小っちゃくたって猛禽類!〜消えてしまえと言われたので家を出ます。父上母上兄上それから婚約者様ごめんなさい〜

れると

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第1部 子爵家の次男

なんの為の魔道具なんだろう?

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「あにうえっ!見てください!こんなこと出来るようになりました!」

 弾けるような笑顔と共に、エイルが短剣に炎を纏わせる。
 まるで刀身から炎が芽吹き、燃え上がるように輝いていた。刃全体が赤く揺らめき、熱を帯びた空気が一気に部屋中に広がって──室内はたちまち蒸し風呂状態だ。

「エイル、すごいなぁ……でも、室内でそれはやめよう? 屋内で火を出しちゃダメって、教わらなかったっけ?」

「あっ……すみません。嬉しくて、早く兄上に見せたくて……」

 しゅんと項垂れるエイル。その素直さも、言いつけを破ってまで見せに来てくれた気持ちも、可愛い。けれど、やっぱりダメなものはダメだ。

「次からは、外で、ね」

「はぁい……」

 反省しながら短剣の炎を消すエイルに、ほっと息をついた。

 あれからというもの、エイルは魔法と魔術、それに魔道具にどっぷり夢中だ。
 家にある「魔」のつく本を片っ端から読み漁り、気づけば部屋は魔法書と魔術書で埋め尽くされている。本棚は早々に飽和し、積み上がった本の塔が床を占領する始末。リュカ様から借りた本まで混じっていて、分類すら追いついていない。

 さらには公爵家から、リュカ様が「面白い魔道具があったから」と持ち込んでくださる品々も加わり、エイルの部屋はますます混沌としてきた。
 でも、どれも楽しそうに試してるんだよね。まるで宝物を見つけたみたいな顔してさ。

 ──いや、楽しそうどころじゃない。熱心すぎる。

 魔術の講義もどんどん先へ進んで、いつの間にか僕より複雑な術式を理解していた。
 先生がぽかんと口を開けて「もう基礎講義は不要ですね」と呟いた時の空気、今も忘れられない。

 最近では簡単な魔道具の構造も把握してきたようで、

「これ、どうしても元に戻せなくて……兄上、助けてくださいっ!」

 と、両手いっぱいに分解途中の魔道具を抱えて部屋にやって来る。

「エイル、それ回路いじった? 記録してからバラした?」

「えっ、記録? うわ、忘れてました……っ!!」

 慌てふためく顔が可愛くて、つい笑ってしまった。
 結局、二人で遅くまで組み直したんだけど、そういう時間もなんだかんだで悪くない。

 そう──エイルは、ただ夢中になっているだけじゃない。
 理解して、吸収して、どんどん先へ進んでる。
 もう魔術操作に関しては、完全に僕を追い越している。リュカ様でさえ焦って鍛錬しているくらいだ。
 この吸収力と理解の早さ、素直に驚くしかない。

 ……いや、天才か、この弟。

 僕たちラパーチェ家は、ティアスタン王国建国初期から続く由緒ある家系で、魔術や魔道具の研究と開発を担ってきた。
 その影響で、うちには魔術書も魔道具も豊富に揃っているし、屋敷のセキュリティも先祖が構築したもの。侵入者など、まず通れない。

 そんな家に生まれ、これだけ適性を見せられたら……少し嫉妬もするけど、それ以上に誇らしいよ。

 ただ、夢中になりすぎるのも困ったもので──ある夜、部屋の灯りが漏れていたので覗いてみたら、エイルが机にかじりついて魔術書を見ながら何かノートに書き写していた。
 かなり遅い時間だったけれども、時折欠伸もしていたしそのうち寝るだろうと思ってその場を離れた。

 でも、翌朝。

「エイル。顔を洗ってきなさい。目が真っ赤だぞ。寝不足で魔術制御を誤ったら命に関わる。魔術は遊びじゃない」

 父上の声が朝の空気を引き締めた。

「……すみません」

 髪は跳ね、目はしょぼしょぼと赤くして登場したエイルは瞬く間にしゅんとなって、そそくさと洗面へ向かう。

「ルアン、お前もだ。弟が起きているなら一言かけてやれ」

「……はい」

 あれ?バレてた。

「あらあらまぁまぁ」

 母上だけはいつもの調子で紅茶をすすっていた。

 そんな事も多々あった。何回も繰り返して、寝不足だと頭が働かないと自覚した今はきちんと寝てるみたいだけれど。





「今度、リュカ様が“変身できる”魔道具を持ってきてくださるんですって!すごく楽しみなんです!兄上も、ぜひ一緒に──!」

 変身できる魔道具ってなんだろう?何に変身できるんだ?何の為の魔道具なんだろう?っていうかそんな魔道具誰が作ったの?なんで公爵家にそんなものが?

「そっかぁ、それは楽しみだね。でも、僕は色々とやることがあるから」

 気になるところは沢山あったけど、エイルの誘いに笑って応えた。
 もちろん、一緒に遊びたい気持ちもあるけれど──僕は来年、全寮制の学園に入学する予定だ。荷造り、入学試験の勉強、制服の採寸、提出書類……やることは山ほどある。

 なるべく一緒にいたい。でも、ずっと一緒にはいられない。

 ……そういえば、レオ様とゼルにも準備のことを相談したいんだっけ。
 でも、どうせそのうち来るだろう。リュカ様にくっついてレオ様は来るし、ゼルも「高貴な匂いがする」とか言ってひょっこり顔を出すに違いない。



 そう思っていたら、本当に来た。
 レオ様とリュカ様が連れ立って、そして──大量の魔道具と一緒に、我が家に。


 エイルの部屋の魔道具タワーが更新される未来が見えた。

 ……更新される未来、というか──数分後にはもう、更新されてた。

 エイルはさっそくリュカ様と魔道具の袋を広げて夢中になっている。
 なにかの魔道具の試運転なのか、床を転がる毛玉のような何かが跳ねていて、母上が「まぁまぁ」と笑いながら眺めていた。床だけじゃない、シャボン玉のようなものもふよふよ浮いている。
 一体何の魔道具なんだろう?あれが変身できる魔道具?いや、まだ誰も変身してないよね?

 うちには実用的な魔道具が多いのだが、公爵家にある魔道具は何のためにあるのだろう?

 その光景を家令が、呆れたように溜め息をついていて、あぁ、こうやって諸々のことが父上に筒抜けになるんだなと思った。

 そして僕はそれを廊下の奥から見つめていた。

 やっぱり、まだしばらく離れたくないな。

 ほんの少し、胸の奥がきゅっとする。

 けれど、それもまた仕方のないことなのだ。
 大人になっていくに連れて、僕が進む道と、エイルが掴んでいく未来は、これから先、確実に少しずつ別れていく。

 それは、嫡男の僕と、公爵家子息の婚約者のエイルの道が同じはずがないのだから。

 軽く息を吐いて、僕はレオ様とゼルが待つ部屋に戻って行った。
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