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第十五話 最終回 ダウンフォール作戦
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■昭和二十年(1945年)7月 米国ニューメキシコ州
地上に第二の太陽が出現した。
起爆からわずか0.2秒で火球の直径は300メートルに達し表面温度も6000度を超えた。衝撃波が周囲に設置された建造物をなぎ倒し、ついで空白となった爆心を埋めようと空気が爆心に吸い寄せられる。そして熱せられた空気が上昇し巨大なキノコ雲を形成していった。
爆心から16キロ離れた位置に設置されたベースキャンプは歓声に包まれた。この場所では米国だけでなくPDO各国の政治家・軍人も実験を見学していた。
「これでゲートを破壊できる!」
「人類が怪獣に勝利する希望が見えた!」
開発を主導した米国と、それに参画した(相応の代金を支払った)PDO各国の政治家、軍人らが喜びを口にした。
だが、実験を主導した科学者らの表情は暗かった。
「予想された威力だが……あれでは弱すぎる」
「だから核融合を研究すべきだったんだ」
「今はそんな時間がないだろう」
核爆弾ならば怪獣が現れるゲートを破壊する事ができるかもしれない。それが人類の唯一の希望だった。
実験前、科学者らは核爆弾の威力を様々に予想していた。計算ではTNT18キロトン程度であったが、最大の予想では地球が破壊されるというものまであった。後者はともかく科学者らは計算より上の威力を期待していた。
だが結局はやはり計算通りの結果であった。
ゲートは1万メートルの深海に存在する。そこの水圧は地表の気圧の1000倍にもおよぶ。その強大な圧力は生半可な爆弾の爆発など押しとどめてしまう。つまり通常の爆弾ではゲートの破壊はほぼ不可能であった。
それを解決する手段と考えられたのが核爆弾だった。通常の爆弾の数千倍から数万倍の威力をもつ核爆弾であれば、ゲートを破壊できる可能性がある。そう期待されていた。
だが先ほどの実験結果から予想される深海での火球の大きさ、つまり危害範囲は直径30メートル程度にしかならない。これではゲートを破壊できる可能性は限りなく低い。
「だが、今の我々にはあれしか手段がない」
「うまくゲートの中で爆発させることができれば……仮説が正しければ破壊できるかも……」
科学者らは、どういう原理かは不明だがゲート内部は別の空間に繋がっているのではないかと予想していた。つまりゲート内部の圧力は深海よりずっと低い可能性が高い。そこならば核爆弾も本来の威力を発揮できるはず。そう考えた。
「どうやってゲート内部に核爆弾を入れるんだ?海上から落としても入る可能性は限りなく小さいぞ。そもそも怪獣が通過する時しかゲートは開かない」
PDOは当初、海面から核爆弾を落としてゲートを破壊する計画だった。だがゲート内部に確実に核爆弾を落とすとなれば……
「誰かが直接行くしかあるまい……」
■昭和二十年(1945年)11月 マリアナ海溝 海上
ふたたびゲートの真上の海上に日米英の潜水艇母艦が集結していた。だが今回は、搭載されている特殊潜航艇が前回と大きく変わっていた。
7月の核実験後、米国は三発の核爆弾を製造し日英にそれぞれ一発を供給した。深海用の分厚い弾殻をもつ球状の爆弾である。地上で爆発した場合はおよそTNT20キロトンの威力を持つ。これを搭載しゲート内に投下するため、各国は核爆弾の開発と並行して新たな潜航艇を急ぎ開発していた。
そして日本が新たに建造した特殊潜航艇が「蛟竜」である。
先代の海龍に比べ船体は一回り大きくなっていた。大きな推進器と流線形の船体から水中の機動性を考慮していることが一目でわかる。
そして何より大きな違いが、前寄りに移動した耐圧キャビンの後ろに配置された、もう一つの球体。核爆弾だった。
