アオハルのタクト

碧野葉菜

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受難曲(パッション)

8

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 生暖かな風に揺れるふわりとした髪、にっこり微笑む顔の前に、誇らしげに提示される白い貝殻。

「見て見て、巻貝、珍しくない?」
「……ほんまや、綺麗やな」

 考え事をしていたのを悟られんよう、取り繕って褒め言葉を述べた。だけど綺麗っていうんは本心や。こんな大きな巻貝は滅多にない。あったとしても、大抵誰かに踏まれて、どこか欠けたり割れたりしている。ここまで見事な状態のものは、俺も初めて見た気がする。
 そんなことを考えていると、優希が突然、貝殻を握りしめて俯いた。もう片方の手で拳を包み、胸の前で大事に抱いている。強い願いが壊れんように、こぼれんように、守りながらなにかの準備をしている。スーハーと深呼吸している音が、海の小波に紛れて耳に届いた。
 数秒の沈黙の後、勢いよく頭を上げた優希にビクッと体を震わせる。
 笑顔を隠した優希の表情は真剣そのもので、一大決心をしたことが伝わってきた。

「……たっちゃんさぁ、あたしのこと、どう思う?」

 ピンク色に潤んだ唇が、俺への疑問を投げかける。
 ピリリと緊張した空気、熱を帯びた瞳、文字の羅列、そのすべての意味を追求する前に、細胞が危険信号を察する。
 
「あたし、たっちゃんのこと」

 ――勘弁してくれ。
 幼馴染の告白を予感した心の声。こんなこと思うなんて薄情か。俺が悪いんか。

「あっ、お、俺な!」

 これ以上は言わせまいと、咄嗟に大声で優希の台詞を阻む。
 優希も俺がこんな声を出すと思わんかったんか、驚いた様子で動きを止めた。
 なんて言えばええ。どうすればええ。
 とりあえず言葉を遮ったものの、理由が続かずに焦る。優希を傷つけず、親たちに叱られず、面倒を最小限に抑える方法を必死に探す。

「ほら、俺、ピアノで忙しくて、なかなかかまってやれんし、優希なら俺やなくても、他にええ奴――」

 脳内に浮かんでくるピースを、手当たり次第にはめてみるけど、完成図はまったく見えてこん。
 優希の丸い目がさらに大きく開かれ、みるみるうちに悲哀の色に染まる。
 俺が正解やと思ったところ、全部間違いで、パズルの枠ごと崩れていく。

「たっちゃん、ひどい、あたしの気持ち、なにもわかってへん」

 優希やって、俺の気持ち知らんやろ。そう言い返して、喧嘩できればまだよかった。だけど、優希は望んでへん答えを受け付けん。例えそれが事実でも、捻じ曲げるまで泣き落とす。わがままが当然の、甘い人生を送ってきたからやろう。そこに悪気がないんが一番厄介や。
 俺は俺で、優希に踏み込む情熱もなければ、注意を促す労力さえ渋っていた。そう考えれば、全部自分のせいな気もする。
 面倒なことは先延ばしにして、その場しのぎの優しさという、まやかしで誤魔化してきた代償。
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