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第2章 冒険者に必要なもの
知らないうちに食べてた
しおりを挟む「あ、すごい! 3匹もかかってる!」
獣道の先で、若木の枝からロープがぶら下がっていた。暴れる野ネズミが縄に絡まって宙ぶらりんになり、キュウキュウと甲高い声を上げている。もう一方では、灰色のネズミが必死に後ろ足をばたつかせていた。
俺の仕掛けた罠は空振り。輪っかは弾けた跡だけ残して、虚しくぶら下がっている。
「悔しい~!」
「はは、惜しいな。仕掛けが動いてるってことは、ちゃんと獲物が通った証拠だ」
「でも……なんで外れたんだよ」
「大きすぎても小さすぎてもすり抜けちまう。だが場所は悪くねぇ。数こなせばそのうち当たりが出る」
「……よし、次は絶対!」
悔しさと同時に、妙な熱が胸にこみ上げてくる。
「んじゃ、川で絞めるぞ」
ディーが宙吊りのウサギを片手で掴む。バタバタと暴れるその姿に、ごくりと唾を飲み込む。
食べるには、殺さなきゃならないんだ。
「……っ」
足が一瞬すくむ。けど、ここで目を逸らしたら冒険者にはなれない。
「それにしても三匹も掛かったのは上出来だな。ウサギまでいりゃ昼まで持つな」
ディーはさも当然といった顔で笑い、迷いなく獲物を締めに向かった。
ディーは右手に野ウサギ、左手に野ネズミ2匹を掴んでいる。逃げ出そうと暴れているが、ディーはビクともしていない。腕力も大事だよなぁ、としみじみ思う。俺はきっとネズミ一匹でもあんなに暴れたら手を離してしまいそうだ。それくらいに必死に暴れている。
そりゃそうか。だって命がかかっているんだもんな。それを今から俺たちが食うために殺さなきゃいけない。
「おい」
川に付いた途端、ディーが野ネズミを掴んだ腕を俺にグイッと押し出す。
「何ボサっとしてんだ。1匹はエル、お前がやれ」
「っ、!!うん!」
俺は慌ててナイフを準備して1匹受け取る。逃げられないようにギュッと握った手の中でも必死に暴れて大変だ。少しでも気を抜くとすり抜けて逃げて行ってしまいそう。
「もっと川に寄れ。首の後ろ、そうそこだ。そこをナイフでこう、グサッと」
ディーが左手で掴んだ野ウサギと野ネズミの首の後ろ側を深く刺す。少しだけ暴れたのち、一気に血が流れ出てきた。
「切ったら直ぐに川下を頭側にしてつけろ。血が流れていく。血を抜かないと臭みが残るからな、しっかりやれ」
「うん」
ここで躊躇したらダメだ。これは肉!美味しいお肉になる為の準備、これは肉だ!