「できれば私も一緒に行って少しでも力になりたいのだが……」
「教授、お気持ちは感謝します。しかし申し訳ありません。本艇は一人用なんです」
心配そうな顔の芹沢教授に、岩佐大尉は苦笑した。
「心配ありません。前回と同じです。潜って、バラストを捨てて、帰ってくる。それだけです。違うのはバラストがちょっと変わっているだけです」
ダウンフォール作戦と名付けられた今回の作戦には、日米英の8隻の潜水艇が参加する。しかし生還が困難と思われるため、各艇の乗員は1名のみとし、すべて志願兵とされた。その募集に岩佐は真っ先に手をあげていた。
「それに……自分は本来なら、とっくに死んでいたはずの身です。もし何かあっても未練はありません」
そう言って岩佐は蛟龍を見上げる。その艇体は怪獣からの発見を可能な限り避けるため漆黒に塗装されていた。それはどこか、かつて日本海軍が開発した甲標的を思い出させるものだった。
実際、岩佐はかつて甲標的の乗員であった。4年前、真珠湾攻撃がもし中止されていなければ、特別攻撃隊として真珠湾内に侵入し米戦艦を攻撃していたはずだった。
それは元より生還がほとんど望めない作戦だった。だから岩佐らは覚悟も決め、厳しい訓練を行っていた。その最中に作戦中止を言い渡された後、岩佐はしばらく腑抜けのようになっていた。
現在の特殊潜航艇部隊の乗員もすべて元は甲標的の乗員である。今回の作戦を聞かされた時、迷わず志願したのは当然のことだった。むしろ全員が志願したため二人の乗員を決めるまでが大変だった。
「行ってまいります」
見事な敬礼とともに岩佐は蛟竜に乗り込み、秋津洲の全ての乗員の帽振れに見送られながら、一万メートル下のゲートに向かって潜っていった。
前回の調査から、ゲート周辺には防衛用の怪獣が配置されている事がわかっていた。このため作戦前半では、囮部隊により怪獣をゲート周辺から引き離す作戦を実施する事になっている。
そして首尾よく怪獣がゲートから引き離されたら、岩佐の蛟竜一号を含む三艇の本隊がゲート上に急行し核爆弾を投下する手筈になっていた。
なお、瑞穂から発進する蛟竜二号は囮部隊に配置されている。囮部隊は核爆弾と同形状の誘引弾をゲートから少し離れた場所に投下する。誘引弾はタイマーで5発同時に起動され激しい光と泡を発生するはずであった。
その後、囮部隊は後退して海底に留まり戦果確認を行い、一方本隊は核爆弾投下後すみやかに海面に上昇する計画である(核爆弾がほぼバラスト代わりなので投下後は自動的に浮上する)。
現代の感覚では、いくら水圧で危害半径が小さくなっているとはいえ、3発の核爆発の至近で潜水艇が活動するのは危険と感じられる。だが当時は放射線やEMPに対する理解が低かったため誰も問題にしなかった。
実は高圧の海水と分厚い耐圧キャビンのため放射線は十分減衰される。EMPも当時は高度な電子機器を搭載していなかったため影響は小さい。このため実際に危険が小さかった事が現代では判明している。
「二体いる……」
ゲート周辺には、やはり防衛用の超甲種怪獣が遊泳していた。だがその数は前回と異なり2体に増えていた。
「気にするな。計画通り作戦を決行する。おとり部隊、作戦開始!」
部隊の指揮をとる米国の潜水艇から各艇に超音波通信が入る。それを受けて5艇の囮部隊がゲートの周囲に散っていった。それを日米英3艇の本隊が見送る。
囮部隊は無事に誘引弾を投下すると戻ってきた。彼らはこのまま戦果確認のため海底に留まることになる。
30分後、5発の誘引弾が作動した。海底に眩い光と泡が発生する。すぐに二体の怪獣が反応し、そこに向かっていくのが見えた。
「よし!作戦どおりだ!本隊前進!」
怪獣がゲートから十分離れたことを確認し、岩佐の蛟竜を含む3隻の潜水艇はゲートに突撃した。
作戦は順調そうに見えた。
