小っちゃくたって猛禽類!〜消えてしまえと言われたので家を出ます。父上母上兄上それから婚約者様ごめんなさい〜

れると

文字の大きさ
16 / 82
第1部 子爵家の次男

うわさ

しおりを挟む

最近の夕食後の談話室では、僕がエイルに絵本を読んであげるのではなく、エイルが僕に読んでくれる役になっていた。
間違いがあれば僕が直してあげる、という形だ。

父上も母上も、穏やかに、揃って仲良さげにその様子を眺めている。

「……こうして せかいに へいわが おとずれました。おしまいっ!ちゃんと読めてた?」

「うん、スラスラ読めてて上手だったよ。今日はどこも間違えずに読めたね、エイルすごい!」

たくさん褒めてたくさん頭を撫でてあげる。
えへへ~と満面の笑みになるエイルがとても可愛い。世界一どころか、この世でいちばん可愛いに決まってる。

ひとしきりエイルときゃっきゃうふふしていると父上が咳払いをして場の空気を仕切った。

「今、公子達と我が家の噂が出回っているが、知っているか?」

リュカリオ様の良い噂は耳にしていたけれど、我が家の噂についてはまったく心当たりが無かった。

「いえ、知りません」
「しりません」

正直に知らないと答えると、父上は僕たちに向かって口を開いた。

「リュカリオ公子が以前の噂と違って勉学も鍛錬にも精を出す良き少年となった、という噂が少し前から出回っているのは知っているかと思うが、それに伴って我が家に定期的に出入りしているという事実から我が家との婚約が近いのでは無いか、という噂も密やかに囁かれ始めているんだ」

そうか。長子に限っては政略的婚約も多いが、それ以降は正式な婚約の前に事前に逢瀬を重ねて相性を見る、所謂恋愛婚約も多い。
おそらくそれを疑われたか、もしくはエイルのお披露目会でのリュカリオ様の宣言ももしかしたらどこかから漏れているのかもしれない。
人の口に戸は立てられないものだって言うし。

「噂というのは分かりました。それで、僕たちはどうしたらいいのでしょうか」

「ああ。特にルアンは剣術の稽古で邸を出ることもあるだろう。そこで、こういった噂に関して、こちらでは仮という形で婚約しているが、正式な婚約ではない。この先に正式な婚約に繋がる確固たる約束ではないからな。婚約について聞かれた時は知らぬ存ぜぬを貫いて欲しい。"親が決めることだから"とでも言って逃げ回って良い」

「解りました」
「わかりました」

父上の言葉に耳を傾けながらも、僕の真似をして答えるエイルについ口元が緩みそうになる。ああもう可愛いな。

「それとこの婚約の噂に伴ってだが」

「はい」

父上の声のトーンが下がったので、僕も姿勢を正す。

「相手が公爵家とあって、エイルやルアンに害を成す者が現れる可能性がゼロではない。特に邸を出る時は注意しなさい」

「はい、解りました」
「わかりました」

こうして、父上からの噂の話と注意点についての話は終わったのだけど、まさかこんなに早く噂について聞かれるとは思わなかった。

それは、父上の話から3日後のことだった。

「なぁ、あの噂って本当か?っていうかどう考えてもリュカリオ様とエイル君の話だろ?もしかしてレオニス様とルアンだったり!?」

嬉々として聞いてきたのはゼルだった。
ゼルの一言にエディンの小さな鹿耳もピクっと動いたのを見逃さなかった。

その日は、僕とゼル、エディンの3人でゼルの屋敷で剣術の鍛錬をしていた。
ゼルーー正式にはゼリアル・ハートレイは侯爵家の長男であり嫡男。でも、上に姉が3人もいるせいか、お調子者で明るくて、いつも場の雰囲気を和ませてくれる存在でもある。

公爵家以上の家には施設騎士団の保有が認められている。ハートレイ家も例外ではなく、騎士団長から指導を受けられる上に、合同で鍛錬することで切磋琢磨できるという理由から、週に2回ほど僕とエディンとお邪魔しているのだ。

「はぁ……別に誰も婚約なんてしてないよ。相手は公爵家だよ?もししてたら、とっくに公表されてるはずでしょ」

なるべく平静を装って答えるが、内心、心臓はバクバクだ。
声も表情も抑えたつもりだったのに、ゼルの濃紺の耳と尻尾はぴーんと張っていて、期待をまったく隠す気がない。

……誤魔化しきれてないってこと、バレてるのかも。

「え、じゃぁもしかしてレオニス様とルアンの相性を見てる?」

何故かエディンが鹿族特有のつぶらな瞳で興味津々で聞いてくる。

「いや、僕もレオニス様も嫡男だからね、同性婚とか有り得ないからね」

「あ、そっか、そうだよね」

あはは、と笑うエディン。一体何を期待されていたのだろうか。

「じゃあなんで公子様おふたりが月に2度もルアンの家を訪ねてるの?」

そうだよねぇ、そうくるよねぇ。どうしよう、なんて言って誤魔化そうか。

「いや、えーと、なんでだろう、ね?」

っていうか月に2度もって、どこまで事実が噂となって世間にばらまかれているのだろう。

「でもさぁリュカリオ様がエイル君にプロポーズしたんだから、向こうが執着してんじゃないの?」

「まぁ、うん、そんなところだけど」

嘘は言ってない。嘘は、バレたときに取り返しがつかなくなるから。けれど、ここは屋敷の庭。騎士団員や使用人の耳に入る可能性も充分ある。言葉は1人歩きするって言うし、僕から何かを言うのはやめておいた方がいいよね。

「って事はそのうち婚約も有り得るんじゃないか!?だって拒否してないって事はそういう事だろ??」

「そういう事に関しては、親が決めることだから。僕は今、そういう話が出てることさえも分かってないんだ。決まった事しか伝えてもらえないから」

「そうだよね。子供の僕たちには、何も教えてくれないんだよねぇ……」

「えー、納得出来ねぇ」

さっきまでぴーんと張っていた耳と尻尾が、しゅるんと項垂れた。正直者のゼルは、気持ちがすぐ表情や仕草に出る。

「そ、それよりゼルはその噂、誰から聞いたの?」

「ん?あぁ、姉ちゃんだよ。1番上の姉ちゃんが、学園で流れてる噂なんだって。この前帰ってきた時に聞いたんだ」

学園ーー僕たち貴族が11歳になったら入学する6年間の全寮制の学校だ。
ってなんで学園で噂になってるの!?

「え、嘘、学園で?」

どうやらリュカリオ様がエイルに魔力のキスとプロポーズした事は噂になってないみたいだ。
緘口令を強いたと言っていたし、公爵家が絡むことだからこれは問題なかったのだろう。
ということは単純に公子様たちがうちに出入りするのを見られてたんだ。
それとリュカリオ様の良い噂が合わさって、これは近々婚約では?って事に繋がったんだね。次男だから、恋愛結婚も大いに認められるし、今は相性見る期間って感じに捉えられてしまったのかも。

「とりあえず、僕の家に公子様達が遊びに来てるのは事実だけど、婚約とかそういった事は何も言われてないから僕は知らない。何を聞かれても答えられないよ」

とりあえず、これ以上深入りされる前に話題を切り上げよう。

「そうだな。じゃあ、打ち合いの続きしようぜ!」

こうして暑い夏の昼下がり、心が落ち着かないまま、僕たちは剣の鍛錬に打ち込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた

こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。 頭を打って? 病気で生死を彷徨って? いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。 見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。 シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。 しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。 ーーーーーーーーーーー 初めての投稿です。 結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。 ※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ
BL
 国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。  フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。  生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!

処理中です...