小っちゃくたって猛禽類!〜消えてしまえと言われたので家を出ます。父上母上兄上それから婚約者様ごめんなさい〜

れると

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第1部 子爵家の次男

帰り道 *リュカリオ視点

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 半ば強引にエイルを連れ帰ってきて、今は馬車の中で2人きり。

 窓の外に流れる街灯りをぼんやり眺めるエイルの横顔は、ほんの少しだけ残念そうで。
 その表情を見て、胸がちくりと痛む。
 ……あんなことがあった後なんだから、早々に退席して正解だった。そう、俺の判断は間違ってない。
 けれどもし、俺がもっと上手く立ち回ってやれていれば、エイルはまだ笑っていられたんじゃないか――そんな後悔が胸をかすめる。
 守りたいと思って下した決断で、逆に悲しませたんじゃないかって。

「……はぁ、僕、友達ができるかなってちょっとだけ期待してたけど、やっぱりそう上手くはいかないですね」

「そうか、友達、か……」

 俺はエイルさえ居ればそれでいい、なんて思ってた。
 けど、エイルはそうじゃなかったんだな。
 そういえば、ルアンには友人と呼べる者が沢山いる。休暇には泊まりに来たり、集まって騒いだり……。そんな姿を見て、エイルもきっと憧れていたのかもしれない。

 それに俺だってよく兄上に言われる。「婚約者ばかりじゃなく、他にも友達を作れ」って。

 友達、か。
 エイルが“婚約者と”じゃなく“友達と”やりたいこと、楽しみたいことが沢山あるのなら――。
 ……でも、なんでそれが俺じゃダメなんだ?
 俺が“友達”じゃなく“婚約者”だから?
 じゃあエイルに友達ができたら、俺はその相手に嫉妬するんじゃないか。
 エイルの一番でいたいのは俺なのに……。
 俺よりも友達を優先するようになったらどうするんだ?
 いや、落ち着け。エイルはまだ“友達が欲しい”って言っただけだ。“優先する”なんて言ってない。……だけど。

「……あーあ、せっかく用意してもらった衣装も台無しにされちゃうし」

 エイルの声でハッと我に返る。

「服なら問題ない。また同じの作ればいい」

「違いますー!リュカ様と一緒にパーティに出たこの服が良いんですー!せっかく終わったらお部屋に飾ろうと思ってたのに」

 頬をぷくっと膨らませて拗ねる姿が可愛すぎて、危うく笑ってしまいそうになる。
 ……やっぱり帰るタイミングを間違えたかもしれない。庭園にでも出て、少し落ち着かせてから戻るべきだった。
 そんなことを今更思っても遅いけど。

「ところでエイル、あいつらにはなんて言われたんだ?」

「“子供っぽい”とか“食い意地が張ってる”とか"リュカリオ様が婚約者なんて勿体無い"とかですねー。あとは“消えちゃえ”とか」

「は?消えろ、だと?」

「……兄上からこういう事があるかもしれないって言われてたから、驚きはしなかったですけど」

 ……本当は、俺だってそうなる可能性は考えていた。
 でもそれは俺が守ればいいと思ったから、俺がずっと傍に居てやればそんな事は起こるはずがない、とわざわざエイルには伝えなかった。
 まさか、こんなに露骨に大事になるとは思っていなかったけど。

「じゃあ、どうして殴られそうになったんだ?」

「あの人、僕にわざとジュースかけておきながら謝りもしなかったから、“礼儀作法はまだ学んでいないのですか?”って言ってやったんです」

「おぉ」

 弱い子だとは思ってなかったが、まさかそんな風に切り返すとは。

「あと“そんなことしてもリュカ様からは嫌われるだけですよ”とも言ってあげました。そしたら殴られそうに……」

「おぉ、見事に火に油を注いだな」

「でもどうやら礼儀作法だけじゃなくて鍛錬もまだしていなかったみたいで、よろよろパンチでしたよ」

 エイルはくすくす笑っている。
 ……ずっと俺が守ってやらねばと思っていたが、思っていた以上に強いんだな、俺の婚約者は。

「……せっかくのお祝いの席だったのに。残念です」

 その一言で、また胸が痛んだ。
 ……無理に連れ出したのはやはり失敗だったか。

「なら、パーティじゃないが、今度王宮の庭園にでも行くか?それとも……うちでパーティを開いて、友達大作戦をやってみるか?」

 なんとか元気づけたくて、思いつく限りを並べてみる。

「いや……」

 エイルはしばらく手元を見つめ、それから小さく顔を上げた。

「僕は、大勢の人が居るところよりも、リュカ様とこうして2人の方が落ち着きます」

 その一言に、胸の奥がじん、と熱くなる。
 ……俺だけでいいってことか?
 だったら、エイルにとって俺は“友達”の代わりにもなれるんじゃないか?
 いや、違う。“落ち着く”なんて言葉は、誰にでも言える。家族にだって、友達にだって。
 俺が欲しいのは、そんな曖昧な関係じゃない。俺だけの、特別な――。

「……俺と居ると落ち着く、か」

 自分でも驚くほど掠れた声が漏れる。

「はい。リュカ様が隣に居ると、安心するんです」

 真っ直ぐに告げられたその言葉に、心臓が一気に跳ねた。
 胸を焼いていた独占欲が、その一言でで潤されていく。
 でも同時に、欲は尽きない。

 ――安心だけじゃ足りない。
 ――落ち着くだけじゃ嫌だ。
 もっと深く、強く。ずっと俺だけを見ていてほしい。

 喉まで出かかった言葉を、俺は必死に飲み込んだ。
 いま吐き出したら、きっとエイルを困らせる。
 俺の焦燥も、嫉妬も、有り余る愛しさも……今は全部隠して。

 馬車は静かに夜の王都を走る。
 その揺れの中、俺は前に座る小さな手の温もりを、そっと、でも決して離さないように握りしめた。
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