3艇の本隊はゲート上に到着すると核爆弾を投下する。大きな質量を失った潜水艇はそのまま上昇していく。だが岩佐の蛟竜だけがゲートの上を離れなかった。
「どうしたイワサ!早く投下して上昇しろ!」
米国艇から通信が入る。
「投下装置作動せず!核爆弾が船体から離れません!」
短期間で設計・建造し、十分な試験が行われなかった事、そして日本と英米との工業力の差であろうか。不幸にも岩佐がいくら投下ボタンを押しても核爆弾は船体から離れなかった。鉄のバラストであれば電磁石で固定しているので電源を切れば離れるが、今回は凝った投下装置としていた事が仇になった。
「……イワサはすぐにそこを離れろ。あと2分で起爆する」
「……了解」
岩佐は隊長の指示に素直に従った。核爆弾は投下後3分で起爆する設定となっていた。核爆弾の起爆は極めて精密な制御のため、ここに留まって爆発に巻き込まれても誘爆は望めない。ただの無駄死になってしまう。それよりは一旦退いて、なんとか投下できる方法を検討する方がいくらかマシだった。
岩佐がゲート上を離れるのと相前後して、怪獣がゲートに戻ってきた。誘引弾が燃え尽き無害だと判断したのだろう。
直後、2発の核爆弾がゲート上で爆発した。海底に閃光が走り二つの火球が発生する。火球はすぐに収まり泡が上昇していく。
「馬鹿な!」
だがその下のゲートは無傷だった。相変わらず青白い光を湛え静かに波打っている。唯一の戦果は不用意に爆弾に顔を近づけていた一体の怪獣の頭を吹き飛ばした事だった。
海上でも科学者たちは頭を抱えていた。
「やはり威力が足りなかったか……」
「日本の爆弾さえ爆発していれば」
「いや、ゲートは無傷だ。あの爆弾がいくら有っても効果はない」
「やはりゲート内で爆発させないと」
「怪獣が通過するタイミングを見計らって投下すれば……もしかしたら」
芹沢は科学者たちの議論結果を岩佐に伝えた。
「判りました。もう一度試してみます。今度は怪獣が通り抜ける瞬間を狙います」
岩佐は了承し、機会を待った。そしてすぐに機会は訪れた。ゲートに裂け目が開き、中から怪獣が上昇してきたのである。
「今だ!」
すかさず岩佐は蛟竜を全速で前進させる。そして裂け目の端に到達すると投下ボタンを押した。だがやはり作動しなかった。
「駄目です。作動しません!」
「すぐに後退しろ。次の機会をねらえ」
了解と返信しようとした岩佐の目の端に何かが映った。それは岩佐の蛟竜に向かってくる怪獣だった。どうやら学習能力の高い怪獣は、潜水艇が先ほどの爆発を起こしたと確信したらしい。今までと違い明確な殺意をもって接近してくる。
「……いえ、怪獣が接近してきます。ですが、むしろ好都合です。このまま待機します」
岩佐の返答に何か喚きたてる超音波通信機を無視し、岩佐は静かな気持ちで迫ってくる怪獣を見つめた。
怪獣は大きな口を開けて岩佐の蛟竜を咥えた。そして強大な顎の力で蛟竜をあっという間に噛み砕く。だが高水圧に耐えるよう設計されたキャビンと核爆弾だけは怪獣の顎の力に打ち勝った。
強制的に爆弾が船体から外された事で核爆弾の起爆タイマーがようやく作動する。配線が切れる直前にそれを確認し、岩佐の口元に笑みが浮かぶ。
「さあ、ここから賭けだ。頼むぞ」
怪獣の口に咥えられ、岩佐は祈った。
先の核爆発で一体の怪獣が倒された事を見ていたのだろう。この怪獣は咥えているものが自分にとって危険なものだと学習していた。だから潜水艇を破壊したなら用はないとキャビンと核爆弾を吐き出したのである。
岩佐は賭けに勝った。
「よしよし、いい子だ」
そのタイミングで再びゲートが開き、新たな怪獣が上ってきた。それと入れ替わるように岩佐と核爆弾はゲート内に落ちていく。
「ここは……」
ゲートの内部は青い光で満たされていた。科学者らの予想した通り、そこは別世界、いやある種の基地だった。
数えきれないほどの怪獣が、まるで出撃を待つ兵士の様に並んでいた。岩佐がまだ見た事のない怪獣もいる。
