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大舞踏会編
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しおりを挟む大舞踏会に向けて、テラコーヤ王国内では、開催領地に向かう貴族達の馬車隊が多くの護衛を引き連れ、それに商人達の一団が続いて大集団を形成する。
王国功労賞が開かれる年には、毎回各地で見られる光景。貴族達の大移動であった。数人の家族単位で出る家もあれば、一族総出の大所帯で動く領主も居る。
今までは大領地派閥四家のうち三家が持ち回りで大舞踏会を開いていたので、王都からも近い海のある北方に向かう場合が多く、街道も整備されていた。
だが、今回の舞台会場はハイスーク領。西の果ての辺境の地である。距離も遠く、道もほとんど整備されていない為、かなり過酷な旅が予想された。
「この街はもう満杯みたいだ。もう一つ先の街まで進もう」
「日が暮れるまでには泊まれるところを見つけたいね」
その道中にある領地は、通過する大勢の貴族と商隊が落とすお金で超好景気が期待されるところだが、まずもって街の物資が全く足りない。
近隣の街や村から集めようとしても、宿泊施設のある街であればこの大移動の休憩地の対象となるので、どこもかしこも満員状態。領地の物資は瞬くまに枯渇する。
この時に活躍するのが、一緒に付いてきた商人達の一団だ。彼らが街に不足している物資を補充して商売を成り立たせ、持ちつ持たれつの大繁盛でこの一大イベントを乗り切る。
そしてもう一つ、通り道になる領地を救済するシステムとして、王国功労賞で寄与された物資の優先分配先に指定される補助制度があった。
主に食料品関連が大量に送られ、嗜好品も食べ物や飲み物類が多く運ばれる。
前回の大会までは毎回決まったルートが出来ていた事と、街も道もこの大移動に対応できるよう整備されていたので、これまで大きな混乱も起きなかった。
しかし今回は、こんな大規模な催しとは無縁だった末端貴族の領地が通り道になるという事で、大物貴族家は護衛や随行員の数を増やして旅の安全を確保した。
その分、旅馬車隊の規模も大きくなり、田舎領地の小さな街などすぐにキャパシティーオーバーでパンクする。
道中での野営を前提にした編成の旅馬車隊一行はそれでも問題なかったが、長距離の移動に慣れておらず、想定を甘く見積もって出て来た一行はかなり難儀する事となった。
「とにかく街に入れないとまずい、このままだと街道脇で野宿する事になる」
「野営にも慣れている旦那様はまだしも、奥様やお嬢様達を馬車でお休みさせるなぞあり得んぞ」
旅程が破綻して自分達の不手際を自覚した家令は、既に他の貴族家の旅馬車隊一行で満杯になっている街に何とか入り込めないかと、交渉に走り回った。
「ダメだ……宿泊できそうな家屋はすべて埋まっている」
「通りも街の外周も、すでに馬車泊の車両でいっぱいだ。我々が割り込めそうな隙間もない」
それも、自分達より家格が上の貴族家ばかりである。すでに陽は落ち始めており、今から次の街を目指すのは安全面からみても問題があった。
彼らが今いる場所は、ハイスーク領に隣接する領地の西端に位置する街の前。つまり、ここより先はハイスーク領となる。
危険な魔獣が出没し、野蛮な冒険者が幅を利かせている事で知られる西の辺境ハイスーク。
社交界で囁かれるかの地の噂に関しては、多分に大領地派閥の方々の思惑も絡んでいるであろう事は、誰しもが暗黙の了解で理解している。
ただそれでも、ハイスークの領主と交流を持たない大多数の貴族達にとって、ハイスーク領は危険な辺境の地という認識で一致していた。
「仕方がない、もう少し進んでみよう」
「旦那様、それは……」
「ハイスーク領を私達だけで行くのは危険なのでは?」
「大舞踏会の開催で我々が大挙して来るのは分かっているんだ。ハイスークの領主殿も、街道の危険排除くらいはしてくれているさ」
希望的観測だが、王国の各領地から大勢の賓客を迎えるに当たって、自領内の安全確保くらいはしておくのが当然の責務。
ハイスークの領主は、社交界でよく聞く悪い噂にあたるような人物でない事は、これまた大多数の貴族達の間では暗黙の了解で認知されていた。
大領地派閥の方々に睨まれたくはないので誰も表立って交流を深めようとはしていないが、偶に社交場に現れた時の、貴婦人やご令嬢達の反応を見れば――といった感じである。
「領境に近い村や集落くらいあるかもしれない。陽が落ちきる前に出よう」
「分かりました」
