音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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第四幕 逃避行

お猿の恩返し

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 と思ったら、やはりまだ終わりではなかった。

 左側で凍り付いた連中のさらに奥からぎゃーぎゃー騒ぐ声がして、またウニがぽんぽん飛んできた。

 猿たちもさすがに学習したのか、ハルさんとニコの歌術の射程圏内には入ってこない。遠くからウニを投げつけてくるだけだ。こちらの攻撃は俺の震歌じゃないと届かない。



 さあ、こうなるともうプログレッシブ歌術の独壇場だ。

 飛んできたウニを震刃で切り払いながら、時間が経って消える震壁を張り直し、合間をぬって、死なない程度に威力を落とした震歌の大砲をお見舞いする。4拍子→3拍子→4拍子→4拍子→3拍子……と目まぐるしくリズムを変えながら歌術を紡いでいく。

 ハルさんはとりあえず凍歌で凍り付いた奴らを、解けて動き出さないうちにツタで縛り上げた。ニコは震壁が間に合わない所に炎壁を張ってくれたり、足元をもぞもぞ動いてる危険なウニを焼き払ってくれたりしている。



 最初のうちは震歌が茂みの奥に着弾する度にぎゃーっと悲鳴が上がって何匹かすっ飛ぶのが見えていたが、だんだん静かになり、ウニも飛んでこなくなった。

 ん? 後ろにあるクマザサの斜面を何匹か走って逃げて行く。ボス猿は出てこないのか? それともボスは最初から高みの見物か。

 罠である可能性も否定できないが、俺たちは逃げた連中を追うことにした。



 獣道をたどって斜面を登っていくこと15分ほど。大きな岩壁にたどり着いた。壁の下の方には裂け目があり、広い洞窟のようになっている。

 その中に……いるいる猿たちが。小さい子猿を連れた母猿が多い。ここが連中の住処なんだな。

 俺たちが入り口まで近づいても襲いかかってくる気配はない。むしろビビって固まっているようだ。物怖じしない子猿たちが、そーっと俺たちの足元に寄ってこようとして母猿に捕まり、ギャーギャー怒られている。いやいや、別に取って食おうってわけじゃないんだが。

「ハルさん、どうしましょう?」

 俺は尋ねた。

「ちょっと待って。何か出てくるわよ」



 岩穴の奥からのっそり出てきたのは大きな雄猿だった。怪我でもしてるのか、片方の後足を引きずっている。そして手にはあの笛を持っている。こいつがボス猿だな。

 ひょっとしてこいつも人間の言葉をしゃべるのかと思いきや、それはなかった。

 ボス猿は黙ったまま俺たち3人をゆっくり見回し、真っ直ぐニコの前へ進んだ。この笛の持ち主が誰なのか、何となく分かるのだろう。

 そして深々と頭を下げ、両手で笛を差し出した。そうだ、盗んだものは返そう。ちゃんと返してくれたら、もうそれでいいから。



 ニコはそれを受け取って、無事なことを確認して袋に収めると、さっと片膝をついて屈み込んだ。

 あれ? 何してるの?

 と思ったら、何と、ボス猿の足に向けて手をかざし、癒歌を歌い出した。

 えええ!?

 俺とハルさんだけでなく、きっとボス猿自身もあっけにとられたのだろう。ジッとしたまま固まっている。

 いや、こいつは敵の大将だぞ。泥棒猿の親分だぞ。こいつの怪我を治してどうすんだよ、ニコ。



 ニコの癒歌は抜群の効果だ。

 ボス猿は試すように後ろ足をひょこひょこ動かした。そしてすっかり傷が治って痛みもなくなっていることに気付いたのだろう。

『きゃっほーーい!』

 みたいな感じで飛び跳ねて喜んだ。

 ひょっとすると長く苦しんできた傷だったのかもしれない、その喜びようは尋常ではない。その辺をぴょんぴょん飛び回って、周囲の猿たちをいちいちハグしている。そのうち俺達のところに来て、俺たち3人の手を取ってまた飛び跳ねる。母猿たちや子猿たちも真似してぴょんぴょん飛び跳ねだして、辺りは大騒ぎになった。

 ニコは俺を見て困ったような笑顔を浮かべている。それを見ると俺もハルさんも苦笑せざるを得ない。相変わらずだな。

「だってすごく痛そうで可哀想だったんだもん」

 だそうだ。まあ、いいか。ニコの空気読めない爆弾はいつ炸裂するか分からないからな。



 そのうちボス猿は俺たちの手を取ってしきりに岩穴の中に入れ、入れと招きだした。付いて行って大丈夫だろうか。

「行きましょ。何かお礼がしたいって言ってるみたい」

「分るんですか」

「猿の言葉は方言がきつ過ぎて半分ぐらいしか分らないけど」

 いやいやいや! 猿の言葉が半分も分るならすごいですよ。さすが森の民。



 俺たちはボス猿に導かれるまま岩穴の中に進み、一番奥にある小部屋の中に入った。

 まあ驚いた。

 おそらく街道を行く商人たちから盗んだ物だろう、様々な武器や防具類がずらっと並んでいる。宝石で装飾を施した高級そうな小剣もあれば、無骨な斧や棍棒みたいなものもある。盗んで来たものの使いようもないしここに並べてたんだろう。

