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第八話 対怪獣 新型兵器(新兵器の解説図付き)
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海軍が対怪獣の戦艦配備を進める一方で、陸軍も何もしていなかった訳ではなかった。
住民避難を陛下にお褒め頂いたとは言え、怪獣に対して無力であった点は事実である。このため対怪獣装備の開発は、海軍よりむしろ陸軍の方が積極的であった。どちらかと言えば海軍は陸軍の言いなりに近い程である。
これは怪獣事件で海軍上層部が大量に更迭された事が大きかった。組織が混乱し戦艦以外の明確な方針を打ち出せない状況で、特に航空関係者は危機感を募らせていた。そこに陸軍から手が差し伸べられたのである。掴まない訳がない。
陸軍が手始めに着手したのは沿岸要塞の強化だった。
東京湾要塞には廃棄となった海軍艦艇の砲が転用されていたが、いずれも古い30センチ未満の砲であった。このため今回の事件では全く活躍できなかった。
一方、16インチ砲まで備える米軍のオアフ島要塞はかなりの戦果をあげている。つまり16インチ砲とまでは言わないが、それなりの戦艦級の要塞砲が望まれた。
そして今ならちょうど、その欲しいものが目の前にたくさん転がっていた。
「山城と扶桑の主砲が欲しい?」
陸軍から海軍への提案はそれだった。水深が浅い品川沖で沈んだため、山城と扶桑は船体の一部が海上にみえている。そしてこの2艦には合計12基24門もの14インチ砲が搭載されていた。
これを要塞砲に転用したいというのが陸軍の提案だった。
「サルベージ費用をもってくれるならOK」
既に14インチ砲に興味を失っていた海軍は、引き揚げ費用さえ陸軍が出してくれるならば問題ないと快諾した。陸軍はすぐにサルベージ作業に取り掛かり、引き上げた主砲を東京湾をはじめ各所の要塞に設置していく。これで乙種怪獣までの最低限の対策目途はたった。
次いで陸軍が取り掛かったのは問題の航空隊の強化だった。
航空機が怪獣に対して無力であるという事実は、陸軍だけでなく海軍、ひいては日英米軍すべての悩みだった。
戦闘結果と死体の検分(血液が強毒性を持つため大変だったらしい)から、甲種乙種丙種それぞれの表皮は、それぞれおおよそ400ミリ、300ミリ、200ミリ程度の装甲に相当すると見られている。
怪獣対策で航空部隊が活躍するには、その強靭な表皮を抜ける爆弾の開発が急務であった。
「爆弾を共同で開発しましょう」
そこで陸軍は海軍に新型爆弾の開発を提案した。海軍の80番5号徹甲爆弾は戦艦の41センチ砲弾を元に開発されており、高度2500メートルから投下した場合に150ミリ程度の装甲を貫く力を持つ。
ならばもっと大きな爆弾なら丙種くらいは殺れるのでは?というのが陸軍の意見だった。
こうして大和型の46センチ砲弾を元にした1.2トン徹甲爆弾(海軍名:三式120番5号徹甲爆弾、陸軍名:三式1200kg徹甲爆弾)が共同で開発される事となった。
もちろん、こんな1.2トンもある大きな爆弾を搭載できる爆撃機なぞ陸海軍ともに持っていない。だが実は航空機の搭載量は搭載可能量と同一ではない。離陸限界重量以内なら、爆弾架を強化し爆弾以外の重量を減らせば搭載できない事はないのだ。
しかも一発だけでは足りない。目標が小さいため少しでも多くの爆弾を搭載する必要がある。そこで陸海軍はそれぞれの持つ爆撃機から武装・燃料・装甲・乗員を減らし、なんとかこの爆弾を複数搭載できる機体を開発する。
だが、これだけではまだ航空隊の強化は不十分である。陸海軍ともに急降下爆撃機を持っていたが、250キロ爆弾では50ミリの装甲を抜けるかどうかの威力しかない。今のままでは完全に役立たずだった。
貫通力を上げるには、重量か速度を上げる必要があるが、急降下爆撃の場合はむやみに降下速度を上げる事もできない。
ならば爆弾が自分で速度を上げればいい、陸軍はそのように考え、ふたたび海軍に共同開発を申し入れる。
こうして250キロ爆弾にロケット推進装置をつけた爆弾(ロケット弾?)が開発された。(海軍名:三式25番4号徹甲爆弾、陸軍名:三式250kg噴進徹甲爆弾)
この爆弾は投下後にロケットで加速する事で、機体速度と重力加速度も加わり秒速1000メートル近い終端速度を発揮する。強化された弾体とあわせて貫通力は200ミリを超え、丙種には通用すると思われた(ただし炸薬量は大幅に減っている)。また、弾速が上がった事で命中率が向上するという副次的な効果もあった。
尚、同様のアイデアは英国も思いつき、ほぼ同様な爆弾を開発している。だが英国の場合は弾道安定性を確保するため爆弾に回転を与えようという余計な事を考えた。それでロケットを放射状に並べる配置としたため、発射後の様子はまるでねずみ花火のようであった。しかもロケット推力の不均一から却って弾道も安定せず、結局ものにならなかったと言う。
