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第八幕 奸計の古城
暗雲
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帆船に乗るのは初めてだ。前の世界でも経験がない。
大きな帆に風を受け、船体を軋ませながらぐいぐいと海原を疾走するのはなかなかに爽快だ。風が変わると水夫たちがわーっとマストに登って作業するのも見てて面白い。
ただ風がなくなると一気にテンションが下がってしまうのは致し方ない。
「遅いわねえ、この船」
「昨日から全然風が吹かないですからねえ」
甲板で俺とハルさんが話していると、船酔いが治ったばかりのナラさんが船室から上がってきた。ニコとアミも一緒だ。
「うえ、げぷ……ようやっと気持ち悪いのんマシなってきたわ」
「今日は干し草、食べられそうですか?」
「おお、後でちょっと食うてみるわ」
「風が弱まったせいで船が揺れなくなって良かったですね」
「まあな。しやけど、こんな風やったらいつまで経っても先に進まんな」
「すまねえな、客人。ちっとも進まねえで」
ちょうどそこを通りかかったヒゲの船長が声をかけてきた。
「いえいえ、船のせいじゃないからいいのよ。お天気はどうにもできないしね」
慌ててハルさんが答える。
「帆船だとこういうこと、ちょくちょくあるんですよね」
フォローのつもりで俺が言うと、
「いや。この季節にこんな凪が続くなんて、まずあり得ねえな。気持ち悪ぃ」
船長は浮かない顔をしている。
「とりあえず、予定変更して、次の港で1泊して風待ちでさ。すまねえな」
「いいのよいいのよ。私たち、乗せてもらってるだけでも感謝しないといけない身だから」
そうだ。俺たちはカンのレジスタンスの紹介で、身分も明かさず極秘でこの貨物船に乗せてもらってる。文句を言える立場ではない。
ヒゲの船長が行った後、ナラさんがぼそっとつぶやいた。
「何かワシ、気になるねんけどな……」
「え? 何ですか?」
俺が尋ねると、ナラさんは南の方角を指して
「ほれ、南の水平線の辺り、空がぼうっと赤いやろ」
「はあ……そういえばそうですかねえ」
実際、よく分からない。そう思って見ればそうにも見えるか、ぐらいだ。しかし、赤い空と異常気象という両キーワードが俺の頭の中で結びついた。
「ひょっとして……歌術による気象操作、ですか?」
「まあな……海魔イレンはニコが倒してくれよったけど、この世には同じレベルのバケモンが他にもおるからな」
「そんな怖いこと言わないで下さいよ」
「ま、ワシの思い過ごしやろけど、常に心の準備だけはしといた方がええからな」
そう言ってナラさんは船室に戻って行った。俺はしばらく南の空を眺めていた。赤く見えない……こともない。何だか不吉な予感だ。
幸い次の朝には弱いながら風が吹いていた。船はゆっくり港を出て、南に向かって進み始めた。
しかし風が吹けば波が立つ。波が立てば船は揺れる。船が揺れると……ナラさんの船酔いが再発する。
「うえ……そやからワシ、西海岸なんか来となかってん……おえ」
床の敷物の上にべったり横になって、こっちを恨めしげに見上げてる。
「何でもええからお前が決めろ、って言ったじゃないですか」
「あん時は船なんか乗る思てへんかったんや」
「そういえば、昔、乗ってた船が難破した時もひどく船酔いしてたって言ってましたね」
「おお、あん時は、しゃべることもできんぐらいやったわ。しやから気がついたら置いてけぼりなっとったんや」
「それに、女の子が2人も付き添ってくれるなんてなかったでしょ」
「そやそや。今回はこんな美少女が2人も横におってくれるからな、船酔いなんか……おえ、アカンわ、やっぱ気持ち悪いわ」
しかし吐き気が強くなるとアミとニコがそれぞれ双癒歌を歌ってくれる。
「おお、すまんの。それやってくれるとだいぶラクになるわ」
