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第3章 強くなるために
幕間
しおりを挟むエイルが居なくなってから2年が過ぎた。
この2年に色々なことがあった。
まず、母上が双子の赤ちゃんを出産した。男の子と女の子の可愛い双子だ。
弟がセイル、妹がセラだ。2人を見ていると時々エイルの小さかった頃を思い出して切なくなる。でも、2人ともとても元気でよく熱を出していたエイルと違って、元気で目が離せない。
弟妹が生まれてから、父上も母上もエイルの話はしなくなった。もしかしたらもう、諦めてしまったのかも。それとも、双子の世話でそこまで気を回せないのかもしれない。
でも、時々双子を見て悲しそうな目をしてるから、きっと……。
一番変わったのはリュカリオ様だ。
エイルが居なくなった直後、公爵家の騎士団を動かしてまでエイルを探していてくれていた。だが、ある時を境にそれはピタッと止まってしまった。
そう、それはノルデンで見たという、エイルに良く似た見習い冒険者を見つけてから。
リュカリオ様が言うには、直接会ってはいないが、傍から見た感じ、髪の色も目の色も違う。何より言動が粗暴で、エイルには似ても似つかない、そうだ。それに見習いには保護者が付く。この保護者も名前からして海外の冒険者だということは容易にわかった。けれど、その見習い冒険者がエイルだったとして、そんな人物といつ仲良くなったのか。見習いの保護者に付く冒険者は親や兄弟が殆どだ。エイルに親しい外国人なんていなかったはずだ。
それからリュカリオ様は公爵家の騎士団の捜索をパッタリ辞めてしまった。
自身も含めて、びっくりするほどあっけなく捜索を打ち切ってしまったのだ。
でも、婚約者としての立場は放棄していない。誰かに言い寄られても、新しい婚約者を据えることは無かった。
……私にはリュカリオ様の行動が理解できない。
そして、私が社会人になって2年目の夏、ようやく纏まった休みを取ることができた。
昨年は1年目ということで、先輩に付きっきりで1年間、仕事を教えて貰っていた。家に帰ったら双子のお世話のお手伝いと家を継ぐための勉強などをしていたので、ノルデンまで足を運ぶ時間が取れなかった。馬を走らせても3日はかかる、往復で考えたら6日だ。そんな休みは、新人の私に到底取れるはずがなかった。
「少し、違う街でも見ようと思って」
私がノルデンに行く理由を、両親にはこう伝えた。
もう、エイルが居なくなってから2年だ。エイルの名前を出して悲しませたくはなかった。
それでも、何も言わず送り出してくれた両親は勘づいて居るのだろう。
そして今、ノルデンの冒険者ギルドの前に居る。
冒険者ギルドなんて入ったことは1度もない。素晴らしい冒険者も多いが、中には野蛮な奴もいるときく。
緊張かなんなのか、心拍数が上がる中、私はギルドのドアをくぐった。
中に入った瞬間、ざわついた空気が一気に静まる。四方八方から興味という名の視線が突き刺さる。
私は気にもとめずに、カウンターへ真っ直ぐ向かった。
「すまない、尋ねたいことがあるのだが」
対応してくれたのは、5人ほどいる受付嬢の中でふわっとした犬耳の女性だった。
「エル、という見習い冒険者がこの街にいると聞いたんだが」
「今現在、そのような名前の見習い冒険者はこの街におりません」
「え、いや、そんなはずは無い。1年前にはこの街で見習い冒険者をしていたと言うのは聞いている」
「はい。1年前ならいましたが、現在はいません」
今はいない、という事か?なら何故居なくなったんだ?
