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本編
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しおりを挟む「あなたの“いとこ”よ。今日から貴女の従者になるの」
「いとこ?クレノア公爵のご子息ですか?」
幼い容姿に合わないほどハッキリと問い返す少女はこの国の第一王女、シェノローラ姫。
ブレノン国王には前王妃との間に3人の息子がいた。その3人がシェノローラの異母兄たちである。
一番上の異母兄は、前王妃共々、悪いことをして遠くに追いやられたのだと、シェノローラは家庭教師から習った。同時に深く追求してはいけないと釘を刺されている。
二番目の異母兄は今は亡き側室の子供で、シェノローラの誕生を機に、王位継承権の放棄を大々的に公表している。現在は次期宰相として公爵家を興す予定だ。ちなみに、この2番目の異母兄は、シェノローラの生母であるセイレーン王妃と数ヶ月しか誕生日が違わないらしい。母より兄の方が年上?───未だにシェノローラには理解できない。
3番目の異母兄は、前王妃の子であり、クレノア公爵家に養子に出されている。クレノア公爵家はシェノローラの生母であり現王妃であるセイレーンの実家だ。つまり、シェノローラの兄なのだが、叔父でもあるのだ。しかもこの異母兄も母と数ヶ月しか違わない、母の義弟…。このあたりまでくると、シェノローラの頭はパンク寸前である。
とにかく、いとこ、と聞いて真っ先にシェノローラの頭に浮かんだのは、そのややこしい3番目だった。
「いいえ、王弟殿下のご子息よ」
「───父上の弟君の、ですか」
クレノア公爵には何度か会っているが、父方の叔父たちに会ったことはない。父の姉(伯母)は異国に嫁いだきりで、母も会ったことがないというし、父の兄(伯父)は幼少期に病気で亡くなっている。残るのは父の弟(叔父)だが、確か………
「平民の女性に恋をして身分を捨てたとお聞きしたような…?」
自信が無い中で答えながらも、シェノローラは目の前の少年を窺っていた。少年の方は興味なさげに室内を見渡している。ご両親の話が出ても気に留めないその様子に、シェノローラは密かに安堵した。
「そうよ、その方のご子息なの」
わたくしもお会いしたことはないのだけれど…と、母は困ったように微笑む。
王弟殿下に何かあって彼を引き取ることになったのかもしれない。とはいえ、それを当事者の前で問いかけるのは躊躇われた。そんな躊躇いを汲んだのか、それまで無言だった少年は薄い唇を開く。
「グレイルです、宜しくお願いします」
少女と見間違えそうなほど、美しく長い黒髪に、繊細な容貌。伸びすぎた前髪から覗く眼孔の鋭さが、セリフとは裏腹にシェノローラを拒絶している。
「あなた、年下の女の子相手にそれじゃ泣かれるわよ」
恐らく彼は10歳くらいだろう。自分より倍の年齢が相手だろうが、彼女は怯むことなく堂々と話しかけた。むしろ遠慮したり、気を使われる方が相手の重荷になるかもしれないと察したせいでもあり、つい先月双子の弟たちが生まれたばかりで“お姉さん”気質に染まっている時期だったせいでもある。
そんなシェノローラの、精一杯の背伸びを、彼は鼻で笑った。
「王女殿下は泣かないでしょう?何も問題はありません」
「───わたくしは、シェノローラよ。シェラでいいわ」
いとこ。つまり、親戚で、気を使わなければいけない異母兄たちと異なり、歳の近い兄のように接したいという願望が愛称を名乗らせていた。それに気づきながら、グレイルは、表情を消して深々と頭を下げる。明確な拒絶だ。
「承知しました、シェノローラ第一王女殿下」
何も承知していないどころか、敬称まで長々とついて愛称から遠ざかっている。
───こいつ、嫌い。
シェノローラは、生まれて初めて明確に「嫌い」と認識する相手に巡り会った。
この国では一応女性にも王位継承権がある。とはいえ、出産と子育てを考えれば現実的とは言い難い。
現在の王位継承権第一位はシェノローラなのだが、実際はシェノローラと同じ母から生まれた双子の弟たち、どちらかが次の王になると、世間の誰もが思っている。
幼少期から父の背中を見て育ち、父を目標としてきたシェノローラにも、10歳になる頃には男性優位という社会の現実が見えていた。15歳となった今、人一倍優秀で可愛げのない女、それがシェノローラの評判である。これではいけないと、交友関係を広げるために、学園に入学したが、あまり意味はなかった。
誰も彼もが皆、シェノローラを遠巻きにする。
「本日の公務は同行するはずだった陛下のご予定が変更となったため、延期となりました。本日の公務はございません。如何なさいますか、シェノローラ第一王女殿下」
常に傍を離れない護衛を兼ねた従者の存在も、シェノローラを孤立させる要因だと思う。美しい黒髪の、見目麗しい従者。腹立たしいことに「王女よりも従者の方が美しい」などと聞こえてくる。
そんな美しい従者のグレイルは、初対面の時から常に長々とした敬称付きでしかシェノローラのことを呼ばない。個人的な話をすることもない。まるで台本通りにしか動かない機械人形のよう。シェノローラの着替えまで手伝う。そこに羞恥心は全くないらしい。一時期シェノローラの方が恥ずかしくなって拒否したが、その時の「あ?何言ってんだ、このお子様は」とでも言いたげなグレイルの胡乱な目が心に突き刺さり、抵抗するのをやめた。
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