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2章 学園生活
165話 セイットの視点2
しおりを挟む「ウェルカがアクバルディア公爵令息と婚約したそうだ」
久しぶりに会った父にそういわれた。ここに来る前にその話は本人から聞いている。知って、いたんだ。
神殿の廊下を歩く。最近の任務は短期間のものが多く、ほとんどすぐに帰ってこられる。そういうところを割り当てているのだろうな、とは思っているけれどなんとなく聞けていない。それはきっと、タリベアン王国にいつ帰ってもいいように、という気づかいで、その気づかいを今は気づきたくないのだ。
ノックをするといつも通りの声が返ってくる。
「戻りました」
「おかえりなさい。
今回も早かったね」
これはどう返せばいいのだろう。私が早かったというか、早いところに割り振っているだけでしょうに。
「それで、そろそろ戻らなくてもいいのかい?
タリベアン王国に」
タリベアン王国……。しびれを切らしたのか、とうとう直接聞いてきたのか。そうだ、もうずっと戻っていない。それを考えると、気持ちが沈んでいく。婚約の話を聞いてから、帰りたいという気持ちもよくわからなくなってきた。
「彼女のことはあきらめたのかい?」
あきらめた、のかな。そもそも望んでいたのかも分からない。彼女は私にとって安心できる場所で、そして触れがたいものだった。
「なら、セイットには神国の女性と結婚してもらおう。
相手の方はこちらで決めておくから」
「どういう、ことですか?」
「驚くことはないだろう?
セイットには血を継ぐ者を残す義務があるからね」
血を残す義務。それがあることはずっと言われていたし、受け入れてきたはず。なのにどうしてこんな気持ちになるのだろうか。嫌だ、とそういってしまいたい。どうして?
「私としては彼女でも、神国の人でも良かったんだけれどね。
でも、彼女はもう婚約しただろう?
さすがに横からさらっていくような真似を許容するわけにはいかないからね」
横からかっさらう。そうか、私がウェルカに手を伸ばしたら、もうそういうことになるのか。今までは一番近くにいたはず、なのに。
「……ウェルカは、それで幸せに、なれますか?」
つい口から出たのはそんな言葉だった。でもどうして、そんなに驚いた顔をするのだろう。そんなに変なことを言っただろうか。そして、カレット様はなんとも言えない顔をした。
「何が幸せか、それを言い切ることはできない。
セイットも知っているだろう?」
「っ!」
そうだ、知っていた。幸せとか、幸せじゃないとか、他人の尺度では全く測れない。人の人生に完全な幸せも完全な不幸もないなんてないことも。カレット様の御力がそういうことを知るために存在するわけではないことも。でも、聞かずにはいられなかったんだ。理由がわからないこの痛みに、意味はあるのだと確かめたかった。
「泣かないで、セイット。
大丈夫、君は強くなれる。
君はここからでも彼女の力になることができる」
だから。いつの間にかそばに来ていたカレット様が私のほほを伝っていた雫を掬い上げた。それに反応を返せないでいると、次いであたたかなものに包まれた。
「君は愛情を知らない。
君はいつも与えるばかりで、与えられても感謝の意だけだからね。
そういう風に育ててしまったこと、申し訳ないと思っている。
でも、これからはゆっくり知っていけばいいさ。
彼女の時に動けなかった分、これから動いていけばいい。
大丈夫、君にふさわしい女性を探してくるから」
ゆっくりと、抱きしめながらカレット様は言う。そうだ、私は愛情というものを知らない。でも、それはきっとカレット様も同じで。だからこそ、カレット様はそんなにも悲しそうな顔をされるのだろう。
でも、そうか。きっと、ウェルカが教えてくれたこの気持ちが、愛情、というものなのかな。一緒にいると心が温かくて、自然と笑える。義務とか、そういうのではなくて力になりたいと思う。初めての、気持ち。
あの時、ウェルカに婚約の話を持ち掛けられたとき、嫌だって言えたら、この気持ちに気づいていたら、何かが変わっていたのかな?
今となってはもう遅い話だけれど。
なら、私は私にしかできないことで彼女を支えていこう。私にこの感情を教えてくれた彼女を助けていけるように。
「カレット様、婚約の話受けますので、相手の方が決まりましたら教えてください」
そう伝えると、カレット様はうなずく。
手紙を書こう、ウェルカに。もうそちらには帰らないけれど、いつでも君の力になるよ、と。
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