名称不明なこの感情を表すために必要な2万文字。

春待ち木陰

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「それは俺の台詞だってのっ」

 すると杉本は慌てながらも空威張りに声を張り上げた。

「ったく。なに怒ってんだかよ」

 私の真似をしてか、無理矢理に顔をしかめさせた杉本はそう口にしたが。

 今、私が苛立っている理由は一つだけ。目の前の杉本に、だった。けれども私が苛立つよりかも前から杉本は言っていた。「なに、怒ってんだよ」と。

(意味が分からない。)

 本当に杉本の言っている意味が分かっていなかった私は、しかめっ面のまま、口をつぐんであれやこれやと考え込んでしまっていた。

 そんな私の様子をどう解釈したのか。杉本は、

「追い掛けてきて良かったよ。っとにもう」

 どうやら自己完結したらしい様子で、そう言うと。なにやらさっぱりとした笑顔を私に見せ付けた。

(なんなの、いったい。)

 私は確かに不可思議には思ったけれど。

 独り勝手に百面相をし続ける杉本になどこれ以上、付き合ってやる義理も必要もない。

 瞬間的にそう結論づけた私は、眉の辺りに込められていた力をすっきりと抜いた。

 苛々っと無駄に火照りかけていた気持ちを瞬時に冷ます事などは簡単だった。

 ただ自分と杉本との間に存在する『距離』を強く意識してみればそれで済む。

 対岸の『馬鹿』になど、気を取られるのも馬鹿馬鹿しいのだ。ましてやそれに腹を立てるだなんて。それは低能な『馬鹿』どもの住まう向こう岸にまでわざわざ泳いで渡り、私自らが『馬鹿』どもと同等に成り下がるだけの行為なのだ――などと。やり過ぎなくらいに強く強く意識してみれば。そんな妄想のくだらなさ加減に自分の気持ちなんかは簡単に白けさせられる。

 下手なプライドでもって無駄に片意地を張る事もない。真正面からやり合ってムキになる事もない。感情なんてものはその気になりさえすれば、簡単に操れるのだ。面白いくらいに簡単に。つまらないくらいに簡単に。

「行こうぜ」

 杉本が声を弾ませて言った。

 けれども、杉本に言われるまでもなく。私には廊下に立ち止まっていなければならない理由なんか何一つなかった。

(帰ろう。)

 歩き出した私の隣を、杉本は当たり前のように同じ速度でついてきた。

「分かってないよなぁ、七宮もさぁ」

 と。三階から一階へと階段を降りている間中ずっと杉本は私の隣で何かをわめいていた。

「アレがお前の『いつも』だって。あいつ、言ってたんだぜ?」

「お前」に「あいつ」。台詞全体ではなくて、杉本の口にした単語単語だけが、妙に印象強く耳に残った。

「どう見てもさ、普通じゃなかったもんな」

 得意気に杉本は何かを言っていた。

 私は、

(なんだろう。苛々してる?)

 言葉や態度というよりかもただ、杉本の声が障っていた。

「まあ、もしかしたら。俺だったから気が付いたってのもあるかもしんないけどさ」

 杉本は嬉しそうに楽しそうに上機嫌で喋り続けていた。

 私は何も応えない。相槌ももちろん打ってやっていなかった。

(たぶん。落ち着こうと思えば落ち着ける。けど。)

 上履きを学校指定の茶色い革靴に履き替えて。校門を出てからもまだ、杉本は私の隣について歩いていた。

(も、いいか。)

 私は前を向いたまま。歩きながらに、

「ねえ」

 と小さく声を上げた。

 すると、

「えっ?」

 と。それまではまるで何かに浮かれていたみたいだった杉本が、途端におどおどと静かになった。

(自覚している。私の短所だ。私はやっぱり、飽きっぽい。)

 私は、杉本の顔を見ずに尋ねた。

「私の事、どう思ってる?」

 歩いていた私の隣から、気配が消えた。杉本が立ち止まったのだろう。私は、気にせずに歩き続けた。

「好きだよ」

 背中の方から声が聞こえた。それに続いて、どたどたっと慌ただしい足音が迫ってきていた。

「好きだ」

 もう一度。私の隣に並んだ杉本が言った。

「そ」

 私は頷いた。

 杉本が強く私の横顔を見ていたのには気が付いていたけれど。私は杉本の視線には興味がなかった。

「なん」

「他には、どう思う?」

 何かを言いかけていた杉本を制して、私は問い掛けた。

「他にって」

 と、杉本は言葉に詰まった。その辺はやっぱり杉本だ。しかたない。私は誘い水を掛けてやった。

「私って、どんな女の子だろう?」

 呟くように言ってみせた。

「女の子」。言葉として、およそ普段ならば使わないその単語に、私は意識して強く右の足の裏を地面に擦りつけた。気色が悪い。

「なんてぇか」

 杉本は言った。

「良い奴だって思う」

「そ」

 私は相槌を打って、杉本に次の言葉を促した。

「なんかさ」

 杉本は言っていた。

「すんげぇ優しいっていうか、けど甘くないっていうかさ」

 と。そこまで言ってまた杉本は「なんかさ」と言葉に詰まった。

 私は唇を閉じたまま歩き続ける。

 杉本は歩く私の隣を同じ速度でついてきていた。

 ほんの少しの間だけ沈黙が続いたその後で。杉本はなんだか言いたくなさそうに、口を開いた。

「頼りに、なる」

「お母さんみたい?」

 目を細めて私は杉本に尋ねた。足許では私の左足が、がりっと地面を引っ掻いていた。

「違うっ。そうじゃなくて」

 杉本は勢い強くこちらに顔を振り向けて言ったけれど。私は気にせず、前を向いたまま、

「冗談」

 とだけ言ってやった。


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