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第五幕 告白
足りないもの
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それでも久々にベッドで寝ることができて気が緩んだのだろう。その夜、俺はエロい夢を見た。そりゃもう、とてもここには書けないようなぎっこんばっこんな夢だ。
もちろんその相手はニコだ。
シャワーの時に、また健康的な肢体をたっぷり見せつけられた上、柔らかく弾力のある素肌をぐいぐい押しつけられた。今回その場で鼻血は噴かなかったが、さすがに刺激が強過ぎたのだろう。眠ってから夢を見て別のものを噴き出してしまった。
目が覚めたら下着がべっちょり冷たく濡れている。久々の感触だ。
「やっちまった!」
飛び起きようとしたら左手がぐんにゃり柔らかいものに触った。
??
見ると隣の部屋で寝てたはずのニコがそこにいて、俺の手は彼女の胸をもろに触っていた。
「ううん……ソウタ……」
ニコは俺の名を呼びながら寝返りを打って背中を向けた。慌てて手を引っ込めたが、しばらくその温かく柔らかい感触が手に残る。
もちろん彼女は裸ではない。ちゃんとパジャマを着ている。しかし俺は混乱した。一瞬、夢と現実の区別がつかなくなった。俺は昨夜、本当にニコと超絶エッチなことをしたのだろうか?
いやいや! あれは夢だ。あくまで夢だ。あふれる性欲が夢の中で暴走しただけだ。ニコがあんなことをするわけない。して欲しいけど。
とにかく、今の内に下着を着替えて、汚れたのはこっそり洗おう。俺はニコを起さないようにそーっとベッドを抜け出した。
しかし、スリッパを履いてベッドを振り返ると、彼女の目はぱっちり開いて俺を見ていた。
「あ、ソウタおはよう。なかなか寝れなかったから押しかけてきたの」
その笑顔はあくまで可愛く爽やかだ。昨夜あんなエロいことをした女の子とは思えない……いやいや! だから、何もしてないんだって。だめだ、まだ頭が現実に戻り切れてない。
「あのね、ソウタ。また不思議な夢を見たの。聞いてよ」
彼女はまた屈託なくおしゃべりを始めるが、俺の下半身は屈託だらけでそれどころではない。
「ニコ、悪いんだけど、自分の部屋に戻ってくれないかな」
俺は下半身が見えないように背を向けたまま彼女に言った。言い方は選んだつもりだったが、ちょっと冷たい言い方になってしまったかもしれない。
「え……?」
彼女はピタリとおしゃべりを止めた。
「ニコ、ちょっと自分の部屋に戻っててくれないかな。後で行くからさ」
「……いや。ここにいる」
彼女は泣きそうな声で拒絶した。彼女が俺の言うことを拒絶することなんて超珍しい。後で考えると彼女がこの時に「いや」と言ったのにはいろいろな意味があったんだと思う。
でも、今は拒否されると困るんだ。俺はこの濡れてイカ臭い下半身を早く何とかしないといけない。
元はと言えばニコがいけないんだ。男の身体がどうなるかなんてお構いなしで無邪気に悩殺してくる。魅力的な果実を鼻先にぶら下げられたままお預けを食らわされるオスの身にもなって欲しい。
「ニコ、お願いだから向こうに行っててよ」
たぶん俺の言い方にイラッとしたニュアンスが入ってしまったのだろう。
ニコはベッドからすっと立ち上がり、何も言わず部屋を出て行った。
パタンと扉が閉まると、後はしーんとしてしまう。
あ、まずかったかな。怒らせちゃったかな。いや、しかし今はそれどころじゃない。早く着替えないと。
真新しい下着に履き替え、濡れた身体を拭い、汚れた物をバシャバシャ洗って部屋の隅に干した。ふう、ホッとした。
しかしその途端、さっきニコが黙ったまま出て行ったことを思い出した。あれは悪いことした。無理矢理に追い出してしまったみたいだ。謝りに行こう。
ドアをノックするが返事がない。開けて中をのぞく。誰もいな……あ、ベッドの上で毛布をかぶって丸くなっている。
「ニコ、ごめん。もう用事は済んだから、こっち来ていいよ」
「……」
反応がない。
「ニコ、さっきはごめん。もう大丈夫だからこっちおいでよ」
「……」
困ったな。すねてるのかな。怒ったのかな。ニコが俺の呼びかけを無視するなんて初めてだ。どうしよう。
ベッドの横の椅子に座って何度か声をかけるけど、全く返事をしてもらえない。しばらく粘ったけどダメだ。
「ニコ、本当にごめん。機嫌直してベッドから出てきてよ」
返事はない。
ん? 彼女の身体が震えてる。泣いてるのか?
