【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き

文字の大きさ
25 / 48

第25話 閉ざされた夜

しおりを挟む
翌週、出張で向かった北海道は、予想以上の大雪だった。

「こんな天気になるなんて……」

空港のロビーで、私は不安そうに外を見つめていた。
外は一面真っ白だ。
河内さんはスマホで何かを確認していたけれど、いつもと様子が違う。
今朝からなんとなくおかしかった。

「河内さん、大丈夫ですか?」

「……ああ」

やっぱりいつもと違う。
案内板を見ると、「運休」「欠航」の文字が並んでいる。

「これじゃあ、他の交通機関も麻痺してますよね……」

「車を借りる」

河内さんはそう言って立ち上がった。

「え?こんな大雪なのに行くんですか?」

「他に方法がないだろう」

レンタカーカウンターに向かう河内さんの背中を見ながら、私は首をかしげた。
なんだろう、この違和感……。

* * *

レンタカーに乗り込むと、外の雪はさらに激しくなっていた。

「大丈夫でしょうか……こんな雪の中」

「なんとかなる」

普段なら運転中も仕事の話をしたり、私の体調を気にかけたりするのに、今日は黙ったまま。

「河内さん……何か心配事でもあるんですか?」

「……何でもない」

でも、ハンドルを握る手に力が入ってるのが分かった。
私は助手席で小さくなりながら、河内さんの横顔をちらちら見ていた。
いつもより険しい表情をしている。
出張の件で何か問題でもあったのかな……。

その時、前方に赤いランプが見えた。

「あ……」

道路に警察官が立っていて、手を上げて車を止めようとしている。

「申し訳ございません。この先通行止めになってます」

警察官が窓越しに説明してくれた。

「雪崩の危険があるため、復旧のめどは立っておりません。今夜は近くの宿泊施設をご利用ください」

河内さんは黙って頷いた。

「近くに宿はあるんですか?」

私が尋ねると、警察官は苦笑いを浮かべた。

「実は……今日は他の観光客の方々も同じ状況でして。大きなホテルはすべて満室なんです。古い温泉旅館が一軒だけ空いてると思うんですが……」

地図を見せながら説明してくれた場所は、ここから車で20分ほどの場所にある小さな旅館だった。

「そこしかないのか……」

河内さんは渋い顔をしている。

「仕方ないですね……車中泊するわけにもいきませんし、そこに泊まりましょう!」

車をUターンさせながら、河内さんはポツリと言った。

「むしろ……こういうのも悪くないかもしれない」

え?
いつもの河内さんなら、予定が狂うことを嫌がりそうなのに。
やっぱり今日は何かが違う……。

* * *

目的地には、確かに古びた温泉旅館があった。
建物は年季が入っているけれど、手入れが行き届いていて風情がある。

「思ったより……素敵なところですね」

私がそう言うと、河内さんは少し穏やかな表情をした。

「そうだな」

玄関で靴を脱いで中に入ると、温泉の香りがした。

「いらっしゃいませ」

女将さんが出迎えてくれた。六十代くらいの、優しそうな人だった。

「今日は大変でしたね。お部屋はお二人でよろしいですか?」

「あ、いえ……別々で」

私が慌てて言うと、女将さんは困った顔をした。

「申し訳ございません。今日は他のお客様もいらしてまして……空いてるお部屋が和室一間だけなんです」

河内さんと私は顔を見合わせた。

「布団は二組ご用意いたします。ご不便をおかけしますが……」

「それで構いません」

河内さんがきっぱりと答えた。
私の心臓が跳ねた。
一部屋……二人きり……。

* * *

「こちらがお部屋になります」

案内された和室は八畳ほどの落ち着いた部屋だった。
窓からは雪景色が見えて、静かで穏やかな雰囲気。

「お夕食は六時からご用意いたします。温泉は二十四時間ご利用いただけますので、ゆっくりお寛ぎください」

女将さんが去った後、部屋には静寂が流れた。

「えーっと……」

私は荷物を置きながら、なんとなくそわそわしていた。
家で一緒になることはあるけど、そうじゃない場所だと落ち着かない。
河内さんは窓際に座って、外の雪景色をじっと見ている。
相変わらず考え事をしている。

「河内さん、温泉入りませんか?疲れも取れるし……」

「ああ、そうだな」

河内さんは立ち上がったけれど、やっぱり上の空だった。
温泉は男女別で、私たちはそれぞれ別々に入った。
温泉に浸かりながら、私は今日の河内さんの様子を思い返していた。

朝からずっと何かを考え込んでいるような……。
仕事のことかな?
それとも別の何か?

