それは、キラキラ光る宝箱

花町 シュガー

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その、魔法の味は

8

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 コツンと、窓ガラスが叩かれる。

 密閉された白い部屋。外が見えない空間。
 その中で床に座りながらゆるりと視線を動かすと、白衣を着た人が数名こちらを見ていた。

 今日は何月何日なんだっけ。
 ここに来てどれくらい経ったっけ。

 頭にぼんやり霞がかかった感じ。
 思わず目を閉じそうになる。

 研究センターに着いてから一度も外に出てない。
 セキュリティーも完璧だし、一族はそういうところにも惹かれて僕を来させたのかもしれない。

 ここに来てから、僕の味覚に関しての実験が行われている。
 でも成果は全然。味覚は依然と戻らない。
 研究者たちはどの成分で味覚を無くしたかは突き止めたものの、その回復方法を探るのに手間取っているらしい。 
 日々別の薬を飲んだり注射をしたり、頭になにか被せデータを取ったり……
 研究者たちは良くも悪くも愛想があまりなくて、質問と必要事項の説明しかしてくれない。
 変わらない景色のなか同じことを繰り返されると、段々自分がよくわからくなってきてしまう。
 だから、一刻も早く味覚を取り戻したいんだけど……

「ゴホッ、ケホケホッ」

 ここへ来てから、何故かまともに食事が摂れなくなった。
 口に入れては飲み込む前に吐いてしまう、そんな感じ。
 おかげでずっと腕に点滴が刺さってる。
「ここに来る前は摂れていたはずなのに」「やはり環境が?」と論争が繰り広げられる中、僕だけは原因を知っている。

 魔法がないからだ。
 食後に堤さんのスイーツがあったから、これまでなんとか食べてこれた。
 でも今はないから、体が食べる気にならないんだろう。
 おかげで体重が堤さんと会う前くらいにまで減ってしまった。

 (堤、さん)

 なにもやることがない時間、いつもいつもあの店が頭に浮かぶ。
『多分じゃなくて帰ってきて、絶対』と言われたのに、全然帰ってこれてない。
 心配してるかな。それとももう忘れさられちゃってるかな。

 (あいた、い)

 会いたい。会ってまた話がしたい。
 何気ない話をして笑って、オススメを聞いてそれを買って。
 魔法のケーキもたくさん食べたい。
 お腹いっぱいになって幸せで。
 そのまま眠れたら、それだけで最高だ。

 さいこう、だ──


 ピッというカード音。部屋に誰かが入ってきた。
 いま折角いい気分だったのにな、しょうがない。

 さて、今日はなんの実験を



「柚紀くん」



 …………ぇ?


 すぐそこで聞こえた声。
 そんなはずはないと知ってるけど、でもビクリと肩が揺れる。


「柚紀くん、こっち向いてよ」


 嘘だ、こんなの幻聴。遂に頭が狂ってきたんだ。
 だって、この人がここに居るはずが──


「向かないなら無理なり向かせちゃうよ?

ほら」


 ふわりと背中から抱きしめられ、グルッと体を回される。
 その、先には


「な、んで…いるの? 堤、さ」


「久しぶり、柚紀くん」


 優しく笑う、堤さんがいた。


「柚紀くんを担当してた医者が教えてくれたんだ。

 『ここにいるよ』って」


『個人情報を調べてすまない。
私の知り合いをツテに探させてもらった。この薬を飲んでいる方で間違いはないかな?』

 突然店を訪ねられ見せられたのは、確かに自分が飲んでいるもの。
 頷くと、『栗山 柚紀を知っているか』と全てを話してくれた。

「実はね、その時店にたまたま竹田さんも来てんだ」

「竹田…さん、が?」

「うん。彼女は、君がΩなのを知ってたよ」

 医者の話の後、真っ先に言われた。
『私はずっと貴方がαなのにも栗山君がΩなのにも気づいてた』と。

『元々此処へは、栗山君がよく通ってるのを見て来始めた。
彼は匂いは弱いけどΩで、そんな彼が学校では見せない表情をしながら入っていくのが気になって』

 数少ないΩ同士、栗山くんにも幸せになって欲しいと思っていたらしい。

「『貴方はなにをやってるの?』と、怒られたよ」

 まったくその通りだった。
 最後の日、大粒の涙を流した柚紀くんが頭から離れなくて。下手すれば消えてしまうんじゃないかというほど儚く見えて、なんで帰らせたんだと後悔だけが残っていた。


「俺がαになりたくなかった理由は、実は君もあったんだ」


「え?」


「君はβだから、俺の運命の人じゃない。

──俺はこんなに好きなのに、柚紀くん以外の人と番わなくちゃいけなくなる未来が来るのは嫌だなと思って」


「…………ぇ、」


「こんな可愛い子、好きにならない理由がないでしょ」


 たかが試食、渡した瞬間すごく狼狽えられた。
 でも口に入れてくれて、そしたら泣きはじめて。

「初めてだったんだ。
自分のスイーツを泣きながら褒めてもらえたのは」

 βと言っている自分が作ったスイーツを、涙を流しながら「美味しい」と言ってくれた。
 最早一目惚れといっても過言ではない。
 それから週に2~3度通ってくれるようになって、もう好きが溢れて止まらなくなっていて。

