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第2章 冒険者に必要なもの
ノルデン
しおりを挟む「身分証は?」
「ぁ、ぇっと、……ありません」
ノルデンに入る検問所で俺は新たな壁にぶち当たっていた。
身分証ーーそれは街に入る際に必ず確認されるもの。俺はそれを持ち合わせていない。強いて言うなら、検問所って本当にあったんだ状態。身分証なんて考えもしなかった。いやあったとしても持って来れないけど。
「それじゃああっちの小部屋で荷物検査だ」
衛兵の声に、俺の心臓は一気に数段階跳ね上がった。小部屋。薄暗い部屋。人目から離れて、ポケットの中身やマントの裏地を事細かに見られる可能性がある。
駄目だ、駄目だ。あのマントは高価だ。髪の色や目の色を変える魔道具だってある。丸見えになったら確実にトラブルだ。
ディーは先に検問を終えて俺の様子をじっと見てた。暫くして頭をガシガシと乱暴に掻きながらこちらに寄ってくる。
「そいつ、俺の弟子だから」
ディーの落ち着いた溜息り混じりの声。振り返ると、彼は拳に何かを握りしめ衛兵につきだす。
「誰だお前は?」
「ん?だからこいつは俺の弟子だ。森で拾った。なんでも魔獣に村が襲われたらしい」
ディーが言うと、衛兵たちの顔に一瞬だけ疑問がよぎる。が、すぐに一人が腕組みして鼻を鳴らした。
「弟子な。身分証は?」
「ねぇよ。必死に逃げてきたってよ。何かあったら俺が責任を取る。問題があったら全部俺の財布で済ますからさ、な?」
ディーは拳を少し開き、手の中の硬貨をちらりと衛兵に見せた。その声はどこか大きくて堂々としている。衛兵の目がじっと金に向いた。
「金で解決する気か」
言いながらも衛兵はちゃっかり硬貨を受け取った。大人の良くない都合が今、俺の目の前で繰り広げられた。
「わかった。だが、簡単な荷検はする。あんたも一緒に来い」
ディーに促され、俺は渋々小部屋へ。衛兵の一人が大げさに鞄の口を開ける。魔道具だの宝石だの出てきたらヤバイ。震える手で、中身を押さえる。
最初に出てきたのは皮袋、薬草っぽい匂い。次は小さなスプーン、石鹸みたいな石、そして——
「あ、あれは……」
止めどなく出るのは、俺の秘密の小物たち。兄上にもらった刺繍の巾着。王都で拾った小さな鏡。そして、霞影のマントの端がうっかり見える。心臓が止まりそうになる。
「これは……いや、なんでもない。薬じゃねえな」
衛兵が鼻をつまみながら言う。ディーは何事もない顔で「臭いで誤魔化しただけだ」と笑った。検査は思ったほどこまごまと厳しくない。要は“問題になるような”ものが入ってないか、ということらしい。
「おい、こいつの服、ちょっと上等じゃねぇか?」
別の衛兵が、俺の着ていた衣服に怪訝そうに触れる。冷や汗が滲む。どうしよう、町の少年みたいな服装を選びはしたが、そこは貴族。どう頑張ってもある程度質は良いものだ。どうしよう、全部バレる。
「おお、そいつ、村の中でも長の次に良い家だったみたいでな。持ってる物は結構良いんだよ」
ディーは軽く決め顔で即座に説明を口にした。衛兵はしばらく首を傾げた後、納得したように笑ってみせる。
「なるほどな……ふーん。なら問題ねぇな。さっさと行け」
信じがたいことに、彼らは一つ一つ検品することもなく、荷物をざっと見ただけで終わりにした。ディーが出した硬貨が、確実に役に立ったのだろう。
小部屋を出る頃には、俺の心臓はまだバクバクしている。ディーは肩をポンと叩き、にやりと笑った。
「よし、通れた。だが、ギルドで正式な手続きをしろよ?いつまでも硬貨で融通は効かせられない」
「う、うん。わかった……ディー、ありがとう」
