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春待ち木陰

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 本当に冗談だ。私は『そう』はしてない。

 それからまたしばらくの間、杉本は静かになった。

 何か下手な事を言ってまた私に突かれるのを恐れたのだろう。そして、ようやく、思い付き、

「そうだっ」

 と声を弾ませたにしては、

「格好良いよ」

 杉本の言った言葉はひどくありきたりだった。

「ありがとう」

 私は応えた。隣で小さく何か杉本が反応したような気がしたけれど、特別、気にはしなかった。

 杉本なのだ。言葉に出来るのはこれくらいまでだろう。初めから期待をしてはいなかった。

「なんかさ、よく分かんなくなっちまったけどさ」

 杉本は照れ臭そうに言った。

「好きだぜ」

「ありがとう」

 私は応えた。

 杉本は、

「けどあれだよな。付き合うっても今までとあんまし変わらねぇよな、やる事とか」

 と。浮かれた調子で言葉を続けた。

 私は何も応えなかった。

「なあ?」

 と言った杉本の声が震えていたように聞こえたのは、私の気のせいだったはずだ。

「なに、言ってるの?」

 前を向いたまま私は言った。

 立ち止まりもしなかった。

 遠く向こうの空を眺めたまま、ただ本心を込めて微笑んでやった。

「なに、って」

 立ち止まったのだろう。杉本の呟きが斜め後ろ辺りから聞こえていた。

 それから、ザッ、ザッ、ザッ、と。たったの数歩でまた私の隣に並びつくと、何故だか半笑いの顔をこちらに向けて、杉本は言った。

「ありがとうって、言ったじゃんかよ、今」

「だから?」

 私は今日、この帰路について初めて、杉本に顔を向けた。けれども歩く速度は緩めない。

「だから、って。付き合ってくれるんだろ?」

「どうして、そうな」

「なんてぇかさ」

 杉本は言った。

 問い返そうと口を開いた私を無視して、杉本は更に言葉を続けた。

「七宮の事は、好きじゃなかったんだよな。俺が好きなのはさ、お前なんだ」

 つっかえ、つっかえ。杉本は、それでも早口に、一息で、言い切った。

「ありがとう」

 私は、笑った。

 笑った私を見ながら、杉本は言った。

「だから。付き合って、くれるんだろ?」

 杉本は眉間にしわを寄せた弱々しい顔で真っ直ぐに私を見つめながらそう言った。

 私は、答えた。

「『ありがとう』は、好きって言ってくれたお礼ね。けどさ」

 耳に聞こえる自分の声は、軽く弾んでいた。私の頬は、自然と微笑んでいた。

「私、杉本が嫌いなんだ。付き合うなんて、イヤ」

 杉本に笑顔を向けたまま、私は歩き続けた。

 私の隣を歩きながら杉本は、止まっていた。歩いてはいた。震えてはいた。けれど杉本は隣の私に顔を向けたまま、固まっていた。

「なに、言ってんだよ」

 杉本は言った。

 杉本は、笑っているのか、泣いているのか、分からない顔をしていた。

 私は杉本を見続けていた。

「なんてぇかさ、お前は」

 杉本はまるで腹話術の人形みたいに、下あごだけをカタカタと震わせながら言っていた。

「俺の事、考えてくれてるって、気がしてた」

 杉本はそこまで言って、私から目を逸らした。

「俺の事、好きなんだって、思ってた」

(情けない男。)

 杉本は必要のない台詞ばかり喋っていた。

 私は分かり易く溜め息を吐いてやった。

 それから、

「加奈子が好きじゃないんなら、もう話す事はないね。残念だわ」

 と。お笑いコントか海外のドラマみたいに、オーバーに肩をすくめてやった。

 杉本はうつむかせていた顔を上げると、

「なあ」

 と。作り笑顔で私を見つめた。

「お前って、良い奴だったよな」

 杉本は、そう言ったけれど。そろそろ『それ』に飽きてきていた私は、はっきりと口にしてやった。

「杉本は、嫌な奴だったけどね」

「そっか」

 杉本はまた私から顔を逸らして、地面を見た。

(そこには、なにがあるの? 杉本。今、杉本には、なにが見えてるの?)

「ククク、ふふふふ」

 私にはもう、笑う事を我慢する必要はなくなっていた。

「ねえ!」

 笑みを多分に含んだ私の声に、杉本は顔を上げた。

「今は、加奈子が好きなんじゃないの? ううん、『今』じゃなくて、もっともっと前から、かな。私の事、加奈子に相談してる内にさ、段々と、加奈子の事が」

 歩き続けながら。私は顔中で笑っていた。

 杉本は、……知らない。もう、気にしてなんかいなかった。

「良かったじゃない、不自由しなくて。うらやましいわ!」

 気が付けば、私の隣には誰も居なかった。

 肩越しに顔を後ろに向けて、見ると。杉本は、ずいぶんと後ろの方で立ち止まっていた。

「じゃあね、杉本」

 言い捨てて、私は前に向き直る。

 これで、おしまい。

 もう二度と私が杉本を見る事はない。

「ありがとな」

 杉本のその呟きは、特別に小さな声だったというわけではなかったのだけれど。私の耳には聞こえていなかった。


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