音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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終幕 歌のあふれる世界へ

二人の女神

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「ソウタ、本当にいいの? もう二度とお父さんに会えなくなるよ」

「ああ、大丈夫だ。ひと思いにやってくれ」

「それに私、ソウタとだったらここで何年でも暮らせるよ」

「いやいや、それは嬉しいけど、早くみんなのところに戻らなきゃ。みんな心配してるだろ? さあ、鏡を壊そう」

「うん、分かった……でも、もう1杯だけお茶飲んでからにしよ? ね?」



 父親を見送った後、ひとしきり泣いて俺は落ち着いた。

 密かに憧れていた父親。あんな風になりたいと思っていた父親。その父親に捨てられ、裏切られたんだと思い、俺は苦しんできた。

 しかし事実はそうではなかった。親父は異世界に来てもなお、俺のことを気にかけてくれてた。そして自分がここに閉じ込められていても、ウメコさん、ヌエさん、ナラさんを通じて、俺をずっと助け、見守ってくれてたんだ。

 心の中の重荷が下りた気がする。何だか鼻歌を歌いたい気分だ。

 今なら俺はジゴさんに言える。実の父親は、結構いい奴でした、と。

 ノノにも早く、俺たちの父さんはすごい人なんだぞ、愛してるって言ってたぞ、って伝えてやりたい。

 さあ、さっさと鏡を壊してここを出よう。ドラゴンだの不死の魔術師だの、出てきたら出てきた時だ。俺とニコがいれば何とかなるさ。



 ところが、いざ鏡を壊そうっていうところで、ニコに勢いがない。どうしたんだろう。

「ニコ、怖いのか? 鏡、壊すの」

「う……ううん、怖いんじゃないけど……」

「けど?」

「何か、ただ事では済まない気がするの」

「ドラゴンが出てくるとか? バトルになるとか?」

「ううん、そうじゃなくって……何か、壊したらいけない物のような気がするの」

「でも、壊さないと、こっから出られないよ」

「うん、それは分かってるんだけど」

「ジゴさん、ナギさんも心配してるよ。それにナラさんが『もう待てん!』って叫んで、『うるさいわね!』ってアミとケンカしてるかもしれない」

「うん……うん……」

「さあ、行こう」

「うん、分かった」

 ようやっと腰を上げてくれた。



「じゃあソウタ、光の歌術、いくね」

「よし! いこう」

 ニコが流麗なメロディーを歌う。

「光よ 光よ 集まりて集まりて 闇を照らし、黒い心を浄めたまえ~♪」

 ニコの手の上に真っ白な光の矢が現れ、鏡に向かって凄いスピードで飛んだ。矢は鏡の中に吸い込まれ……そのままだった。

「あれ?」

「何も起こらない……ね?」

「おかしいな」

「あ、そうだ!」

 彼女は天井を見上げて言う。

「光が足りないんだ」

 確かに、天井の一部がぼんやり光っていて部屋の中は明るいが、日光にはほど遠い。

「よし、天井を壊すぞ」

「うん」

 俺がタメにタメて歌った震歌は天井を吹き飛ばした。春の午後のちょっと眠たい青空が頭上に拡がった。傾きかけた太陽の光が、それでも燦々と射し込んでくる。



「これでどうだ?」

「うん。もう1回、光の歌術やってみるね」

 今度は、先ほどよりもケタ違いに眩しい光の矢ができた。矢は真っ直ぐ鏡の中に飛び込んだ。

 鏡が光った。

 光はどんどん強くなり、やがて鏡全体が眩しいほどに光り輝いた。

 俺がニコを背後にかばった途端、『パン!』という音を立て、鏡が弾けた。思わず目をつぶった。



 ん? 頬を優しくなでる風を感じる。

 何だ?

 目を開けると、そこは草原だった。

 あれ? ここは? 王の間じゃない?