大量の安堵とともに、少しの恥ずかしさも湧いた。ディーのやり方はいつも強引だが、今日は確実に助けてくれた。胸の内で、俺は小さく決意した——ちゃんと自分の力で生きていけるようにならなきゃ、と。
検問を終えて街に入ると、そこは初めて見る街の様相だった。
検問から続く大通りには沢山の人が行き交っている。石造りの並んだ店や、建物の合間に見える切り抜かれた空。露天からは商人の呼び声、街の人たちのおしゃべり、荷台をゴロゴロ転がす音、子供たちの笑い声。どれをとっても俺には新鮮で全てがキラキラと目に映った。
「わぁ、すごい」
「おら突っ立ってんな。邪魔になるだろ」
立ち止まってキョロキョロと見渡していた俺の腕を、ディーは強引に引っ張って歩いていく。
確かな足取りに疑問が浮かぶ。
「どこ行くの?ギルド?」
「街に着いたらまずは宿を確保する。せっかく街に来たのに野宿なんてまっぴらだからな」
1つ、2つと宿を当たったがどこも満室。3つ目の宿屋でようやく部屋を借りることが出来た。
「2階の角部屋です」と店主から鍵を借りてドアを開ける。初めての宿!物語では簡素なベッドとテーブルと椅子定番だった。実際はどんなところだろう?
ワクワクとディーの後に続いて部屋に入る。
2人部屋、ということでベッドが2つ並んでる。とても簡素なベッド。角部屋だから窓は2面に小さいものが付いている。あとは簡素なテーブルと椅子が2脚。とても質素だ。でもそれが逆に俺が今まで読んできた宿のイメージとピッタリ合致していて密かにテンションが上がる。
ベッドに座ってみるとギシギシと軋む。それが俺には新鮮で面白くてついギシギシ鳴らして遊んでしまった。
「壊す気か。落ち着いたら風呂入ってこい」
「……ギルドは?」
「これから混む時間帯だ。揉みくちゃにされてぇなら別だがな」
「じゃあギルドは明日?」
「そうだな。だからまずは風呂に入ってこい。1階の階段の奥だ」
「一緒に聞いてたから大丈夫だし。ディーは?」
「俺は荷物番。鍵があっても安全とは言えねぇからな」
「へぇ。じゃあお先!」
俺は着替えを持って風呂場へと向かう。よくよく考えたら魔道具は風呂場では付けてられないし、ディーと別々で良かったかも。
「あ、湯船がある!」
お風呂に入ると奥に湯船があった。俺が読んだ物語には湯船の描写は無かったから驚いた。もしかして結構良いお宿?いや、部屋はすごく簡素だったし違うか。
洗い場で石鹸を手にして泡立てる。……が中々泡立たない。泡立ちがすごく悪いなこれ。あ、家で使ってたに高級品だからか。……うちはまだリュカ様がたまに泊まりに来るから結構な高級品を取り揃えてたんだっけ。
中々泡立たない石鹸に見切りを付けて適当に洗って流す。泡立ちは悪かったけどかなりスッキリした。家を出てから体を洗ってなかったから、すごく気持ちがいい。
湯船に浸かるとほっと息を吐いた。
「……リュカ様」
さっき思い出しちゃったから途端に寂しさに襲われる。リュカ様に会いたい。兄上にも。父上も母上も、みんな元気かな?母上は体調を崩してないかな。双子はいつ産まれるんだっけ?
みんなに会いたい!
でも、今更帰ることなんてできないし、どんな顔して会えばいいの?ってなるし。
そもそも俺は冒険者になるんだ。
冒険者はホームシックになったりしない。
明日、ギルドに行って冒険者登録するんだ。見習いがどーとかってディーが言ってたけどなんとかなるだろう。だって来月には登録出来る年齢になるんだし、少しくらいサバ読んだってバレないよね?
「よっし、頑張るぞ」
俺は気持ちを入れるために湯船のお湯をばしゃっと顔にかけた。
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