音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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終幕 歌のあふれる世界へ

決着

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『ミシミシミシ……』

 喉の軟骨がきしむ。気道が塞がれていく。黒い男は俺の喉首をつかんだまま宙高く突き上げた。

 く、苦しい。息ができない。死ぬ。

「きゃあああっ!」

「ソウタっ!」

 女性陣の悲鳴が聞こえる。

「グフフフフ……オレハ、モクジュオウ……コロス、ウタイテヲコロス……」

 男の嬉しそうなつぶやきが聞こえる。

「ぐ、ぐが……ああ……」

 黒い手の握力が増す。喉から勝手にうめき声が漏れる。痛い。苦しい。

 俺は死ぬのか。ここで死ぬのか。ニコの胸に気を取られたせいで、喉を握りつぶされて死ぬのか。まあ、俺らしい死に方かもしれない……ああ、意識が遠のいていく……



 その時、もがく右手が何か硬い物に触れた。

 上着の内側、右脇に差してるのは雌雄剣シユウケン……

 そういや、これでサンゴを削ったな……何だっけ? 何を作ってたんだっけ……

 !!

 不意に意識が鮮明になった。

 指輪だ。サンゴの指輪だ。婚約指輪だ。

 そうだ。あの浜辺の小屋で、この雌雄剣を使って、こつこつ削り出したんだ。

 ニコと、生まれてくる子供たちを、ずっと守って行く、その覚悟を込めて作った魔法の指輪……

 俺がそう言った時のニコの嬉しそうな顔が浮かぶ。あれから彼女はずーっと指輪を着けてくれてる。外したところなんて一度も見たことがない。もちろん今も彼女の薬指で光っている。

 ダメだ! 死んだらダメだ!

 俺は最後の力を振り絞って雌雄剣を抜き、男の顔面に突き立てた。

「ぐぎゃあああああっ! おあああああああっ!」

 男は絶叫し、俺をぶん投げた。



「ソウタあっ!」

「大丈夫っ!?」

 転がった俺の元にみんなが駆け寄ってきた。

「げ、げほ、げほげほ……」

 しばらく咳き込んでようやっと息ができるようになった。

 ニコとアミが癒歌を歌ってくれようとしたが、それを制して俺は立ち上がった。まだだ。まだ決着はついてない。

 黒い男は、眼窩に剣を突き立てたまま、よろよろ逃げようとしていた。俺はその後頭部に狙いを定め、震動を送り込んだ。

 終わりだ。今度こそ終わりだ。ガイさん。ごめんなさい。こいつを救うことはできませんでした……



 しかしその時、群衆の中から親衛隊員が飛び出し、ゾラに駆け寄った。

 ん? あれは子分の剣術講師じゃないか。奴を助けるつもりか? 加勢するつもりか?

 新手の登場に俺は身構えた。

 しかし剣術講師は、やにわに剣を抜き、横からゾラの左胸を貫いた。

 !!

 さすがのモンスターも、心臓を串刺しにされ、声も立てず崩れ落ちた。

 あまりのことに俺たちも固まった。



 やがて剣術講師は剣を収め、こちらを振り返った。

「歌い手よ、言葉を交わすのは久しぶりだな……ああ、お前らと戦うつもりはない。力を抜いてくれ」

 言われて、まだ右手を構えたままだったのに気がついた。確かにこいつから殺気は感じられない。

「もう一人いた体術の講師はどうしたんだ?」

「……兄貴に食われた」

「ああっ!?」

 予想外の答えに思わず声が出た。

「兄貴は、身体を食ったり、血を飲んだりすることで、相手の力が得られると思い込んでたんだ。俺も食われかけた。辛うじて逃げたがな」

 何てことだ……そういえばニルの研究施設には頭をかじられた遺体があったな。



 剣術講師は遠い目になった。

「孤児の俺にとってボナ・キャンプは第2の家だった。ガイさんは親父だ。俺の剣術の才能を見いだしてくれた。母親のナナさんは日々励ましてくれて、そして兄貴が本当の兄のように俺に付き合い、育ててくれた。しかしナナさんが死んで、兄貴は変わってしまった」

 ああ……ガイさんがそう言って泣いてたな。

「怪しげな商人にノセられ、おだてられて、自分こそが歌い手だって髪を黒く染めたり、みんなに『歌い手様』と呼ばせたり……ただ俺たちは兄貴が強いのを知ってたから、半信半疑で従ってたんだ。そこにお前らが来た」

