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第1部 子爵家の次男
痴話喧嘩 ではありませんってば
しおりを挟む「な、なななな!エイルは俺と結婚するのだろう!?」
「う?ぼくは おひめさまと けっこん するの」
「なんでだよ!姫って誰だよ!俺と結婚するって決まってるんだよ!あんなに沢山ハグもキスもしてるのに!」
「へぇ~。"たくさん"ハグもキスもしてるんだぁ」
……あ、ゼルに、ここで見聞きした事は他言無用って釘を刺しておかないと!
「なんでリュカ様が、ぼくのけっこんきめるの!」
「なんでって俺とお前は運命なの!」
「やだー!ぼくは おひめさま と けっこん する!」
ゼルに釘を刺す前に、リュカ様とエイルがヒートアップしてきてる。こちらを何とかした方がいいのか?
「エイルが姫と結婚出来るわけないだろ!お前はもう俺のものなんだから!素直に俺と結婚を……」
「ぼく "もの"じゃないもんー!!リュカ様なんて だいきらいー!やーだー!」
「っ、!!」
「リュカ!」
「エイルっ」
リュカ様がエイルの「大嫌い」の言葉にショックを受けているうちに、レオ様がリュカ様の腕を引っ張って部屋の隅でおそらく説教を始めた。リュカ様の「でも!」「だって!」という声が聞こえるが、レオ様の声はさすがに聞こえない。
僕は、泣き出したエイルの元に駆け寄り抱き上げた。
「大丈夫、リュカ様は悪気があった訳じゃないんだよ」
そう声をかけながら、丁寧に優しく背中をぽんぽんしてあげる。しばらくそうしていると、次第に泣き止んで、うとうとし始めた。
体力はあっても、泣き疲れちゃうとすぐ眠くなっちゃうんだよなぁ。
「……見事な痴話喧嘩だったな」
「痴話喧嘩なんかじゃない」
ゼルめ、なんてこと言い出すんだ。
泣き止んでからもずっと背中を優しくぽんぽんし続けていたからか、エイルは完全に寝入ってしまった。
耳と尻尾がしょぼんと項垂れたリュカ様がさっきの勢いとは打って変わって、静かにエイルに近づいてきた。
「エイルは、寝てしまったのか?」
リュカ様は優しい手つきでエイルの頭を撫でたあと、小さな声で「すまなかった」と呟いた。
あのわがまま坊ちゃんが、謝った!
どれだけ噂が良いものに変わったとしても、謝罪の言葉を口にするのは本当に成長した証だからだ。
「エイルが起きたら、ちゃんと伝えておきますね」
そう言うと、リュカ様は少しだけ安堵したように目を細めた。
なんだか心がふんわり暖かくなって、こちらまで微笑みそうになる。
「リュカが申し訳ない事をした。少し、家でも頭を冷やさせたいから、今日はこれでお暇させてもらうよ」
「いえ、こちらこそすみませんでした。」
「ごめんな、エイル。またな」
リュカ様の手と声は最後まで優しかった。
何かを感じととったのか、寝ているエイルがふわりと微笑んだ。
「ところでゼル。今日見たこと聞いたことは他言無用だよ?」
「はいっ、心得ております」
レオ様は最後に綺麗に微笑みながらゼルに釘を指して帰っていった。
リュカ様の耳と尻尾はまだしょんぼりしていたけれど、ちらちらとエイルの様子を振り返りながら部屋を出ていく姿がなんだか可愛く思えてしまった。
僕はエイルを乳母に預けて、ほっと息をつく。
部屋に残ったのは僕とゼルの2人きり。
「……ゼルは帰らないの?」
レオ様が笑顔で釘をさしてたし、ゼルも特に用はなかったはずだ。
「えー、そう追い返すなって。少し、語り合おうじゃないか」
……あ、帰る気無いな?
ゼルが来たことで新たに用意されたお茶とお菓子に手を付けながら続けた。
「いっやぁ、本当に坊ちゃんがエイル君に首ったけ?執着?してんのな。子供のおままごとくらいを想像してたからびっくりしたわ。……いやー、リュカ様、言い合いしてた時はどうなるかと思ったけどさ。ちゃんと謝ってたな。あれには驚いた」
「……僕も驚いたよ。リュカ様があんな素直に反省するなんて、今まで見てきた中でも初めてだったと思う」
ルアンは小さく笑って、向かいの椅子に腰を下ろす。
ゼルはふはっと笑い、指で髪をかきあげた。
「俺は正直、噂しか知らなかったけどさ。わがままで手のつけようがないとか言われてたけど、あれじゃただの恋にまっすぐな少年じゃないか。良い意味で裏切られたわ。リュカリオ様、噂だけじゃなくてきちんと成長してるじゃん」
「……そうだよね。僕は正直、エイルのお披露目から悪い噂のリュカ様は見たことがなくて。噂を頼りに 認めない ってずっと思ってたけど、今日のあの殊勝な態度、もう彼の努力は認めないといけないのかも」
ゼルはふむ、と頷くと、椅子の背もたれに身を預ける。
「そうだな、噂よりも目の前の事実が大丈夫だよな。でもさ、さっき見たアレは絶対誰にも言わねーよ。というか、言えねぇな。あの修羅場。……いや、痴話喧嘩?」
「だから痴話喧嘩じゃないってば」
ぴしゃりと言い切るルアンに、ゼルは肩を揺らして笑う。
「……わかってるって。エイル君、年相応で可愛かったな。無邪気で、まっすぐで……あれじゃ、リュカ様もルアンも独占したくなる気持ちもわかる」
「うん、僕の弟は世界一素直で可愛い。これは紛れもない事実」
僕はゼルの「可愛い」に全力で肯定した。エイルに叶う存在なんか、この世に居るはずがない。
「はははっ、そーいうとこだよルアン」
ゼルは急に声を出して笑い始める。
そういうとこってどういうとこだ?
「それにしても。ルアンもレオニス様も兄っていうより、親みたいだったな」
「……僕はエイルの兄だよ」
はぁ、とこれみよがしに溜息を吐く。
でも確かに、明らかに母上よりはエイルの面倒を見ている気がする。朗らかな母上は"見て"いるだけのような気がして、絵本の読み聞かせもお昼寝の子守唄も僕がやってあげてたし、あれ?
レオ様は、家柄もあってか親が忙しすぎるのもあるんだろうな。だからきっとそうならざるを得なかったんだろう。
ゼルはにっと笑い、立ち上がる。
「さて、と。雨も弱まってる今のうちに、俺は引き上げようかな。あ、実は来た時にプリン渡してあるんだ。後でエイル君と食べてくれ」
「あぁ、ありがとう」
「おぅ、じゃあまたな」
ゼルは軽く手を振って部屋を後にした。
その夜、夕食後の談話室で今日あった出来事を両親に伝えたら、母上が「まぁまぁ。ふふ痴話喧嘩ねぇ」といつものように笑っていた。
だから、違いますってばぁ。
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