とにかく、これで丙種怪獣まではなんとか対応できる目途はたったが、まだ陸軍航空隊は満足していなかった。航空部隊としても乙種、そして最大の怪獣である甲種への対抗手段を持つことは悲願であった。これは海軍航空隊も同様である。
また、甲種への対抗手段が戦艦しかないという状況は戦術の選択肢を狭めてしまう。軍として取れる手段が多い事に越したことはない。だが日本の陸海軍は、ともにその解決法を持っていなかった。
その答えは英国にあった。
英国のとある技術者が独国の重要施設を破壊するアイデアとして、戦前から超大型爆弾を構想していたのである。このアイデアは対怪獣兵器として採用され、5トン爆弾が開発されることとなった。
この計画は日米英の共同開発案件となる。この大型爆弾ならば甲種怪獣だけでなく、各国が配備をすすめている対怪獣大型戦艦も一撃で屠る能力があった。もちろん当たればの話ではあるが。
また、共同開発した各国が配備することで、不測の事態の抑止力としての効果も期待された。それにこの爆弾は対独戦にも有用と考えられた。
だが、問題はそれを運搬する航空機にあった。さすがに単体で5トンもの爆弾を運搬できる航空機を各国は持っていなかったのである。
英米は保有する4発爆撃機を改造すれば、なんとか搭載できる目途もあったが、日本にはそれが無かった。困った日本は英米に泣きつき、ランカスター爆撃機とB-17爆撃機の設計と実機を売却してもらえる事になった。これを元に陸海軍共同で大型爆弾を搭載できる四発爆撃機を開発する事となる。
爆弾は昭和十八年中には完成したが日本の機体開発は昭和十九年(1944年)にずれこむ。だがこれにより日米英は航空機でも甲種怪獣を倒す手段を手に入れる事となった。
尚、すでに日本は昭和十七年(1942年)末に正式に連合国に加盟し、独伊に対して宣戦布告を行っていた。
実に無節操極まりない話ではあるが、国家の品格や義理人情などという情緒的な反対意見は、怪獣の脅威と金の力という現実の前に雲散霧消してしまった。
怪獣に対して活躍の場のない陸軍地上部隊や陸海軍の戦闘機部隊は、この頃は北アフリカ上陸作戦に送り込まれている。彼らはその地で数々の伝説を残す事となるのだが、それはまた別の話である。
【後書き】
北アフリカに送り込まれた日本軍の活躍については、各種商業作品をご覧ください(書かない)
次回より戦闘の話に戻ります。
作者のモチベーションアップになりますので、よろしければ感想や評価をお願いいたします。
住民避難を陛下にお褒め頂いたとは言え、怪獣に対して無力であった点は事実である。このため対怪獣装備の開発は、海軍よりむしろ陸軍の方が積極的であった。どちらかと言えば海軍は陸軍の言いなりに近い程である。
これは怪獣事件で海軍上層部が大量に更迭された事が大きかった。組織が混乱し戦艦以外の明確な方針を打ち出せない状況で、特に航空関係者は危機感を募らせていた。そこに陸軍から手が差し伸べられたのである。掴まない訳がない。
陸軍が手始めに着手したのは沿岸要塞の強化だった。
東京湾要塞には廃棄となった海軍艦艇の砲が転用されていたが、いずれも古い30センチ未満の砲であった。このため今回の事件では全く活躍できなかった。
一方、16インチ砲まで備える米軍のオアフ島要塞はかなりの戦果をあげている。つまり16インチ砲とまでは言わないが、それなりの戦艦級の要塞砲が望まれた。
そして今ならちょうど、その欲しいものが目の前にたくさん転がっていた。
「山城と扶桑の主砲が欲しい?」
陸軍から海軍への提案はそれだった。水深が浅い品川沖で沈んだため、山城と扶桑は船体の一部が海上にみえている。そしてこの2艦には合計12基24門もの14インチ砲が搭載されていた。
これを要塞砲に転用したいというのが陸軍の提案だった。
「サルベージ費用をもってくれるならOK」
既に14インチ砲に興味を失っていた海軍は、引き揚げ費用さえ陸軍が出してくれるならば問題ないと快諾した。陸軍はすぐにサルベージ作業に取り掛かり、引き上げた主砲を東京湾をはじめ各所の要塞に設置していく。これで乙種怪獣までの最低限の対策目途はたった。
次いで陸軍が取り掛かったのは問題の航空隊の強化だった。
航空機が怪獣に対して無力であるという事実は、陸軍だけでなく海軍、ひいては日英米軍すべての悩みだった。
戦闘結果と死体の検分(血液が強毒性を持つため大変だったらしい)から、甲種乙種丙種それぞれの表皮は、それぞれおおよそ400ミリ、300ミリ、200ミリ程度の装甲に相当すると見られている。
怪獣対策で航空部隊が活躍するには、その強靭な表皮を抜ける爆弾の開発が急務であった。