その中には羽らしきものを背に生やした怪獣までいた。もし怪獣が空まで飛びはじめたら人類にはもう倒す術は無いだろう。なんとしても、今ここで食い止めなければならない。
岩佐は、このタイミングで自分がゲート内部に侵入出来た事を感謝した。
空間内には建物らしきものもあった。そこでは人とは違う形をした生物が忙し気に働いている。やはり怪獣は奴らに送り込まれていたのだ。岩佐は潜航艇の中で芹沢博士と交わした会話を思い出していた。
その生物らは上から落ちてくる二つの球体を不思議そうに見上げていた。その一体と岩佐は目があった。岩佐は確かにそう感じた。
「一緒に地獄へいこうぜ」
岩佐はソレに歯をむいて笑った。直後、最後の核爆弾が水圧に影響されない本来の威力で爆発した。
ゲート近くで待機していた囮部隊は、岩佐の蛟竜が怪獣に噛み砕かれる姿を確認した。そして吐き出された破片とともにキャビンと核爆弾がゲートに落ちていく事も観測していた。
そしてきっかり3分後、ゲートが内側から大きく盛り上がった。大量の光と泡が中からあふれ出す。そしてそれが収まるとゲートは跡形もなく消滅してしまった。その場所には、これまで何も無かったかのように平らで静かな海底が広がっていた。
作戦成功、ゲート破壊の報に海上の人々が沸き立った。日本の秋津洲と瑞穂の艦上でも何度も万歳三唱が起こる。だが彼らの目は一様に涙で濡れていた。
「岩佐さん……」
泣き崩れる山根女史の肩を芹沢が優しく抱える。
「岩佐大尉は、彼はきっと後悔はしていない」
山根を慰めながら芹沢は海面を見つめ、呟いた。
「あのゲートが、最後のひとつとは思えない。もし、怪獣を送り込んでいた存在が残っているとしたら、怪獣がまた、世界の何処かに現れて来るかも知れない……」
【後書き】
以上で本編は終了となります。ありがとうございました。
次回、おまけのWiki風解説です。
地上に第二の太陽が出現した。
起爆からわずか0.2秒で火球の直径は300メートルに達し表面温度も6000度を超えた。衝撃波が周囲に設置された建造物をなぎ倒し、ついで空白となった爆心を埋めようと空気が爆心に吸い寄せられる。そして熱せられた空気が上昇し巨大なキノコ雲を形成していった。
爆心から16キロ離れた位置に設置されたベースキャンプは歓声に包まれた。この場所では米国だけでなくPDO各国の政治家・軍人も実験を見学していた。
「これでゲートを破壊できる!」
「人類が怪獣に勝利する希望が見えた!」
開発を主導した米国と、それに参画した(相応の代金を支払った)PDO各国の政治家、軍人らが喜びを口にした。
だが、実験を主導した科学者らの表情は暗かった。
「予想された威力だが……あれでは弱すぎる」
「だから核融合を研究すべきだったんだ」
「今はそんな時間がないだろう」
核爆弾ならば怪獣が現れるゲートを破壊する事ができるかもしれない。それが人類の唯一の希望だった。
実験前、科学者らは核爆弾の威力を様々に予想していた。計算ではTNT18キロトン程度であったが、最大の予想では地球が破壊されるというものまであった。後者はともかく科学者らは計算より上の威力を期待していた。
だが結局はやはり計算通りの結果であった。
ゲートは1万メートルの深海に存在する。そこの水圧は地表の気圧の1000倍にもおよぶ。その強大な圧力は生半可な爆弾の爆発など押しとどめてしまう。つまり通常の爆弾ではゲートの破壊はほぼ不可能であった。
それを解決する手段と考えられたのが核爆弾だった。通常の爆弾の数千倍から数万倍の威力をもつ核爆弾であれば、ゲートを破壊できる可能性がある。そう期待されていた。
だが先ほどの実験結果から予想される深海での火球の大きさ、つまり危害範囲は直径30メートル程度にしかならない。これではゲートを破壊できる可能性は限りなく低い。
