名称不明なこの感情を表すために必要な2万文字。

春待ち木陰

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 私と杉本は、あの日――杉本が加奈子とその恋人の二人と偶然、すれ違った、あの日以来、あまり顔を合わせなくなっていた。

 その以前までは放課後になるたび、毎日のように杉本が私の教室まで来たりとしていたのだが、それがぱたりとなくなった。

 杉本にしてみれば『もう加奈子の話はしたくないのだ』。だから『それを語る相手であった私に会いに来る必要ももうなくなったのだ』と。言えなくもないかもしれないが。そんな説明で通すには少しばかり理屈の合わないところがあった。

 杉本は、たまに私と廊下ですれ違っても、私が杉本を見ている間中ずっと、分かり易いくらいに大仰に私から視線を逸らし続けたりしていたのだ。

 私は、教室から一歩でも外に出れば、出来るだけ意識して杉本を捜し、杉本を見るようにしていた。杉本が私を避けている事には、当然、気が付いてはいたが、それで良かった。私が見ている、という事に杉本が気が付いていれば、それで良かった。

 そして。あれから変わった事といえば、もう一つ。

 杉本と加奈子の仲が、傍目に良くなった。杉本と加奈子が二人で居るところをよく見掛けるようになった。けれども急に『仲良しさん』となりました杉本の事に関して私は、加奈子から何も聞かされはしなかった。

 表面上は、確かに。このときの私と杉本の距離は一時期と比べて、またずいぶんと離れてしまっていた。この期間中、杉本は私と言葉はもちろん視線すらも交わそうとはしなかったのだ。

 一ヶ月もそうしていただろうか。それとも一年間だったろうか。私には長かった。

 それが、コンビニでの再会をきっかけにそれまでの離れていた期間が夢かまぼろしだったのではと疑ってしまいたくなるほどに、すんなりと。私と杉本はまた、以前とよく似た距離に立ち、言葉を交わすようになる。

「偶然なんだぜ? マジでさ」

 耳まで真っ赤に染めた杉本が、笑いながらで言っていた。コンビニでの再会の次の日の事だ。

「ふぅん」

 と。私は頷いてやった。

「マジだって」

 と、杉本は笑っていた。

 学校からの帰宅途中、私と杉本の二人は、まるで以前のように、肩を並べて歩いていた。

「なんかさ。オーナーから電話、掛かってきてさ」

 以前と違うのはただ、杉本の話す話題が『加奈子の事』から『杉本自身の事』へと代わった事という事だけ。相も変わらず。杉本は好きな事を独り、勝手に喋り続けていた。

「偶然ってかさ。なんかさ。運命、だったりしてな? な? なんてな。へへへ」

「ふぅん」

 杉本は笑っていた。

 私は、以前と同じように相槌を打つだけだった。



 けれども。全てが以前に戻ったわけではなかった。時間は戻らない。それは当たり前の事なのだけれど。

 私と杉本の再会から一週間が過ぎても、十日が過ぎても、加奈子と杉本の距離は、相変わらずに近いままだった。

 そして。それは、そんなある日の放課後。学校の廊下で、だった。

「やっ、ほぉ~う」

 私だったら見掛けたとしても声は掛けないだろう距離からこちらに向かって大きく腕を振っていたのは、加奈子だった。その隣には杉本が居た。

 加奈子の隣に並んだ杉本は、平然と『そこ』に立っていた。照れた様子も悪びれたさまも見せてはいなかった。

 私は唇を閉じたまま、二人に向かって軽く首を横に傾げてみせた。それは『問い掛け』ではなくて『会釈』だった。

 加奈子にはそれで十分に伝わるだろう。そう思い、私は二人に背中を向けて歩き出した。

 それからしばらく、廊下を歩いていると。

「よお」

 と。誰かに肩を触れられ、

「待てよ」

「ん?」

 と、私は振り返った。

 杉本だった。杉本が立っていた。杉本が私を呼び止めたのだ。

 考えてみれば追い掛けてくるだろう事は簡単に思い付いたはずだった。けれども、私には考えられなかった。私はすっかりと杉本を忘れていたのだ。

 そのときの私は加奈子の事しか頭になかった。

「どうしたんだよ」

 と杉本の声が聞こえた。

 気が付けば、すぐ目の前に杉本の顔があった。私は反射的にあごを引いていた。

「んな顔、すんなよ」

 杉本には言われたが。どんな顔をしていたのか私には自覚がなかった。

「なに、怒ってんだよ」

 杉本は馬鹿みたいに悲しそうな顔をして言った。『可愛らしい子供』になど私には見えなかった。

「なに、言ってるの?」

 私は杉本に問い掛ける。が、強い苛立ちの全てを隠しきろうと意識し過ぎた私の台詞はひどく平坦な口調になってしまっていた。

 杉本の顔色が更に青くなる。

 それを感じた私は、今更から取り繕う事は諦めて、今度は露骨に分かり易く、顔をしかめてやった。

「意味が分からないわ」


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