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第1部 子爵家の次男
炎属性
しおりを挟む「おぉ、これは……燃え盛るような赤ですなぁ」
大神官様が、感慨深く目を細めながらそう呟いた。
「……すごく、きれい」
エイルが水晶玉をじっと見つめる。その瞳には、驚きと安堵、喜び、そしてほんのわずかな決心の色が浮かんでいたように見えた。
水晶玉の中では、紅が絶えずゆらゆらと揺らめいている。 それはまるで、生命を宿したかのようにしなやかに波打ち、表面は夕焼けを映した水面のようにやわらかで、それでいて内側に向かうほど──火花のように、業火のように、ひとつの小さな太陽のように熱く、確かな輝きを放っていた。
あれ、僕のときってこんなに揺らいでたっけ……? 僕は風属性で、あのときはまだらな緑色がうっすら浮かんだだけだった。あの淡い光とはまるで別物だ。
周囲を見回すと、リュカ様は驚いたまま目を丸くして水晶玉を見つめ、公爵様は難しい顔で何かを思案している。レオ様と父上は動揺を隠そうとするも、頬のこわばりが隠しきれていない。そんな中で公爵夫人と母上は、どこか達観したように、いつもと変わらぬ笑顔をたたえていた。
やっぱり、これは……普通じゃないんだ。
「……私の時は、こんなに濃い色では無かったぞ。しかもこれは……まるで炎のように揺らいでいるではないか」
リュカ様の低い呟きが、静寂に包まれた室内に鮮明に響く。
「……私も、このような結果は久しぶりに目にいたします。火の属性というより……“炎”の属性と呼ぶべきかもしれませんね」
「ほのお……」
大神官様の言葉に、エイルが小さく繰り返す。その瞳が一層輝きを帯びて、僕、リュカ様、そして皆へと視線を向ける。
──“赤の勇者”と同じ、炎属性。
エイルの毛先の色から、きっと火属性だろうとは言われていた。でも、検査の結果を聞くまでは誰にも分からないものだ。結果を前にして、彼が心からほっとしているのが伝わってきた。
……きっと、すごく嬉しいんだろうな。でも今は大神官様や公爵様の前。はしゃぎたい気持ちを、ぐっと抑えているのが伝わってきた。
「しかし、これほど鮮やかな色づき方は初めて見た。……大神官殿、こういった事例はよくあるのか?」
公爵様の問いに、大神官様はゆっくりと首を振った。
「いえ……“稀に”、と言ったところでしょうか。私も、目にするのはこれで三度目となります」
「そうか……ふむ。あまりこのことは公にはせぬ方が良さそうだな」
公爵様のそのひと言に、場の空気が引き締まった。皆が無言で頷き、エイルのことを思っているのが伝わってくる。
「エイル様。私がこれまでに同じ結果を見たお二方のうち、一人は王国屈指のA級冒険者に、もう一人は王立研究所の学者になったと聞いています。……エイル様も、これより魔術の鍛錬に励み、どうか良き道をお進みください」
「はいっ!」
大神官様の言葉に、エイルの顔がぱっと明るくなった。その目には希望と憧れとがまっすぐに宿っていて──
あぁ、見逃さなかったよ。今の“A級冒険者”って言葉、きっとエイルの胸にぐさっと突き刺さったね。 だって彼の憧れは、“赤の勇者”みたいな冒険者なのだから。
もちろん、そんな存在になれるのはごくわずか。だけど──この結果は、その第一歩に違いなかった。
エイルがそっと水晶玉から手を離すと、それまで揺らめいていた赤がすうっと消えていく。 もう一度手をかざしても、水晶玉はただ透明なだけだった。
「あれ?綺麗だったのに……」
「ふふ、魔術適性検査は一生に一度のものです。どの水晶に触れても、もう色は出ませんよ」
「そう、なんですね……」
名残惜しげに、エイルはもう一度だけ水晶玉を見つめた。よほど印象に残ったのだろう。 たしかにあれは、もう一度見たいと思うほど綺麗だった──それくらい、鮮烈な光だった。
けれど、すぐに彼は気を取り直したように顔を上げ、元気よく皆へ向き直る。
「みなさま!僕、炎属性でした!」
「……あぁ、そうだな。しかし炎属性ではあったが、周囲には“火属性”と伝えることにしようか」
公爵様の言葉に、エイルは一瞬だけしょんぼりした顔を見せたけれど、すぐに引き締まった表情でこくりと頷いた。
炎属性──火属性の上位にあたる、特別な才能。 火属性が日々の鍛錬とその精神力で到達する事ができる属性。それは燃やすだけではない。創ることも、守ることも、時に癒すことさえも可能だという。その分、扱いには責任が伴うし、力の制御にも強い意志が求められる。
だからこそ、その名が世に出れば、良いことも、そうでないことも、きっと同じくらいやってくるだろう。
「私もそれが良いかと思います。……エイル様、この結果が良き導きとなりますよう。そして、ご自身の信じる道を、真っ直ぐに歩まれますように。……皆様の未来もまた、より良きものへと導かれますよう、心よりお祈り申し上げます」
「はいっ、本日はありがとうございました!」
大神官様のお祈りに、エイルがぴしっと背筋を伸ばして頭を下げた。小さな声だけど、しっかりと届いたそのお礼に、大人たちも微笑んでいた。
こうして、エイルの魔術適性検査は幕を閉じた。
レオ様は、翌日の授業のために、教会を出てすぐに馬車で学園へと戻られた。 少しだけでも学園の話を聞きたかったけれど、それはまた次の機会に。
一方、エイルはと言えば……
「僕、赤の勇者と同じ属性だったぁーっ!」
「リュカ様っ、これで僕も一緒に魔法の授業、受けられますよね!?」
「兄上っ、魔道具の使い方、教えてください!」
……と、公爵様がまだすぐ近くにいらっしゃるというのに、礼儀などどこかへ吹っ飛ばして大興奮。
「こらこら」と注意しかけたところで、エイル自身もハッとしたように口を噤んで、そろりと公爵様の方を振り返った。
その背中が少しずつ縮こまっていくのを見て、みんなで思わずくすっと笑ってしまった。
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