何だか見てるとちょっと羨ましい。それが顔に出てたんだろう。
「何やったら替わったろか。こんな船酔い、お前にやるわ」
「いえいえ、遠慮しときます」
笑って席を立つ。
甲板に出るとハルさんが何やら船長と深刻な顔で話し込んでいた。
「困ったわ」
「どうしたんですか?」
「ここ何日かの凪のおかげで予定が狂って、他の貨物船と行き違いになっちゃったらしいのよ。そのせいでレミの港に1週間ぐらい泊まってないといけないらしいの」
「い、1週間?」
「そうらしいわ」
1週間も船の中にカンヅメか。
しかも豪華客船なんかじゃなく、この小さい貨物船だ。アミューズメントなんて何もない。ネットもないしTVすらない。ただひたすら船室で寝てるしかない。結構、辛いだろうな。
いっそ船から降りるか。
レミの街のレジスタンス組織は大きいらしい。しかも俺たちがレミに向かってることは既に伝わってる。みんな大歓迎してくれるだろう。
いやいやいや。
だから、それはダメなんだって。
きっとみんな、俺たちが一刻城に行くものと思って準備万端だ。下手したら一緒に行きますとか言われるかもしれない。そうなるともう断れない。俺は見事に玉砕フラグを立ててしまう。
「仕方ないです。何とか船の中でガマンしましょう」
「そうよね、仕方ないわよね」
とはいえ、何か時間をつぶす工夫を考えとかないといけないな。厚紙を切り抜いてオセ○ゲームでも作っておこうか。
その数日後、俺たちはレミに到着した。
レミ川の北岸、河口近くに港があり、それを取り囲むように市街地が拡がっている。港町と言うより貿易都市と言った方が良いぐらいの大きな街だ。
港には桟橋がたくさんあり、いろいろな船が泊まっている。俺たちの乗った貨物船も帆を下ろし、桟橋に横付けになった。
作業が終わると船長たちはあっという間に船を降り、みな街に飲みに行ってしまった。気がつけば、船に残っているのは俺たちだけだ。さあ、長い長いお留守番の始まりだ。
『ギシギシ……ギシギシ……』
港の中なのに船は結構揺れる。
外は雨が降りだした。風も強いし、かなりの荒れ模様だ。
あれから風が止んでしまうことはなく、むしろレミに近づくにつれだんだん風が強くなり、お天気が崩れてきた。
「うえ……たまらん……気持ち悪ぅ……おええ」
ナラさんはもう涙目だ。
いや、確かにこれはひどい。これなら外洋を航行してる方がまだマシだ。ジッと泊まったままで上下に揺れてるのが一番気持ち悪い。
「ああ! また負けた。気持ち悪くて集中できないわ」
さっきから俺とハルさんでオセ○ゲームをしてるが俺の連勝だ。しかし勝ってる俺も相当気持ち悪い。さっきまでみんなに癒歌をかけてくれていたニコとアミもぐったり横になっている。
「ふて寝するにもまだ時間が早過ぎて寝れませんよね」
「これは思った以上の地獄ね……」
「甲板に出てみますか?」
「真っ暗で何も見えないし、雨でびしょびしょになるだけでしょ」
「ま、そうですよね」
しかし、こんなものはまだまだ序の口だった。
夜が更けるにつれ嵐は激しさを増した。船は船体のあちこちを軋ませながら激しく揺れ、時々船腹が桟橋に当たって鈍い音を立てる。うるさいし気持ち悪いし、とても寝られたもんじゃない。
全員でお互いに癒歌をかけ合うが、すぐに効果が切れてまた吐き気がしてくる。
「ニコ、大丈夫か?」
さすがのニコも青い顔をしてる。
「うん、大丈夫。ソウタは?」
「うーん、大丈夫だけど気持ち悪いな。頭も痛いしクラクラする」
「私も、ちょっと頭痛い」
「水飲む?」
「うん、ありがと」
「ナラさん、大丈夫かなあ?」
「そろそろ様子見に行こっか」
「そうだな、行こう」
寝ててもどうせ気持ち悪い。ちょっと起きて動いた方が気が紛れるからな。
しかしナラさんは重症だった。
「ナラさん、大丈夫ですか?」
声をかけても返事がない。四つ足を投げ出してぐったり横になったまま、口からよだれが垂れている。慌てて癒歌をかけると、ちょっとだけ目を開けた。