「だが、今の我々にはあれしか手段がない」
「うまくゲートの中で爆発させることができれば……仮説が正しければ破壊できるかも……」
科学者らは、どういう原理かは不明だがゲート内部は別の空間に繋がっているのではないかと予想していた。つまりゲート内部の圧力は深海よりずっと低い可能性が高い。そこならば核爆弾も本来の威力を発揮できるはず。そう考えた。
「どうやってゲート内部に核爆弾を入れるんだ?海上から落としても入る可能性は限りなく小さいぞ。そもそも怪獣が通過する時しかゲートは開かない」
PDOは当初、海面から核爆弾を落としてゲートを破壊する計画だった。だがゲート内部に確実に核爆弾を落とすとなれば……
「誰かが直接行くしかあるまい……」
■昭和二十年(1945年)11月 マリアナ海溝 海上
ふたたびゲートの真上の海上に日米英の潜水艇母艦が集結していた。だが今回は、搭載されている特殊潜航艇が前回と大きく変わっていた。
7月の核実験後、米国は三発の核爆弾を製造し日英にそれぞれ一発を供給した。深海用の分厚い弾殻をもつ球状の爆弾である。地上で爆発した場合はおよそTNT20キロトンの威力を持つ。これを搭載しゲート内に投下するため、各国は核爆弾の開発と並行して新たな潜航艇を急ぎ開発していた。
そして日本が新たに建造した特殊潜航艇が「蛟竜」である。
先代の海龍に比べ船体は一回り大きくなっていた。大きな推進器と流線形の船体から水中の機動性を考慮していることが一目でわかる。
そして何より大きな違いが、前寄りに移動した耐圧キャビンの後ろに配置された、もう一つの球体。核爆弾だった。
「できれば私も一緒に行って少しでも力になりたいのだが……」
「教授、お気持ちは感謝します。しかし申し訳ありません。本艇は一人用なんです」
心配そうな顔の芹沢教授に、岩佐大尉は苦笑した。
「心配ありません。前回と同じです。潜って、バラストを捨てて、帰ってくる。それだけです。違うのはバラストがちょっと変わっているだけです」
ダウンフォール作戦と名付けられた今回の作戦には、日米英の8隻の潜水艇が参加する。しかし生還が困難と思われるため、各艇の乗員は1名のみとし、すべて志願兵とされた。その募集に岩佐は真っ先に手をあげていた。
「それに……自分は本来なら、とっくに死んでいたはずの身です。もし何かあっても未練はありません」
そう言って岩佐は蛟龍を見上げる。その艇体は怪獣からの発見を可能な限り避けるため漆黒に塗装されていた。それはどこか、かつて日本海軍が開発した甲標的を思い出させるものだった。
実際、岩佐はかつて甲標的の乗員であった。4年前、真珠湾攻撃がもし中止されていなければ、特別攻撃隊として真珠湾内に侵入し米戦艦を攻撃していたはずだった。
それは元より生還がほとんど望めない作戦だった。だから岩佐らは覚悟も決め、厳しい訓練を行っていた。その最中に作戦中止を言い渡された後、岩佐はしばらく腑抜けのようになっていた。
現在の特殊潜航艇部隊の乗員もすべて元は甲標的の乗員である。今回の作戦を聞かされた時、迷わず志願したのは当然のことだった。むしろ全員が志願したため二人の乗員を決めるまでが大変だった。
「行ってまいります」
見事な敬礼とともに岩佐は蛟竜に乗り込み、秋津洲の全ての乗員の帽振れに見送られながら、一万メートル下のゲートに向かって潜っていった。
前回の調査から、ゲート周辺には防衛用の怪獣が配置されている事がわかっていた。このため作戦前半では、囮部隊により怪獣をゲート周辺から引き離す作戦を実施する事になっている。
そして首尾よく怪獣がゲートから引き離されたら、岩佐の蛟竜一号を含む三艇の本隊がゲート上に急行し核爆弾を投下する手筈になっていた。
なお、瑞穂から発進する蛟竜二号は囮部隊に配置されている。囮部隊は核爆弾と同形状の誘引弾をゲートから少し離れた場所に投下する。誘引弾はタイマーで5発同時に起動され激しい光と泡を発生するはずであった。