 遠くに見える山脈はジャコの街から見えるのと同じだ。伸びたススキは冬枯れして、足下から新たに春の草が伸びてきている。遠くでヒバリがピーチュルさえずっている。

 春の草原……城壁の外かと思ってきょろきょろするも、どこにも街がない。黙呪城の塔もない。ジャコの街が消えてしまった。

 その時、目の前10メートルほどのところに人が座っているのに気がついた。

 誰だ!?

 不死の魔術師か? 真のラスボスか? 心臓が高鳴る。背中のニコをかばい、いつでも攻撃に移れるように身構える。

 しかしその人物は、立ち上がろうとして少しよろけ、もう一度やり直して、ようやっと立ち上がった。

奏太ソウタ、久しぶり。そんな怖い顔しないでよ」

 中学校の制服を着た女の子は、車イスのハンドルにつかまって身体を起こし、こちらに笑顔を向けた。その顔は、毎日見慣れた顔だ。優しい面立ちの癒やし系美少女だ。



「私の名前、覚えてくれてる?」

 これまでなかなか思い出せなかった名前がすらっと出た。

仁子ニコ……徳永仁子トクナガ ニコ……」

「え? 呼び捨て?」

「いつも仁子って呼んでたじゃん」

「ふふ……良かった。覚えてくれてたんだ」

 少女が笑うと、きゅーっと胸が切なくなってしまう。



「何で私がここに出てきたか分かる?」

 彼女は小首を傾げながら俺に問うた。

「うーん……いや、分からない。ごめん」

「奏太が謝ってるの、久しぶりに聞くわ」

 ころころと笑う。

「あのね、このお話はここで終わりなの。だから作者として、最後のご挨拶に出てきたの」

「お話? 作者?」

「そうよ。この世界は、私がベッドの上で一生懸命考えたお話の世界なの」

 はあ? どういうこと?

 頭の中が『?』だらけになった俺に、彼女は説明してくれた。

「私、奏太の高校に行って、軽音に入って、奏太の後輩になって、一緒にバンドする約束してたでしょ? でもそれがもう叶えられそうにないから、叶えられるお話を考えたの。願望充足ってやつね」

 ……確かに、そんな約束をしたな。あの浜辺で。花火の時に。

「ジゴさん、ナギさんは理想の両親。ハルさんは理想の先生。アミは理想の友達。ナラさんは理想のペット」

「ペット!?」

 思わず聞き返した。

「うん。修学旅行で見た鹿さんが可愛くって、ペット飼うなら絶対、犬や猫より鹿だなって思ってたの」

 さすがにKYの仁子ちゃんだ。鹿なんかペットで飼わねえよ。

「ヌエさんやノノちゃんは理想の味方モンスター、ゴブリン娘のキナちゃんは理想のマスコットキャラ」

「俺だけが現実の人間か」

「ううん。奏太のお父さん、神曲響太カミガリ キョウタさんも、スペシャルゲストでご本人に来てもらったの」

 ああ、あれは本人……だったよな。



「物語は、私の15歳の誕生日から始まるの。朝、奏太が、裏の畑に転移してくるの」

「え? この世界はもっと昔からあるだろ? 今は黙呪暦五百何年だっけ?」

「ううん。それは全部、物語の『設定』よ。設定した時点で事実になってるけど」

「じゃあ、ニコが村でいじめられて不登校ってのも『設定』なのか」

「そうよ。ウメコさんのお店に奏太が現れて、私を学校行けるようにしてくれたのと同じ。こっちの世界でも、奏太が私を外の世界に連れ出してくれるの」

 そうだ……思い出した。

 俺は、仁子に会うのが楽しみで楽しみで、それでウメコさんの店に足しげく通ってたんだ。俺だって、仁子がいたから立ち上がることができたんだ。



「村を出て、様々な冒険をして、様々な仲間に出会って、私はいつも奏太と一緒にいて、奏太を助ける役目なの。で、だんだんこの世界の秘密が明かされていって、奏太がラスボスを倒して、お父さんに再会するの」

