10 / 10
10(終)
しおりを挟む「聞いてんのっ? ちょっとっ」
興奮のためか、いつにも増して高い声が私の耳許で鳴っていた。
「少し、ウルサイ」
私は手に持っていた箸で、目の前にあった加奈子の唇の上と下との両方をいっぺんに力強く挟んでやった。
「なにすんのよ」
けれども加奈子は、少しも怯む事なく。簡単にその箸を振り払うと、手の甲で一度だけ唇を拭い、すぐにまた杉本の話題を再開させようとした。
「もう、うるさいってば。どうでもいいでしょう、私の事なんだから」
加奈子に遠慮はいらない。私は思い切り、不機嫌な顔をしてやった。
「どうでもよくない」
私に負けじと加奈子もまた表情を歪ませる。
「なんでよ」
「だって、親友だもん」
真顔でそう言ってのける加奈子に、私は、深く深く、溜め息を吐いた。それしか、出来なかった。
「で。その『親友』サンは、貴重な昼休みにわざわざ、お小言をのたまいに、別のクラスにまで、てくてくと、来てくださいましたわけですか」
私は、大真面目な顔の加奈子から机の上の弁当へと視線を移しながらで言ってやった。弁当の中身はまだ半分も減っていない。
「だけじゃ、ないよ」
すると加奈子は、それまでとは打って変わって、声のトーンを抑えめに言った。
「伝言」
が私の方はこれといって態度を改めるつもりもなく。まだ半分以上も中身の残っている弁当にぼんやりと目と心とを奪われたままでいた。
そんな私を見てだろう、加奈子は先に念を押してきた。
「ちゃんと、聞いてね」
その声は、真剣過ぎる声だった。加奈子には似合わない。その声色は他人が絡まなければ聞く事の出来ない声だった。
私は手に持っていた箸を置き。顔を上げて、加奈子の顔を見た。
「ん」
私の返事を合図に、加奈子は言った。
「『アリガトウ』、『サヨナラ』」
真剣な顔をして、真剣な声で言った。
「そ」
小さく漏らした私の、胸は鳴っていた。
(大丈夫。わかってる。)
加奈子の声だけれど、加奈子の言葉じゃあない。頭では、理解出来ているのに。
私は、ほんの少しの唾液ごと無理矢理に息を一つ、呑み込んだ。気を、取り直す。
その伝言はすぐに杉本からだとは分かったが。その伝言の意味はまるで掴めなかった。
「杉本君にお返しの伝言は?」
「ない」
私は即答した。加奈子は何も言わなかった。
「じゃ、伝えたよ」
それだけを言い残して。私の目の前から離れていこうとする加奈子を、私は、
「七宮加奈子!」
気が付けば、呼び止めてしまっていた。
「なになに?」
と、おどけた調子で振り返った加奈子は、すっかり、いつもの加奈子だった。
私は、加奈子の顔を見た。目を見つめた。
「んー」
私は今、加奈子に、何を、言わせようとしていたのだろうか。
(どうか、してる。)
私は弁当箱のすぐ隣に肘を付き、顔の横に立てたてのひらをゆらゆらと揺らして、誤魔化した。『バイバイ』、だ。
「なにそれぇー」
あはは、と笑った加奈子は、
「またねんっ――」
私を真似たつもりだったのだろうか、言った。
「――葉山香菜子っ!」
大きく腕を振りながら、加奈子は教室から出ていった。
用事の済んだ加奈子は、当たり前の事だけれど、一度もこちらに振り返ったりは、しなかった。
食べかけの弁当を、鞄の中にしまい込む。それから、黒板の上にある丸い形の掛け時計を見た。
どこか遠くでにぎやかなクラスメートたちから顔を背けるみたいにして、私は窓の外へと視線を流した。
飽きっぽい私はやっぱり、まだまだ子供なのかもしれない。
子供は壊したオモチャの事などはもう壊した事を最後にすっきりと忘れしまうものなのだ。
杉本の『告白』は、私がそうさせたのだ。第三者の加奈子に泣いて難癖をつけておいて『アリガトウ』? そこからなにを期待していたんだか。そもそも加奈子に伝言を託すだなんて、逆効果もいいところだろうに――などと、私が杉本で笑う事ももうなかった。
(やっぱり、わかんないや。)
青空の下。校庭の沿いに並べられ、吹かれる風に折られる事なく、例えば銃口からのぼる硝煙のように消え入る事もなく、ただただ枝先を揺らしているだけの木々。
そんな窓の外を眺めながら、
(名前なんて、あるのかな。)
いつものように、のんびりと。私は考えていた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる
グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。
彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。
だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。
容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。
「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」
そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。
これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、
高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
【短編】オタクに優しいギャル、爆誕!【読み切り】
春待ち木陰
恋愛
読み切り。短編。約6000文字。
中学1年生の夏休み明け。美容師の姉にカットしてもらった少々奇抜な髪型で登校した伊東彩子は、男子のリーダー格であった木村くんに「やべえ。サイコの頭がオカシクなったぞ。ふたつの意味で!」と大笑いされてしまった。木村くんが笑う前は「かわいい」と言ってくれていた女子たちも「たしかに、ちょっと……」と意見を変え始める。しょんぼりとうつむいた彩子だったがそのとき――「ガキどもがッ!!!」といわゆるオタクな奥村くんが怒声を発した。何故か始まる奥村くんの大演説。クラスのみんなはドン引きしたりポカンとしていたが……彩子のココロにはいくつもセリフが深く突き刺さったりしたのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる