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第1部 子爵家の次男
"おひめさま"じゃなくてもいい
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それから冬を越えて、春になって。
気がつけばエイルとリュカ様が出会ってから、もう一年が経っていた。
リュカ様はというと、この一年で遅れをすっかり取り戻し、今では勉学も鍛錬も、同年代の子たちより1歩も2歩も先を行っているらしい。
「わがままで手のつけられない坊ちゃん」だったという姿はどこへやら、噂に聞く彼は、すっかり立派な好青年だ。
──まあ、その“昔の”リュカ様は、僕は見たことがないのだけれど。
そして彼は大型の獅子族ということもあって、身長もぐんぐん伸びている。
小型猛禽類で、例のごとく身長に関してはスローペースな僕は、早いうちに抜かされてしまいそうで、内心ドキドキしている。
エイルもまた、元々ぼくの真似をしたがる子だったけれど、最近ではリュカ様の影響も受けて、勉強も礼儀もぐんぐん吸収している。剣術の稽古まで始めてしまった。
リュカ様の前では年相応な姿も見せるが、その実、言葉遣いや立ち居振る舞いは「本当に四歳……?」と疑いたくなるほどに堂に入っている時もある。
冬の間、雪が降り積もりはじめてもリュカ様はほとんど毎週、レオ様を伴ってエイルに会いに来ていた。
積もる量がそれほど無ければ馬車でも問題無いが、ある程度積もってしまうとさすがに難しい時もあるのに“愛の力”というやつなのか、それともただのリュカ様の執念なのか、そこは判断が分かれるけれど。
けれども暖炉の前で、ひとつの毛布にくるまって、肩を寄せて本を読むふたりの姿は、ただただ微笑ましかった。
以前は嫉妬心でいっぱいだった僕も、今ではすっかり穏やかに見守ることができている。
エイルがレオ様を兄のように慕うように、僕もリュカ様のことを、どこか弟のように感じているのかもしれない。
そして春になって蝶が舞いはじめると、今年もエイルの虫取りモードが始まった。
もちろんリュカ様もつきあってあげているのだが……僕は気づいてしまった。
たぶん、いや、間違いなく──リュカ様は虫があまり得意じゃない。
一緒に走ってはいるけれど、どう見ても積極的に捕まえに行く気はない。
虫を見つけるたびに「エイル!あっち!」とエイルに譲っているのだが、いや、あれは確実に“譲ってる”んじゃなくて、“取ってもらってる”だろう。
以前、エイルが捕まえたトンボを渡そうとした時、リュカ様の手がほんの一瞬だけピタッと止まった。
エイルは気づかなかったけど、僕と遠くから見ていたレオ様はその瞬間で通じ合ってしまい、こっそり笑い合ってしまった。
そんな春が過ぎると、今度は、また新しい夏のはじまり。
カンッ!!
ゼルの木刀が、大きく弾かれた。
「っ、参りました! はあっ、はあ……うわ~悔しいっ!!」
「ふふ、今回は……危なかった、かも。ゼルも随分、力をつけてきたな」
レオ様が肩で息をしながら、でも満足げに笑っている。
「お疲れ様でした!」
「かっこよかったです!さすがです!」
勝負がついた瞬間、リュカ様とエイルがタオルと水を持って駆け寄る。
──この光景、実はもう何度目だろう?
「たまたま高貴な匂いがした!」とゼルは相変わらず謎の言い訳で、誰にも呼ばれていないのにやって来る。
いや、ほんと、訪問日バレてないか……?
