音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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第十幕 革命前夜

ゴブリン娘

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 大きな石の扉がゴトンと身震いし、刻まれた歌詞の文字が白く光った。そしてその光が消えると同時に、『天国の扉』はさらさらと砂のように崩れ去った。

 扉の向こうには真っ暗な通路がつながっている。外の光が射すのはまだ先のようだ。

「前ん時は、扉の向こうが長い長い石の階段になっとってな、それが地上につながっとったんや」

「やっぱり全員で歌うと違うのね」

「これがホントの天国への階段、いうてキョウが大ウケしとったけどなあ。未だに意味が分からんわ」

 そういえばロックの名曲にそういう題名の歌がある。キョウさん、ベーシストだったらしいけど、洋モノのロックにも詳しかったんだろうな。プログレなんかも聴いてたんだろうか? 会って話がしたかったなあ。



 しばらく行くと、もう一つ石の扉があった。しかしこちらには文字も絵も刻まれてはいない。

「この扉だけ明らかに年代が新しいわね。この向こうが研究施設かしら」

 扉の表面をなでながらハルさんが言う。

「前ん時はこんな扉なかったな。開けたらボス敵のお出ましやろか? 親衛隊や黙呪兵がうじゃうじゃおるんやろか?」

「まあ、何が出てくるか分からないけど……突破するしかないわね。みんな戦闘準備はいい?」

 心臓が高鳴ってくる。ハルさんの問いにみんなうなずく。あれ? ノノだけがきょとんとしてる。

「ノノちゃんもがんばってね。あ、でもあのピカーっと眩しいのは『やるよ』って声かけてからにしてね。しばらく目が見えなくなっちゃうから」

 ハルさんが優しく声をかけるが、ノノはふるふると首を横に振った。

「えっ? どうして?」

「……」

 まただんまりだ。

「あの……私、思うんだけど……」

 ニコがおずおず割って入る。

「あの光の矢の歌術って、太陽の光があるところしか使えないんじゃないかな?」

 それを聞くやノノはうんうんうんと首を縦に振っている。ああ、そうなのか。

「あ、じゃあ、雷歌を使う時には言ってね。私とアミちゃんは雷耐性ないから」

 今度はこっくりうなずいた。



「さあ、歌い手様、よろしくね」

「了解」

 言われるまでもなく、こういう構造物を破壊するのは俺の得意分野だ。

 みんなを少し下がらせた上で右手をかざし震歌を歌う。

「来いやっ 来いやっ 来いやっ 来いやっ 散れやっ 散れやっ 散れやっ 散れやっ はあっ!」

 ピタリと震動を止める。持て余された振動エネルギーは石の扉を内部から打ち砕く。

『どごおんんんっ!』

 大きな扉はがれきになって四散した。

 もうもうと舞い上がるダストが落ち着くと俺たちは息をのんだ。扉の向こう側は、よく分からない装置が雑然と並ぶスチームパンクな空間だった。

 どういう装置なのか分からないが、莫大なお金がかかっていることは間違いなさそうだ。こういうのも全て、武器商人が争いを煽り、親衛隊とレジスタンス両方に武器を売りつけた成果と思うと腹立たしい。



「あっ!」

 通路に誰か倒れてる。ここの研究員というか、親衛隊の人間のようだ。

 しかし、抱き起こすまでもなかった。そいつは床に大量の血液をぶちまけて事切れていた。血液はソースのような色に変わり、遺体も変色して冷たくなっている。亡くなってから時間が経っているようだ。

「殺されたんでしょうか?」

「見たとこ、そんな感じね。身体のどこかを刺されたのかしら、すごい出血ね」

 ハルさんも眉をひそめている。

「何でここのヤツが、こんなとこで死んどって、しかも放ったらかしやねん?」

 ナラさんがつぶやく。確かにその通りだ。何かあったんだろうか。



 先に進むにつれ次々に死体が見つかった。みなここの研究員のようだ。というか生きている人間は誰もいない。

 いずれもどこかを刺されたか切られたかで、大量の血液を流して死んでいる。中には頭を半分かじられたような遺体もあった。敵ながら気の毒な有様だ。

「ヌエさんがやったんでしょうか?」

 思わず訊いてみるが、

「いや。あいつやったらこんな惨い殺し方はせん。電撃一発で心臓止められるしな。それにあいつは無駄な殺しはせん。こんな皆殺しみたいなことは絶対やらんわ」

 そうだろうな。あの人がこんなことをするとは思えない。

 じゃあ誰が? そういえばジゴさんのノートには『人体を黙呪兵化する研究』なんて恐ろしいことが書いてあった。バイオハザードか? ゾンビでも発生したのか?