 男は顔を上げ、正面から俺を見た。

「お前が力を抑えてるのはすぐ分かった。兄貴がいくら強くても、お前とは全くレベル違いなのもすぐ分かった。俺は兄貴を止めた。必死で止めた。でも兄貴は止まらなかった。三歌試合を吹っかけて負け、商人にもらった黙呪丸をふ化させ、キャンプを滅茶苦茶にして逃げた」

 男の目に涙が光った。

「思えば、あの頃だったらまだ引き返せた。しかし俺たちは兄貴に逆らえず、前に進んでしまったんだ。武器商人の口利きで親衛隊に迎えられ、しかも『分隊長』とか呼ばれて兄貴は舞い上がってしまった。そこでまたお前らと戦うことになった」

 イズの町、牛ゴリラの一件だな。

「そうだ。しかし俺たちを吹っ飛ばしたモンスターを、お前らはあっさり倒してしまった。力の差は歴然だった」

 いや、あれ、向こうが自爆してくれたんだがな……

「兄貴は自分が大して強くないという事実を受け入れられなかった。だからニルに向かってしまったんだ。以前から勧誘されていた魔物の血を身体に入れる研究に参加し……その結果がこれだ。一方、滝から落ちたのにお前は生きてる。それどころじゃない。どんどん仲間メンバーを増やし、眷属を倒し、大陸中を味方につけちまった」

 男は広場の群衆を振り返った。俺たちが黙呪王を倒したと勘違いしてるんだろう。人々は大声で歌い騒ぎ、もうお祭り騒ぎだ。

「そんなお前に止めを刺されたんじゃ兄貴が可哀想すぎる。最期だけは、俺が、決着をつけてやりたかったんだ」

 その言葉は俺の胸に突き刺さった。

「お前らも、辛かったんだな。すまなかったな」

 俺の口から自然にそんな言葉が出た。男は驚いた顔をした。

「お前……俺たちに謝るのか?」

「あ、ああ……謝ってしまってスマン」

 思わず、重ねて謝ってしまった。謝り過ぎだろ。いつもの悪い癖だ。

 剣術講師は笑い出した。

「くっくくく……お前がそんな奴だからみんな味方してくれるんだな。器が違うってことがよく分かったよ」



 そう言いながら、ゾラの身体を抱き起こした。

「お前、これからどうするんだ?」

「とりあえず兄貴の遺骨を持ってボナに帰るさ。親父とおふくろに報告して……その後は、さあ、どうするかな」

 その時、遺体の傷口からどろどろと黒い血液がこぼれ出た。

「ちょっと待って!」

 それまで黙って見ていたニコが、バックパックをごそごそしてガーゼを取り出し、傷口に当てた。男の目にまた涙が浮かんだ。

「ありがとう。兄貴も喜んでるよ。お前のこと、ずっとお気に入りだったからな」

 お気に入りっていうか、完全に妄想モードだったけどな。

「本当なら兄貴が生きてるうちに優しくしてもらいたかったがな……まあ、それはとても無理だったもんな。仕方ない」



 男はゾラの身体をかついで立ち上がった。

「お前たちは、これからどうするんだ? 黙呪王と戦うのか?」

 そうだ。忘れてた。黙呪王だ。

 戦う? 戦うんだろうか、黙呪王と。

「分からん。戦うことになれば、戦うさ」

「そうか……」

 男はフッと笑顔になった。

「どうせお前らが勝つだろうが……負けるなよ。死ぬなよ」

「あ、ああ……」

「兄貴が暴れ回ったせいで王国政府は壊滅状態だ。放っておけばまた良からぬ奴らがのさばってしまう。お前らが、ちゃんと生き残って、新しい国を作れ。そして……」

 黒い身体をかつぎ直した。

「俺たちのような馬鹿でも、平和に歌いながら生きていけるような世の中にしてくれ。頼んだぞ」

 剣術講師はそう言って向こうに歩き出した。俺たちはその後ろ姿を悄然と見送った。

『勝った』という気持ちにはなれない。何だかすごく複雑な心境だ。

 いつの間にか雨は止み、雲の切れ間から陽の光が差し込んできていた。
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