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第4章 リューべルへの道
魔力の氾濫
しおりを挟む「魔力の氾濫?ってどういう事ですか?」
川の氾濫が魔力の氾濫?イマイチ結びつかなくて首をかしげた。
「川が氾濫すると、魔力が溢れて、魔物が寄り付くようになってしまっての。酷い年には川岸が魔力で鈍く光っておった。あれは今でも忘れられん」
「川が光る……?」
思わず呟く。そんな現象初めて聞いた。
「それは、今でもですか?」
今度はディーが尋ねた。ディーも知らなかったみたいだ。
「あぁ、頻度は減ったが2、3年に1度川は氾濫する。そうしたら森の奥から魔物がの、寄ってきてしまうんじゃよ。わしが子供の頃は毎年のように逃げ回っとったんじゃがな」
「だから、街の周りに壁があるんですか?」
そう、この街ノランは、今までに見た街の中で唯一壁にぐるりと囲まれていた。
「そうじゃよ。今は、寄ってきた魔物というより、そ奴らのせいで焦った魔物が街に入り込む程度じゃがな」
「ミナのおうちねー、あそこにあったんだって!」
ミナちゃんが耳をぴょこぴょこさせながら蓮畑の方を指す。もう、動きが逐一可愛い。
「そっかぁ。だから川から街が離れてるんですね」
「そうなんじゃよ。街を丸ごと移動させるのは大変じゃった。皆して家を壊しては建て、壊しては建ての繰り返しじゃった。小さい子もみんなして手伝っておったぞ」
「蓮のお花はね、浄化する役割があるんだってー」
「浄化……って、魔力をですか?」
俺がそう聞くと、おじいさんがゆっくりと頷いた。
「蓮はの、川の澱んだ魔力を吸って澄ませる力が強いんじゃよ。花がようけ咲く年は、魔物もあまり寄ってこん。昔から“蓮の年は豊作の年”と言われての」
「豊作の年……?」
「うむ。澄んだ魔力の水は、畑の作物をぐんぐん育てる。あの細い水路から引いとるじゃろ?蓮畑で浄化された水が畑に流れることで、土の力が整うんじゃよ」
確かに、目の前の畑はどこまでも瑞々しくて、元気いっぱいだ。
「だからか……すごい、全部繋がってるんだ」
「蓮のお花いっぱいが咲くと、野菜もいっぱい採れるんだよぉ!」
ミナちゃんが、嬉しそうに耳をぴょこっと動かした。
「誰が始めたのか分からんが、蓮を植えてな。その近くの野菜がよく育つっちゅうことで皆も競って植え始めたんが始まりじゃ」
おじいさんが静かに続ける。
「それが今では、魔力を鎮め、土地を守ってくれる“蓮の帯”となった。それがある限り、ノアラは暮らしていけるんじゃ」
ミナちゃんが、蓮畑のさらに奥を指さして
耳をぴょこぴょこ揺らした。
「もっとね、すっごいところあるんだよ!」
「え、まだあるの?」
ミナちゃんは胸を張ってこくこく頷く。
「ミナのおじいちゃんね、昔のおうちの場所、知ってるんだよ!川のそばにあったころの!」
「おうち……?蓮畑と畑しか見えないですけど、分かるんですか?」
「そりゃあ分かるとも」
おじいさんは目を細めて笑った。
けれど、その耳はほんの少しだけ伏せられていた。
「跡だけじゃが、今でも残っとる。見に行くか?せっかく来たんじゃ、見ておいて損はないぞ」
「行きます!」
家の跡ってどういうふうに残るのか、純粋な疑問だった。だって畑に家の跡が残ってるっていうのがイマイチ想像できなくて、見ていいのならぜひ見てみたい!