そうして、王都周辺の小さい領地からやって来た中堅貴族の旅馬車隊は、大量の豪華な馬車で埋まっている街を離れた。
ほとんど荒れ地のような街道を進むこと、しばらく。陽も落ちきり、このまま足場も視界も悪い夜の道を走り続けるのは危険かと、馬車泊での野営を検討し始めたその時、前方に明かりが見えた。
「旦那様、明かりが見えます!」
「ハイスーク領の村か? にしては、あの明かりは……」
松明などの揺らめく篝火ではなく、青白く輝く安定した光。近付くにつれ、それが街灯である事が分かった。
御者達は周囲の様子を注視しながら、慎重に馬車を進めていく。
「魔鉱石のランプだ」
「ここから石畳の街道が続いているようだが、街も村も見えないぞ?」
旅馬車隊は、魔鉱石の街灯が等間隔に照らし出す石畳の街道に入った。途端に車体の揺れが大幅に軽減され、長時間の移動で疲れていた当主や婦人、子供たちはホッと息を吐いた。
「お父様、街に着いたのですか?」
「いや、ハイスーク領の街道に入ったようだ」
王国功労賞のパーティー会場で噂に聞いた、ハイスーク領の異界化街道。ダンジョンが地上に現れたという話だが危険はなく、むしろ安全だという内容だった。
王都でも名のある大手の商会など、複数の筋から裏が取れている、かなり信憑性の高い情報だ。
「ごらん、高価な魔鉱石の街灯があんなに続いている」
「凄いですね……王都の上流貴族街でも、こんな贅沢な使い方はしていませんでしたよ」
馬車の窓から街道の様子を眺めながら、今日は野営になりそうだと話す当主と嫡男。
ハイスーク領に入るまでに通って来た、未舗装の街道脇での野営など危険過ぎて考えられなかったが、魔獣除けの効果もあるというこの街道上でなら、端に寄せて休むくらいはできそうだ。
その時、御者と家令から『夜を明かすのに休めそうな場所がある』という報告が上がった。
「旦那様、広い休憩場所があります。今夜はあそこで野営にしたいと思います」
「ああ、頼む」
街道からスムーズに入れるかなり開けた場所。ここにも街灯が並んでおり、端の方には立派な石の防壁も見える。
舗装された地面には馬車を停める場所を表しているのか、防壁沿いに整然とした白線が引かれていた。旅馬車隊一行がその一画に入ると、使用人達が野営の準備を始めるために次々と下車する。
すると、彼らの前に看板が生えた。
「うわっ、なんだこりゃ!」
看板には『必要な部屋の数を指定せよ』と光る文字で書かれている。小首を傾げる使用人達。
「どうした?」
「旦那様、何だかよく分からないんですが……部屋の数を指定しろと書かれた看板が――」
地面から急に看板が生える瞬間は、当主も目撃していた。
とりあえず危険はなさそうだ。使用人達では解決できそうにない問題が発生しているようなので、当主も馬車を降りて看板の前に立つ。
「ふむ……ダンジョンが小屋でも建ててくれるのだろうか?」
ハイスーク領のダンジョンに関する噂の中には、建物や施設が次々に生えて、あっという間に街ができあがった、等という話もあった。
当主は光る文字の看板に向かって自分の家名を名乗り、自身と妻と二人の子供達。家令と御者の他、使用人達十数人と、必要になる部屋を指折り数えて計算しながら告げた。
すると、看板に『承った』の文字が浮かぶ。それから少し間を置いて、ズズズズッと地面が揺れると、防壁の隅の方に一軒の屋敷が生えた。
唖然とそれを見上げる当主達。思わず二度見する事になったが、どう見ても石造りの立派な屋敷だった。自分の領地にある領主館より立派なところは、何とか考えないようにする。
「凄い! お屋敷だ!」
「うちの館より立派だわ!」
子供達は残酷である。夫人と子供達も馬車を降りて来て当主の隣に並ぶと、まずは家令と数人の使用人が、安全確認に屋敷の中を調べに入った。
それから直ぐ、問題なく宿泊できそうだという事で、一家は屋敷の中へと入っていった。
馬車を停めた場所には、いつの間にか厩舎も生えていたので、馬達を馬車から外して休ませる。
馬達は「やっと休めるわ」といった様子で、これまた立派な厩舎に「いいやん」みたいな雰囲気を醸し出しながらブルルと鼻を鳴らしていた。
その後も、街に入れなかった弱小貴族一行の何組かが強行軍覚悟でハイスーク領に進み、この休憩場所に辿り着いて一晩の宿を得る事ができたのだった。
「正直、途中の街や村の宿や民家に泊まるより百倍良いぞ、ここ」
「百倍で済むか?」
あまりに快適過ぎて、このインスタント休憩宿に泊まった一行は、皆が一晩で発つ事を惜しんだという。
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