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第1部 子爵家の次男
兄上は邪魔 *リュカリオ視点
しおりを挟む「なぁ、私も連れて行っておくれよ。息抜きが必要なんだよ。絶対に邪魔だけはしないからさぁ」
エイルと遠乗りに行く前日のこと。
兄上がいきなり「自分も行きたい」と言い出した。
兄上は俺たちが寮から戻るより一週間遅れて帰宅し、その後も“将来の勉強だ”と父上に連れ回され、ほぼ王宮漬けの毎日らしい。
詳しくは聞かされていないが、おそらく婚約発表の準備に駆り出されているのだろう。
家にいる時は大抵、勉強か鍛錬かしている。
その点、俺は次男で本当に気楽だ。
行事に呼び出されるのも嫡男、父上に「経験だ」と連れ出されるのも嫡男、家督を継ぐための勉強も嫡男。
俺は全部スルー。自由時間はたっぷりだ。
……そう考えると、兄上が休む間もなく詰め込まれているのは気の毒だ。
邪魔しないって言うし、たまには気分転換も必要かもしれない。
「……行くだけ、なら」
「本当!?やった、ありがとう!そうなったらルアンにも知らせないと!」
そう言って兄上は部屋を飛び出していった。
は?なんでそこでルアンが出てくる?
まさか、エイルに断られたルアンが兄上を抱き込んだ?いや、いくらルアンがエイルを“世界一可愛い弟”と豪語してても、そこまではしないだろう。
せっかくの二人きりのお出かけ——俺にとって初めてのデートだったのに。
ルアンが馬に乗れるのか、ふと気になったが……邪魔しに来るやつの心配なんかしてどうする。
俺はそのまま寝ることにした。
翌日
夏の陽射しは強いが、風が心地いい。
俺は愛馬にまたがり、エイルを迎えに向かう。
隣には、できれば来て欲しくなかった兄上。前後には護衛。
どうやらルアンも馬に乗れるようで、護衛がもう一頭連れてきている。
うちの馬に乗るなら我が家に来た方が良いかとも思ったが、うちに呼んでから出るより、こちらから迎えに行くほうが早い。
エイルの家は王都の貴族街でも外れにあり、門を出やすい立地にあるのだ。無駄な時間を費やすより、俺はエイルと森でいちゃいちゃしたい。
門の前で待っていたエイルは、今日も当然のように可愛かった。
先がぴょこんと跳ねたふわふわの髪に陽光が差し、ほんのり金色に見える。
……いや、ダークチョコレート色の髪が金色に見えるわけがない。天使のように可愛すぎて、そう錯覚しただけだ。
瞳も見慣れているはずなのに、やっぱり今日も新鮮で可愛い。頭の先からつま先まで可愛い。
「リュカ様!レオ様もご一緒なんですね!あ、だから兄上もいるのかぁ」
「……ああ、そうなんだ。兄上たちは気分転換だってさ」
「ふふ、レオ様お疲れなんですね。じゃあ今日はのんびりしましょう!」
え、受け入れ早くない!?
俺と2人だけでのデートだったはずなのに!
……まさか裏で兄上と仲良くなってないよな?
そんな疑惑を抱えている間に、準備は整った。
「じゃあ行こう。今日は森の奥の小川まで行って涼もう」
俺はエイルを前に座らせる。
乗馬の腕は上がってきてはいたが、初の遠乗りで一人乗りはまだ早い……と理由をつけて二人乗りを確保した。
前に座るエイルを抱えるように腕を回し手綱を握る。その俺の手に、エイルの指がちょこんと重なるだけで心臓が跳ねる。
エイルの背面が俺の全面にぴとっとくっ付いて、密着率100%だ。身長差もあって、俺の鼻先にエイルの後頭部。気づかれないようにスンスン。うん、俺の好きな柔らかないい匂い。
兄上に見られてる?いや、平常心でいれば問題ない、やれば出来る、俺。
後ろの兄上は悠々と馬を操り、ルアンに「僕たちも二人乗りしてみる?」と冗談を飛ばし、「やめてください」と即答されていた。
「……あれ?ルアンは馬持ってないのに普通に乗ってるな」
「学園入学と同時に乗馬クラブに入りました。家だと祖父母の領地まで行かないと馬がいませんし、借りるのにもお金と世話係が必要で」
「へぇ、そんなクラブが——」
「リュカはエイル君以外にも目を向けようね?」
兄上に茶化され、一行は王都を離れて森へ向かう。
「うん、いい空気だなぁ。癒される。……エイル君のほっぺた、大きくなっても柔らかそうだよねぇ」
……今、聞き捨てならないことを言ったよな?
森への小路をカッポカッポと歩く中、突然兄上がエイルを見て口にした。
「兄上、エイルを見るのはやめていただけますか」
「え~?そんな見てないよ?ああでも横顔の輪郭も——いや、気のせいだよ?」
絶対わざとだ、こいつ。
森の入口に近づくと、陽射しが木々に遮られ涼しくなった。
「わぁ、木漏れ日がきれい~!」
とエイルが目を輝かせると
「春は花が咲き乱れてもっと綺麗なんだよ。今度案内してあげようか」
と兄上がすかさず優しい声をかける。
……今度?俺も一緒だよな?
エイルは悪気なく「楽しみにしてます!」と笑顔。
ルアンに後ろから「リュカ様、表情が引きつってます」と指摘される。
違う、必死に笑顔を保ってるだけだ。
「そういえばエイル君、外で馬に乗るのは初めて?」
「はい!リュカ様に教えてもらってるので乗るのは初めてじゃないですけど、お外は初めてで……ちょっとドキドキします」
「だよねぇ。視界も広がるし……あ、耳が可愛く揺れてる」
「……兄上、そのコメントは控えて」
「え~?褒めてるだけだよ?」
護衛が肩を揺らし笑いを堪える。
このままじゃ森に着く前に俺の忍耐が崩壊してしまいそうだ。そもそもエイルの耳は俺の獣耳と違って、耳先に産毛がしょわっと生えているだけで、耳が揺れてるんじゃなくて、馬の揺れに従って毛先がぴょこぴょこ揺れてるだけだ。自分の意思で動かせないと以前聞いている。
「エイル君、この森の小川はね、夏でも水が冷たいんだよ」
「へぇ~!足を入れても大丈夫ですか?」
「もちろん。足どころか——」
「“もちろん”だけで結構です、兄上」
危ない。このままではエイルが全身ずぶ濡れにされかねない。いや、「全身入っても大丈夫」なんて聞かされたらここぞとばかりにエイルは自分から突っ込んでいくだろうから"され"はしないか。
エイルは首を傾げるが、その仕草すら可愛くてまともに見れず、俺は前を向くしかなかった。
馬から降りたら絶対に2人きりになってやる。兄上に邪魔なんかさせない!
兄上に邪魔されながらも今回の目的地まであと少しだった。
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