金糸雀の巣

ひづき

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「これからは僕が全面的に資金援助をします」

 大金を手に金糸雀カナリアの巣に乗り込み、彼女の父親に宣言をしたのは8歳の頃だ。日に日に美しくなる金糸雀カナリアを、養女に、息子の婚約者にしたいと願う連中が絶えず、シルヴェートは焦っていた。商会経由で稼いだシルヴェート個人のお金で、何としてでも金糸雀カナリアを、彼女の巣を守りたかった。

「だからもう、あの子を見世物にするのはやめてください」

 どんな形の鳥籠であれ、彼女を愛する家族がいて、彼女にとって居心地が良ければ、それが最良の巣である。

 その巣に自分も迎え入れてくれたら…、そう夢想するが、その頃にはシルヴェートにも少しだけ現実が見えていた。婚約者がいる以上、今のシルヴェートでは正当な理由で彼女と共に生きることは叶わない。

 とにかく今は彼女が他人の手に渡ることを止める。

 婚約解消などはそれから考える。

 シルヴェートは必死だった。

「…昔の自分を見ているようだ」

 カナリアの父親はポツリと呟き、一筋の涙を流した。





 学園でも、いつも遠くからカナリアを見ていた。

 あれからずっと彼女の家に個人的な資金援助をしている。学園では目立たないようにと注意をしたのが本人に伝わっているようで何よりだ。

 婚約はお金の力で止められるが、本人や周囲の人間の恋心は止めようがない。心配で仕方なかった。誰も彼女を見つけないでくれと祈る日々。

 婚約解消を目指すシルヴェートにとって、アリスの行動は都合の良いものだった。彼女が差し入れる菓子に薬品が混入していることを知りながら、他の高位貴族の令息達が口にするのを黙認した。シルヴェート自身は食べたフリをして持ち帰り、国に提出して。もちろん密偵を自ら買って出た。友人達を見捨てるわけにはいかないと、情に厚いふりをして自分から巻き込まれたのだ。

 アリスに触られるのは悍ましい程の嫌悪感を抱いたが、カナリアの歌声を思い出せば耐えられた。今まで義務的にしか接してこなかった婚約者が傷ついた顔をするのを不思議な思いで見ていた。婚約者とて今まで義務的な態度を崩さなかったのに、何故今更そんな表情をするのか。

 もし、カナリアが今の自分を見て傷ついた顔をしたら。きっとカナリアの心を得たと舞い上がってしまうだろう。そんな想像をして幸せな気分に浸れば、いくらでもアリスに微笑むことができた。カナリアを“婚約者から男を盗った女”などという中傷から守るために必要な工程だ、容易いものである。



 長年の婚約者だったバーバラから見れば、シルヴェートがアリスに向ける笑みが本物だと分かってしまって。

 バーバラの中にあった、淡い恋心は砕け散ってしまった。

 夫となる男性に愛されていない、これから愛される自信も無い。そう気づいてしまったのに、幸せになれるのだろうか。彼を信じられるだろうか。

 婚約解消を願い出たのはバーバラの方からだった。家の利益を思えば痛手となる為か父は渋ったが、最終的には納得して、婚約解消の手続きを進めてくれた。両親に大切にされていることを実感し、バーバラは深く深く感謝した。





 走馬灯の如く、昔を思い出していたシルヴェートの耳に優しい歌声が届く。どうやらうたた寝をしていたようだ。

 歌声の主を見ようと、微かに開けていた窓を全開にして身を乗り出す。木陰の下、金色の髪を輝かせながら、カナリアが腕の中の赤子に子守唄を聞かせていた。

 カナリアの歌が聞けるのは、この家にいる者の特権だ。他人の前で歌うのだけはやめて欲しいと結婚当初からお願いしている。本当は自分以外に聞かせないで欲しいくらいだが、鳥籠から逃げられたら困るので妥協している。赤子にだって聞かせたくないと嫉妬するなんて、きっとカナリアは知らない。

 彼女の歌声を聞くと、幸せというものが目に見えるような気さえする。

 シルヴェートは今日も幸せだ。



 □ □ □ □ □



 婿入りしたシルヴェートは、その優秀さで家を盛り立てた。領地もかつてないほど反映している。

 どうしてこんなに優秀な人が我が家に婿入り?とカナリアは腑に落ちなかったが、彼が見つめてくる瞳が熱くて困った。

「あの、四六時中私の近くにいて飽きませんか?」

 執務に向かう時以外の一日の大半、シルヴェートはカナリアを誘ってお茶をしたり、美術館や博物館、公園などに連れて行く。

「飽きませんよ。貴女は嫌ですか?」

 正直に言えば最初は抵抗があった。親ですら四六時中一緒にいたことがない。

 でも…

「いいえ。好きですよ」

 満たされる心地良さを知ってしまった。

 子供を産んでも尚、シルヴェートがべったりくっついて離れないので、子供達と過ごす時間が足りないのは問題かもしれない。

「じゃあ、いいですよね?」

 美しい顔で微笑まれるとカナリアは弱い。

「仕方ありませんね」



[完]

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