俺が泣かしたのか? どうしよう。どう謝ったら許してもらえるんだろう。
「準備できた? 朝ご飯行きましょうか」
そこにハルさんが入って来て、俺が困った顔してるのに気付いた。
「ん? どうしたの?」
「いや、ちょっと僕が余計なことを言っちゃって……」
「ふーん。ニコちゃん、大丈夫?」
ハルさんが尋ねても返事がない。
「どこか具合悪いの?」
すると毛布から頭の先だけ出して首を横に振っている。
「朝ご飯の時間よ」
首を横に振る。
「じゃあ、ソウタと二人で食べてくるわよ。危ないから鍵かけて行くわね」
返事がない。仕方なくハルさんと二人で食堂に向かう。
「ちょっとソウタ、あなた何を言ったの?」
朝食を食べながらハルさんに詰められる。ハルさんにウソは言えない。恥ずかしいのをガマンして昨夜からの流れを正直に話した。
「ふうーん。なるほど……あのね、ソウタ」
ハルさんは腕組みをして諭すように話し出した。
「あなたの気持ちは分からないではないわ。でもね、あなた、いくつか重大な間違いを犯してるわよ」
じゅ、重大な間違い?
「今さらだけど、確認するわね。あなた、ニコちゃんのこと好きなんでしょ?」
いきなりの問いに心臓がズキッとする。恥ずかしいけど、うなずく。
「ものすごく好きなんでしょ?」
ものすごく……好きだ。うなずく。
「あなた、それをニコちゃんにきちんと言葉で伝えた?」
うっ……やはりそこを突かれるか。俺は結局まだニコに告ってない。先日告ろうとした時もヒヒに邪魔されてしまった。
「実は、まだ、です。でも態度で伝わってるかと……」
「ほら来たわ! 態度で伝わるとか、甘いわね!」
ハルさんの声が大きくなった。向こうにいる男たちが何人かこっちを見たぐらいだ。
「あのね、ソウタ、よく聞きなさい。男と女が、いや男と男でもいいけど、カップルがうまく行かない時にはたいてい『二大不足』が原因よ。その一つがね、『言葉の不足』よ」
に、二大不足? 言葉の不足?