ディーの真似をして首の後ろにナイフをグサッと入れる。野ネズミはピクピクと小さく動き、その瞬間血がどばっと溢れ出す。
「うわっ」
急いで川につける。頭を流れの下側にすると血は勢いを増して流れていき赤い筋が3本、3匹分の血が流れていくのを呆然と見送った。
しばらくすると線は細くなり、少し縮んでさっきまでの命の張りが消えたように見えた。
「よし、捌くぞ。まずは皮を剥ぐ」
川から野ネズミを出すと、その体は冷たくなっている。先程までは生きている温かさがあったのに、今は川の水にも冷やされて冷たくなっていた。
「足の付け根や腹に刃を入れろ。深くなくていい。まずは皮を剥ぐだけだからな。切り込みに親指を入れてグイッと引っ張ると綺麗に剥ける。血が出たらその度に川で流せ」
「おぉ」
ディーはいとも簡単に皮を剥いでいく。見てきて気持ちがいいくらいだ。
「よし、俺も」
ディーの見様見真似で足の付け根にナイフを入れる。
「あっ」
皮を剥ぐだけなのに深くナイフが刺さってしまった。思いっきり肉にまで切込みが……。うん、気にせず皮を剥ごう。皮の部分に親指を入れて、親指を、……親指入らない!!待ってディーはあんなに簡単に突っ込んでたのに、どうして出来ないんだ?何度か指を押し込もうとしたけど、皮はピッタリ張り付いて入らない。
「……下手くそ」
いつの間にか2匹の皮を剥ぎ終えたディーが俺を見てため息を吐いた。
「だってディーみたいに親指が入らないんだもん」
「"もん"じゃねぇよ、甘ったれんな気持ち悪ぃ。皮の端をグッと掴んで少し引っ張ると隙間ができるからそこに指を突っ込め。ちげぇよ、皮と身はくっ付いんてんだからもっと力入れろ!そうだ、ほら隙間が出来たろ、そこに親指突っ込め、そんで思いっきり剥がしていけ」
「うわっ」
皮がベリっと剥がれる音と一緒に、鉄臭い血の匂いがふわっと鼻を刺す。指先にぬるっとした感触が纏わりついて、思わず手を引っ込めそうになる。
「離すな!最後までやれ!」
ディーの怒鳴り声に背中を押され、俺は必死に皮を剥いだ。
ディーは口は悪いが教え方は適切だ。彼はいとも簡単にベリベリっと剥がしていたけど、実際にやってみるとかなり力が必要だったけど、ディーの指導のおかげで、やっとの思いで野ネズミ1匹の皮を剥ぎ終えた。
「ふぇぇ、手に力が入らない」
全てを終えて気を抜くと、手がぷるぷる震えてしまい、上手く力が入らない。相当な力を使ったみたいだ。
「まぁ、ここから使うにはナイフだ、しっかり握れ」
「うん」
皮を剥いだだけじゃまだ食べれないのか。あとは何するの?見た目はもう形はまんまだけど肉だよ?
俺のキョトン顔にまたしても盛大なため息を吐く。
「次は腹を割いて内臓を出す。内臓を出さないと腐るのが早ぇ。それにそのまわりの肉が不味くなる」
「なるほど」
内臓か、確かにその処理も重要だ。
ディーが野ネズミの腹を割く。ナイフで中を書き出すと赤黒い臓物が、鉄のような生臭い匂いと共にぷるんと出てきた。思わず息を止めてしまうくらい匂いがきついし、見た目もグロテスク。
「うゎっ」
「ビビってんじゃねぇぞ。食えるのもある」
「うぇぇ、これ食うの?」
ディーは臓物の中から小豆くらいの大きさの塊をつまみ出す。
「これは心臓。栄養価が高い、捨てるのは馬鹿のすることだ」
「うわ、ちっちゃい」
心臓……。ごくりと唾を飲み込む。想像していたより小さいそれにびっくりする。生きてた時はこの心臓が脈打って必死に動いていたんだ。
「これは肝臓、2つな。滋養がある」
「うっわ、なんかゼリー状の血の塊じゃん」
ディーが取り出したのは親指の爪くらいの大きさの赤黒いゼリーが2つくっついたみたいなもの。
「んで最後に腎臓、通称"マメ"。匂いがきついから好き嫌いが別れるけどな」
「血の色した小さな豆みたいじゃん、これ食べるの?」
最後に取り出したのは小指の爪よりも小さいもの。
「獲物が大きければ腸や他のも食べれるんだが今回はなしだ」
「え、腸も食うの?」
「お前、まさかウインナーが何に詰められてるか知らないな?」
「え?」
そもそもウインナーって何かに詰められてるの?何を?何に?
ぽかんとした俺の顔を見てまたまた盛大にため息を吐くディー。
「知らねぇってのはよっぽど怖ぇな。あれはひき肉の腸詰めだ」
「ひき肉の腸詰め……?」
俺は大好きだったウインナーのイメージが次々と腸のイメージに塗り替えられて崩れていった。
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