「まあ、こんな奴らどうでもええねん。それよりヌエや。あいつ大丈夫やろか。まじヤバいんちゃうか」

「ですよね。先を急ぎましょう」



 しかしその時、ふと視線を感じた。

 それは部屋の隅に置かれた大きなケージの中からだった。

 何だ? のぞき込んでみると、黒い生き物がうずくまってこちらを見ている。

 黒くてしわくちゃで、黙呪兵みたいだけど……しかしその目には光がある。こっちを怖がっているようだが表情もある。

「黙呪兵じゃないわ!」

 アミが声をあげる。

「ゴブリンね。まだ小さいわね。女の子じゃないかしら」

 ハルさんがツタを使ってケージの鉄棒をぐんにゃり拡げた。

「おいで。大丈夫よ」

 しかしみんなケージの前に集まってきてのぞき込むものだから、ますます怖がって隅の方で固まってる。

 その時、ナラさんが聞いたことのない言葉をしゃべった。するとゴブリン娘はぴくっと反応した。おずおずとケージの真ん中までは出てきたが、そこから動けない。

「ちょお、お前ら。見世モンちゃんうんやからちょっと下がれ」

「そうよね、ちょっと下がりましょ」

 ハルさんが俺たちを下がらせる。

「お前も下がれや」

「分かってるわよ!」

 お決まりのやり取りの後、ナラさんがもう一度聞き慣れない言葉を話した。ゴブリン語なんだろうな、ゴブリン娘の方も何かしゃべった。意外に可愛らしい声だ。

「やっぱりな」

「何がやっぱりなのよ」

「この子、捕まって連れてこられて、危うく実験台にされそうやったんや」

「えええっ! ひどい!」

 アミが憤慨する。

「ちょお、何か食べるモンないか? すごい腹減っとるみたいや」

「これ、食べる?」

 ニコがドライフルーツを差し出すと、ゴブリン娘は少しずつ少しずつケージから出てきた。そしてぱっと手に取るといきなり口に放り込んだ。もぐもぐもぐ……ああ、嬉しそうな顔してる。よし、俺のも出してやろう。

 みんなから干し肉やドライフルーツをもらったゴブリン娘は、すっかりニコニコ顔になった。こうやって見るとなかなか愛嬌があるじゃないか。

「黙呪兵とは全然違いますね」

「そらそうや。黙呪兵みたいに人工的に作られたもんやない。普通の生きモンやからな」

 そう言いながら、ナラさんはまた彼女とゴブリン語で会話する。

「何! 黒い鳥女が捕まってんのを見た!?」

「何ですって!?」

 みな、ナラさんの通訳に釘付けになる。

「そうか。分かった……案内してくれるらしいわ」



 ゴブリン娘がちょこちょこと小走りに通路を進んで行く、その後をみながついて行く。

 迷路みたいな通路を抜け、また大きな石の扉の前にたどり着いた。ゴブリン娘が振り返って何か言ってる。

「この扉の向こうらしいわ」

「でもこれ、どうやって開けるのかしら?」

 見渡すがノブも鍵もない。急いでるんだ。ぶっ壊すしかない。

「壊して突破します。みんな下がって下さい」

「頼んだわよ」

 右手をかざし、また震歌を歌う。焦ってるのか、手が震えてる。

「散れやっ 散れやっ 散れやっ 散れやっ はあっ!」

 がらがらがら……瓦礫が崩れた向こうは真っ暗だ。

 ハルさんがランプを突っ込んで照らす。そこは土壁むき出しの牢のような部屋だった。その一角が視野に入った時、俺たちは息をのんで固まった。



 いた! ヌエさんだ。

 天井から逆さに吊され、羽根をもがれ、全身ずたずたに傷つけられ、下には血だまりができている。

 死んでる?

 いや。彼女は物憂げに片目を開けてこっちを見た。

「そこのウマシカ野郎……来るのが遅いよ……もうすぐご臨終だ……い、ひひ、ひ……」

「ヌエっ!!」

「まぬけ面してないで、早く下ろしておくれ」

 ナラさんは速かった。部屋に飛び込むや彼女の下に入って背中で支えた。俺が震刃で鎖を切ると、力を失った身体はナラさんの上にどさっと崩れ落ちた。

「癒歌やっ! ニコっ! 癒歌やってくれっ!」

 ナラさんが叫ぶ。慌ててニコが駆け寄り癒歌を歌おうとするが、ヌエさんが遮った。

「いいよ、いいよ……身体中の血液を抜かれたんだ、ほとんど全部。だから癒歌は効かないし、今さら傷だけ治しても意味ない。昨日からずっと心臓が止まりかけてる。もう手遅れさ……いひ、ひひ……」

「そ、そやけどお前っ!」

「あんたが大声出すと傷に響く……心臓が動いてるうちに伝えとかなきゃいけないことがあるんだ。黙っとくれ」

「う、うぐぐ……」

 ナラさんを黙らせると、彼女はノノを呼んだ。

「ノノ、ご苦労さんだったね。もうちょっと寄っとくれ」

 そして声を落とすと何事か伝えている。ノノはうんうんとうなずいている。

「次はあんたたちだ。ソウタとニコ……いや、光の女神と歌い手さま。いひ、ひひ……」

 俺たちは、ナラさんの背中にもたれてぐったりしているヌエさんに歩み寄った。
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