「人ってね、恥ずかしかったり、プライドが邪魔したりして、大事なことほど、なかなかはっきり言葉にできないものなのよ。カップルにとって一番大事なことは、相手のことを好きだっていうことでしょ? でも大事なことほど、努力しないと言葉にできないものなのよ」
そうか。確かにそうだ。ちょっと好きぐらいだったら簡単に言えそうだけど、本当に好きな相手には「好きだ」ってなかなか言えない。言おうとしてもいろいろな気持ちが邪魔をする。
「でもね、その大事な『好きだ』っていうことを言わないままにしてたら、どうなるか分かるでしょ? 相手は常に不安なまま過ごすことになるし、何かあったらすぐに疑心暗鬼になってしまう。ちょっとした行き違いで簡単に関係は破綻するわよ」
……返す言葉がない。ハルさんの言う通りだ。
「態度で示せば相手が察してくれるだろうなんてのは単なる甘えよ。言葉にする努力を惜しんでるだけ、リスクを避けてるだけよ。ソウタ、あなたニコちゃんのために努力する気がないの?」
「いえ、あります。努力します」
「じゃあ、もっと努力なさい。謝り方なんか考えてる場合じゃないでしょ」
「はい……」
「二大不足のもう一つは『接触の不足』よ」
ハルさんは続ける。
「二人がいつも密に接触していれば、多少の言葉の不足も補えるわ。別にエッチなことをしなくても、手を握るとか、肩を抱くとか、それだけでも良いのよ。ちょっとした触れ合いでも相手はホッとするわ。逆に、いくら言葉で『好き』って言ってても、指一本触れないようにしてたらどう? 相手は本当に愛されてると思えるかしら?」
「……思えないですよね」
「あなた、いつもニコちゃんの肌に触れるのを避けてるでしょ? そりゃまあ、あの子も無防備過ぎるところはあるし、あなたも自分が理性を保てるか不安になるんでしょうけど、彼女の方から一生懸命あなたに接触してるのに、あなたが逃げてどうするの?」
逃げてないです……と言いたかったが、逃げてるか。逃げてるよな。彼女が裸で俺の腕の中に飛び込んで来てくれてるのに、俺は極力接触しないようにしてた。
「ソウタ、あなたはニコちゃんを大事にしてると言うけど、彼女の気持ちはちっとも大事にできてないわよ。むしろ自分が恥ずかしいとか、格好悪いとか、そっちばっかり気にしてるんじゃないの?」
ぐさっときた。
その通りかもしれない。彼女の気持ちよりも、自分の体裁を大事にしてると言われても反論できない。
「あのね。ニコちゃんは、あなたのことを好きで好きでしょうがないぐらい好きなのよ。あなたのいないところでは、ずーっとあなたのことを話してるわ。ソウタのここがカッコいい、こういう時のソウタが好き……も、あなたのことばっかり。お父さんお母さんの心配を忘れてるぐらい」
そうか……やっぱり、そうなのか。それは嬉しい。すごく嬉しいけど……
「ハルさん。僕は彼女の気持ちに応えても良いんでしょうか?」
「ん? どういうこと?」
「僕は黒髪の歌い手です。うまく生き延びられたらいいですけど、そうならない可能性も大きいですよね。僕が彼女の気持ちに応えたとして、結局早死にしてしまうんじゃ、彼女を不幸にするだけじゃないかって思うんです。彼女はやはりこの世界の普通の男性と一緒になった方が幸せなんじゃないかと」
「ソウタ、自分がニコちゃんの立場になって考えられない?」
「……?」
「あなたが女の子で、そして大好きな男の子が早死にするかもしれない、って想像してごらんなさい。相手の男の子が『俺と一緒にいると不幸になるから、他の男と幸せになれ』って言ったからって、ああそうね、ってなる?」
「ならない、ですよね」
「確かに大好きな相手が早死にしたら不幸かもしれないけど、だからって大して好きでもない男と一緒になったりしたら、もっと不幸で一生後悔するかもしれないでしょ。どっちも不幸なら自分の想いを貫いた方がまだ幸せじゃないかしら」
「でも、それほど好きじゃない相手でも、一緒に暮らしてるうちに好きになってきて、そこそこ幸せになったりしませんか……?」
「そういう女性もいるでしょうけど、あなた、ニコちゃんがそういうタイプだと思う? あの子はものすごく一途な子よ。分かってないわね」
もう俺はぐうの音も出なかった。
そういえばウメコさんに好きな女の子のことを相談した時もこんな感じだったな。オネエ言葉を話す人って、男の心理にも女の心理にも通じてるので、恋愛に関してすごく詳しいし、言うことが的確だ。
あの時ウメコさんに相談してたのは、誰のことだったっけな。でもあの時も「あなた、分ってないわね」って言われたな。
今すぐニコに土下座したい……いやいや、だから問題は謝罪じゃないんだ。俺はニコにきっちり気持ちを伝えないといけない。
「要するに、早く関係してしまわないからそんなことになるのよ。とっとと関係してしまいなさい」
それはそうなんだが……とにかく、ニコにちゃんと言おう。大好きだということを。本気で愛しているということを。
もちろんその相手はニコだ。
シャワーの時に、また健康的な肢体をたっぷり見せつけられた上、柔らかく弾力のある素肌をぐいぐい押しつけられた。今回その場で鼻血は噴かなかったが、さすがに刺激が強過ぎたのだろう。眠ってから夢を見て別のものを噴き出してしまった。
目が覚めたら下着がべっちょり冷たく濡れている。久々の感触だ。
「やっちまった!」
飛び起きようとしたら左手がぐんにゃり柔らかいものに触った。
??
