小っちゃくたって猛禽類!〜消えてしまえと言われたので家を出ます。父上母上兄上それから婚約者様ごめんなさい〜

れると

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第1部 子爵家の次男

もはや研究者

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 馬車の音が止まるやいなや、屋敷の扉が勢いよく開く。

「兄上ぇぇえ!」

 弾丸のごとく飛び出してきたエイルが、勢いよく僕に飛びついた。

「ただいま、エイル。少しは落ち着かないと」

「だって久しぶりなんですもん!」

 微笑ましい再会に、周囲の人たちは柔らかい表情で目を細めていた。

 僕は学園の一年生になって、初めての夏季長期休暇で帰ってきたところだ。

 僕が入学したのは、全寮制の学園。十二歳になった春、貴族と一部の平民が入学できる、国が運営する六年制の教育機関だ。

 一年生の間は全員共通の基礎授業を受けるが、二年生からは進路に応じて専門分野に分かれる。主に文学、魔法学、騎士学などの系統があり、それぞれさらに細分化されている。
 最終学年では就職試験が行われ、家を継ぐ者も含め、卒業時には全員が進路を決定しているというわけだ。

「エイル、私がいない間、どうだった?」

「特に変わりはありません!……でも、兄上が“私”って言うの、すごく違和感あります」

「いやそこは“わぁ、大人ですね、かっこいいです!”って褒めるところだろ?」

「えぇ~」

 ケラケラと笑い合う僕たち。

 そう、僕は入学にあたって一人称を“私”に変えたのだ。“僕”のままでは子どもっぽくて格好悪い気がして。入学を機に言葉遣いや立ち居振る舞いを見直す者は少なくない。

「兄上、学園のお話が聞きたいです!夕食まで談話室に行きましょう!」






「エイル、僕の友人たちが来た時は、絶対に魔法とか魔術とか魔道具とか、話題に出さないでね。絶対だよ?」

「も~、そんなに何回も言わなくても、わかってるってば!」

 ぷくぅと頬を膨らませて抗議するエイル。

 今回、学園でできた友人が、うちの屋敷のセキュリティに興味を持ったため、夕食時に父上に許可を取って訪問が決まった。
 けれど、エイルの並外れた魔術適性については絶対に外部に漏らしてはいけない。

 公爵様の尽力のおかげで、これまでその事実は外に出ることなく守られてきた。

 だが、今回は魔術に強い関心を持つ友人たちがやって来る。もし、公爵家の婚約者が“とんでもない逸材”であると知られたら、騒がれるのは目に見えている。それはエイルにとっても決して良いことではない。

 だから僕は、何があっても守り抜かなければならない。

「そんなことより、兄上、僕こんなことできるようになったんですよ!」

 言うが早いか、エイルは目を閉じ、すっと集中しはじめた。

 ふわり。
 衣の裾や髪がわずかに浮き上がり、ダークチョコレート色の、ワインレッド色の毛先から、見る見るうちにピンク色に染まっていく。
 たった数秒で、髪はまるで染料に浸けたかのように、鮮やかなピンク色へと変わってしまった。

「えっ!?うそ、魔道具使ってないよね?まさか自力で!?」

「っはぁー、限界、終了~!」

 ふっと力を抜いた瞬間、エイルの髪はたちまち元の色へと戻っていった。

「えへ、すごかったでしょ?」

「うん……本当に、すごいよ」

「魔道具を使ったときの感覚?どんな魔力が どう動くのかを観察して、何度も何度も真似してみたの!そしたら、短い時間だけだけど、自分の魔力でできるようになったんだよ!」

「そんなことが……できるのか……うちの弟は、やっぱり天才か」

「もっと言ってくれてもいいんだよ」

 えっへん!と胸を張るエイルは、相変わらず可愛い僕の弟だ。けれど、魔道具なしで色彩を変化させるなど見たことも聞いたこともない。

 むしろ、それができないからこその魔道具であるはずなのに。

 ……これは、本当に大問題なのでは?

「……エイル。これはいつからできるようになった?誰かに見せた?」

「えっと~、一昨日くらいかな?なんかできそうって思ってリュカ様に見せたの。リュカ様もびっくりしてたけど、『兄上になら見せてもいいよ』って!」

 リュカ様が知っているなら、公爵様にも伝わっているだろう。
 それならひとまず安心、かな。

「それと兄上、今、魔道具の改良もしてるんですけど──」

「え、まだ何かあるの!?」

「ほら、色彩変化って“目だけ”とか“肌だけ”とか、1ヶ所ずつじゃないですか? あれが納得いかなくて、1つの魔道具で“2ヶ所”同時に変化できるようにしたいんです」

「なっ……そんな発想、聞いたこともないけど……」

「でもね、まだ全然うまくいかなくて……」

 しゅん、と落ち込むエイルに、「無理もないよ」とは言えなかった。

 ──というか、そもそもそれを“自力で”やろうとしてる時点で、もう研究者だよ。
 ちょっと待って、エイルの部屋、もしかして今……地獄絵図?

 私が学園に行く前もけっこう酷かった。
 本棚からあふれた魔術書、床に散らばる書きかけの紙とペン、解体途中の魔道具……。ドアからベッドまでの導線が“点々と足を置けるだけ”ってレベルのカオスっぷりだった。

「……エイル、ちゃんと寝てるよね?」

「寝てますよ! 寝た方が頭の回転違いますもん!……ただ、寝室は別にされて、夕食後の自室立ち入りは禁止されちゃいましたけど」

 明らかに不服そうなエイル。

 ……きっとまた、父上か家令に見つかったんだな。夕食後の魔術禁止令、ってとこだろう。
 以前、寝不足でフラフラになって父上に叱られていたし。

 立派な魔術オタクに育っちゃって……

 いや、もうこれはオタクを超えて研究者だな。



 そして──その翌々日。

 リュカ様が、公爵様とレオ様を連れてラパーチェ邸を訪れた。

 父上も応接に加わり、エイルは例の“変身魔法”を披露することに。
 変身が完了するや否や──父上は、右手で顔を覆って静かに天を仰いだ。

 それはもう、今にも魂が抜けそうな顔で。
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