「おい、兄ちゃん。エル探してんの?」
突然、冒険者だと思われる若い男が声をかけてきた。
なにかされるかもしれない、と少し身構える。
「あ、あぁ。エルという見習い冒険者が今どこにいるか知っているか?」
そこで男はニヤッと笑って、くいっと顎で酒場を示した。
「教えてやってもいいが、タダじゃねぇぞ?」
奢れという事か。足元見られて幾分か気分が良くない。しかし、情報は欲しい。
「……酒でいいか?」
「だけじゃちょっと味気ねぇよなぁ」
「知ってる情報全て吐け」
席に着いて、酒と肉が並んだ瞬間、豪快に1杯飲み干してから男は話し始めた。何故か他に2人も居る。……1人じゃなかったのか?まぁいい。
「エルはもう見習い冒険者じゃねぇよ」
「どういう事だ?」
「見習いを卒業して、今は立派な冒険者やってるってこった」
別の男が言う。
それを皮切りに3人が口々にエルについて語り出した。
2年前の春先にディアリウセリオス、通称ディーという冒険者が子供を連れてきたて、見習い冒険者にした。その子供がエル。
ディーは若くてCランクだけど、実力はそれ以上でしっかりしていて、怖いが頼れる存在ってことでギルド側も登録に関しては何も言わなかった。
俺らからしてもディーが保護者?なんで急に?っていうのはあったけど、子供に嫌われるディーもそいつだけは妙に懐いてて、しっかり見習いやってたぜ。
見習いなんてあんまり見かけねぇからたまに飯おごってやったりもした。見習いなのに討伐もしてたみたいだぜ。非公認だけどな。
……纏めるとこんな感じだ。
エルがどこの出身で何故ディーと仲良くなったのかは誰も知らなかった。
「イディア!こっちだ!」
突然男が別の冒険者を呼びつけた。
「え、何?お偉いさん?」と言いながら怪訝な顔をして近づく若い男。
「なんかこの方がエルについて聞きてぇって。酒奢ってくれるぞ。お前エルの指導引き受けてたろ?なんか知ってるか?」
「え、酒、まじで?」
俺に断りもなく勝手にエールを頼んで席に着いた。
「お兄さんどちら様?なんでエルのこと知りたがってるの?」
まさか、逆に質問されるとは思わなかった。先の3人のように酒さえ奢れば勝手に話し出すと思っていたからだ。
「その、うちの弟が突然失踪して……。そのエルという見習いが似てると聞いて、直接確かめに来たんだ」
「ふぅん?お兄さん貴族、だよね」
彼の視線は俺の頭の先から足の先までを行ったり来たりしている。その視線が鋭くて、何も言えずにただただこくん、とうなづいた。
「ぷっ、ははは!お兄さんの弟かもって、エルが貴族なわけないじゃん!!」
突然、堰を切ったように笑いだした。
「なぁ、どー見てもエルはただのクソガキだったよな?」
「ちょっと顔は整ってるかもだけど、ただのガキだったな」
「そうそう、あいつが貴族とかありえん!」
それに便乗してみんなもエルという冒険者が貴族なんてありえない、と口を揃えて言い出した。
「そ、そうか……。ちがう、か」
エルという冒険者は貴族らしい所など皆無らしい。
でも、どうしてだろう。ここにいる冒険者の人が口を揃えてちがうと言うけれど、実際に目にしていないからか、信じることなど到底できない。
「ところで、そのエルという冒険者はどこに行ったか知ってるかい?」
そう、自分の目で確認するまでは諦められない、とエルの行方を尋ねる。
「ディーと一緒に故郷に行ったんじゃなかったんだっけ?」
「そーそー。ディーの故郷ってこの国じゃなかったよな?」
「山超えた隣の国だろ?」
「なんだっけ、テオランっていう国だっけ?」
「そーそー、確かそんなんだった気がするわ!」
もし、エルがエイルだった場合、保護者になってもらっただけで、彼の故郷に行く理由があるのだろうか。いや、しかし、この2年でなにかあったのかもしれない。
「どこの街かわかるかい?」
「なんだっけ?俺知らねぇ」
「俺もー」
「だってディー自分のこと話さねぇもん」
「だよなぁ。てか普通自分の事話す冒険者なんかいねぇって!」
なるほど、冒険者とはそういうものなのか。
もうここにエルはいない。行先も大雑把にしか分からない。もう少し早く来れていたら、と悔やむしかない。
私はテーブルの上に多めの金貨を置いて、ギルドを後にするしか無かった。
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いつも読みに来てくださってありがとうございます!
次から新章です!
これからもよろしくお願いします(>人<;)
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