「君が成人したら、告白しようと思ってた。
こんなに年は離れてるけど、好きですって」

 でも、真実を聞かされた。
 Ωだと。俺が作ったものにしか味を感じない味覚障害があったのだと。

 ──君は、俺が自分のであると、知っていたと。

「いま思えば最低だ。
君がどんな思いで店に来ていたのかも知らなかった。
自分がαだと言ったとき、運命の番を突き放すような言い方もした。俺は」

「ゃ、だ、やめてくださ、謝られるの、嫌ですっ」

 堤さんが悪いんじゃない。
 僕もβと言ってたし、僕にも非がある。
 それに、大切な思い出を否定されるのは嫌だ。


「ねぇ柚紀くん。一緒に此処を出よう」


「っ、ぇ?」


「もう話は着いてるんだ」


 〝身体を調べて、何の成分で味覚が無くなったのかを明らかにする〟
 これは既にクリアしている。

「無くなった味覚がどう戻るのかは、此処で研究しなくていい。
これからはずっと俺が料理作ってあげるから、それで全部解決する」

「でも、栗山の…ことは」

「セキュリティーが万全の処で、なるべく柚紀くんを表に出さなければいいんでしょう? なら俺の家で十分だよ」

「け、ど、そしたら堤さんが、αに」

「柚紀くん」

 ギュッときつく抱きしめられ、肩口に顔を埋められる。


「俺ね、今までずっとαなのが嫌だった。βになりたいと願っていた。
でも、柚紀くんのためなら……

──柚紀くんを守れるのなら、俺はαになりたい」


「っ!」


「柚紀くんも、もう自分の害になる薬は飲まずにいてくれる? 君の家族がなにかを言っても、絶対守るから。
──どうか、俺だけのΩでいてほしい」

「っ、そ、んな……」

 いいの、だろうか。

 僕はもう薬を飲まなくても、僕のままでも…いいのだろうか。

「く、すり……小さい頃から飲んでるから、全部抜けるの、時間…かかるかも」

「それじゃ、噛んでも頸に痕残らないかな。
痕が残る日が来たら、お祝いしようか」

「こ、子どもも……もしかしたら、でき、な、い」

「柚紀くんのこと独り占めできるなんて最高だね。
俺も自分の店があるし、そのときは2人でのんびり生きよう」

「味覚もっ、ここに来て色々薬飲んだから…もしかしたら……」

「大丈夫」

 ふわりと、不安が漏れる口を塞がれる。


「柚紀くんの味覚は、そのままだよ。

だって、俺は君の使なんでしょう?」


「っ、~~~~っ、」


 ポロっと、また涙が流れ落ちた。

 堤さんは、もう全部知ってた。
 僕がなにを不安がってるのかを、全部全部。
 それを承知の上で、僕と番ってくれようとしている。

 こんな幸せなこと、あってもいいのだろうか?


「君の担当医も竹田さんも、みんな心配してる。
だから、帰ったらまずはその人たちに会いに行こうか」

「はい、はいっ」

「あと、敬語も段々無くしていけるといいな。
ただでさえ歳の差あるのに、もっと歳の差感じて凹みそう。
それと、これからは名字じゃなくて名前で呼んでほしい、柚紀」

「っ、はい、輝さん」

「ふふふ、可愛い」

 研究者を呼んで点滴を外してもいい、「じゃあ行こっか」と立たされる。
 でもふらついてしまって、そんな僕をガバリと横抱きにしてくれた。

「あーぁ軽いなぁ。これからはもうお腹に入らないってくらいまで食べさせてあげるから、覚悟して」

 至近距離でニヤリと笑う輝さんは、凄くかっこよくて圧倒的にαのオーラが出ていて。

 輝さんも、薬飲まなくなったんだ。
 もうαなのを隠さないんだ。僕のために。


「ねぇ、輝さん。愛してます」


「俺も愛してる。

──俺、αでよかったよ」


「っ、僕もです」


 久しぶりに出た外は、太陽の光が眩しくて、空が高くて。
 さわさわ髪を揺らす風を感じながら、大好きな人の腕の中で目を閉じた。














 (ということで、帰ってきたお祝い第一弾としてケーキバイキングをやります。
さぁ柚紀、大きなお皿あげるから好きなのいっぱい取っておいで)

 (え、僕こんなに食べれな……!竹田さん呼んでもいいですか?)

 (いいよー、ついでにあの担当医も呼んでみたら?)

 (先生、甘いもの好きかな……)



 fin.





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