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第1部 子爵家の次男
久しぶりの逢瀬
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「リュカさまぁぁあ!」
馬車を降りた途端、エイルが元気よく駆け出した。
「エイル!」
飛びついてきたエイルを、リュカ様はしっかりと抱きとめる。 再会の喜びに満ちたふたりの姿に、思わず頬がゆるんだ僕も、そっと馬車を降りる。
……と、歩み寄る途中で、ふと僕の足が止まった。
……リュカ様、身長、伸びてない? いや、これ、伸びたどころか……抜かされてる?
公爵邸という堂々たる建物を目の前にして、僕の心を占めていたのは「成長期の驚異」だった。 いや、違う。身長は、僕にとって重要な問題なのだ。断じて小さなことではない!
そう、今日はついに――公爵家にお呼ばれの日。
もちろん、護衛のカイとラウルも同行している。帰り道も一緒だ。
季節はすっかり夏。陽射しが強く、空気はむわりと湿っていた。
「エイル!今日は暑いから、図書室に行こう!」
「うんっ、いく!」
ふたりは手を取り合うようにして駆けていく。 僕とレオ様はそれを微笑ましく見送った。こうして並んで立っているのも、すっかり馴染んできた気がする。
「暑かっただろう?僕たちは、先にお茶でもしようか」
「はい。ありがとうございます」
改めて見上げる公爵邸は、やはり格が違う。 外観こそ派手ではないが、造りも素材もすべてが上質で、重厚感と気品に満ちている。
中に足を踏み入れると、涼しい空気が肌を包んだ。分厚い壁が夏の熱気を遮っているのだろう。まるで別世界だ。
「こちらへどうぞ」
案内された応接室の中央に、真っ白なソファが置かれていた。 まるで雪を積んだ彫刻のように上品で、美しく、ベルベットの生地はしっとりと光を吸っていた。 曲線を描く木枠には、さりげなく施された金の装飾。贅沢なのに、いやらしさがない。
――これは、絶対に汚しちゃダメなやつだ……!
思わず背筋がピンと伸びる。これまでの人生で、こんなにも緊張感のある家具に座るのは初めてかもしれない。
「お茶を用意するから、座ってゆっくりしてね」
促され、おそるおそる腰を下ろすと、ふかっ、とした座面が優しく包み込んできた。 まるで雲に沈み込むような心地よさ。すごい……すごすぎる……。
使用人が用意してくれたお茶やお菓子も、当然のように上等なものばかり。カップもお皿も、きっと目玉が飛び出るような値段なんだろうな。
……ダメだ、考えたら緊張してきた。手が……震えてきた……!
「ふふ、慣れてもらわないと困るよ?」
僕の様子を見て、レオ様が穏やかに笑った。
そうは言っても、落ち着くのは難しい。 だけど、失礼だけはしないようにしなきゃ。
深く息を吐いて、意識を落ち着ける。
そっと口に含んだ紅茶からは、ふわりとオレンジの香りが広がった。
お茶を飲みつつレオ様と近況を交わしていると、あっという間に時間が過ぎていた。
「そろそろ図書室に行こうか」
案内された先には、堂々たる両開きの扉。 一見すると応接室の扉よりも大きく重厚で、まるで小さなホールの入口のようだ。
「たくさんの本を一度に運び入れることもあるからね」
僕が扉に見とれていると、レオ様が笑いながら補足してくれた。 そんなことが本当にあるのかは分からない。でも、この扉を見る限り――きっとあるのだろう。
レオ様が軽々と扉を押し開けると、中からはひんやりと乾いた空気が流れ出てきた。
空調も湿度も完璧に保たれたその空間は、本にとっても読者にとっても理想的な場所。 柔らかい日差しが差し込む奥には、ソファとローテーブルが置かれ、その前にエイルとリュカ様が肩を寄せ合って座っていた。
……あれは……ちょっと近いな。
でも「番」だったら、むしろ控えめな距離感かもしれない。そう思うことにした。
「……ね、毛先とうぶ毛が赤いから、多分炎属性だねって言われてるの」
「そうか、それなら“赤の勇者”と同じだな」
「うん!だから魔術適性が楽しみなの!」
「そうだな……あと2年、待ち遠しいな」
近づくと、2人の微笑ましい会話が聞こえてきた。
僕は邪魔をしないようにそっと本棚のほうへ移動する。 ……やっぱり絵本はほとんどない。どちらかというと、低学年向けの読み物が多かった。うん、まぁ、エイルにはそれで十分なんだろう。
「っ、あにうえ!これっ!リュカ様が貸してくれるって!」
「そっかぁ。よかったね。家に帰ったら、たくさん読もうね」
「っはいっ!」
両手に抱えた本を掲げながら、エイルが駆け寄ってくる姿は――もはや破壊力しかない。 嬉しそうに目を輝かせて、飛び跳ねるように駆けてくる。……うん、やっぱり可愛い。兄バカであることを誇りに思うよ、僕は。
それから帰りの時間まで、エイルとリュカ様は仲良く本を読んで過ごした。
そして別れ際――
リュカ様は、堂々とおでこにキス。
そしてエイルも、お返しにリュカ様のほっぺにちゅ。
……まぁ、正式な婚約者だし。うん。わかってる。何も言わないよ。 ただ、お願いだから……できれば僕の見てないところでやってくれませんか?