「爆弾を共同で開発しましょう」
そこで陸軍は海軍に新型爆弾の開発を提案した。海軍の80番5号徹甲爆弾は戦艦の41センチ砲弾を元に開発されており、高度2500メートルから投下した場合に150ミリ程度の装甲を貫く力を持つ。
ならばもっと大きな爆弾なら丙種くらいは殺れるのでは?というのが陸軍の意見だった。
こうして大和型の46センチ砲弾を元にした1.2トン徹甲爆弾(海軍名:三式120番5号徹甲爆弾、陸軍名:三式1200kg徹甲爆弾)が共同で開発される事となった。
もちろん、こんな1.2トンもある大きな爆弾を搭載できる爆撃機なぞ陸海軍ともに持っていない。だが実は航空機の搭載量は搭載可能量と同一ではない。離陸限界重量以内なら、爆弾架を強化し爆弾以外の重量を減らせば搭載できない事はないのだ。
しかも一発だけでは足りない。目標が小さいため少しでも多くの爆弾を搭載する必要がある。そこで陸海軍はそれぞれの持つ爆撃機から武装・燃料・装甲・乗員を減らし、なんとかこの爆弾を複数搭載できる機体を開発する。
だが、これだけではまだ航空隊の強化は不十分である。陸海軍ともに急降下爆撃機を持っていたが、250キロ爆弾では50ミリの装甲を抜けるかどうかの威力しかない。今のままでは完全に役立たずだった。
貫通力を上げるには、重量か速度を上げる必要があるが、急降下爆撃の場合はむやみに降下速度を上げる事もできない。
ならば爆弾が自分で速度を上げればいい、陸軍はそのように考え、ふたたび海軍に共同開発を申し入れる。
こうして250キロ爆弾にロケット推進装置をつけた爆弾(ロケット弾?)が開発された。(海軍名:三式25番4号徹甲爆弾、陸軍名:三式250kg噴進徹甲爆弾)
この爆弾は投下後にロケットで加速する事で、機体速度と重力加速度も加わり秒速1000メートル近い終端速度を発揮する。強化された弾体とあわせて貫通力は200ミリを超え、丙種には通用すると思われた(ただし炸薬量は大幅に減っている)。また、弾速が上がった事で命中率が向上するという副次的な効果もあった。
尚、同様のアイデアは英国も思いつき、ほぼ同様な爆弾を開発している。だが英国の場合は弾道安定性を確保するため爆弾に回転を与えようという余計な事を考えた。それでロケットを放射状に並べる配置としたため、発射後の様子はまるでねずみ花火のようであった。しかもロケット推力の不均一から却って弾道も安定せず、結局ものにならなかったと言う。
とにかく、これで丙種怪獣まではなんとか対応できる目途はたったが、まだ陸軍航空隊は満足していなかった。航空部隊としても乙種、そして最大の怪獣である甲種への対抗手段を持つことは悲願であった。これは海軍航空隊も同様である。
また、甲種への対抗手段が戦艦しかないという状況は戦術の選択肢を狭めてしまう。軍として取れる手段が多い事に越したことはない。だが日本の陸海軍は、ともにその解決法を持っていなかった。
その答えは英国にあった。
英国のとある技術者が独国の重要施設を破壊するアイデアとして、戦前から超大型爆弾を構想していたのである。このアイデアは対怪獣兵器として採用され、5トン爆弾が開発されることとなった。
この計画は日米英の共同開発案件となる。この大型爆弾ならば甲種怪獣だけでなく、各国が配備をすすめている対怪獣大型戦艦も一撃で屠る能力があった。もちろん当たればの話ではあるが。
また、共同開発した各国が配備することで、不測の事態の抑止力としての効果も期待された。それにこの爆弾は対独戦にも有用と考えられた。
だが、問題はそれを運搬する航空機にあった。さすがに単体で5トンもの爆弾を運搬できる航空機を各国は持っていなかったのである。
英米は保有する4発爆撃機を改造すれば、なんとか搭載できる目途もあったが、日本にはそれが無かった。困った日本は英米に泣きつき、ランカスター爆撃機とB-17爆撃機の設計と実機を売却してもらえる事になった。これを元に陸海軍共同で大型爆弾を搭載できる四発爆撃機を開発する事となる。
爆弾は昭和十八年中には完成したが日本の機体開発は昭和十九年(1944年)にずれこむ。だがこれにより日米英は航空機でも甲種怪獣を倒す手段を手に入れる事となった。
尚、すでに日本は昭和十七年(1942年)末に正式に連合国に加盟し、独伊に対して宣戦布告を行っていた。
実に無節操極まりない話ではあるが、国家の品格や義理人情などという情緒的な反対意見は、怪獣の脅威と金の力という現実の前に雲散霧消してしまった。
怪獣に対して活躍の場のない陸軍地上部隊や陸海軍の戦闘機部隊は、この頃は北アフリカ上陸作戦に送り込まれている。彼らはその地で数々の伝説を残す事となるのだが、それはまた別の話である。
【後書き】
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