見ると隣の部屋で寝てたはずのニコがそこにいて、俺の手は彼女の胸をもろに触っていた。
「ううん……ソウタ……」
ニコは俺の名を呼びながら寝返りを打って背中を向けた。慌てて手を引っ込めたが、しばらくその温かく柔らかい感触が手に残る。
もちろん彼女は裸ではない。ちゃんとパジャマを着ている。しかし俺は混乱した。一瞬、夢と現実の区別がつかなくなった。俺は昨夜、本当にニコと超絶エッチなことをしたのだろうか?
いやいや! あれは夢だ。あくまで夢だ。あふれる性欲が夢の中で暴走しただけだ。ニコがあんなことをするわけない。して欲しいけど。
とにかく、今の内に下着を着替えて、汚れたのはこっそり洗おう。俺はニコを起さないようにそーっとベッドを抜け出した。
しかし、スリッパを履いてベッドを振り返ると、彼女の目はぱっちり開いて俺を見ていた。
「あ、ソウタおはよう。なかなか寝れなかったから押しかけてきたの」
その笑顔はあくまで可愛く爽やかだ。昨夜あんなエロいことをした女の子とは思えない……いやいや! だから、何もしてないんだって。だめだ、まだ頭が現実に戻り切れてない。
「あのね、ソウタ。また不思議な夢を見たの。聞いてよ」
彼女はまた屈託なくおしゃべりを始めるが、俺の下半身は屈託だらけでそれどころではない。
「ニコ、悪いんだけど、自分の部屋に戻ってくれないかな」
俺は下半身が見えないように背を向けたまま彼女に言った。言い方は選んだつもりだったが、ちょっと冷たい言い方になってしまったかもしれない。
「え……?」
彼女はピタリとおしゃべりを止めた。
「ニコ、ちょっと自分の部屋に戻っててくれないかな。後で行くからさ」
「……いや。ここにいる」
彼女は泣きそうな声で拒絶した。彼女が俺の言うことを拒絶することなんて超珍しい。後で考えると彼女がこの時に「いや」と言ったのにはいろいろな意味があったんだと思う。
でも、今は拒否されると困るんだ。俺はこの濡れてイカ臭い下半身を早く何とかしないといけない。
元はと言えばニコがいけないんだ。男の身体がどうなるかなんてお構いなしで無邪気に悩殺してくる。魅力的な果実を鼻先にぶら下げられたままお預けを食らわされるオスの身にもなって欲しい。
「ニコ、お願いだから向こうに行っててよ」
たぶん俺の言い方にイラッとしたニュアンスが入ってしまったのだろう。
ニコはベッドからすっと立ち上がり、何も言わず部屋を出て行った。
パタンと扉が閉まると、後はしーんとしてしまう。
あ、まずかったかな。怒らせちゃったかな。いや、しかし今はそれどころじゃない。早く着替えないと。
真新しい下着に履き替え、濡れた身体を拭い、汚れた物をバシャバシャ洗って部屋の隅に干した。ふう、ホッとした。
しかしその途端、さっきニコが黙ったまま出て行ったことを思い出した。あれは悪いことした。無理矢理に追い出してしまったみたいだ。謝りに行こう。
ドアをノックするが返事がない。開けて中をのぞく。誰もいな……あ、ベッドの上で毛布をかぶって丸くなっている。
「ニコ、ごめん。もう用事は済んだから、こっち来ていいよ」
「……」
反応がない。
「ニコ、さっきはごめん。もう大丈夫だからこっちおいでよ」
「……」
困ったな。すねてるのかな。怒ったのかな。ニコが俺の呼びかけを無視するなんて初めてだ。どうしよう。
ベッドの横の椅子に座って何度か声をかけるけど、全く返事をしてもらえない。しばらく粘ったけどダメだ。
「ニコ、本当にごめん。機嫌直してベッドから出てきてよ」
返事はない。
ん? 彼女の身体が震えてる。泣いてるのか?