「何でわざわざ俺の父親をゲストで呼んだんだ?」

「だって奏太、ずっとお父さんに会いたがってたよね。お父さんのこと憧れてたよね。だから私のお話の中で再会させてあげようと思ったの」

 ああ、そうだったのか……

「……仁子、ありがとう」

「いいえ、どういたしまして。でね、最後に奏太が、元の世界に戻るか、私とこの世界に残るかで、残る方を選択して、鏡を壊すの。それがラストシーン。ハッピーエンドよ」

「だから、この話はここで終わりなのか?」

「そうよ。そこまでしか考えられなかったの」

「何でそこまでしか考えられなかったんだ? いくらでも続き考えりゃいいじゃねえか」

「だって、私、死んじゃったもん」

 !!!



「15歳の誕生日の前日に私、死んじゃったの。元の世界の私が、ね。それで、たぶん神様が薄幸な少女を哀れんで、考えてたお話をそのまま異世界にして、転生させてくれたんだと思う」

 そうだ……何故忘れてたんだろう……そうだ、仁子は病気で……そうだ……

「こっちの世界の私が前世を覚えてなかったのも、奏太が前世の私の記憶を失ってたのも、お話に矛盾が生じないためだと思うわ」

 呆然とする俺に彼女が説明してくれる。そうか……そういうことだったのか……

 どうしようもない悲しみがわき上がってくる。どんどんわき上がってくる。それはあっという間に身体を満たし、涙になってあふれ出てきた。



 そうだ。仁子は病気を抱えてたんだ。

 中1の頃はまだ元気で、ウメコさんと一緒に、海に泊まりに行ったりしてたけど、だんだん病状が悪化して、学園祭ライブの頃にはもう車イスでしか動けなかったんだ。

 俺は仁子が好きだった。大好きだった。ウメコさんのお店で出会ってからずっと。

 でもヘタレの俺は2つ年下のJCに告る勇気がなくって、それで曲を書いたんだ。

 それが『天使の旋律』。

 歌詞は今のとちょっと違うけど、曲は一緒だ。そしてそれを学園祭ライブで演奏したんだ。告る代わりに。

 仁子が亡くなったと聞いて、俺は頭が変になりそうだった。自分も死のうと思った。

『こんな世界で、もう生きてたくない!』

 そう思って、泣いて泣いて、泣き疲れて眠って……起きたらこっちに来てたんだ。ニコの家の畑に。仁子の記憶を失った状態で。



「仁子……でも、今、お前はしゃべってるよな。ここにいるよな」

「うん。でもたぶん、もうすぐ消えるよ。この世界と一緒に」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! お前まで消えてしまうのか!?」

「うん。だってこのお話はもう終わりだもん。私ももう存在する意味ないもん」

「って、この世界も消えるのか!? 俺はどうなるんだ?」

「元の世界に戻るよ。たぶん、転移した時点……私が死んだ翌日の朝かな。そこに戻るの。あ、でも喜んで。お父さんは最初から失踪してないことになってると思う。良かったでしょ?」

「良くねえよ! そんなの!」

 思わず大声になってしまった。

「お前の死んだ世界、お前のいない世界なんかに戻りたくねえよ! だからさっき鏡を壊したんじゃねえか! 俺はこっちの世界で、お前と一緒に暮らすんだ。そっちを選んだんだ」

「え、でも……」

「でも、じゃねえよ!」

 俺はずんずん音を立てて仁子に詰め寄った。

「元の世界で告れなかったから今、言う。俺はお前が好きなんだ。大好きなんだ。『天使の旋律』も『女神の旋律』もみんなみんな、お前のことを想って書いた曲なんだ」

 仁子は俺を見上げ、驚いた顔をした。その目にゆっくり涙が浮かんできた。

「奏太……ありがとう、私、それを聞けて嬉しい。私も奏太のこと、ずっと好きだったの……大好きだったの……ありがとう。こんなハッピーエンドにしてくれてありがとう」

「だから! ハッピーエンドじゃねえって! 終わらないんだって! 言ってただろ? この旅は終わらないって。旅を続けることが目的なんだって。まだまだ続けるぞ! 歌い続けるぞ!」

 俺は叫びながら彼女を抱きしめた。そして大声で歌った。泣きながら歌った。消えるな! 消えちゃダメだ!


