小っちゃくたって猛禽類!〜消えてしまえと言われたので家を出ます。父上母上兄上それから婚約者様ごめんなさい〜

れると

文字の大きさ
59 / 82
第3章 強くなるために

たくさん投げられた

しおりを挟む
「うわっ、ちょ、まっ――ぐえっ!!」

 どすんっ!また背中が土の上に叩きつけられた。
 肺の中の空気が全部抜けて、思わず目を白黒させる。

 視界の上では、いつものようにディーが腕を組んで立っていた。
 まるで熊が人の形をして立っているようだ。
 ……あ、ディーは熊の獣人だからそのまんまじゃん。

「十五回目だな」

「数えんなって言ってんだろ……!」

 喉の奥がひりつくほど息が上がってる。
 立ち上がるたびに脚が笑い、視界の端がにじむ。
 でも、ディーは休ませてはくれない。

「もう一回だ。構えろ」

「構えても意味ねぇだろ……」

「だな。体で覚えろ、反応しろ」

 ディーが一歩、地面を踏みしめた瞬間。
 空気が変わる。まるで重く、冷たい波が押し寄せてくるみたいに。
 その圧だけで、背中を汗がつぅっと伝う。体が勝手に1歩下がろうとする。

「感じろ」

 次の瞬間、影が動いた。
 ディーの足が砂を弾く。
 目で追う前に――視界がぐるりとひっくり返った。
 地面、空、地面。
 どすん、とまた背中。

「十六回目」

「だから数えんなぁぁ!!」

 言い返す声が情けなく震える。
 息を吸うたびに肺が焼けるみたいだ。
 ディーは一歩も動かず、ただ静かに言った。

「頭で考えてるうちは死ぬ。敵は待ってなんかくれねぇ」

「分かってるよ……でも……!」

「体を慣らせ。考えるより先に動け。まずは動かねぇと死ぬぞ?」

「うぅ」

 日はすっかり落ちて、宿の裏に夜虫の声が響く。

 そもそも稽古をつけてくれとお願いしたのは俺だ。まさかそれが武器も使わない体術だとは思わなかったけど。
 けど、ディーの言う「まずは動け」ってのも分かってるつもりだ。避けなければ怪我を負うし、最悪死ぬ。とどめを刺すのもタイミングを見てしっかりと狙って動かないとダメなんだ。

 でもディーはこれっぽっちも手を抜いてくれない。だからこそ、今の俺が全然ダメなのが分かるんだけど、こうも何度も転がされるとちょっと、気持ちまでへこたれてきそう。

 もう何度も転ばされ、砂と汗で全身がざらついている。
 膝も肘も擦りむいて、手のひらは赤黒く染まっていた。

 結局この日、俺は一度も避けられなかった。
 いや、ディーの動きが分からないことも多々あった。

 部屋に戻る頃には、足が棒みたいだった。
 ベルトポーチを外すのもやっとで、ベッドに向かおうとした瞬間――

「めしー!!」

 元気すぎる声が部屋中に響く。
 アレクだ。小さな体で、俺の周りをぐるぐる飛んでいる。
 お前の体力分けて欲しいくらいだよ……。

「……アレク、ちょっと静かに……死ぬ……」

「死ぬな!死ぬのは飯のあとにしろ!」

「こんなんで死なねぇっての」

 けらけら笑うディーの声を聞きながら、俺は上半身を起こす。
 部屋の中はほんのり温かくて、窓の外では夜風が木々を揺らしていた。

 水を一口飲んで集中する。さんざん体を動かしたあとの魔力操作は正直堪える。やりたくない。さっさと風呂入って食堂に行ってしまいたい。

 でも、それじゃあダメな事くらい俺にだってわかる。物理的に強くもなりたいけど、魔術だって上達したい。あれから何回かやって、なんとなく最初よりはできてる気がするんだ。

 人差し指を出して集中する。

 炎を出して、それをぎゅっと小さく圧縮する。塊にするから最終的には"燃やさなくていい"ってアレクは言った。"燃やさない炎"なんて意味がわからないけど。多分それが純粋な魔力の形のような気がしてる。

 ぎゅぎゅっと小さく圧縮していくイメージ。
 小さくなったら炎を足して、またぎゅっと圧縮して。

「はぁ、はぁ、」

 ダメだ、結構圧縮できたと思うけど、塊にはまだまだだ……。


「おぉー、結構いいじゃん」

 そういいながら俺の作った炎をパクッと食べる。

「あぁ、ダメだ疲れたぁ!」

 体を酷使した後に魔力操作。すんごい疲れた。

 汗も息切れもすごい。ベッドまで行く気が起きずに俺はその場で仰向けで寝転がった。

「そんなところで寝そべってねぇで風呂いけ風呂」

「少しぐらい休ませろぉ」

 ディーは容赦ない。俺がそのまま眠っちゃったことがあるからなんだけど。

 少しだけグダグダしてから、仕方なくよっこらしょっと重い体を動かして風呂へと向かった。

 木の浴場には湯気が立ちこめ、しんとした夜の静けさが満ちていた。
 湯に浸かると、全身がじんわりと溶けていく。

 ふぅ……と自然に息が漏れる。
 肩を撫でると、そこかしこに紫の痣が浮かんでいた。
 脇腹も、腕も、太ももも。
 “あ、こんなとこも打ってたんだ”って、笑うしかない。
 前にダイアウルフに付けられた傷はだいぶ良くなっていた。

 指先に触れる自分の痣を見ながら、心の奥でひとり呟いた。

「……全然まだまだじゃん」

 ダイアウルフ2匹倒したと言っても、ディーが誘導してくれたからだ。ディーが居なかったら多分俺、何も出来なかった。

 腕力だけじゃない、知識も大事。魔力操作も多分初めの頃よりはいい感じ。

 きっと俺は強くなれる。うん!

 ばしゃん

 頭の先まで湯に浸かる。いち、に、さん、と数えてざばぁっと思い切り立ち上がった。

「よし!めし!たくさん食うぞ!」

 誰もいない風呂場に俺の声が響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた

こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。 頭を打って? 病気で生死を彷徨って? いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。 見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。 シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。 しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。 ーーーーーーーーーーー 初めての投稿です。 結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。 ※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ
BL
 国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。  フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。  生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!

処理中です...