その後、囮部隊は後退して海底に留まり戦果確認を行い、一方本隊は核爆弾投下後すみやかに海面に上昇する計画である(核爆弾がほぼバラスト代わりなので投下後は自動的に浮上する)。
現代の感覚では、いくら水圧で危害半径が小さくなっているとはいえ、3発の核爆発の至近で潜水艇が活動するのは危険と感じられる。だが当時は放射線やEMPに対する理解が低かったため誰も問題にしなかった。
実は高圧の海水と分厚い耐圧キャビンのため放射線は十分減衰される。EMPも当時は高度な電子機器を搭載していなかったため影響は小さい。このため実際に危険が小さかった事が現代では判明している。
「二体いる……」
ゲート周辺には、やはり防衛用の超甲種怪獣が遊泳していた。だがその数は前回と異なり2体に増えていた。
「気にするな。計画通り作戦を決行する。おとり部隊、作戦開始!」
部隊の指揮をとる米国の潜水艇から各艇に超音波通信が入る。それを受けて5艇の囮部隊がゲートの周囲に散っていった。それを日米英3艇の本隊が見送る。
囮部隊は無事に誘引弾を投下すると戻ってきた。彼らはこのまま戦果確認のため海底に留まることになる。
30分後、5発の誘引弾が作動した。海底に眩い光と泡が発生する。すぐに二体の怪獣が反応し、そこに向かっていくのが見えた。
「よし!作戦どおりだ!本隊前進!」
怪獣がゲートから十分離れたことを確認し、岩佐の蛟竜を含む3隻の潜水艇はゲートに突撃した。
作戦は順調そうに見えた。
3艇の本隊はゲート上に到着すると核爆弾を投下する。大きな質量を失った潜水艇はそのまま上昇していく。だが岩佐の蛟竜だけがゲートの上を離れなかった。
「どうしたイワサ!早く投下して上昇しろ!」
米国艇から通信が入る。
「投下装置作動せず!核爆弾が船体から離れません!」
短期間で設計・建造し、十分な試験が行われなかった事、そして日本と英米との工業力の差であろうか。不幸にも岩佐がいくら投下ボタンを押しても核爆弾は船体から離れなかった。鉄のバラストであれば電磁石で固定しているので電源を切れば離れるが、今回は凝った投下装置としていた事が仇になった。
「……イワサはすぐにそこを離れろ。あと2分で起爆する」
「……了解」
岩佐は隊長の指示に素直に従った。核爆弾は投下後3分で起爆する設定となっていた。核爆弾の起爆は極めて精密な制御のため、ここに留まって爆発に巻き込まれても誘爆は望めない。ただの無駄死になってしまう。それよりは一旦退いて、なんとか投下できる方法を検討する方がいくらかマシだった。
岩佐がゲート上を離れるのと相前後して、怪獣がゲートに戻ってきた。誘引弾が燃え尽き無害だと判断したのだろう。
直後、2発の核爆弾がゲート上で爆発した。海底に閃光が走り二つの火球が発生する。火球はすぐに収まり泡が上昇していく。
「馬鹿な!」
だがその下のゲートは無傷だった。相変わらず青白い光を湛え静かに波打っている。唯一の戦果は不用意に爆弾に顔を近づけていた一体の怪獣の頭を吹き飛ばした事だった。
海上でも科学者たちは頭を抱えていた。
「やはり威力が足りなかったか……」
「日本の爆弾さえ爆発していれば」
「いや、ゲートは無傷だ。あの爆弾がいくら有っても効果はない」
「やはりゲート内で爆発させないと」
「怪獣が通過するタイミングを見計らって投下すれば……もしかしたら」
芹沢は科学者たちの議論結果を岩佐に伝えた。
「判りました。もう一度試してみます。今度は怪獣が通り抜ける瞬間を狙います」
岩佐は了承し、機会を待った。そしてすぐに機会は訪れた。ゲートに裂け目が開き、中から怪獣が上昇してきたのである。
「今だ!」
すかさず岩佐は蛟竜を全速で前進させる。そして裂け目の端に到達すると投下ボタンを押した。だがやはり作動しなかった。
「駄目です。作動しません!」
「すぐに後退しろ。次の機会をねらえ」