「じゃあ、こっちじゃ」
おじいさんは蓮畑に沿うように歩き出し、
俺たちもそのあとを続いた。
少し進むと、蓮の葉の隙間から 細い古い石畳 がゆらっと見えた。
「……あれ、道?」
「昔の道じゃよ」
おじいさんが頷く。
「川べりに家々が並んどった頃の名残じゃ。今は水に沈んだ場所も多いが、残っとる場所は残っとる」
蓮の花の合間から、水の浅い所だけ、ところどころに人の手で並べられた石 が覗いている。
緑に覆われているけれど、確かに道の跡だ。
「ミナのおうちね、あのへんだったんだって!」
ミナちゃんは無邪気に指をさす。
俺はふと足元の水路を見た。
蓮畑の水面。
そこにゆらゆら漂う“魔力の澄んだ青”。
「……なんか、不思議な感じですね」
「うむ。魔力が澄んだ場所は、どこか懐かしい匂いがする」
おじいさんの声には、ほんの少しだけ寂しさが混じっていた。
蓮畑の向こう、川のそばに、かつてのノアラの街の残骸が眠っている。
「さ、あっちじゃ。まだ石垣が残っとるはずじゃ」
おじいさんが指した先には、緑に覆われた“影”みたいなものが土に浮かんで見えた。
あれ……たぶん、昔の建物の土台だ。
胸が高鳴る。
なんでかわからないけど、この街の歴史の底に、何か大事なものがある気がした。
「ここじゃよ」
おじいさんが立ち止まった。
蓮畑の切れ間から少し外れた場所に、
土に埋もれかけた 四角い石の枠 があった。
草が生い茂っているのに、石だけは妙にまっすぐで、人の手で積まれた形がはっきり残っている。
「……これ、家?」
「そうじゃ。わしらの家の“土台”じゃな」
おじいさんが石をひとつ撫でる。
指先がほんの少し震えて見えた。
「昔はここに柱が立っとっての。土台の向こうには、台所と囲炉裏もあった。この辺り一帯、家がずらっと並んどったんじゃよ」
ミナちゃんが石の上にぴょんと乗り、
耳をぴこぴこ揺らしながら言った。
「ミナが生まれるずっと前の話なんだって!おじいちゃんがお話ししてくれるの!」
「そうそう。あの頃は、朝になれば川の音がよく聞こえてのう」
おじいさんは、遠くの川を眺めながら言った。
その視線の先に、かつての生活が確かにあった気がした。
俺の胸がじんわりと熱くなる。
この石の枠に——家族がいて、笑い声があって、暮らしがあったんだ。
全部、川の氾濫、魔力の氾濫で川から距離を取るしか無かったんだ。
「……こんなに綺麗な場所だったのに」
俺が呟くと、おじいさんはゆっくりと首を横に振った。
「綺麗になったのは今じゃ。昔はのう、魔力が荒れた年には、ここらも濁ったように光っとった。危のうて危のうて……住めたもんではなかったよ」
ディーが横で静かに腕を組む。
「だから、街を移したんですね」
「うむ。人の力じゃどうにもできんこともある。じゃが――たまたま誰かが植えた蓮が守ってくれたおかげで、わしらは今でもここにおる」
ミナちゃんが石の上でくるっと回って言う。
「ねー!蓮のおかげで、お野菜いっぱいできるの!」
ほんと無邪気で可愛い。
この子には暗い昔話なんて似合わない。
それがなんか嬉しかった。
おじいさんはミナちゃんを見て、少しだけ優しい顔になった。
「さて……そろそろ戻ろうかの。あんたらも旅の途中じゃろ?」
「はい。そろそろ街を出ようと思ってます」
俺が言うと、ディーがわずかに頷いた。
ミナちゃんがしゅんと耳を垂らす。
「えぇ~……もう行っちゃうの?」
うう、かわいい……。
そんな顔で見られたら帰れなくなるやつ……!
でも、俺たちの目的はテオランだから。
俺はミナちゃんの頭をそっと撫でた。
「また来るよ。その時にはまた蓮畑の案内してくれる?」
ミナちゃんはぱぁっと耳を立てて笑った。
「うん!!ぜったいだよ!!」
蓮畑の向こうで、朝の光が川をきらきら照らしていた。
ミナちゃんは俺らが見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。
完全に見えなくなったところでカバンがもぞもぞと動き出す。ぴゅっとアレクが飛び出てきた。
「魔力の氾濫なんてそうそう起こることでもないだろ?」
「え、そうなの!?」
「俺も初めて聞いた」
俺の中で川の氾濫=魔力の氾濫って構図が出来上がりかけてたのに。
「雪解けの季節、川の氾濫自体は少なくもないだろ、その度に川に魔物が集まるなんて俺知らねー」
「じゃあなにか原因があるかもって事?」
「だろうな。でも最近は減ってんだろ?じゃあ気にすることねーよ」
そう言って、くるくる飛んで遊ぶアレク。
「取り敢えず川を渡るぞ」
ディーもアレクの意見に賛成なのか、川に向かって歩を進めた。
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