「大丈夫ですか? 聞こえます?」
「……もうアカン……ワシ、ここで死ぬわ……すまんな、最後まで付いて行ってやれんで」
「そ、そんなこと言わないで下さいよ」
今度は俺とニコと2人で癒歌をかける。
「……ワシの骨は……おえっと……中央森林のサカの谷に播いてくれ……」
ダメだ、まだこんなこと言ってる。
そこにハルさんとアミもやって来た。2人もげっそりした様子だ。
「これはまずいわ。食事どころか水分を摂るのも厳しいぐらいで……うっぷ……明日もこんな状態だったら、本当にどうにかなりそうだわ」
「船を下りますか?」
「それは考えたくなかったけど……ナラさんがこんな状態だと、ねえ?」
「ううう……くっそ」
ナラさんが泣き出した。
「ワシを甲板に連れて行って、海に放り込んでくれ……うっぷ……情けないわ……申し訳ないわ……」
「そんなことできませんよ」
立派な角を持った鹿が、横になったまま息も絶え絶えなのを見ると、可哀想で可哀想で仕方ない。こっちの方が辛い。
しかし翌朝になっても嵐が止む気配はなかった。
ふらふらしながら甲板に上がると、横殴りの雨と風で身体を持って行かれそうになる。船が傾いた拍子によろけて海にダイブしそうだ。
大きな波が寄せてきて、桟橋の先の方では波しぶきがあがっている。船は上下に揺さぶられ続けている。
何より不気味なのは、暗雲が垂れ込めた空の所々が赤みがかっていることだ。これはやはり普通の嵐ではない。誰かが天候を操作しているんだ。
誰が? 何のために?
分らないが、この嵐がそう簡単に治まらないことだけは確かだ。
ふらふらしながら船室に戻ると、ニコとアミがナラさんに癒歌をかけていた。ハルさんはベッドにぐったり横になったままだ。
「どうだった?」
アミが尋ねてくる。
「ダメだ。嵐は当分治まりそうにない」
「そっか……」
うつむいてしまう。さすがにもうツンデレする元気もないみたいだ。
俺は意を決して宣言した。
「みなさん、船を降りましょう」
大きな帆に風を受け、船体を軋ませながらぐいぐいと海原を疾走するのはなかなかに爽快だ。風が変わると水夫たちがわーっとマストに登って作業するのも見てて面白い。
ただ風がなくなると一気にテンションが下がってしまうのは致し方ない。
「遅いわねえ、この船」
「昨日から全然風が吹かないですからねえ」
甲板で俺とハルさんが話していると、船酔いが治ったばかりのナラさんが船室から上がってきた。ニコとアミも一緒だ。
「うえ、げぷ……ようやっと気持ち悪いのんマシなってきたわ」
「今日は干し草、食べられそうですか?」
「おお、後でちょっと食うてみるわ」
「風が弱まったせいで船が揺れなくなって良かったですね」
「まあな。しやけど、こんな風やったらいつまで経っても先に進まんな」
「すまねえな、客人。ちっとも進まねえで」
ちょうどそこを通りかかったヒゲの船長が声をかけてきた。
「いえいえ、船のせいじゃないからいいのよ。お天気はどうにもできないしね」
慌ててハルさんが答える。
「帆船だとこういうこと、ちょくちょくあるんですよね」
フォローのつもりで俺が言うと、
「いや。この季節にこんな凪が続くなんて、まずあり得ねえな。気持ち悪ぃ」
船長は浮かない顔をしている。
「とりあえず、予定変更して、次の港で1泊して風待ちでさ。すまねえな」
「いいのよいいのよ。私たち、乗せてもらってるだけでも感謝しないといけない身だから」
そうだ。俺たちはカンのレジスタンスの紹介で、身分も明かさず極秘でこの貨物船に乗せてもらってる。文句を言える立場ではない。
ヒゲの船長が行った後、ナラさんがぼそっとつぶやいた。
「何かワシ、気になるねんけどな……」
「え? 何ですか?」
俺が尋ねると、ナラさんは南の方角を指して
「ほれ、南の水平線の辺り、空がぼうっと赤いやろ」
