小っちゃくたって猛禽類!〜消えてしまえと言われたので家を出ます。父上母上兄上それから婚約者様ごめんなさい〜

れると

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第1部 子爵家の次男

お手紙

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「あにうえっ、これ!これ読んでください!」

 リュカリオ様とレオニス様の訪問から数日後、僕は元気な声で呼び止められた。
 ぱたぱたっと駆け寄ってきたエイルが僕の目の前に手紙らしきものを差し出す。
 それは、金の縁どりがされている上質な便箋だった。封筒から既に取り出されていて、折り目はぐしゃりとズレ、紙の端がところどころへこんでいる。きっと、自分で読もうと頑張ったのだろう。

 エイル宛てにこんな上質な手紙を出す相手なんて1人しか思い当たらない。そう、リュカリオ様だ。

 なんて書いてあるのか、すごく中身が気になる。でも、僕宛てじゃない。エイルが読んでと言っているけれど、書いた本人の許可もないし。……いや、でも気になる。あのリュカリオ様がどんな内容の手紙を書くのかすんごく気になる。

「……1人で読むの、難しかった?」

「読めないとこがあったの!だから読んで、あにうえ早く!」

 そう言って、談話室の方へと僕の手を取り引いていく。

 2回も「読んで」って言われたんだし、良いよね?2回もお願いされたんだから読まなきゃダメだよね?問題ない……よね……?

 僕は誰にともなく言い訳をしながら、エイルに手を引かれるままに着いて行った。






『エイルヘ

 この前は一緒に遊んでくれてありがとう。
 会えてすごく嬉しかった。
 エイルがすごく体力があってびっくりした。
 俺も頑張って鍛錬するから、また一緒にかけっこしよう。
 鍛錬だけじゃなくて、勉強も頑張る。

 また会いたい。一緒に遊びたいです。
 大好きなエイル。あいしてるよ。

 リュカリオ』

 ざっと読んで固まった。
 内容は実年齢より幼さがある気がするが、勉強不足ならこれでも頑張ったほうか?そんな事よりも、"あいしてる"とか、これは恋文じゃないか!?
 声に出すとか無理。絶対に嫌だ。全力で嫌だ。

「……エイル、これ、どこが読めなかった?」

 僕は苦肉の策でエイルが読めなかった所だけを読む作戦にした。どうか"あいしてる"の部分だけは読ませないでくれ……!

「んっとねぇ、こことここと~」

 エイルが指さす所を一つ一つ読み上げてあげる。

「"遊んで"、"体力"、"鍛錬"、かな」

 どれも読めない部分は僕が読み聞かせてる絵本では出てこない単語ばっかりだった。
 そこに"あいしてる"の単語が含まれてなくてホッとする。
 ということは、エイルはこの意味を知っている?読めているだけ?どうなんだろう?やばい、そこが物凄く気になる。

「ねぇエイル、ここの意味は知ってる?」

 僕は意を決してそこの単語を指さした。

「大好きの上!」

 エイルは自信満々に答えた。

「うん、そうだね、間違ってないよ」

 間違えてない、うん、間違えてないけどさ。
 僕が読み聞かせしている絵本もそんな感じで書いてあったね、うん。

「あにうえ、僕、1人で読めるようにもっとお勉強したいです!あ!お返事!お返事書きます!」

 何その急な宣言。……でもいいな。僕もエイルからの手紙が欲しい。

「エイル、まず練習として兄の僕に手紙、書いてみない?」

 ちょっとずるい言い方かな。でも、先に僕に書いてくれてもいいよね。

「う?分かりました!あにうえにお手紙、書きます!」

「ありがとう。楽しみに待ってるね。」

「はい!あ、でも、文字書いたことない……。僕、お手紙書けない??」

 エイルは不安そうに便箋を見つめたあと、そっと僕を見上げてくる。

 そんな目で見られたら手伝ってあげるしかないじゃないか。

「じゃあ、僕が文字の書き方を教えてあげるよ。まずは“あにうえへ”って書いてみようか」

「うんっ!」

 ぱぁっと輝く笑顔に、つい笑みがこぼれる。

 エイルは、筆を持つ手がぷるぷる震えながらも、僕の書いたお手本を見ながら一生懸命手元の紙に書き始めた。
 ……ひと文字書くごとに、いちいち僕の顔を確認してくるのがなんとも言えず可愛い。

「よく書けてるよ、上手。丁寧に書いたら、その分気持ちが伝わるからね」

「じゃあ……“あいしてる”も書く?」

「やっ、やめよう!? そこは、リュカリオ様の真似しなくていいよ!」

「え~? だって大好きは伝えたいし~」

「“だいすき”くらいにしておこうね。うん、それが良い」

 ……お願いだから“あいしてる”の濫用はやめてほしい。心臓に悪いから。

 でも、このままエイルが文字に興味を持って、すらすら読めるようになって、手紙が自分で書けるようになったら……リュカリオ様との文通はますます盛り上がるんだろうな。

 待って。それはつまり、また“あいしてる”の手紙をもらうってことじゃないか?貰うだけじゃなくてエイルも書いちゃうの?

 兄としては複雑だ。いや、めちゃくちゃ複雑だ。というか素直に言うと嫌だ。文通なんてしないで欲しい、そんなやり取りしないで。でもそんなのは僕のただの我儘だ。

「……エイル。文字を覚えたら、手紙のやり取りが沢山できるね」

「うんっ。そしたら、あにうえにもたくさんお手紙書く!」

「本当?それは嬉しいな。楽しみに待ってるね」

 ……まず最初に僕に書いてくれるって約束、忘れないでね。

「だからあにうえも僕にお手紙ください!でも、リュカ様にも早くお返事書きたい!」

 やっぱり言うと思った。僕からの手紙を待ってくれるのは純粋に嬉しい。けれどやっぱりお返事書きたいよね、礼儀だもの。けれども……ぐぬぬぬ。

 リュカリオ様じゃなくて僕と文通してくれたらいいのに。なんて無理なことを思ってしまう。

「じゃあ……まずは僕に書いて、それが上手に書けたら、リュカリオ様にもお返事書こうね」

「うんっ! 頑張る!」

 エイルは満面の笑みで元気に頷いた。

 最初の手紙は僕が貰う約束をした。でもそれはリュカリオ様へのお返事を書くための通過点、その事が悔しい。
 でもこうやって、エイルが僕を信じて何かを学ぼうとしてくれることは、ただただ嬉しい。

「じゃあ“あにうえへ”の次は、なんて書く?」

「えっとねー、“だいすき、いつもありがとう”!」

 その言葉に、不意を突かれて、胸が少し熱くなった。

 外の世界も大事だけれど、やっぱりエイルの世界にはまだまだ僕がいる事実がただただ嬉しかった。
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