合同鍛錬で僕の成長に気づいたらしく、問い詰められた僕が「レオニス様に稽古してもらってる」と素直に頷いたのが運の尽き。
それ以来、ゼルも“合同鍛錬”という打ち合いに参加するようになった。
そして鍛錬が終われば、お茶の時間。
いつの間にかレオ様たちが持参してくれるようになったお菓子のおかげで、我が家のお茶会がどんどんリッチになっていってる気がする。
今日は鍛錬後というのもあってサンドイッチなどの軽食まで加わって、ほとんど小さなランチパーティだ。
「わっ、すごっ!おいしそ~!!」
ゼルが大きな声をあげる。
「氷は俺が作ったんだ」
「へぇ~リュカ様、もう魔術も使えるんですね!」
「俺は氷と雷の属性だからな」
誇らしげなリュカ様に、ゼルが目を輝かせて応じる。
「まじゅつ?ぞくせい?」
エイルがぽかんとしていると、すかさずリュカ様が優しくフォローに入った。
「エイルはまだ四歳だからな。六歳になったら“魔術適性”っていうのを調べてもらえるんだ。俺も、それまで おあずけ するしか無かった」
「えー、おあずけやだ~」
「俺と一緒だろ?一緒に我慢して、一緒に勉強していけばいい」
そう言って、にこっと笑う。
──ああ、このやり取り。
1年前のリュカ様なら絶対こんな言い方はできなかった。
以前のままなら「まだダメ」「無理だ」と一方的に言って、エイルが「やだー!」と癇癪を起こしていたかもしれない。
それが今では、互いに思いやって、自分の感情を上手に伝えられるようになっている。この1年ですごく成長している。
すごいなぁ、本当に。
「さて──少し話があるんだけどね」
軽食も食べ終わり、お茶の時間もひと段落した頃。
ふと、レオ様が声を落とす。
皆が自然と注目する中、レオ様が告げた。
「リュカとエイルくんのことなんだけど、近々、正式に婚約が決まりそうだよ」
「っ!?」
「ま、当然だな」
「こんやく??」
「うぉぉ~!おめでとうございます!!」
僕は思わず言葉を失った。
ついにこの時が来てしまうのか。
でも、心の奥が、じんわりと温かくなったのも感じる。
「ルアン、聞いてなかったのかい?」
「……はい、初耳です……」
「エイル、これで正式に発表されたら、うちにも遊びに来ていいぞ」
「ほんと!?リュカ様のおうち行けるの!?」
「ああ、婚約者になったらな」
「こんやく、って……けっこんってこと?」
「そうだ。俺とエイルが、大人になってもずっと一緒にいるって約束だ。……いやか?」
最後の言葉に場に緊張が走る。
エイルは少しだけ考えて、そして、ふんわりと微笑んだ。
「ん~……リュカ様なら、いいよ。リュカ様なら、“おひめさま”じゃなくても、いい」
その、たったひと言で。
僕はエイルの変化も、しっかりと感じとることが出来た。
気がつけばエイルとリュカ様が出会ってから、もう一年が経っていた。
リュカ様はというと、この一年で遅れをすっかり取り戻し、今では勉学も鍛錬も、同年代の子たちより1歩も2歩も先を行っているらしい。
「わがままで手のつけられない坊ちゃん」だったという姿はどこへやら、噂に聞く彼は、すっかり立派な好青年だ。
──まあ、その“昔の”リュカ様は、僕は見たことがないのだけれど。
そして彼は大型の獅子族ということもあって、身長もぐんぐん伸びている。
小型猛禽類で、例のごとく身長に関してはスローペースな僕は、早いうちに抜かされてしまいそうで、内心ドキドキしている。
エイルもまた、元々ぼくの真似をしたがる子だったけれど、最近ではリュカ様の影響も受けて、勉強も礼儀もぐんぐん吸収している。剣術の稽古まで始めてしまった。
リュカ様の前では年相応な姿も見せるが、その実、言葉遣いや立ち居振る舞いは「本当に四歳……?」と疑いたくなるほどに堂に入っている時もある。
冬の間、雪が降り積もりはじめてもリュカ様はほとんど毎週、レオ様を伴ってエイルに会いに来ていた。
積もる量がそれほど無ければ馬車でも問題無いが、ある程度積もってしまうとさすがに難しい時もあるのに“愛の力”というやつなのか、それともただのリュカ様の執念なのか、そこは判断が分かれるけれど。
けれども暖炉の前で、ひとつの毛布にくるまって、肩を寄せて本を読むふたりの姿は、ただただ微笑ましかった。
以前は嫉妬心でいっぱいだった僕も、今ではすっかり穏やかに見守ることができている。
エイルがレオ様を兄のように慕うように、僕もリュカ様のことを、どこか弟のように感じているのかもしれない。
そして春になって蝶が舞いはじめると、今年もエイルの虫取りモードが始まった。
もちろんリュカ様もつきあってあげているのだが……僕は気づいてしまった。
たぶん、いや、間違いなく──リュカ様は虫があまり得意じゃない。
一緒に走ってはいるけれど、どう見ても積極的に捕まえに行く気はない。
虫を見つけるたびに「エイル!あっち!」とエイルに譲っているのだが、いや、あれは確実に“譲ってる”んじゃなくて、“取ってもらってる”だろう。
以前、エイルが捕まえたトンボを渡そうとした時、リュカ様の手がほんの一瞬だけピタッと止まった。
エイルは気づかなかったけど、僕と遠くから見ていたレオ様はその瞬間で通じ合ってしまい、こっそり笑い合ってしまった。
そんな春が過ぎると、今度は、また新しい夏のはじまり。
カンッ!!