「はあ……そういえばそうですかねえ」
実際、よく分からない。そう思って見ればそうにも見えるか、ぐらいだ。しかし、赤い空と異常気象という両キーワードが俺の頭の中で結びついた。
「ひょっとして……歌術による気象操作、ですか?」
「まあな……海魔イレンはニコが倒してくれよったけど、この世には同じレベルのバケモンが他にもおるからな」
「そんな怖いこと言わないで下さいよ」
「ま、ワシの思い過ごしやろけど、常に心の準備だけはしといた方がええからな」
そう言ってナラさんは船室に戻って行った。俺はしばらく南の空を眺めていた。赤く見えない……こともない。何だか不吉な予感だ。
幸い次の朝には弱いながら風が吹いていた。船はゆっくり港を出て、南に向かって進み始めた。
しかし風が吹けば波が立つ。波が立てば船は揺れる。船が揺れると……ナラさんの船酔いが再発する。
「うえ……そやからワシ、西海岸なんか来となかってん……おえ」
床の敷物の上にべったり横になって、こっちを恨めしげに見上げてる。
「何でもええからお前が決めろ、って言ったじゃないですか」
「あん時は船なんか乗る思てへんかったんや」
「そういえば、昔、乗ってた船が難破した時もひどく船酔いしてたって言ってましたね」
「おお、あん時は、しゃべることもできんぐらいやったわ。しやから気がついたら置いてけぼりなっとったんや」
「それに、女の子が2人も付き添ってくれるなんてなかったでしょ」
「そやそや。今回はこんな美少女が2人も横におってくれるからな、船酔いなんか……おえ、アカンわ、やっぱ気持ち悪いわ」
しかし吐き気が強くなるとアミとニコがそれぞれ双癒歌を歌ってくれる。
「おお、すまんの。それやってくれるとだいぶラクになるわ」
何だか見てるとちょっと羨ましい。それが顔に出てたんだろう。
「何やったら替わったろか。こんな船酔い、お前にやるわ」
「いえいえ、遠慮しときます」
笑って席を立つ。
甲板に出るとハルさんが何やら船長と深刻な顔で話し込んでいた。
「困ったわ」
「どうしたんですか?」
「ここ何日かの凪のおかげで予定が狂って、他の貨物船と行き違いになっちゃったらしいのよ。そのせいでレミの港に1週間ぐらい泊まってないといけないらしいの」
「い、1週間?」
「そうらしいわ」
1週間も船の中にカンヅメか。
しかも豪華客船なんかじゃなく、この小さい貨物船だ。アミューズメントなんて何もない。ネットもないしTVすらない。ただひたすら船室で寝てるしかない。結構、辛いだろうな。
いっそ船から降りるか。
レミの街のレジスタンス組織は大きいらしい。しかも俺たちがレミに向かってることは既に伝わってる。みんな大歓迎してくれるだろう。
いやいやいや。
だから、それはダメなんだって。
きっとみんな、俺たちが一刻城に行くものと思って準備万端だ。下手したら一緒に行きますとか言われるかもしれない。そうなるともう断れない。俺は見事に玉砕フラグを立ててしまう。
「仕方ないです。何とか船の中でガマンしましょう」
「そうよね、仕方ないわよね」
とはいえ、何か時間をつぶす工夫を考えとかないといけないな。厚紙を切り抜いてオセ○ゲームでも作っておこうか。
その数日後、俺たちはレミに到着した。
レミ川の北岸、河口近くに港があり、それを取り囲むように市街地が拡がっている。港町と言うより貿易都市と言った方が良いぐらいの大きな街だ。
港には桟橋がたくさんあり、いろいろな船が泊まっている。俺たちの乗った貨物船も帆を下ろし、桟橋に横付けになった。
作業が終わると船長たちはあっという間に船を降り、みな街に飲みに行ってしまった。気がつけば、船に残っているのは俺たちだけだ。さあ、長い長いお留守番の始まりだ。
『ギシギシ……ギシギシ……』
港の中なのに船は結構揺れる。
外は雨が降りだした。風も強いし、かなりの荒れ模様だ。
あれから風が止んでしまうことはなく、むしろレミに近づくにつれだんだん風が強くなり、お天気が崩れてきた。
