音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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第五幕 告白

手荒い歓迎

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 しかし剣術のトレーニングはもっとひどかった。ほとんどイジメだった。

 俺はこれまでスポーツを本気でやったことがない。こっちの世界に来て、筋肉痛になりながらジゴさんの農作業を手伝い、下半身にはちょっとだけ肉がついたが、上半身はまだまだへなちょこだ。

 ところが剣術の初歩というのはひたすら剣を振って腕力をつけることと相場が決まっている。

 ずっしり重たい木の棒を渡され、それを片手に持ってひたすら振り下ろし、振り上げ、また振り下ろす。日本の剣道とは違い片腕ずつだ。こちらの世界では片手剣を使うことが多いからか。

 周囲の訓練生はみな1年目らしいが、びゅんびゅん音を立てて棒を振っている。しかし腕力のない俺はちょっとやっただけで腕が上がらなくなる。周囲の奴らはそんな俺を見てせせら笑ってやがる。



 それだけじゃない。素振りをしてる最中に後ろから棒で後頭部をガン!と殴られた。

「痛ってえええ……」

 思わず頭を抱えて振り返るが、

「ああ、すまんすまん、当たっちまったよ」

 俺よりちょっと年上っぽい訓練生が薄ら笑いを浮かべている。わざとやっただろ。

 しかしそれをもう1回やられた時にはさすがの俺もキレた。

「いい加減にしろよ! わざとやってるだろ!」

「おお、怒った怒った、怖い怖い。歌い手様に殺されそうだ」

 へらへら笑いながら、さらに愚弄してくる。

 胸の中が真空になったような息苦しさを感じる。嫌な気分でいっぱいになる。また昔のトラウマが蘇ってくる。泣きそうだ。目尻に涙が浮かんでくる。

 しかし中学生の時の俺とは違い、今の俺には相手を殺す力がある。一瞬、本当に殺してやろうかと思ったが、それは思いとどまった。

 俺はそいつにぐいっと近づいて睨み付け、精一杯ドスの利いた声で

「……今度やったら本当に殺すからな」

 そう言って、そいつの足先を震刃で軽く払ってやった。

 一瞬、何が起こったのか分からなかったのだろう。そいつはきょとんとした顔をしていたが、

「痛たたたたたたっ!」

 しゃがみ込んで悲鳴を上げた。ちょっと切られたぐらいで大げさな。馬鹿が。



「どうしたんだ!?」

 俺が殴られても知らん顔してた剣術の講師が飛んできた。

「こいつ、こいつ、歌術で切りつけてきやがった! 血が、血が出てる」

「ええっ!? 歌い手様、本当ですか?」

「知りませんよ、そんなの」

「剣術のトレーニング中は歌術は使用禁止です」

「ああ、そうですか。でも歌術なんて使ってませんよ」

 思い切りとぼけておいたが、周囲の訓練生は一部始終を目撃してる。俺は奴らを完全に敵に回してしまったようだ。



 しばらく素振りをした後は、頭に防具を着け、二人一組になって、打ち込みと受けの練習だ。もちろん本気で打ち込むわけではない。こう打ち込んできたらこう受ける、こう来たらこう流す、そういう『型』を練習するだけだ。

 それなのに、俺の相手になった奴はみな本気で力一杯打ち込んでくる。しかも型と違う打ち込みまでしてくる。そんなもの、受けきれるもんじゃない。重たい木の棒がうなりを上げて飛んでくるんだ、受けきれず身体の何処かに当たると防具の上からでもダメージは大きい。もろに食らうとうずくまってしまうぐらい痛い。

 頭は必死で防御するし、物理防御特化ベストのおかげで肩や体幹にはダメージはなかったが、手足には打ち身がいっぱいできた。

 それにしてもこの若い剣術講師は間違いなく敵側の人間だ。俺が反則技で殴られてても知らん顔している。

 そのくせ、横から突然別の奴が打ち込んで来て思わず震刃で切り払った時には、俺の動きをジッと見てやがった。

 要するに、あのリンゴや藁束と一緒だ。俺をいじめると同時に、挑発して歌術を使わせ、実力を測ろうとしてるんだ。この後きっと、俺が剣よりも早く震刃を打てることを黒幕に報告するんだろう。