温泉から上がって部屋に戻ると、河内さんはもう浴衣に着替えて座っていた。

* * *

夕食は部屋に運ばれてきた。
お膳を前に、私たちは向かい合って座った。

「美味しそうですね」

「ああ」

河内さんは箸を取ったけれど、やっぱり元気がない。
いつもなら「体に気をつけろ」とか「ちゃんと食べろ」とか言ってくれるのに、今日は黙々と食べている。

「河内さん……」

「なんだ?」

「本当に大丈夫ですか?今日一日、ずっと様子がおかしくて……」

河内さんの箸が止まった。
しばらく沈黙が続いて、やがて小さくため息をついた。

「……少し、考え事があるだけだ」

「仕事のことですか?」

「まあ、そんなところだ」

曖昧な答えだった。
でも、これ以上聞くのも悪い気がして、私はそれ以上追求しなかった。
外では相変わらず雪が降り続いている。

「……こういうのも悪くないな」

河内さんがふと呟いた。

「え?」

「こんな静かな場所で、お前と二人で過ごすのも」

その言葉に、胸がぎゅっとなった。

* * *

食事を終えると、女将さんが布団を敷いてくれた。
二組の布団が並んで敷かれている様子を見て、私はまた心臓がドキドキした。

「ありがとうございます」

女将さんが去った後、部屋にはまた静寂が戻った。
私は浴衣の裾を気にしながら、布団の端に腰を下ろした。
河内さんは窓際に座ったまま、外を見ている。

「まだ降ってますね、雪」

「ああ……明日の朝まで続きそうだ」

「もしかして、明日の予定も変更になるかもしれませんね」

河内さんは振り返って私を見た。

「それでも構わない」

「え?」

「優美」

河内さんが急に私の名前を呼んだ。

「はい」

河内さんは立ち上がって、私の前に座った。
いつもより真剣な表情をしている。

「お前に……聞きたいことがある」

「何でしょうか?」

河内さんは少し迷うような表情を見せた。
そして、ゆっくりと口を開いた。

「優美、二人でどこかで暮らさないか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。

三月べに
恋愛
古川七羽(こがわななは)は、自分のあか抜けない子どもっぽいところがコンプレックスだった。 新たに人の心を読める能力が開花してしまったが、それなりに上手く生きていたつもり。 ひょんなことから出会った竜ヶ崎数斗(りゅうがざきかずと)は、紳士的で優しいのだが、心の中で一目惚れしたと言っていて、七羽にグイグイとくる! 実は御曹司でもあるハイスペックイケメンの彼に押し負ける形で、彼の親友である田中新一(たなかしんいち)と戸田真樹(とだまき)と楽しく過ごしていく。 新一と真樹は、七羽を天使と称して、妹分として可愛がってくれて、数斗も大切にしてくれる。 しかし、起きる修羅場に、数斗の心の声はなかなか物騒。 ややヤンデレな心の声!? それでも――――。 七羽だけに向けられるのは、いつも優しい声だった。 『俺、失恋で、死んじゃうな……』 自分とは釣り合わないとわかりきっていても、キッパリと拒めない。二の足を踏む、じれじれな恋愛模様。 傷だらけの天使だなんて呼ばれちゃう心が読める能力を密かに持つ七羽は、ややヤンデレ気味に溺愛してくる数斗の優しい愛に癒される? 【心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。】『なろうにも掲載』

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

ヤクザは喋れない彼女に愛される

九竜ツバサ
恋愛
ヤクザが喋れない女と出会い、胃袋を掴まれ、恋に落ちる。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

わたしの愉快な旦那さん

川上桃園
恋愛
 あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。  あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。 「何かお探しですか」  その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。  店員のお兄さんを前にてんぱった私は。 「旦那さんが欲しいです……」  と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。 「どんな旦那さんをお望みですか」 「え、えっと……愉快な、旦那さん?」  そしてお兄さんは自分を指差した。 「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」  そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの

処理中です...