小っちゃくたって猛禽類!〜消えてしまえと言われたので家を出ます。父上母上兄上それから婚約者様ごめんなさい〜

れると

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第1部 子爵家の次男

弟の誕生

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 母上の容体が急変した。

 出産予定日まではまだ1ヶ月はは先と聞いていたのだけれども、急遽お腹の赤ちゃんが降りて来てしまったらしく、助産師さんだけではなく、邸内の何人もの女性達がバタバタと邸内を駆け回っていた。

 僕と父上は男性という事もあって手伝えることは無く、母上のいる部屋の前でバタバタと出入りの激しい扉を心配そうに見つめたり、うろうろ所在無く歩き回るしかなく、しばらく経ってから隣のお部屋へとその場を移動させられた。

 外は新緑の季節。
 まだ太陽は真上に差し掛かる前の時刻だった。
 天からの柔らかい陽射しに、まだ若い草木が心地よい風に靡いているのが屋敷内の窓から見える、穏やかな季節だった。

 しかし外の朗らかな景色とは打って変わって慌ただしい邸内。その慌ただしさは、陽が暮れてしばらく経っても一向に収まらなかった。

 邸内が慌ただしくなる前に、侍従に「弟君がお生まれになりますよ。ルアン様に早く会いたくて1ヶ月も早くだなんて、弟君はせっかちさんみたいですね」と言われた時は、やっと会えるんだ!というワクワクした気持ちしか無かったのだが、昼食を終え、おやつを終え、夕飯を終える頃には、収まらない邸内の慌ただしさも相まって、あの時の高揚感は不安な気持ちに塗り替わってしまっていた。

 そんな不安でいっぱいな僕に侍従は「人によっては2日かけてお生まれになられる方もおりますからね。弟君は些かのんびり屋さんなのかもしれないですね。」と励ましてくれた。

 せっかちなのにのんびり屋さんな弟に早く会いたいな。
 僕は不安になりつつもまだかなまだかなと、弟の誕生を待ちわびた。

 日も暮れて、夕食が終わってもまだ邸内は慌ただしい。そのうちに父上に「遅いからもう寝なさい」と言われてしまい、結局その日のうちに念願の弟の顔を見ることは叶わなかった。

 そして嫌な予感というのは当たるもので、次の日の朝に侍従に「無事に弟君はお生まれになりましたよ。」と言われてしまった。

 やっぱり、僕が寝ている間に全て終わってしまったんだ、と物凄くガッカリしたのだ。

 そして残念な事に、今すぐにでも会えると思っていた念願の弟には、1ヶ月以上会うことは叶わなかった。侍従に会いに行きたいと訴えても「今は眠っておりますので、起きたら会いに行きましょうね」と毎回言われて、会いに行く事が叶わなかったのだ。
 母上も長いお産の影響で休養が必要らしく、暫くは会うことが出来なかった。

 父上はすぐに2人に会うことが出来たみたいで、僕だけ除け者の気分だ。

 これは後から知った事だが、予定日より1ヶ月も早く産まれてしまった弟は、予想していたものより体が小さく、そういった子は急に体調が悪くなってしまうこともあるそうで、常に医者や看護師さんに看病されていたんだそうだ。

 母上は日を追う事に元気になって、弟に会うよりも早く会うことが出来た。

 父上も母上も弟が小さくて可愛いと声を揃えて言うけれど、会えていない僕は想像を膨らませるばかり。早く僕も会いたいな。
 予定より早く生まれてしまったお陰で実は今まで名前が決まっていなかったけれど、エイルという名前にしたというのも聞いた。
 僕の弟の名前はエイル。
 可愛い可愛い僕の弟の名前はエイルというのだ。
 それは死者を蘇らせることが出来たと言われている、医療の女神の名前からとったのだと父上に教えて貰った。
 その事から、おそらく生まれた時はその生命が危なかったのかも知れないと思ったけれど、でも今エイルはきちんと生きていて、寝ている時間の方が長いみたいだけれども、ちゃんとお乳も飲んで今のところ体調は大丈夫みたいだ。

 そしてエイルが生まれてから2ヶ月以上が経った頃、僕はいつもみたいに侍従に、「エイルに会いたい」と訴えた。今日まで毎日なんやかんやと理由をつけられて会うことは叶わなかったのだが、「今日は起きてるみたいですから、会いに行きましょうか」とやっと会いに行くことが許された。

 やっとエイルに会えるんだ!

 はやる気持ちを抑えて、会いに行く前にしっかり手を洗って、大きな音や声は出さない等注意事項を助産師さん達から聞く。大丈夫、約束はきちんと守れるよ!だって僕は立派で優しいお兄ちゃんになったのだ。

 そうしてエイルの居る部屋の扉を潜ると、陽が当たるようにか、部屋の少しだけ窓際寄りの位置にベビーベッドが置いてあって、その真ん中で小さなお手手を空に伸ばしてるエイルがいた。

 初めて見るエイルは想像していたよりも小さくて、とてもとても可愛かった。
 オリーブ色の瞳は空中を見つめていて伸ばした自身の両手をゆっくりグーパーグーパーしている。
 小さくても僕たち種族の特徴が色濃く出ていることに家族という繋がりの実感と動く両手に元気で居てくれている事の安心感が湧いてきた。

 僕たちラパーチェ子爵家は、猛禽類の一種であるツミの一族だ。エイルの耳の先にも、ツミ特有のダークチョコレートに似た色の毛が、申し訳なさそうにちょこっと生えている。

 母上に抱っこはまだダメだと言われたけど、頭は撫でて良いと言われたから、そぉっとそぉっと触れて、ダークチョコレート色のふわふわのまだ小さくて柔らかい頭を、ゆっくりゆっくりと撫でてあげた。
 すると気持ち良さそうに目を瞑るのが、また可愛くて可愛くて、もの凄く堪らなかった。

「はぅ、可愛い。エイルは天使だ。」

 僕の表情が凄く緩んでいたのか、その場にいた母上に「兄バカが誕生してしまいましたね」と笑われた。

 だってもの凄く可愛いんだもの。想像以上に可愛かったんだもの。仕方ないじゃないか。

 生まれて2ヶ月以上経った僕のエイルは、それでも僕が生まれた時よりもまだまだ小さいらしく、一日の殆どをまだ眠って過ごしていると聞いた。

 起きている時に会いに来れたのは運が良かったのだ。

 早く起きてる時間が長くなって、早く大きくなってもらって、早く抱っこしてあげたいな。もっと大きくなったら一緒に走って遊びたい。絵本も読んであげて、文字も僕が教えてあげるんだ。
 頭の中で僕の理想のお兄ちゃん像が出来上がっていく。ふふふ、楽しみだなぁ。

 撫でるのを止めた僕の手の指にぎゅっとエイルの小さな手が握ってくる。

 お手手もちっちゃい。
 とにかく全てが可愛いなぁ。

 1日でも早くエイルと遊びたくて、僕はエイルに話しかけた。

「たくさん寝て、たくさん食べて、大きくなってね。それでいっぱいいっぱい一緒に遊ぼうね、エイル」

 そして僕は可愛い可愛い弟のおでこに、ちゅっとキスをした。それは親愛の証であり、僕からの初めてのプレゼント。

 その出来事は僕が6歳になる年の、春の7の月の事だった。
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