アオハルのタクト

碧野葉菜

文字の大きさ
42 / 70
受難曲(パッション)

13

しおりを挟む
 ぬるくなったペットボトルの水と一緒に、春歌に薬を飲まそうと躍起になる。それやのに、春歌は口を固く閉じたまま、一向に開けようとせん。

「ちゃんと飲め! 飲まなマジで、お前……なぁ、春歌、頼むから飲んでくれ!」

 押しつけた飲み口から流れる水は、紫色の唇を濡らすだけでなんの意味もない。そんな様子を見かねた柳瀬が、俺の腕を引っ張った。

「貸せ、俺がやる、口移しすればええやろ!」

 そう言って俺が持ったペットボトルと薬を奪おうとする。血に飢えた猛獣のような柳瀬が、この時ばかりは怖くなかった。もっと他に、恐ろしいことがあったから。そして、最悪を阻止するんは、自分でないと許せんかった。
 
「春歌に触んな!」

 自分でも驚くほどの声が出た。思いきり突き飛ばした柳瀬が、尻もちをついて、呆気に取られた顔で俺を見た。
 銀紙から親指で押し出した、丸い発作止めの薬を口に含む。その上からペットボトルを咥え、天を向いて頬いっぱいに水を蓄えた。
 空になった容器を捨てて、砂浜に横たわる春歌の傍らに寄り添うように膝をつける。そして青白くなった頬を両手で包み、こちらに向きを固定させた。
 頑なに閉じていた瞼が、うっすらと持ち上がる。なにも発言できん俺は、春歌に薬を飲み込む力が残っていることを願った。
 キスなんてしたことがない。だからやり方がわからず、口と口をぶつけるしかできんかった。
 いつかは好きな子としたいって、誰やって思うやろう。その一人やった俺は、相手こそ望み通りやったけど、まさかこんな形で叶うとは思ってへんかった。
 勘違いや。これはキスやない。ただの人命救助。そう言い聞かせながら、キツく目を瞑ると、思いの外すんなり開いた唇の隙間から、水と一緒に薬を流し込む。舌でどうこうとか、難しいことはできん。だから、せめて勢いだけは味方にと、強く唇を押しつけた。 
 ゴクリと、喉が鳴る音がした気がする。飲ませる行為に必死で、確証は持てんかった。
 濡れた唇を離して、上体を起こすとともに徐々に視界を開く。静まり返った綺麗な顔が、俺の画面いっぱいを埋め尽くす。瞼にかぶさる長いまつ毛に、潤いを漏らした半開きの唇。蝋人形のように生気がない肌に、爪先から体温が抜けてゆく。
 もうこれ以上、できることがない。
 春歌の顔を覗き込んだまま、途方に暮れていると、目の前の瞼がピクリと痙攣するように動いた。
 花が開くように、黒い瞳が蘇る。奇跡でも見た気分で、唇が震えて、腰を抜かしそうやった。

「あ、あ、はる、はる、か、よかっ――」

 ビー玉のような目が俺を映したかと思うと、突然後頭部に力がかかって、熱い感覚が起きた。一点に集中している、柔らかくて、温かくて、近すぎて見えん、甘い砂嵐。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

カオルとカオリ

廣瀬純七
青春
一つの体に男女の双子の魂が混在する高校生の中田薫と中田香織の意外と壮大な話です。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

処理中です...