俺が泣かしたのか? どうしよう。どう謝ったら許してもらえるんだろう。
「準備できた? 朝ご飯行きましょうか」
そこにハルさんが入って来て、俺が困った顔してるのに気付いた。
「ん? どうしたの?」
「いや、ちょっと僕が余計なことを言っちゃって……」
「ふーん。ニコちゃん、大丈夫?」
ハルさんが尋ねても返事がない。
「どこか具合悪いの?」
すると毛布から頭の先だけ出して首を横に振っている。
「朝ご飯の時間よ」
首を横に振る。
「じゃあ、ソウタと二人で食べてくるわよ。危ないから鍵かけて行くわね」
返事がない。仕方なくハルさんと二人で食堂に向かう。
「ちょっとソウタ、あなた何を言ったの?」
朝食を食べながらハルさんに詰められる。ハルさんにウソは言えない。恥ずかしいのをガマンして昨夜からの流れを正直に話した。
「ふうーん。なるほど……あのね、ソウタ」
ハルさんは腕組みをして諭すように話し出した。
「あなたの気持ちは分からないではないわ。でもね、あなた、いくつか重大な間違いを犯してるわよ」
じゅ、重大な間違い?
「今さらだけど、確認するわね。あなた、ニコちゃんのこと好きなんでしょ?」
いきなりの問いに心臓がズキッとする。恥ずかしいけど、うなずく。
「ものすごく好きなんでしょ?」
ものすごく……好きだ。うなずく。
「あなた、それをニコちゃんにきちんと言葉で伝えた?」
うっ……やはりそこを突かれるか。俺は結局まだニコに告ってない。先日告ろうとした時もヒヒに邪魔されてしまった。
「実は、まだ、です。でも態度で伝わってるかと……」
「ほら来たわ! 態度で伝わるとか、甘いわね!」
ハルさんの声が大きくなった。向こうにいる男たちが何人かこっちを見たぐらいだ。
「あのね、ソウタ、よく聞きなさい。男と女が、いや男と男でもいいけど、カップルがうまく行かない時にはたいてい『二大不足』が原因よ。その一つがね、『言葉の不足』よ」
に、二大不足? 言葉の不足?