 ほとんど集団リンチに近いこんな状況が夕方まで続いた。俺は出力は落としていたものの、何度も歌術を使うはめになった。途中でこっそり自分に癒歌まで使った。剣術のトレーニングじゃなかったのかよ、これ。

「よーし、これで解散だ。次回まで毎日しっかり素振りするんだぞ」

 ふう、何とか終わった。と思ったら、今度はガイさんがやってきた。

「ソウタさん、お疲れ! ちょうど歓迎パーティーの準備ができました。まあ、こんな山の中なんで大した料理はできねえが、酒はふんだんにありますんで、たっぷり楽しんで下せえ。酒、飲めますか? 弱い? じゃあ今宵を機に強くなりましょう、がっはっは!」

 この声のでかいスキンヘッドのおっちゃんは好人物なんだが……足元でいろいろまずいことが起こってるのに気付いてないんだろうなあ。

 途中でちょっとニコのところに寄らせてもらおうと思ったが、既にニコもハルさんもパーティー会場にいるらしい。

 ああ、またニコに告るタイミングを逸してしまった。どうすんだよ……



 パーティー会場は、何のことはない司令部の会議室だった。

 上座に席が3つ用意されていて、先に来てたニコとハルさんが所在なさげに座っている。テーブルの上には厨房のオバちゃんたちが腕によりをかけた料理とお酒のボトルが所狭しと並べられている。

 俺はニコとハルさんの間、中央の席に座らされた。

 ニコは暗い表情で黙ってうつむいている。それでもやっと再会できた。さあ話しかけようと思ったらハルさんにぐいっと引っ張られた。

「ちょっとソウタ、あなた、まる1日何やってたのよ」

「すいません。歌術の講義が終わったらノボさんたちの昼飯に強制連行されて、午後からは無理矢理剣術のクラスに放り込まれて集団リンチに遭ってました」

「集団リンチ!? 何それ」

 俺は声をひそめて耳打ちした。

「いろいろおかしいです、このキャンプ。歌術で使ったリンゴや藁束には細工がしてあって、歌術が発動しにくいようになってました。剣術でもルール無視で殴りかかられて、歌術を使わざるを得ないようにされました。どうも僕の歌の力を探ろうとしているようです」

「なるほど。ガイやノボもそれを知ってるのかしら?」

「いえ、少なくともノボさん、ヤマさんは知らないようでしたね」

「なるほど。上層部が知らないうちに黒幕が勢力を拡げてるというわけね」

「僕もそう思いました」

「ソウタ、パーティーが終わってから作戦会議よ。飲み過ぎないでね」

「分かりました」



 さあ、ニコに話しかけようと思ったら、今度はガイさんが立ち上がって

「おおい! ぼちぼち始めるぞ! みな席につけえ」

 大声で怒鳴っている。これではとても落ち着いて話はできない。

 俺はニコの耳元に寄って

「ニコ、大事な話があるから、このパーティーが終わった後、部屋で待ってて」

 それだけ耳打ちした。

 ニコは一瞬こちらをパッと見たが、またすぐに暗い顔をしてうつむいてしまった。それでもこくりと小さくうなずいてくれた。

「よーし、みんな、よく集まってくれた。歌い手様の歓迎パーティーを始めるぞお」

 ガイさんの大声でパーティーは始まった。



 驚いたことに、乾杯の音頭を取ったのはあいつ、ゾラだった。いつの間にかガイさんの隣におとなしく座ってやがった。

 しかも、また「お前を消してやる」とか物騒なことを言うのかと思いきや、

「黒髪の歌い手と我々が手を組んで黙呪王に勝利し、この世界に平和がもたらされますように。また黒髪の歌い手と美しいお嬢さんが幸せな未来を手にできますように、乾杯!」

 なんて白々しいことを言いやがった。

 ただ俺たちには分かっている。こいつが言ってる黒髪の歌い手は俺のことではなく、自分のことだということを。

 その証拠にあの野郎、俺の方は一切無視してるのに、時々ニコの方をねっとりした目で見ている。間違いなくニコを狙ってやがる。俺を殺してニコを奪おうというのか。とんでもない奴だ。