 ボス猿はその辺の武器を手に取って、俺たちに『持って行ってくれ』と言わんばかりに押しつけてくる。いや、足を治してもらったお礼のつもりなんだろうが、こんな盗品をいただくわけにはいかないだろう。

 と思ったら、ハルさんは自らその辺にある武器をあれこれ物色してる。

「えっ! こんなヤバい物、もらって行っていいんですか?」

「いいんじゃないの? 別にアタシたちが盗んだわけじゃないんだし」

「後で『お前が盗んだのか!』って、なりませんか?」

「大量殺人犯で誘拐犯で放火魔で脱獄犯のあなたが今さら何言ってるの? どうせこの先、何をやったって黒髪の歌い手が悪いことにされるんだから、それぐらい気にしててどうするの」

 まあ、そうか。ハルさんの言う通りだ。俺は既に生死を問わないお尋ね者だ。今さらそんなこと気にしてる場合じゃないよな。せっかくニコが作ってくれたチャンスだ。遠慮なくいただいて行こう。



 俺は『普通の』剣の必要性を痛感していた。奏鳴剣はとてつもない武器ではあるが、笛が鳴ってない限りはただの木剣だ。ニコと肉体的に接触することで有効距離を延ばせるとはいえ、今の俺にそんな勇気はない。やはり普通の剣も持っておくに越したことはない。

 ただ俺には大きな剣を振り回すような腕力はない。取り回しが良く軽い片手剣で、そこそこ切れ味の良さそうな物……

 あった。

 これなんかどうだろう。薄刃で鋭利そうだ。錆びもない。柄の部分もしっかりしてるし、この黒い石がはめ込んであるのが厨二病っぽくてカッコいい。しかもこの厨二剣と木剣を差すのにちょうど良さそうな両刀使い用のソードベルトもあった。



 ニコは何を選んだら良いのか分からず立ち尽くしていたので、俺が短剣とホルダーを見繕った。

 女の子の腕力でも振り回せるぐらい軽くて鋭利で錆びてないやつ……これなんかどうだ。ん? なんか俺の厨二剣と同じデザインだな。これも柄に黒い石がはめ込んである。

「あ、ソウタのとおそろいだ! 私、これがいい!」

 え、そんな理由で選んじゃっていいの? まあ本人が気に入ったのなら良いけど。

「あら? それ雌雄剣シユウケンよ」

 横からのぞいたハルさんが言う。

「何ですか? 雌雄剣って」

「夫婦剣とも言うんだけど、結婚のお祝いとかに送られるものよ。ソウタの選んだ剣が雄剣でニコのが雌剣で、セットになってるの。たいていはただの飾り物なんだけど、それは完全に実用品ね。珍しい物だし良いんじゃない? あなた達にお似合いよ」

 えええ……なんか怪しそうだな。大丈夫かな。

 でも、モノはしっかりしてるし切れ味も良さそうだ。この黒い石も何となくただ者ではない雰囲気を放っている。それに、ニコがえらく気に入ってしまったみたいだし、もうこれもらっとくしかないよな。



 一番熱心にあれこれ見ていたハルさんが最終的に選んだ武器はボウガンだった。

「剣は持ってるし、射程の長い武器が欲しいんだけど、エルフ伝統の長弓は扱いにくいし、こっちの方がハーフエルフのアタシには向いてるかなと思って」

 とは言うが、ハルさんがボウガンを構える姿はすごく様になっている。さっきみたいに歌術の届く範囲を越えたところに敵がいる場合でも、これなら確実に射止めてもらえそうだ。すごく心強い。



 と、その時、ボス猿が妙な物を持ってきた。

 これは武器じゃない。楽器だな。木の箱から太い竿が出ていて、そこに6本の弦が張ってある。竿にはフレットが打ち込んである。

 見た目は三味線の胴を大きくしたような感じだが、構造的にはむしろギターに近い……というかこれ本当にギターじゃないのか? ちょうど弦も6本だし。



 誰に渡すのかと思っていたら、ボス猿は俺たち3人を見比べ、ハルさんにそのギターを差しだした。

「え、何? アタシにこれをくれるの?」

 ハルさんはそれを受け取って胸に構えボロンと鳴らした。チューニングが合ってないのは仕方ないが、その音色は優しくも凜としたものがある。

「あら、これいいわね。じゃあ、これももらって行こうかしら」

 ハルさんが笑うと、ボス猿も手を叩いてきゃっきゃ喜んでいる。

 アフロヘアのギタリスト誕生だ。何か有名なロックギタリストでそんな人がいたような。それともサメ形のギターを弾く方だったか。



 結局、怪我の功名というか、ニコの空気読めない爆弾のおかげで、俺たちは思わぬ戦利品を得た。

 そういえばあの狼たちも、彼女の予想外のストレートな優しさに心を動かされていた。やはりニコは癒やしの女神なのかもしれない。

 俺たちが岩穴を後にする時にも、ボス猿は名残惜しそうにしていた。傷を治してもらったのがよっぽど嬉しかったんだろうな。何で負った傷か分らないけど、またケガしないように気を付けろよ。

 単に負けただけでなく傷まで治してもらって、この連中もちょっと懲りてくれただろうか。今後はもう人間を襲ったり商品を盗んだりしなければ良いのだが。

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