ゼルの木刀が、大きく弾かれた。
「っ、参りました! はあっ、はあ……うわ~悔しいっ!!」
「ふふ、今回は……危なかった、かも。ゼルも随分、力をつけてきたな」
レオ様が肩で息をしながら、でも満足げに笑っている。
「お疲れ様でした!」
「かっこよかったです!さすがです!」
勝負がついた瞬間、リュカ様とエイルがタオルと水を持って駆け寄る。
──この光景、実はもう何度目だろう?
「たまたま高貴な匂いがした!」とゼルは相変わらず謎の言い訳で、誰にも呼ばれていないのにやって来る。
いや、ほんと、訪問日バレてないか……?
合同鍛錬で僕の成長に気づいたらしく、問い詰められた僕が「レオニス様に稽古してもらってる」と素直に頷いたのが運の尽き。
それ以来、ゼルも“合同鍛錬”という打ち合いに参加するようになった。
そして鍛錬が終われば、お茶の時間。
いつの間にかレオ様たちが持参してくれるようになったお菓子のおかげで、我が家のお茶会がどんどんリッチになっていってる気がする。
今日は鍛錬後というのもあってサンドイッチなどの軽食まで加わって、ほとんど小さなランチパーティだ。
「わっ、すごっ!おいしそ~!!」
ゼルが大きな声をあげる。
「氷は俺が作ったんだ」
「へぇ~リュカ様、もう魔術も使えるんですね!」
「俺は氷と雷の属性だからな」
誇らしげなリュカ様に、ゼルが目を輝かせて応じる。
「まじゅつ?ぞくせい?」
エイルがぽかんとしていると、すかさずリュカ様が優しくフォローに入った。
「エイルはまだ四歳だからな。六歳になったら“魔術適性”っていうのを調べてもらえるんだ。俺も、それまで おあずけ するしか無かった」
「えー、おあずけやだ~」
「俺と一緒だろ?一緒に我慢して、一緒に勉強していけばいい」
そう言って、にこっと笑う。
──ああ、このやり取り。
1年前のリュカ様なら絶対こんな言い方はできなかった。
以前のままなら「まだダメ」「無理だ」と一方的に言って、エイルが「やだー!」と癇癪を起こしていたかもしれない。
それが今では、互いに思いやって、自分の感情を上手に伝えられるようになっている。この1年ですごく成長している。
すごいなぁ、本当に。
「さて──少し話があるんだけどね」
軽食も食べ終わり、お茶の時間もひと段落した頃。
ふと、レオ様が声を落とす。
皆が自然と注目する中、レオ様が告げた。
「リュカとエイルくんのことなんだけど、近々、正式に婚約が決まりそうだよ」
「っ!?」
「ま、当然だな」
「こんやく??」
「うぉぉ~!おめでとうございます!!」
僕は思わず言葉を失った。
ついにこの時が来てしまうのか。
でも、心の奥が、じんわりと温かくなったのも感じる。
「ルアン、聞いてなかったのかい?」
「……はい、初耳です……」
「エイル、これで正式に発表されたら、うちにも遊びに来ていいぞ」
「ほんと!?リュカ様のおうち行けるの!?」
「ああ、婚約者になったらな」
「こんやく、って……けっこんってこと?」
「そうだ。俺とエイルが、大人になってもずっと一緒にいるって約束だ。……いやか?」
最後の言葉に場に緊張が走る。
エイルは少しだけ考えて、そして、ふんわりと微笑んだ。
「ん~……リュカ様なら、いいよ。リュカ様なら、“おひめさま”じゃなくても、いい」
その、たったひと言で。
僕はエイルの変化も、しっかりと感じとることが出来た。
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