小っちゃくたって猛禽類!〜消えてしまえと言われたので家を出ます。父上母上兄上それから婚約者様ごめんなさい〜

れると

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第1部 子爵家の次男

とある令息から見た2人

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 正直に言おう。
 最初に「リュカリオ様の婚約者は子爵家の次男だ」って噂を聞いたとき、俺は思った。

 ――は?格差ありすぎじゃね?

 公爵家の次男様だぞ?何でもこなせて好青年で、まだ学園1年生なのに将来は騎士団でも文官でも選び放題って言われてるんだ。
 普通なら伯爵令嬢とか侯爵家の誰かと釣り合うはずじゃないか。
 子爵家の、しかも年下の男の子?いやいや、どう考えても場違いだろ。

 しかも婚約者本人はずっと隠されてて、公に出てくるのは今日が初めて。
 みんな"どんな奴か"って、いい意味よりも悪い意味の好奇心でいっぱいだった。

 ……で、今日。
 実物を見て、俺は固まった。

 なんだあの子。
 小柄で、幸せそうに笑った顔は無邪気で、やたら美味そうに肉頬張ってるし……。
 マナーは完璧すぎるくらいなのに、どこか可愛げがある。見てると周りの空気まで和らぐ。
 ……ずるい。普通に可愛い。女の子かと思ったくらいだ。

 しかもだ。
 パッと見は衣装の色が違うから別々に用意したのかと思ったら、よく見ると金糸の刺繍が揃ってて、共通の意匠があちこちに隠れてる。
 オシャレすぎる“お揃い”に、心の底から感嘆した。

 さらにリュカリオ様が横で完全に「俺の婚約者に何か文句ある?」オーラを出してて。
 自然に庇ってる姿が、もう……絵になってるんだよ。

 ……あれ?
 公爵家とか子爵家とかどうでもよくね?
 普通にお似合いじゃね?

 可愛いお姫様とナイトじゃん。どっからどう見ても。まあ、お姫様は男の子だけど。

 しかも二人だけの世界作っちゃってるし……あ、リュカリオ様が赤くなった。何話してんだろ。なんだか2人の周りだけほわほわ別の世界みたいに見えるんだよな。
 あれ見せられたら、誰も茶化せないだろ。

 ――っていうか、陰口叩いてた連中にも見せてやりたい。いや、見てたはずなんだけどね。
 それにしてもよく公爵家子息の婚約者に陰口なんて言えるよな、無謀すぎる。
 本人たちは「婚約者に向けただけ」って思ってるかもしれないけど、公の場では公爵家令息と同等に扱うべき存在なんだぞ?命知らずにも程がある。

 二人を見てたら、俺も恋人といちゃいちゃしたくなってきた。いや、恋人なんて居ないけど。
 今日のパーティは俺みたいな奴にとっては婚活パーティでもあるんだし、いい人探しに行くべきなんだろう。
 ……でも、二人の世界があまりに眩しくて、微笑ましくて、目が離せない。

 よし、今日は探すのやめだ。
 俺の恋人は後でどうにでもなる。今日は二人を観察させてもらおう。

 そう決めた瞬間、リュカリオ様はレオニス様と一緒にどこかへ行ってしまった。
 おーい婚約者忘れてるぞ?って思ったけど、連れていけない事情があるのかもしれない。高貴な貴族様の事情なんて俺には分からんが。

 ……で、一人残された婚約者がぽつん。
 あれ、ちょっと寂しそうだな。もしかして今俺が声かけたら仲良くなれるチャンスかも?でもリュカリオ様怖ぇんだよな……どうしよう。

「ねぇ、君がリュカリオ様の婚約者なの?」

 葛藤してたら、誰かに先を越された。
 しかもその声音、やたら棘がある。見ると、さっき陰口叩いてたやつの一人じゃないか。

 ……嫌な予感しかしないんだけど。

「あのさぁ、君みたいな子がリュカリオ様の婚約者とか分不相応なんだけど」
「そうそう、食い意地張ってるし、子供すぎてありえない」
「背も低いし、正直まだ子供じゃん?リュカリオ様には全くふさわしくない」

 ……あーあ。数も増えてきたし。
 そう言ってるお前らだって、まだまだ“子供”だろ。なんならリュカリオ様も大人じゃないんだから子供のうちに入るぞ?

 エイル君が何か言い返してるけど、ここからじゃ聞こえない!
 近づいた方がいいか?いや、いっそ止めに入るべきか?そもそも俺が入ったところで止められるのか?
 リュカリオ様、なんでこういう時に限って席外すんだよ……!早く戻ってきてあげてよ!

 ――バシャンッ。

 エイル君の背中に、ぶどうジュースが派手にかかった。

 うわ……衣装が台無しだ。
 しかもよりによってぶどうジュース、あれ落ちないんだぞ!?いや違う、そうじゃない!流石にこれはやりすぎだろ!

「あーあ、せっかくの衣装なのに、これじゃリュカリオ様に会えないね」
「ははは、いい気味」
「そうだそうだ、このまま消えちゃえばいいのに」
「消えてしまえ、消えてしまえ!」

 陰口は次第に声を荒げ、集団の悪意は輪になって彼を追い詰める。

 ……これは泣くだろ、普通。
 俺も思わず拳を握った。

 けど。

 エイル君は泣かなかった。
 むしろさらに笑みを深めて、ジュースをかけたやつに向かって何か言った。

 ……大人だ。いや、強い子だ。
 さっきまで寂しそうにしてたのに、今は全然へこたれてない。

 逆に煽っちゃったのか、相手は顔真っ赤にして拳を握った。
 え、ちょ、殴る気!?エイル君吹っ飛ぶだろ!?

「っ、この……!」

 振り上げられた拳。けど、エイル君はひらりとかわした。

 次の瞬間、護衛たちが一斉に飛び込んできて場がざわめく。

「……はぁ、せっかくのお祝いの席なのに」

 避けた拍子に、ぽつりと漏れた言葉が耳に入った。見た目通りの可愛らしい声。
 その小さな背中が、やけに大きく見えた。

「エイルっ!大丈夫か!?」

 ようやくリュカリオ様が駆け戻ってきた。

 遅ぇよ!何やってたんだよリュカリオ様!

「うん、大丈夫」

 リュカリオ様を確認した時の笑顔。安心しきった天使の笑顔。
 きっと見惚れてしまったのは俺以外にも居たはずだ。

「でも……衣装が……」

「お前が無事ならそれでいい!」

「ちょっ、リュカリオ様っ」

 ぎゅうっと抱きしめられ、恥ずかしがるエイル君。
 あ、2人の周りに花が舞った。幻覚でもなんでもいい、舞った。

「ぁのっリュカリオ様、僕たちはリュカリオ様を思って……」

「ぁあ‪”‬?」

 ……空気が読めないにも程がある。
 低い声と冷たい眼差しで睨まれて、全員凍りついた。

「エイル、帰ろう」

「え、でも……」

「ほら、行くぞ」

 殿下に挨拶して、二人はそのまま会場を後にした。


 ……やっぱり、あの二人、どっからどう見てもお似合いだろ。
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