 ああ 君に出会うためここに来た

 ああ 君に歌うため世界を越えた

 女神の旋律 君に歌うよ 音痴だけど

 顔を上げ 胸を張って 必死で歌う♪



 声を嗄らして必死で歌ううち、どこからともなく大勢の歌う声が聞こえてきた。俺が歌っているのと同じ、女神の旋律だ。

「ソウタ……ちょっと、ちょっと痛いの」

 弱々しい声が聞こえる。ああ、ごめん。力いっぱい抱きしめ過ぎた。

 しかし、腕を解いて驚いた。

 俺が抱きしめていたのは、中学の制服を着た仁子ではない。革の防具とマントを身につけた、背中でかばってたはずの、こっちの世界のニコだ。

「ニコ……」

 思わず、もう一度抱きしめた。

 周りの歌声が急に大きくなった。群衆が歌っている。ゴブリンが歌っている。鳥女が歌っている。みんなが歌っている。ここは……市民広場だ。何でここに?

「ソウタ……痛いよ。落ち着いて。ちょっと落ち着いて」

「あ、うん、ごめん」

「ほら、また謝った」

「……ごめん」

 俺たちは顔を見合わせて笑った。泣き笑いになった。周囲の群衆がドッと沸いた。

「歌い手様と光の女神様が黙呪王を倒して下さった!」

「もう黙呪王はいない! 親衛隊もいない!」

「新しい時代が始まるぞ!」

「歌うぞ! 好きに歌うぞ!」

 歌声が響く。幾重にも重なって、広場中に、町中に、いや、大陸中に響き渡る。



 そこにみんなが駆けつけてきた。

「何なのよあんたたち! 何で広場にいんのよ!」

 アミの声は怒ってるのか喜んでるのか分からない。

「急に塔が消えてもうたから、お前らも消えたんかと思うて泣きまくったがな!」

 ナラさんはまだ涙声だ。

「え? 塔が消えた?」

 振り返ると、確かにあの二重らせんが消えている。

「扉と一緒よ。砂粒みたいになってさらさらっと消えちゃったの。びっくりしたわ」

 ハルさんが教えてくれる。

 そうか。本当に黙呪王のシステムは消滅したんだな。

 しかしその時、ハッと心配になった。小声でニコに尋ねる。

「中学生の仁子はどこ行ったんだ? まさか消えて……」

 ニコも仁子も、2人とも俺の女神だ。消えてもらっちゃ困るんだ。

「大丈夫だよ。私の中にちゃんといるよ。私はニコで、仁子だよ」

 そう言って彼女は笑った。その笑顔は確かにニコで、仁子だった。ああ、良かった。



 しかしその時、彼女は妙なことを言いだした。

「ソウタ、あのね、新しい王国の最初の法律は、みんなに名字を名乗ってもらう法律にするの」

 は??

 何のこと?

 確かにこの世界ではみんな名字を持ってない。でもそれがどうしたってんだ? KYっていうか、意味が分らない。

 女神はちょっと頬を染めた。

「だから私も名字を名乗るの。でも、もう徳永仁子トクナガ ニコじゃなくって、神曲仁子カミガリ ニコでいいよね?」

 !!

 そういうことか。

「もちろんだ。でもそれだったら、法律なんかより先に、早く式を挙げよう」

「うん!」

 女神はパッと花が咲いたように笑った。

「ジゴさんと、日程を相談しよう」

「うん!」

「ジゴさん! お父さん! ちょっと」

「ほおい、何だ?」

「あのう、僕たちの結婚式のことなんですけど……」



 そんなことを話してる俺たちを、群衆の歌う声が包み込む。

 自由の喜びに満ちあふれた歌声は止むことなくリフレインしていた。


 女神の旋律 君に歌うよ 下手くそだけど

 光になって 風になって 夢中で歌う 俺の女神に ♪
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