了解と返信しようとした岩佐の目の端に何かが映った。それは岩佐の蛟竜に向かってくる怪獣だった。どうやら学習能力の高い怪獣は、潜水艇が先ほどの爆発を起こしたと確信したらしい。今までと違い明確な殺意をもって接近してくる。
「……いえ、怪獣が接近してきます。ですが、むしろ好都合です。このまま待機します」
岩佐の返答に何か喚きたてる超音波通信機を無視し、岩佐は静かな気持ちで迫ってくる怪獣を見つめた。
怪獣は大きな口を開けて岩佐の蛟竜を咥えた。そして強大な顎の力で蛟竜をあっという間に噛み砕く。だが高水圧に耐えるよう設計されたキャビンと核爆弾だけは怪獣の顎の力に打ち勝った。
強制的に爆弾が船体から外された事で核爆弾の起爆タイマーがようやく作動する。配線が切れる直前にそれを確認し、岩佐の口元に笑みが浮かぶ。
「さあ、ここから賭けだ。頼むぞ」
怪獣の口に咥えられ、岩佐は祈った。
先の核爆発で一体の怪獣が倒された事を見ていたのだろう。この怪獣は咥えているものが自分にとって危険なものだと学習していた。だから潜水艇を破壊したなら用はないとキャビンと核爆弾を吐き出したのである。
岩佐は賭けに勝った。
「よしよし、いい子だ」
そのタイミングで再びゲートが開き、新たな怪獣が上ってきた。それと入れ替わるように岩佐と核爆弾はゲート内に落ちていく。
「ここは……」
ゲートの内部は青い光で満たされていた。科学者らの予想した通り、そこは別世界、いやある種の基地だった。
数えきれないほどの怪獣が、まるで出撃を待つ兵士の様に並んでいた。岩佐がまだ見た事のない怪獣もいる。
その中には羽らしきものを背に生やした怪獣までいた。もし怪獣が空まで飛びはじめたら人類にはもう倒す術は無いだろう。なんとしても、今ここで食い止めなければならない。
岩佐は、このタイミングで自分がゲート内部に侵入出来た事を感謝した。
空間内には建物らしきものもあった。そこでは人とは違う形をした生物が忙し気に働いている。やはり怪獣は奴らに送り込まれていたのだ。岩佐は潜航艇の中で芹沢博士と交わした会話を思い出していた。
その生物らは上から落ちてくる二つの球体を不思議そうに見上げていた。その一体と岩佐は目があった。岩佐は確かにそう感じた。
「一緒に地獄へいこうぜ」
岩佐はソレに歯をむいて笑った。直後、最後の核爆弾が水圧に影響されない本来の威力で爆発した。
ゲート近くで待機していた囮部隊は、岩佐の蛟竜が怪獣に噛み砕かれる姿を確認した。そして吐き出された破片とともにキャビンと核爆弾がゲートに落ちていく事も観測していた。
そしてきっかり3分後、ゲートが内側から大きく盛り上がった。大量の光と泡が中からあふれ出す。そしてそれが収まるとゲートは跡形もなく消滅してしまった。その場所には、これまで何も無かったかのように平らで静かな海底が広がっていた。
作戦成功、ゲート破壊の報に海上の人々が沸き立った。日本の秋津洲と瑞穂の艦上でも何度も万歳三唱が起こる。だが彼らの目は一様に涙で濡れていた。
「岩佐さん……」
泣き崩れる山根女史の肩を芹沢が優しく抱える。
「岩佐大尉は、彼はきっと後悔はしていない」
山根を慰めながら芹沢は海面を見つめ、呟いた。
「あのゲートが、最後のひとつとは思えない。もし、怪獣を送り込んでいた存在が残っているとしたら、怪獣がまた、世界の何処かに現れて来るかも知れない……」
【後書き】
以上で本編は終了となります。ありがとうございました。
次回、おまけのWiki風解説です。
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「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
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