小っちゃくたって猛禽類!〜消えてしまえと言われたので家を出ます。父上母上兄上それから婚約者様ごめんなさい〜

れると

文字の大きさ
32 / 82
第1部 子爵家の次男

遠乗り *リュカリオ視点

しおりを挟む

 森に入ると、さっきまで降り注いでいた陽射しは木々にさえぎられ、ひんやりとした空気に包まれた。木の葉が擦れ合う音が風に乗って耳に届き、小川の方からは水の流れる軽やかなせせらぎが聞こえる。その音が、さらに涼しさを深めてくれるようだった。

 王都を出れば魔物に遭遇する危険はある。けれど、この森は王都の強力な結界の範囲内で、魔物を避ける薬草もあちこちに自生している。だからこそ、こうして気軽に足を延ばせる場所だ。

「エイル、気をつけて」

 馬上のエイルの腰に手を回し、抱き下ろす。何度もやってきた動作だし、彼がひとりで降りられるのはわかっている。それでも、ほんの数秒でも、触れ合える時間は逃したくない。

「ありがとうございます。川の水、触ってもいいですか?」

「あぁ、一緒に行こう」

 馬を護衛に預けながら、ふと頭を巡らせる。
 どうやって兄上たちを巻こうか。いや、巻かずとも、話しかけられない距離さえ保てればそれでいい。

「少し上流に、渡れるくらい浅いところがあったはずだ。行ってみないか?」

「っ!行きたいです!渡れるくらいなんですね? 渡っちゃいます?」

「渡って、ぐるっと回って戻ってこよう」

「じゃあ私たちも——」

「兄上たちは、そこでゆっくりしてください。気分転換に来たのでしょう?あそこの木陰なんて、居心地が良さそうですよ」

「いやしかし——」

「レオ様、見える範囲にいますし」

 ルアン、ナイスアシストだ。

 今のうちにと、俺はいそいそとエイルを連れて川沿いを歩き出す。護衛の半分は、ランチボックスを抱えて後に続いた。正直先程の場所でも俺は渡れるのだが、小柄なエイルは腿近くまで浸かってしまうだろう。そこからバシャバシャと川を歩いたら濡れるのはそれ以上になってしまう。

 浅瀬に着くと、澄んだ水が小石の上をさらさらと流れ、陽の光を反射して銀の糸のようにきらめいている。エイルが慎重に足を踏み入れ、水の冷たさに肩をすくめる様子が愛らしい。

「わぁ……冷たい! でも、気持ちいいです」

 パシャパシャと足踏みをして、水が跳ねるのを楽しむエイル。水を蹴りあげるのに失敗して、蹴り上げた水が自分にかかってるし。
 運動神経が良いんだか悪いんだかよく分からない失敗に、くすくすと笑いながらタオルを手渡す。

「ほら、風邪ひくぞ」

「えへへ……ありがとうございます。あっ、魚が——」

「……魚より俺を見ろ」

 思わず口から出た言葉に、エイルが目を丸くする。けれど、すぐに頬を染めて微笑んだ。その笑顔だけで、今日の遠乗りを企画した甲斐があると思えた。

 ふと、視線を感じて顔を上げる。
 ……遠くの木陰で、兄上が肘をつきながらニヤニヤしていた。ルアンは隣で呆れ顔だ。
 ……くそ、見られていたなんて。

「しかし、実際に泳いでる魚なんてここまで来ないと見れないからな。充分に堪能しようか」

 再びエイルの方に目を向ける。
 兄上の視線なんか、今だけはどうでもいい。
 この時間を邪魔されないように、全力で護りきってやる。




「そろそろ、お昼にしようか」

 ひとしきり小川を堪能したあと、護衛が木陰に敷物を広げてくれていた場所へ誘う。ふかふかの芝生に敷かれた布の上からは、柔らかく土と草の匂いが漂う。小川が見渡せる位置に腰を下ろすと、エイルがわくわくと目を輝かせた。

「今日はこれを持ってきた」

 蓋を開ければ、香ばしく焼いた肉やふわふわの卵、色とりどりの野菜を挟んだサンドイッチ。干し肉とチーズ、瑞々しい果実、それに、エイルが好きなザクザククッキー。

「すごい……!外でこんな豪華なお昼なんて」

「ほら、口開けて」

「え?あ、あー……」

 差し出したサンドをぱくりと頬張るエイル。ふにっと頬が膨らむ様子が可愛すぎて、思わず笑みがこぼれる。

「……美味しいです!」

「だろう。お前の好きそうなものだけ詰めたからな」

 頬を緩ませるその横顔は、水面の輝きよりもずっときらきらしていた。




 午後は森を散策し、おやつのクッキーを分け合いながら、時間を忘れて過ごす。やがて兄上たちの待つ場所に戻ると、川面が夕日を受けて淡く光っていた。赤とも紫とも言えぬ、儚く美しい色が水面に揺らめく。

「きれいだな」

 そう呟き、ふと木陰を見ると、兄上とルアンが馬の手綱を整えている。
 エイルがきょとんと見ている隙に、その腕を引き寄せた。

「……リュカ様?」

「今、あいつらこっち見てない」

「え?」

 言葉と同時に、頬に額を寄せ、軽く唇を触れさせる。一瞬で離れると、エイルは真っ赤になって周囲を見回した。

「み、見られたら……!」

「だから見てないって言っただろ。……俺だけ見てろ」

 俯きながらも小さく笑うその表情に、また触れたくなる衝動を必死に抑える。

「おーい、準備できたぞー!」

 兄上の声に振り向き、何事もなかったかのように手を取り合って歩き出す。
 馬のそばに近づいた途端、兄上がにやりと口角を上げた。

「ずいぶんと涼しい顔で戻ってきたな。……森の中は、景色だけじゃなくて“他にも”楽しめたようで?」

「さぁ?何のことだか」

 リュカはさらりと流し、馬の鞍を確認し始める。その態度に、真っ赤になったエイルは否定もできず、ますます俯いてしまう。

「……はぁ」
 その様子を横目で見たルアンが、呆れと諦めの混じったため息をひとつ零した。

 再び馬に乗ると、森の緑が後ろへ流れていく。前に座るエイルの背中から、夏の陽射しと、ほんのりとした温もりが伝わる。
 その温かさを胸に刻みながら、王都への道をゆっくりと駆け抜けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた

こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。 頭を打って? 病気で生死を彷徨って? いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。 見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。 シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。 しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。 ーーーーーーーーーーー 初めての投稿です。 結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。 ※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ
BL
 国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。  フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。  生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!

処理中です...