 最初はみんな自分の席で飲んだり食ったりしていたが、時間が経つにつれ座は乱れて来た。俺とハルさんのところにはおっさん連中がひっきりなしに酒を持ってやって来る。なんだかんだ話をしながらぐいぐい飲んで俺にも飲ませる。

 とりあえず「お酒弱いんで」と断ってそれぞれ一口飲むだけにしていたが、それを何回もやってるうちに結局それなりに飲まされてしまって、顔が火照ってきた。

 ニコのところには若い連中がジュースやスイーツなんかを持ってきてしきりに声をかけているが、ニコは一切無視してずっと無言のまま下を向いている。可哀想でならない。何とか救い出してやりたいが、俺の方もおっさん連中に絡まれてどうにも逃げられない。

 それでも見ていると、やっぱりベテランと若い幹部は完全に分断していて妙な雰囲気だ。若い奴らはニコのところには行くが俺とハルさんのところには全く来ない。だいたい自分たちのボスであるゾラの周りで盛り上がっていて、時々こっちにガン飛ばしてくる。



 彩りに添えられたグリーンすら食べられてしまい、料理の皿は全てきれいに空になった。ただアルコールの方はまだまだあるようで、おっさんたちはどんどんボトルを空けていく。

 俺は一生懸命断ったがそれでもちょっとずつちょっとずつ飲まされ、そのうち頭がぐるぐる回り出した。途中で俺たち三人も挨拶させられたが、もう何をしゃべったかよく覚えてない。

 だいぶ夜が更けてから、ようやっとノボさんが中締めの挨拶をして、パーティーはいったんお開きとなった。若い連中は、主賓であるはずの俺には何の挨拶もなく、みなぞろぞろ帰って行った。

 俺も即刻帰りたかったが、何故かおっさん連中にすっかり気に入られてしまったようで、ガイさん、ノボさん、ヤマさんが放してくれない。相変わらず左右から肩を組まれて歌い手様、歌い手様と言われながらまだまだ酒を飲まされる。いや、もう、パーティー終わったんでしょ!?



 ハルさんが呆れた様子で声をかけてきた。

「仕方ないわねえ。ニコちゃん連れて先に部屋に帰るわよ。あなたもちゃんと帰って来なさいよ」

「すいません。よろしくお願いします」

 そう言うしかない。

 ニコが帰りしなにちらっとこっちを見た。その顔は何とも言えず寂しげだった。俺は一瞬で素面に戻った。

 そうだ! 俺はニコに告らないといけないんだった。「大事な話があるから部屋で待ってて」って言ったんじゃなかったのか。帰らないと。俺も部屋に帰らないと。

「あの、僕もそろそろ部屋に帰ります」

 そう言って席を立とうとしたが、

「そんなこと言わずに、歌い手様、まあまあ、もう一杯。まだワシの話の途中です」

 放してくれない。これはもう明らかにアルハラだ。震刃でも打ちまくって暴れてやろうかと思ったが、そういうわけにもいかない。



 そのうちガイさんはおいおい泣き出した。泣き上戸なのかと思ったら、何でも数年前にこのキャンプを一緒に切り盛りしてた奥さんを亡くしたようで、「ナナがいてくれたらなあ」と繰り返しながらぼろぼろ涙を流してる。

「ナナさんが亡くなってから、ここはすっかり変わっちまったもんな」

「ああ、奥さんが亡くなってからの若いモンの増長ぶりは目に余るわ」

 頭が麻痺してたので細かい部分は覚えてないが、ノボさんやヤマさんもそんなことを言ってこぼしていた。

 どうもガイさんの奥さん、つまりあの野郎の母親でもあるわけだが、ナナさんという女性が実質的にこのキャンプをまとめていて、若い者が勝手なことをしないように睨みを利かしていたらしい。

「敷地の隅に小さい墓地があって、ナナさんの墓もそこにある。気が向いたら花でも手向けてやってくれ」

「はい、必ず」

 ノボさんとそういうやり取りをしたのは覚えている。
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