「うえ……たまらん……気持ち悪ぅ……おええ」
ナラさんはもう涙目だ。
いや、確かにこれはひどい。これなら外洋を航行してる方がまだマシだ。ジッと泊まったままで上下に揺れてるのが一番気持ち悪い。
「ああ! また負けた。気持ち悪くて集中できないわ」
さっきから俺とハルさんでオセ○ゲームをしてるが俺の連勝だ。しかし勝ってる俺も相当気持ち悪い。さっきまでみんなに癒歌をかけてくれていたニコとアミもぐったり横になっている。
「ふて寝するにもまだ時間が早過ぎて寝れませんよね」
「これは思った以上の地獄ね……」
「甲板に出てみますか?」
「真っ暗で何も見えないし、雨でびしょびしょになるだけでしょ」
「ま、そうですよね」
しかし、こんなものはまだまだ序の口だった。
夜が更けるにつれ嵐は激しさを増した。船は船体のあちこちを軋ませながら激しく揺れ、時々船腹が桟橋に当たって鈍い音を立てる。うるさいし気持ち悪いし、とても寝られたもんじゃない。
全員でお互いに癒歌をかけ合うが、すぐに効果が切れてまた吐き気がしてくる。
「ニコ、大丈夫か?」
さすがのニコも青い顔をしてる。
「うん、大丈夫。ソウタは?」
「うーん、大丈夫だけど気持ち悪いな。頭も痛いしクラクラする」
「私も、ちょっと頭痛い」
「水飲む?」
「うん、ありがと」
「ナラさん、大丈夫かなあ?」
「そろそろ様子見に行こっか」
「そうだな、行こう」
寝ててもどうせ気持ち悪い。ちょっと起きて動いた方が気が紛れるからな。
しかしナラさんは重症だった。
「ナラさん、大丈夫ですか?」
声をかけても返事がない。四つ足を投げ出してぐったり横になったまま、口からよだれが垂れている。慌てて癒歌をかけると、ちょっとだけ目を開けた。
「大丈夫ですか? 聞こえます?」
「……もうアカン……ワシ、ここで死ぬわ……すまんな、最後まで付いて行ってやれんで」
「そ、そんなこと言わないで下さいよ」
今度は俺とニコと2人で癒歌をかける。
「……ワシの骨は……おえっと……中央森林のサカの谷に播いてくれ……」
ダメだ、まだこんなこと言ってる。
そこにハルさんとアミもやって来た。2人もげっそりした様子だ。
「これはまずいわ。食事どころか水分を摂るのも厳しいぐらいで……うっぷ……明日もこんな状態だったら、本当にどうにかなりそうだわ」
「船を下りますか?」
「それは考えたくなかったけど……ナラさんがこんな状態だと、ねえ?」
「ううう……くっそ」
ナラさんが泣き出した。
「ワシを甲板に連れて行って、海に放り込んでくれ……うっぷ……情けないわ……申し訳ないわ……」
「そんなことできませんよ」
立派な角を持った鹿が、横になったまま息も絶え絶えなのを見ると、可哀想で可哀想で仕方ない。こっちの方が辛い。
しかし翌朝になっても嵐が止む気配はなかった。
ふらふらしながら甲板に上がると、横殴りの雨と風で身体を持って行かれそうになる。船が傾いた拍子によろけて海にダイブしそうだ。
大きな波が寄せてきて、桟橋の先の方では波しぶきがあがっている。船は上下に揺さぶられ続けている。
何より不気味なのは、暗雲が垂れ込めた空の所々が赤みがかっていることだ。これはやはり普通の嵐ではない。誰かが天候を操作しているんだ。
誰が? 何のために?
分らないが、この嵐がそう簡単に治まらないことだけは確かだ。
ふらふらしながら船室に戻ると、ニコとアミがナラさんに癒歌をかけていた。ハルさんはベッドにぐったり横になったままだ。
「どうだった?」
アミが尋ねてくる。
「ダメだ。嵐は当分治まりそうにない」
「そっか……」
うつむいてしまう。さすがにもうツンデレする元気もないみたいだ。
俺は意を決して宣言した。
「みなさん、船を降りましょう」
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