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第2章 冒険者に必要なもの
はじめての 見張り
しおりを挟む日が傾き、森に淡い影が差し始めたころ。
ディーが立ち止まり、腕を組んで周囲を見回した。
「……よし、ここらで寝床を探すぞ。日が暮れる前に寝床を探す理由は?」
「ぇぇと?」
俺は分からず首を傾げる。
「バカ。夜になってから場所探しても遅ぇんだよ。腹減ったまま寝床を探す羽目になるぞ」
「う……」
ディーは大股で森の奥へ進み、木々の間を一つひとつ確認していく。俺も躓きそうになりながらも慌ててついていった。
「まずな、寝床にしちゃいけねぇ場所がある」
「どこですか?ぁ、どこ?」
ディーの目線が鋭くなって慌てて言い直す。かっこよく、強気で行かないと!
「低いとこ。雨水が溜まってぐちゃぐちゃになる。あと川のすぐそば。水場は獣や魔物の通り道だ」
「えっ!水の近くが便利そうなのに」
「便利だが死にやすい。水の音がギリギリ聞こえるくらいに離れるのがちょうどいいんだ」
そう言ってディーは木の根元を指さす。
「それと、頭上を見ろ」
「上?」
見上げれば、今にも落ちてきそうな大きな枯れ枝がひとつ。
「枯れ枝がぶら下がってるだろ。あんなの、夜風で落ちたらお前の頭ぺしゃんこだ」
「ひぇっ……!」
俺は思わず身を竦めて、慌てて場所を移動する。それをディーは鼻で笑った。
「背中を守れるとこもいい。岩とか太ぇ木の幹な。後ろを塞いどきゃ、前と横だけ警戒すりゃいいから楽だ」
「なるほど……!」
「おう。火は前に焚け。背中は岩で守られ、前は火で守られる。これが一番楽な寝床だ」
ディーは岩肌の前に腰を下ろし、地面を軽く叩いた。
「ここなら水も遠すぎねぇし、頭上も安全だ。……どうだ?」
「……すごい!」
僕が素直に声を上げると、ディーはふん、と鼻を鳴らした。
「覚えとけよ、エイル。寝床選び一つで生きるか死ぬかが変わるんだ」
「うん」
場所が決まったところで、食事にする。夕飯は昼間のダイアウルフの串焼きの残り。ディーが残りを包んで持って来てくれていたのだ。"食材"は無駄にしない、とディーに教えてもらった。
「明日は森で迷った時の地図の見方や、方角を見るぞ。……地図は持ってるよな?」
「え、あ、持ってない」
そもそも家に地図なんてなかったし、本に載っていた王都の地図と国内地図を丸暗記して来ただけだ。……どうにかこうにかして地図を手に入れるべきだったのか。
ディーはそんな俺を見て盛大にため息を吐いた。
「あのなぁ。冒険者初心者が命を落とす理由の一つが"迷った"だ。迷った挙句に森の奥に迷い込み強い魔物に出会って殺される。初心者の大半はそうやって行方不明だ」
「ひょえ」
……さっきの俺じゃん。紛うことなきさっきの俺!
何度も言うがディーが助けてくれなければ、俺は今頃ダイアウルフの腹の中……。
背筋を冷たいものが駆け上がる。襲われた時のダイアウルフの獰猛さをまた思い出しかけて頭をふるふると降って追い出した。
「地図。ノルデンに言ったら買いま、買う!」
俺の言い直しにディーがニヤニヤと顔で揶揄ってくる。ちくしょう、直ぐに慣れてやる。
「まぁ、それまでは俺のを貸してやるよ。色々書き込んであるけどな」
「……地図って書き込むものなの?」
「書き込まねぇと迷うぞ?……まぁ、それは明日教える。今日は俺が見張っておくからお前は寝ろ。疲れて動けませんでした、はただの足手まといだ」
「う」
正直、家を出てからきちんと寝てはいない。霞影のマントを体にまきつけて木の上でうとうとしてた位だ。きちんと眠っていいのなら寝たい。でも、見張りを一晩中やって貰うのはどうなんだ?
