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第1部 子爵家の次男
模擬戦と
しおりを挟むカンカンッ、カン
夏の日差しが容赦なく照りつける中、僕とレオニス様は汗を流しながら、互いに木刀を交えていた。
なぜ、僕とレオニス様が打ち合いをしているのかと言うと、それはある日のリュカリオ様の一言がきっかけだった。
「兄上とルアンの稽古が見たい」
突然そう言い出したリュカリオ様にレオニス様も楽しそうに頷いた。
「ああ、それは面白そうだね。どうだいルアン、今度一緒に鍛錬しないかい?」
「え、僕とですか??」
「見たい!僕も見たいー!」
困惑する僕をよそに、何故か話はあれよあれよという間に進みーー現在に至る。
「あにうえー、頑張ってぇ!!」
エイルの応援する声が聞こえる。
負けてなんかいられない!!
ザッ、カンッ!
地面を蹴って接近し、一撃を入れる。
しかし、レオニス様は軽く受止めびくりともしない。
すかさず少し距離を取るが、一気に詰められて今度はレオニス様が木刀を振る。
カンカンッカッカッ、カン!
最後の一撃はどの一撃よりも重かった。
危うく手が痺れて木刀を落としそうになる。
レオニス様はさすが獅子族のおひとり。小柄な一族の僕よりも一撃の重さは比べ物にならない。
僕は得意な俊敏性で回り込んで数発打ち込みに行くが軽く受け止められてしまう。
僕の友人と手合わせしてる時とは全然違う。僕の友人なら数で押せばいい勝負なのに……!
姿勢を低くして、さらに踏み込む。
今度は受け止められても5撃は打ち込む!
カッカカッカン、カン!
……カンカンッ!
「っ!!」
どさっ。
木刀を弾き飛ばされた勢いで尻もちを着いてしまった。ダメだ、手も痺れたし、息が上がって直ぐには起き上がれない。
「ふふ、私の勝ちだね」
レオニス様が、汗をかいても涼し気な顔で、僕に木刀の先を向けて言った。
こちらが猛攻を仕掛けたはずなのに、それを軽く受け流し、隙を見て木刀を弾き飛ばされてしまった。完全に僕の負けだ。
「っ、は、参りました、はぁ、はぁ」
ふたりでエイル達のいる木陰に行くと、2人はきらきらとした瞳で出迎えてくれる。
「兄上達、お疲れ様です」
「あにうえたち、おつかれさまです!」
リュカリオ様が飲み物を、エイルがタオルをそれぞれ持ってきてくれる。
「ルアン、少し冷たくしてあげる」
レオニス様はそう言って僕が受け取ったグラスの中に瞬時に氷を幾つか作って入れてくれた。
「レオニス様のこおりすごーい!!むえーしょーだ!」
僕も吃驚した。基本、魔法を行使するには何かしら詠唱をするのが一般的だが、レオニス様は何も言わずに平然と僕のグラスに氷を作ったのだ。
こくり、と1口飲んだそれは、氷のお陰で冷たく心地が良い。
「レオニス様、ありがとうございます。冷たくて美味しいです。それにしても無詠唱だなんて、流石ですね」
「ふふ、こういう簡単なものしか出来ないけどね。こういう暑い日には良いだろう?」
「はい、とても」
「しかし、ルアンは素早いな。一撃の重さはそれ程でもないが、手数が多くて休む暇がなかった」
「逆に僕はレオニス様の一撃が重くて大変でした。……体型もそうですが、種族の差は大きいですね」
そう、僕たちラパーチェ一族は小さな猛禽類、ツミの一族だ。素早さを売りとする僕の一族はその分体も小さいし、筋肉も付きづらい傾向だ。一方で、レオニス様とリュカリオ様は王族の血筋である、獅子族の一族。リュカリオ様でさえ、既に体は筋肉質のようで太い。当然、僕より1つ上のルカリオ様は僕とは比べ物にならない程の筋肉質で、当然その分一撃も重かった。
「はは、でも最初の猛攻がずっと続けば分からなかったよ。お互いに要精進、だね」
「はい」
「公子様、ルアン様。あちらにお茶をご用意致しました。よろしければお涼みくださいませ。」
僕たちはお礼を言ってそちらに向かう。
「あにうえも、レオニス様もかっこよかった!僕もああいうのしたい!カンカンって!」
「エイルはまだ剣術習ってないだろう」
「むぅ!じゃあ明日からやる!やりたい!」
「なっ!俺でさえまだ半年も習ってないんだぞ」
「それは嫌だから逃げてサボってただけだろう?」
「うっ、い、今は、きちんとやってる……。」
レオニス様とリュカリオ様のやり取りに笑いが起こる。
「ふふ、エイル君、剣術を始めたからってすぐに打ち合いは出来ないよ?先ずは剣の持ち方、素振り、体力ももっとって、そういえば体力は凄いんだよなぁ、エイル君は」
「僕できるもんっ」
はははっと笑いながらレオニス様はエイルの頭を撫でる。
エイルは月に2、3回程リュカリオ様と一緒に訪問されるレオニス様を第2の兄として慕ってるみたいに見える。見えるって言うか、第2の兄になるんだよねぇ、このまま順調にいっちゃうと。
リュカリオ様の変わり様は噂にもなっている。
突然、勉強も鍛錬も精を出し始め、癇癪もなりを潜めた、今は態度も良く立派な好少年、という風な噂になった。
エイルとの仮婚約が嫌なわけじゃない、けれどやっぱりどこか納得できない自分が居るのは確かでどうにも腑に落ちない。
リュカリオ様の変容ぶりに、僕の父上と母上はとても好感触だった。今すぐにでも仮ではなく婚約でも良いんじゃないかと言うほどには。ただ、公爵家のご夫妻が一時的なものかもしれない、と仮の期限を2年にした。流石に2年間も"一時的"には頑張れないだろうという魂胆だ。
「なんだかエイル君は大物になりそうだよね」
「僕もなんだか、今からちょっと怖いです」
リュカリオ様との文通で簡単な文字の読み書きは一通り出来るようになったし、レオニス様とリュカリオ様が公爵家のご子息だから失礼はあってはならないと3歳にしては早すぎるマナーも教わっているし、リュカリオ様の影響で歴史書も読もうとしちゃってるし、それで剣術ももう始めちゃうの??ちょっと将来が良い意味で兄は怖いです。
リュカリオ様が帰り際、エイルをぎゅっと抱きしめて、おでこにチュッとキスをする。きらきらと舞う魔力がとても美しい。
「俺また手紙書くからエイルも返事くれよな」
「うんっお手紙待ってる」
恒例となりつつあるこの微笑ましいやり取りをレオニス様はにこにこと微笑みながら眺めてる。
僕はというと、すごく微笑ましくていいと思うんだけれども。やっぱり少し納得がいかなくてもやっとしている。表面上は平静を装ってはいるけどね 。
このもやもやが晴れ日が来るのだろうか。
そう思いながら、僕たちは遠ざかっていく馬車を見送った。
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