま言葉が出ない。そんなひどい出来事があったのか。
そりゃ人間が森に入って来て火を焚くことに過敏になっても無理はない。
「何年か経って焼け跡はだいぶ目立たんようになったが、それでも街道から外れて北の方に行くと、まだまだ焼け焦げた樹がいっぱい残っておる。ワシらの群れも半数以上が亡くなった。それがちょうどこの若い連中の親の世代じゃ。こいつらはみなその大火のせいで孤児になったんじゃ」
……そうだったのか。だから人間に強い敵意を持ってるんだ。
その時、ニコが急に荷物をゴソゴソ探り出した。何をするのかと見ていると、傷の手当に使う救急セットを取り出し、白狼の横を通り抜けて、前足の傷をペロペロなめている若い狼の手当を始めた。狼は驚いたのか、逆らわずなすがままに手当てされている。
その姿を見て俺は胸がジーンと熱くなった。
これはどうだ。
俺なんか口先で謝るばっかで行動が伴わない。空気は読んでるかもしれないが、読み過ぎてなかなか動けない。ニコの空気を読まない唐突な行動の方がよっぽど真摯な謝罪になってる。
俺も慌てて駆け寄り、ニコを手伝った。どうか人間の愚行を許してくれ。俺の震刃も許してくれ。
「ほっほっほ、つまらぬ話をしてかえって気を使わせてしまったようじゃ。すまんな。それにしても、この世がお主らのような人間ばかりであれば、無駄な争いも起こらず、森も多くを失わずに済んだじゃろうなあ」
白狼は柔らかい調子でニコに話しかけた。
「旅人の娘よ。お主は『癒歌』を知らぬか? 情の歌術の一種じゃ。傷を治す効果を持つ」
「ううん、知らない」
「ならば教えてやろう。傷に手をかざし、ワシの歌う通りに歌ってみると良い。お主らの包帯や傷薬は貴重品じゃ。お主らのためにとっておけ」
そう言って、低い声で歌い出した。声は柔らかく、子守歌のように優しいメロディーだ。聞いているだけでホッとする。
それを聞いてすぐにニコが歌い出した。
「血潮よ、血潮よ、集まりて集まりて、傷を塞ぎ、痛みを癒したまえ~♪」
ニコは聞いた通りに正確に歌っている。俺もメロディーはすぐに覚えられる方だが、その通りに歌えないから意味がない。一方、ニコのこの記憶力と再生能力はすごい。ジゴさんの歌うメロディーも聞いてすぐ正確にトレースしてたもんな。
しかもニコの声は可愛い。今みたいに小声で歌ってると声に少しだけハスキーな成分が混じり、それが鼓膜をくすぐるというか、とても耳触りが良い。音程が上がる部分では声が少し張って切ない感じになる。それがまた溜まらなく魅力的だ。
癒歌の効果だろう、ニコが歌い終わった途端に若い狼はぴょこんと立ち上がり、ぶるぶるっと身体を震わせたかと思うと、その辺をたったっと歩き始めた。
「ほう。お主もやるのう。のみ込みの早い娘じゃ。術の効果も高い。初めてやった術とは思えんぐらいじゃ」
傷の治った狼はすっかり気を許したようで、ニコの懐に顔を突っ込んで甘えている。ニコもその身体を抱え込んで笑顔でもふもふしてやっている。もふもふと癒やしの美少女、絵になるなあ。
白狼は俺の方を見て言う。
「黒髪の旅人よ。お主もやってみるか。知っておくと便利じゃぞ」
「は、はい……」
自信はない。正直全く自信はない。でもいきなり「できません」と断るのも失礼過ぎる。とりあえずやってみるべきだろう。俺は目の前の狼の傷に手をかざし歌ってみた。
しかし案の定、音程はすっかり外れている。まずい、まずいと思うほど違う歌になってしまう。
目の前の狼は苦しげに顔をしかめ、そのうち俺を睨んで唸り声をあげ始めた。だめだ。術が発動するどころか、傷に悪影響を与えているのかもしれない。
とうとう狼は無理矢理立ち上がり、びっこを引きながら逃げて行ってニコの後に隠れてしまった。うう、ごめんなさい。
「うおっほっほ。お主ほどの腕前でも不得意はあるんじゃのう。歌術はまことに奥深い。ほっほっほ」
「うう……すいません」
また笑われてしまった。やはり俺は土下座がお似合いかもしれない。
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