「うだうだ考えてねぇでガキは寝ろ。明日早く起きることが出来たら少し代わってもらう」
「っ!!うん!わかった!」
きっとこれは彼の優しさだ。代わる気は無いのだろうけど、それでも俺の悩んだ心を軽くしてくれる。
「じゃぁ、おやすみ!」
さすがにここで霞影のマントを使うのは危ない。ディーがこのマントを知ってるかは知らないけど、高価なマントを子供が所持してるだなんて知られるのは多分良くない。
土の上にゴロンと横になって目を瞑ったら、思っていたより疲れていたのだろう。あっという間に意識は沈んで行った。
チュンチュン
鳥の鳴き声に目が覚める。
周りを見回すとうっすらと空が明るい。
うん、夜明けって感じかな。しっかり寝たから体が軽い、体調は万全だ。ディーにも少しでも休んでもらわないと。
ぐいっと体を伸ばしてからディーに声をかける。
「ディー、俺起きたから代わって。起きれたら代わってくれるんでしょ」
「……ん?あぁ、じゃぁそうさせてもらうか」
……寝てた?
俺が声をかけるまで目を瞑ってじっとしてるように見えたけど、実は寝てたのかな?
ディーはのそのそと動くと、そのまま俺の寝てたところでごろんと横になってそのまますやすやと寝入ってしまった。
さてと、見張りと言っても何をやるのか詳しく聞いてない。えぇと、とりあえず敵に襲われないようにすれば良いんだよね。
耳を澄まして周りに意識を集中する。
目の前ではぱちぱちと焚き火が爆ぜる音。森の中では小動物が木の上を走る音、穴に隠れる音、ちゅんちゅんと可愛らしい鳥の鳴き声……うん、穏やかないい朝だなぁ。
俺たちを襲うような大型のものは近くには居ないようだ。
ほっと息を吐く。
朝の冷たい空気が気持ちいい。
昨日はダイアウルフに襲われたけど、ディーが助けてくれたお陰で生きてる。
朝の冷たい空気、動物の音、鳴き声、目の前でぱちぱちと燃える焚き火。静かに深く深呼吸して今、生きている事に感謝した。
ふと、目の前の焚き火が小さくなっていることに気づく。
あ、火は絶やさないのが良いんだよね?
周りをきょろきょろ見渡して、枯れ枝を拾いに行く。落ちている枯れ枝はどれも水滴がついていて「あれ?」と思う。昨夜から雨は降ってないはず。……あ!これが朝露ってやつかな?周りの草木を見てみると低い位置のものには水滴がいくつか着いていた。物語とかで読んだことあるけど、本当に濡れるんだぁ。ちょっと感動した。
あ、でも濡れてたら焚き木には使えないよね?どうしよう...…。
他のを探してみてもやっぱり濡れている。
うーん、少し濡れてるくらいならなんとかなる、かも?
小さめの木を幾つか拾って戻ってきた。
大丈夫かな、でもこのまま見ててもどうせ消えちゃうだろうし、よし!なるようになれ!
ぽいっと小さい枯れ枝を3つほど焚き火に放り込む。
しばらく観察していたが、火が消えていくことは無さそう?
「あ、大丈夫そうかな?」
と、思った矢先、火が揺れてだんだん弱くなっていき……次第に消えていった。
「!?消えちゃった……え、どうしよう、えーと、あ、そっか!消えたらまた付ければいいんだ!」
魔術を使って着火を試みる。
しかし濡れて湿気の多い木には中々火がつかない。
湿った枝は「じゅっ」と煙だけを上げて、俺の目にしみて涙が出た。
なんでこうなるんだ~!と心の中で叫んだ時、背後から「はぁ」低いため息混じりの声が落ちてきた。
振り返ると、寝ぼけ眼のディーが髪をかきむしりながらこちらを見下ろしていた。
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