「人ってね、恥ずかしかったり、プライドが邪魔したりして、大事なことほど、なかなかはっきり言葉にできないものなのよ。カップルにとって一番大事なことは、相手のことを好きだっていうことでしょ? でも大事なことほど、努力しないと言葉にできないものなのよ」
そうか。確かにそうだ。ちょっと好きぐらいだったら簡単に言えそうだけど、本当に好きな相手には「好きだ」ってなかなか言えない。言おうとしてもいろいろな気持ちが邪魔をする。
「でもね、その大事な『好きだ』っていうことを言わないままにしてたら、どうなるか分かるでしょ? 相手は常に不安なまま過ごすことになるし、何かあったらすぐに疑心暗鬼になってしまう。ちょっとした行き違いで簡単に関係は破綻するわよ」
……返す言葉がない。ハルさんの言う通りだ。
「態度で示せば相手が察してくれるだろうなんてのは単なる甘えよ。言葉にする努力を惜しんでるだけ、リスクを避けてるだけよ。ソウタ、あなたニコちゃんのために努力する気がないの?」
「いえ、あります。努力します」
「じゃあ、もっと努力なさい。謝り方なんか考えてる場合じゃないでしょ」
「はい……」
「二大不足のもう一つは『接触の不足』よ」
ハルさんは続ける。
「二人がいつも密に接触していれば、多少の言葉の不足も補えるわ。別にエッチなことをしなくても、手を握るとか、肩を抱くとか、それだけでも良いのよ。ちょっとした触れ合いでも相手はホッとするわ。逆に、いくら言葉で『好き』って言ってても、指一本触れないようにしてたらどう? 相手は本当に愛されてると思えるかしら?」
「……思えないですよね」
「あなた、いつもニコちゃんの肌に触れるのを避けてるでしょ? そりゃまあ、あの子も無防備過ぎるところはあるし、あなたも自分が理性を保てるか不安になるんでしょうけど、彼女の方から一生懸命あなたに接触してるのに、あなたが逃げてどうするの?」
逃げてないです……と言いたかったが、逃げてるか。逃げてるよな。彼女が裸で俺の腕の中に飛び込んで来てくれてるのに、俺は極力接触しないようにしてた。
「ソウタ、あなたはニコちゃんを大事にしてると言うけど、彼女の気持ちはちっとも大事にできてないわよ。むしろ自分が恥ずかしいとか、格好悪いとか、そっちばっかり気にしてるんじゃないの?」
ぐさっときた。
その通りかもしれない。彼女の気持ちよりも、自分の体裁を大事にしてると言われても反論できない。
「あのね。ニコちゃんは、あなたのことを好きで好きでしょうがないぐらい好きなのよ。あなたのいないところでは、ずーっとあなたのことを話してるわ。ソウタのここがカッコいい、こういう時のソウタが好き……も、あなたのことばっかり。お父さんお母さんの心配を忘れてるぐらい」
そうか……やっぱり、そうなのか。それは嬉しい。すごく嬉しいけど……
「ハルさん。僕は彼女の気持ちに応えても良いんでしょうか?」
「ん? どういうこと?」
「僕は黒髪の歌い手です。うまく生き延びられたらいいですけど、そうならない可能性も大きいですよね。僕が彼女の気持ちに応えたとして、結局早死にしてしまうんじゃ、彼女を不幸にするだけじゃないかって思うんです。彼女はやはりこの世界の普通の男性と一緒になった方が幸せなんじゃないかと」
「ソウタ、自分がニコちゃんの立場になって考えられない?」
「……?」
「あなたが女の子で、そして大好きな男の子が早死にするかもしれない、って想像してごらんなさい。相手の男の子が『俺と一緒にいると不幸になるから、他の男と幸せになれ』って言ったからって、ああそうね、ってなる?」
「ならない、ですよね」
「確かに大好きな相手が早死にしたら不幸かもしれないけど、だからって大して好きでもない男と一緒になったりしたら、もっと不幸で一生後悔するかもしれないでしょ。どっちも不幸なら自分の想いを貫いた方がまだ幸せじゃないかしら」
「でも、それほど好きじゃない相手でも、一緒に暮らしてるうちに好きになってきて、そこそこ幸せになったりしませんか……?」
「そういう女性もいるでしょうけど、あなた、ニコちゃんがそういうタイプだと思う? あの子はものすごく一途な子よ。分かってないわね」
もう俺はぐうの音も出なかった。
そういえばウメコさんに好きな女の子のことを相談した時もこんな感じだったな。オネエ言葉を話す人って、男の心理にも女の心理にも通じてるので、恋愛に関してすごく詳しいし、言うことが的確だ。
あの時ウメコさんに相談してたのは、誰のことだったっけな。でもあの時も「あなた、分ってないわね」って言われたな。
今すぐニコに土下座したい……いやいや、だから問題は謝罪じゃないんだ。俺はニコにきっちり気持ちを伝えないといけない。
「要するに、早く関係してしまわないからそんなことになるのよ。とっとと関係してしまいなさい」
それはそうなんだが……とにかく、ニコにちゃんと言おう。大好きだということを。本気で愛しているということを。
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