小っちゃくたって猛禽類!〜消えてしまえと言われたので家を出ます。父上母上兄上それから婚約者様ごめんなさい〜

れると

文字の大きさ
34 / 82
第1部 子爵家の次男

煌びやかな晩餐 *リュカリオ視点

しおりを挟む

「うわぁ、凄く美味しそう!」

 エイルは煌びやかな内装に惹かれていたのもホールに入るまでで、それからは目の前に鎮座する豪華な食事に目が奪われていた。

 ホールの扉をくぐった瞬間、そこに広がっていたのは眩いほど豪奢な光景。
 大理石の床に沿って並ぶ長いテーブルには純白のクロスが掛けられ、金銀の燭台が整然と並び、炎の揺らめきが料理を幻想的に照らしている。
 香ばしく焼かれた森角鹿しんかくろくの幼獣の丸焼きや、琥珀色に輝くスープ、銀器に盛られた魚料理や彩り豊かな野菜。どれもが絵画の一部のように整えられ、それはただの食卓ではなく「王家の威光」を示す舞台そのものだった。
 背後には挨拶に立つ貴族たちの姿。葡萄酒の赤や白がグラスの中できらめき、焼き立てのパンの香りがふわりと漂い、場の雰囲気をより華やかにしていた。

 やがて王子とその婚約者が現れ、声高々に婚約発表が告げられると、拍手と祝福の声が波のように広がった。
 一区切りがついた頃、会場横の大きな扉が開け放たれる。

 そこから隣の部屋へ足を踏み入れると、空気は一転して華やかで可愛らしい雰囲気に包まれる。
 低めに設えられたテーブルには、果実をふんだんに使った小ぶりのサンドイッチや彩り豊かな菓子が山のように積まれていた。
 マカロンや砂糖菓子は宝石箱をひっくり返したかのように並び、三段の大きなケーキは砂糖細工の花々で飾られてまるで小さな庭園。
 子供たちの笑い声が響き、煌びやかな大人の世界から解き放たれたように、そこは甘やかな楽園と化していた。

 さらに奥のテラスへの扉もすべて開け放たれ、庭園へ続く夜風が菓子の甘い香りを外へと運ぶ。噴水の音が心地よく響き、星明りに照らされた花々が静かに揺れていた。

「リュカ様、森角鹿しんかくろく森角鹿しんかくろく食べましょう!」

 ……王子の婚約発表などそっちのけで、エイルは終始きらびやかに輝く料理に夢中だったらしい。

 まぁ仕方あるまい。森角鹿しんかくろくなど、滅多に口にできるものじゃない。

「待て待て、先に殿下に挨拶だ」

「えぇー。この列に並ぶんですか」

 殿下への挨拶を求める長蛇の列がすでにできていた。挨拶を終えた者たちから、さっそく料理に舌鼓を打っているようだ。

「とっとと並んで、さっさと終わらせるぞ」

「はぁーい。あ、リュカ様、あれも後で食べましょうね」

「まったく、仕方のないやつだな」

 口ではそう言いながら、頬が勝手に緩む。……いけない、にやけた顔で挨拶なんて絶対にできるか。

「くすくす」
「婚約者、食い意地張りすぎ」
「子供っぽーい」
「あんなのが婚約者なの?」
「可哀想~」

 遠くから、俺たちを——いや、エイルを嘲る声が、聞こえるか聞こえないかの絶妙な音量で耳に届いた。
 エイルも気づいたようで、困ったような顔を俺に向けてくる。

「気にするな。直接言う度胸もない連中だ」

「……はい」

 やがて順番が来て挨拶を済ませ、ようやく晩餐にありつく。

 緊張でカチコチになっていたエイルが、息を整えて笑顔を取り戻す。その瞬間すら俺には可愛すぎてたまらない。
 俺が挨拶を早く切り上げようとしたせいで殿下から小言を食らったが……正直、どうでもいい。
 俺はエイルと2人きりで、この場を楽しみたい。

森角鹿しんかくろくすごく美味しいですね!」

 ニコニコと頬張るエイルは本当に可愛い。顔いっぱいで「美味しい」を表現していて、見ている俺まで幸せになる。

「中々食べられる機会なんてないからな。よく味わっておけ」

「もちろんです!……でも」

 フォークを一度置き、エイルは少し照れたように俺を見上げた。

「僕はやっぱり、リュカ様と一緒に2人で食べるご飯の方が好きだな」

「……っ」

 胸の奥に熱が走る。煌びやかな燭台も、宝石のように並ぶ料理も、この言葉ひとつで色を失った。

「ば、馬鹿……今ここでそんなこと言うな」

 視線を逸らし、頬の熱を悟られぬようにする。
 けれど心の中では叫んでいた。
 ——そんなこと言われたら、誰がなんと言おうと、一生お前を離すもんか。

「……あの、僕、何かマナー違反してました?」

 ひとしきり食事を楽しんだ後、エイルが小さく問いかけてくる。
 今もなお、陰で囁かれる嫌味を気にしているのだろう。

「いや?いつも通り完璧だった」

「へへ、ありがとうございます」

 エイルは肩の力を少し抜いて笑った。けれど、その笑みが完全に本物でないことを俺は知っている。
 ——やっぱり、聞こえていたんだな。くだらない陰口なんか気にしなくていいのに。

「心配するな。お前は俺がいる限り、誰にも貶めさせない」

 俺はエイルの肩に手を置く。
 途端に耳まで真っ赤にして視線を逸らすエイル。その仕草すら堪らなく愛しい。
 ……可愛い。こんな場じゃなければ、すぐにでも抱き寄せてしまうのに。

 だが、その時。

「リュカリオ」

 背後から声をかけられ振り返ると、兄上が立っていた。

「殿下がお呼びだ。至急だってさ」

「……ちっ」

「こら、舌打ちしない」

 殿下の“至急”なんて、どうせ大した用ではないだろう。だが無視はできない立場だから厄介だ。

「エイル、すぐ戻る。ここで待っててくれるか?」

「えっ……あ、はい!僕は大丈夫です」

 笑顔を作っているが、わずかに震えた声が耳に残る。本当はひとりにしたくない。だが殿下相手ではどうしようもない。

「護衛もすぐ近くにいる。何かあればすぐ声を上げろ」

「分かりました。……行ってらっしゃい、リュカ様」

 未練を断ち切るように背を向けながら、胸の奥で不安が渦を巻いていた。

 祝いの場で何かが起こるはずがない——そう思いたい。
 だが陰口が飛び交っている事実がある以上、気を抜けない。

 とっとと“至急”の用事とやらを片付けて戻らねば。

 俺は兄上とともにその場を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた

こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。 頭を打って? 病気で生死を彷徨って? いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。 見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。 シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。 しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。 ーーーーーーーーーーー 初めての投稿です。 結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。 ※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ
BL
 国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。  フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。  生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!

処理中です...