ほんの少しだけモヤモヤした気持ちを胸に、僕たちは帰路についた。
馬車を降りた途端、エイルが元気よく駆け出した。
「エイル!」
飛びついてきたエイルを、リュカ様はしっかりと抱きとめる。 再会の喜びに満ちたふたりの姿に、思わず頬がゆるんだ僕も、そっと馬車を降りる。
……と、歩み寄る途中で、ふと僕の足が止まった。
……リュカ様、身長、伸びてない? いや、これ、伸びたどころか……抜かされてる?
公爵邸という堂々たる建物を目の前にして、僕の心を占めていたのは「成長期の驚異」だった。 いや、違う。身長は、僕にとって重要な問題なのだ。断じて小さなことではない!
そう、今日はついに――公爵家にお呼ばれの日。
もちろん、護衛のカイとラウルも同行している。帰り道も一緒だ。
季節はすっかり夏。陽射しが強く、空気はむわりと湿っていた。
「エイル!今日は暑いから、図書室に行こう!」
「うんっ、いく!」
ふたりは手を取り合うようにして駆けていく。 僕とレオ様はそれを微笑ましく見送った。こうして並んで立っているのも、すっかり馴染んできた気がする。
「暑かっただろう?僕たちは、先にお茶でもしようか」
「はい。ありがとうございます」
改めて見上げる公爵邸は、やはり格が違う。 外観こそ派手ではないが、造りも素材もすべてが上質で、重厚感と気品に満ちている。
中に足を踏み入れると、涼しい空気が肌を包んだ。分厚い壁が夏の熱気を遮っているのだろう。まるで別世界だ。
「こちらへどうぞ」
案内された応接室の中央に、真っ白なソファが置かれていた。 まるで雪を積んだ彫刻のように上品で、美しく、ベルベットの生地はしっとりと光を吸っていた。 曲線を描く木枠には、さりげなく施された金の装飾。贅沢なのに、いやらしさがない。
――これは、絶対に汚しちゃダメなやつだ……!
思わず背筋がピンと伸びる。これまでの人生で、こんなにも緊張感のある家具に座るのは初めてかもしれない。
「お茶を用意するから、座ってゆっくりしてね」
促され、おそるおそる腰を下ろすと、ふかっ、とした座面が優しく包み込んできた。 まるで雲に沈み込むような心地よさ。すごい……すごすぎる……。
使用人が用意してくれたお茶やお菓子も、当然のように上等なものばかり。カップもお皿も、きっと目玉が飛び出るような値段なんだろうな。
……ダメだ、考えたら緊張してきた。手が……震えてきた……!
「ふふ、慣れてもらわないと困るよ?」
僕の様子を見て、レオ様が穏やかに笑った。
そうは言っても、落ち着くのは難しい。 だけど、失礼だけはしないようにしなきゃ。
深く息を吐いて、意識を落ち着ける。
そっと口に含んだ紅茶からは、ふわりとオレンジの香りが広がった。
お茶を飲みつつレオ様と近況を交わしていると、あっという間に時間が過ぎていた。
「そろそろ図書室に行こうか」
案内された先には、堂々たる両開きの扉。 一見すると応接室の扉よりも大きく重厚で、まるで小さなホールの入口のようだ。
「たくさんの本を一度に運び入れることもあるからね」
僕が扉に見とれていると、レオ様が笑いながら補足してくれた。 そんなことが本当にあるのかは分からない。でも、この扉を見る限り――きっとあるのだろう。
レオ様が軽々と扉を押し開けると、中からはひんやりと乾いた空気が流れ出てきた。
空調も湿度も完璧に保たれたその空間は、本にとっても読者にとっても理想的な場所。 柔らかい日差しが差し込む奥には、ソファとローテーブルが置かれ、その前にエイルとリュカ様が肩を寄せ合って座っていた。
……あれは……ちょっと近いな。
でも「番」だったら、むしろ控えめな距離感かもしれない。そう思うことにした。
「……ね、毛先とうぶ毛が赤いから、多分炎属性だねって言われてるの」
「そうか、それなら“赤の勇者”と同じだな」
「うん!だから魔術適性が楽しみなの!」
「そうだな……あと2年、待ち遠しいな」
近づくと、2人の微笑ましい会話が聞こえてきた。
僕は邪魔をしないようにそっと本棚のほうへ移動する。 ……やっぱり絵本はほとんどない。どちらかというと、低学年向けの読み物が多かった。うん、まぁ、エイルにはそれで十分なんだろう。
「っ、あにうえ!これっ!リュカ様が貸してくれるって!」
「そっかぁ。よかったね。家に帰ったら、たくさん読もうね」
「っはいっ!」
両手に抱えた本を掲げながら、エイルが駆け寄ってくる姿は――もはや破壊力しかない。 嬉しそうに目を輝かせて、飛び跳ねるように駆けてくる。……うん、やっぱり可愛い。兄バカであることを誇りに思うよ、僕は。
それから帰りの時間まで、エイルとリュカ様は仲良く本を読んで過ごした。
そして別れ際――
リュカ様は、堂々とおでこにキス。
そしてエイルも、お返しにリュカ様のほっぺにちゅ。
……まぁ、正式な婚約者だし。うん。わかってる。何も言わないよ。 ただ、お願いだから……できれば僕の見てないところでやってくれませんか?
ほんの少しだけモヤモヤした気持ちを胸に、僕たちは帰路についた。
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