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第4章 リューべルへの道
穢れた魔力
しおりを挟む「あ、うん。ごめん俺肉の方が好き」
「まぁ、俺もそうだな」
「だな」
焼き魚が別に不味いってわけでは無いんだけど、肉の方が噛んだ瞬間じゅわって脂が溢れ出るのとか、肉の味そのものがあるっつぅか、魚は淡白で、味付けした塩の味しかしないっていうか、うん、ともかく肉の方が好き。
ディーもアレクも俺の意見にむしろ同調してた。うん、肉の方が美味いよな。
「あー、テオランの海辺の街とかならもっと違った料理があるんだが」
「海辺!?」
「あぁ。この国と違って海に出れるからな。漁もするし、色んな魚食うし、何より……」
「「何より?」」
ディーが言葉をためるなんて珍しい。
思わず俺とアレクの声が重なった。
「魚を生で食う」
「「……え?」」
魚を……生で……?
「……なま?」
俺は思わず聞き返した。
生って……火を通さずに、ってことだよな?
アレクは口を半開きにして固まってる。
「おいディー、それ……大丈夫なのか?魔力とか毒とか……」
「調理法を間違えなければな。海辺の街には“捌き方”ってのがあって、骨も内臓も綺麗に取って、身だけを切るんだ」
ディーはさらっと言うけれど、
頭の中で想像したらちょっと怖くなってきた。
生の魚を切って……そのまま……食う……?
「……その、美味いの?」
聞くしかなかった。
想像が追いつかない。だって肉は生では食べない。魚は生で食える……?
疑問がそのまま顔に出てたのか、ディーが笑った。
なんだよ、その“知ってるやつの余裕”みたいな顔は!
「美味いぞ。脂の乗ったやつなら、肉よりも濃い」
「「濃い!?」」
俺とアレクの声がまた同時に重なった。
「いやいやいや、魚より肉の方が濃いだろ」
「肉は……肉だぞ?魚とは違う」
アレクの意見も正しい。
肉は肉だ。魚は魚だ。
でもディーは首を横に振った。
「海の魚は別物だ。この川魚とは全然違う。……テオランに行ったら食わせてやるよ」
「……え、マジで?」
テオランに着いたら生の魚、食わしてくれるの?
肉派なのに、なんかワクワクしてきた。
川沿いで食べた焼き魚も悪くはなかったけど、“生で食う魚”なんて想像できない新世界だ。
「でも、まだ旅の途中だろ。今は肉だな」
ディーが焚き火にもう一本枝をくべる。
ぱち、ぱち、と火が弾ける音がした。
アレクが尻尾をぶんぶん振りながら言う。
「じゃあ次はやっぱり狩りだな」
「肉!!」
気づいたら俺も叫んでいた。
魚の話してたのに、結局肉の話に戻るのは……まぁ、しょうがない。
肉は偉大だ。
焚き火の火がぱちぱちと小さく弾ける。
肉の話で盛り上がったあと、俺たちはそれぞれ横になったり、座ったりして、川の夜風を楽しんでいた。
その時だった。
ぴしゃっ……ぴちゃん……
「……水音?」
川の音とは違う、“踏みしめる音”が混じっている。
俺とディーはそれぞれ剣と斧を構えた。
アレクがふっと肩に飛び乗り、背中の毛を逆立てて小さく唸った。
「……来る。二匹」
煙みたいに白い揺らぎが、川の方でふわっと膨らむ。
それがだんだん形を持つ。
狼だ。
いや、狼“みたいなもの”。
身体の半分がもやもやとした魔力の煙に包まれている。
「スモークウルフ……!」
「エル、右の足を狙え。動きを止める」
「了解!」
もう考えるより先に体が動いてた。
ウルフが跳んだ瞬間、俺は地面を蹴って横に転がる。
爪が空を切る。
立て直すより早く、俺は足元へ滑り込むように踏み込み、後ろ脚に剣を滑らせた。
ザッ
手応えが走る。
ウルフが体勢を崩した、その瞬間
「どけ!」
ディーの声。
俺が跳ね退いた直後、
斧が音を置き去りにして振り下ろされ、スモークウルフは煙になって消えた。
「一体!」
振り返ると、もう一体がアレクを狙って跳んだ。
「こっちこい!」
俺はわざと大きく地面を蹴って
自分の気配をぶつけるように前に出る。
ウルフが標的を俺に切り替える。
よし、狙い通り!
俺が右へ飛んだ瞬間、ウルフも同じ方向へ食いつくように軌道を変えた。
そっちには……ディーがいる。
「今だ!」
俺が飛び退くと同時に、
ディーの斧が左から叩き込まれた。
煙がぱあっと散る。
静寂。
夜風の音が戻ってくる。
ディーが斧を肩に担いで俺を見る。
「……悪くない」
心の奥がじわっと温かくなった。
「ほんと!?えへへ……!」
アレクが肩の上で尻尾をぶんぶん振る。
「今の連携、前よりずっと良かったぞ!」
確かに今までよりスムーズに動けた気がする。褒められた嬉しさにニマニマしていると、俺はあることに気づいた。
「って、遺体が残らないんだけど!肉は??」
確かに手応えはあった。確実に斬った。
でも、今、倒したはずのモヤッとした狼みたいなものの亡骸はない。
「知らねぇのか。こいつは実体のない魔物なんだ」
「……え?」
実体のない魔物?でも、斬った感触は確かにあったんだけど……。
「実体のない?実態がなければ、俺らが倒さなくても実体が無いんだから、怪我しないんじゃ?」
なんか言ってて訳わかんなくなってきた。
実態はない魔物。でも斬った感触はあった。でも遺体は残らない。だって、実体がないんだから。だったら俺らも怪我しないんだし放っておけば良いのでは?ん?でも斬った実感があったんだって、えっと、だから……?
「穢れた魔力は時に集まり、魔物のように実体を伴う事がある。それは、さっきみたいな狼だったり、鳥だったり、時には魚だったり様々だ。実体を伴って、動き襲ってくる。その時は実体がある状態だから、もちろん怪我もする。倒せば元は実体のない存在だ。霧となって消える」
えっと、襲ってくる時は実体があるって事だから……
「襲ってくるなら倒せって事?」
「ま、そーいう事だな」
「あんま見ることないんだけどなー。穢れた魔力なんて普通自然に浄化されちまうし、残ったとしてもさっきみたいのか、なにかの死体に取り付いてアンデッドもどきくれーだよなー」
アレクがまた俺の周りを飛びながら説明した。
「アンデッド……もどき??」
アンデッド。それは死体を魔術で動かして攻撃させる死骸冒涜の魔法。
術者の魔力が切れるか、攻撃できないくらいに細切れにしない限り襲ってくる恐ろしい術。
でも、今回はアンデッド"もどき"とアレクは言った。
「……術者が居ないから、"もどき"?」
アンデッドとの違いは術者がいないこと。それがどうして"もどき"になるのかは分からないんだけど。
「そうそう!結局死体に取り付いたって、穢れた魔力自体が無くなっちまえば動かなくなるんだしなー。そもそも死体に取り付くほどの量が浄化されずに残ってる事自体稀だからなー」
「なるほど?じゃあさっき見たいのは時々?見かけるかもしえないけど、アンデッドもどきはほとんどいないって事?」
「ま、そーゆーことー」
言いながらくるくる飛んで、ぽすっと俺の頭に着地する。
ずしっと首にアレクの体重を感じた。
パチパチと爆ぜる焚き火を見やる。
魔力の氾濫に穢れた魔力か。なんとも言えない気持ちが湧いてきたが、それをどうにか飲み込んだ。
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