小っちゃくたって猛禽類!〜消えてしまえと言われたので家を出ます。父上母上兄上それから婚約者様ごめんなさい〜

れると

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第1部 子爵家の次男

ピンクの理由

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「えーっと、なんでピンクなんだい?」

 しばらくの沈黙のあと、ようやく父上の口から出た言葉はそれだった。

 え、なんでそこ!? 他にも聞くことあるでしょう!?

「お手本にした魔道具がピンク色だったからです」

 と、なぜか胸を張りつつ律儀に答えるエイル。

 いや、なんで自信満々?
 それにどうしてピンクをお手本にしたの?

「ふっくくく」
「ふふ」

 ほらぁ、公爵様とレオ様が笑っちゃったじゃないか。

「エイル君は、うん、すごいねぇ。それはみんなでも簡単にできそうかな?」

「ええと、いや、すごく、難しいと思います」

「だよねぇ」

 それまでクスクスと笑っていた公爵様は、すっと笑みを消した。

「じゃあエイル君。これは未来のパパとの約束ね。無闇矢鱈に、みんなができない魔術を行使しないこと。でも鍛錬は必要だ。新しいことを試したい時は、私やレオニス、リュカリオ、もしくはお父上やルアンくんがいるところで行うこと。邸の使用人にも無闇に見られないようにね」

「はい、分かりました」

 公爵様の雰囲気にキリッと答えるエイル。
 邸の使用人にも見せるなってことは……また部屋がさらにすごいことになりそうだけど、仕方ない、のかなぁ?

 そのあとは大人たちで今後の話をするとのことで、僕たちは開放された。

「それにしてもエイル君、面白いよねぇ」

 レオ様は、まだくすくすと笑いが止まらないようだった。
 僕としては、これがラパーチェ家の血筋なのだろうか、と少し悩むところ。
 たしかエイルみたいな魔術オタクは三代前にもいた気がする。……あとで家系図でも見直してみようかな。

 リュカ様とエイルは、もうすっかり魔道具の話に夢中だ。
「こういうのがあったら面白い」「こういう色を出してみたい」──そんな話を、学園入学前の子供がするもんじゃない。

「なぁ、こんな話知ってるか?」

 部屋に入るなり、リュカ様が意気揚々と口を開いた。
 それに、待ってましたと言わんばかりにエイルが目をキラッとさせて振り向く。

 ……話って、噂か何かだろうか?

「どんな話?」

「原始の姿ってやつなんだが、魔術操作力がすごい域に達すると、原始の姿──俺でいえば獅子、エイルでいえばツミの姿になれるってやつだ」

「へぇ? ……いるの? そんな人」

「いや、見たことはない。けど、そう言われてる……らしい」

「そもそも“すごい域”ってどれくらい?」

「とにかく、すごいんじゃないか?」

「なにそれー」

 ケラケラと、エイルたちは楽しそうに笑い合っていた。

 原始の姿。
 それは僕も知っている。もう、おとぎ話のような話だ。
 建国の時代にはまだ存在したとされる、始祖の姿になれるという獣人たち。

 今でも自然と共に暮らす森の民にそういう人がいる、と言われてはいるけど、そもそも森の民自体、滅多に会えない。だから真偽なんて確かめようもないのだ。

 たぶん、あまりにもエイルの技術が高いから、リュカ様もそんな話を持ち出したのだろうな。
 というか、いかにもエイルが飛びつきそうな話でもあるし。

「なぁ、ルアン。エイルだったら、原始の姿とか突然なっちゃいそうじゃないか?」

「やめてくださいよ。そういうこと言うと、本当にやりかねないんですから……」

 僕が肩をすくめると、レオ様が「それはそれで楽しそうだなぁ。やっぱりラパーチェ家は面白くて最高だよねぇ」と笑っていた。

「でもさ、原始の姿って服とかどうなるのかな?」

 エイルがとんでもなく真剣な顔で聞いた。

「「「えっ」」」

 全員が、一瞬固まった。

 エイルは続けて疑問を口にする。

「え、だってさ? 鳥の姿になったら服って──どこに行くの? 飛ぶとき引っかからない? 羽の間にボタンとか入ったら超痛そうだよね?」

「それは……うん、たしかに考えたことなかった……」

 リュカ様が腕を組んで唸り、レオ様は肩を震わせて笑っていた。

「確かに痛そうだけど」

「いっそ、瞬間的に魔力で服がふわっと脱げて、戻るときにふわっと着るとか?」

「それか、最初から着てない」

「はっ?」

「うわ、レオ兄、アウト!」

「えー? 真面目な仮説だよ? 戻ったときに服がズレてたら恥ずかしいじゃん?じゃあ逆にツミ姿のエイルくんが、ふわっと服着たらどうなる?」

「それは……あの細い脚にズボンが絡まったりして……」

「ふふ、もう変身どころじゃなくなりそうだねぇ」

 あくまでレオ様は優雅に笑っている。
 ああ、これはダメだ。もう誰も止められない。

「ねぇ兄上! 今度、変身できる魔道具で服も変化するやつ作ってみようよ!」

「いやいや、技術的にも倫理的にも、色々アウトすぎるからやめよう?!」

 僕が止めると、エイルとリュカ様は「「えぇー」」と揃って不満げな声を上げる。その横で、レオ様が「いいね、それ」とか言ってるし。

 ──ダメだ。誰か一人は、真面目なストッパー役が必要だ。

 そして、たぶんそれは僕の役目なんだろう。
 そうしないと、話がどんどん進んでいって、この人たちは本当に実現してしまいかねない!

「お願いだから、実験だけは誰にも見られない場所でやってね。できれば、そう……山の奥とかで……」

 僕はできるだけ実現困難そうな場所を挙げてみる。
 山奥なら、王都を出ないと無理だし──

「えっ、じゃあ山に実験用の研究小屋建てようよ!」

「リュカ様、乗らないでください!」

 ……こうして、僕の夏休みは、予想以上に騒がしく、楽しく、そして頭の痛くなる未来へとまっしぐらだった。

 いや、頭が痛いのは本当だ。
 あの二人が揃うと、やれ変身だの魔道具だのと夢中になって止まらない。

 エイルは基本的に真面目だから、大ごとになるような無茶はしない……はずなんだけど。
 問題は、その好奇心の方向だ。

「服はどこへ行くのか?」なんて真顔で聞く子を、どう止めたらいいのか僕には分からない。
「鳥の羽にボタンが引っかかったら痛そう」とか、普通の生活してたら一生考えないんだよ?

 エイルは真面目な分、変な方向に突き抜けるし、リュカ様はエイルの言うことに全力で乗っかるし、レオ様は……うん、なんかもう笑ってるだけだし。

「ふわっと服が脱げて」「最初から着てない」とか、よく真顔で語れるなこの人たち。

 エイルの魔術操作もすごいと思うけど、突っ走る方向がちょっとズレてるっていうか……いや、本人なりに考えてる、の、かなぁ?
「できるかも」って思ったら、もう走り出してる気がする。で、実際にできちゃうからまたややこしい。

 ……まあ、誰にも迷惑かけてないし、楽しそうだし、うん。
 ちょっとくらいなら、いっか。
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