星渦のエンコーダー

山森むむむ

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透明な夢のスタートライン

東雲柳と噂の金髪美少女は、既にこういう仲です。でも付き合ってはいません

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 放課後の食堂は、夏の初めの日差しで明るく照らされていた。まゆりは窓際の席に座り、その光り輝く午後を楽しむ。キャンパス内の木々も、新緑が生い茂り、爽やかな風が吹き抜ける中で学生たちの活動的な声が響いていた。

 まゆりはこの食堂を気に入っていて、しばしばここでリラックスした時間を過ごす。
 今日は特に単独で来ており、手元には最近の研究で集めた資料が散らばっていた。しかし、注意は次第に外の景色とそこに映る一人の学生に引き寄せられていった。

 それは、東雲柳。
 彼はひとり窓辺に座り、何か深い思考に耽っているように見えた。その青みがかったダークブラウンの髪は柔らかな日光を受けてきらめいており、彼の穏やかで思慮深い雰囲気を一層強調しているようだった。
 少し長めで、それが優しげな印象を一層際立たせていると思う。
 まゆりは、彼がバスケットコートで躍動する姿を遠くから何度か目にしていた。彼はその場での風格と迫力、そして競技の中で見せる情熱がありながら、今こうして静かに自分と向き合っている姿が、もう一つの側面を教えてくれるようだった。

 大きくて節目がちな目は遠くを見つめていて、その甘い潤みは何か深い思索に耽っているかのようにも見える。学校中で人気があり、甘いマスクと優しい口調は女子生徒たちを虜にしていたが、彼はその人気に気を取られることなく、常に謙虚で控えめだ。

「……かっこいい……」
 ただ見ているだけの小さな楽しみが、まゆりにとってはとても大切なもの。目線を気取られないようにキーボードをおざなりに叩きながら、小さく胸を高鳴らせる。
 柳はARデバイスを広げ、何かを書き込み始める。スケジュールメモだろうか。
 まゆりは長い間彼を見つめていたが、作業を進めるために来ていたことを思い出し、慌てて画面上の文字を追い始めた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 まゆりは、食堂の入り口から入ってきた金髪の女生徒に気づかなかった。いつの間にか手元のデバイスに集中していたのだ。女生徒が明るい声で呼びかける。
「柳! ごめん、遅くなった!」
 気づいた柳が顔を彼女に向け、朗らかに微笑んでいた。
「いいよ。僕もぼーっとしてただけだし」
 彼女はくるりとスカートを翻しながら、柳の向かいのソファに腰掛けた。
 持っていたボトルの水に口をつけた彼女の顔は丁度陰に隠れていて見えなかったが、左胸で所属を示すAR名札には、2年生の黄色いラインが光っている。その声がかすかに上ずっていたから、急いできたことは明らかだった。弾んだ声は、柳への明らかな好意を感じさせた。

「あはは、あんたスポーツ選手だからよく錯覚されてるけど、実は昔とあんま変わってないよね」
 楽しそうな声に、食堂の他の学生たちもちらりとこちらを見た。周りの目を気にしながらも、柳は微笑を浮かべたまま彼女を見返す。
「何のこと?」
 彼の声は軽やかで、いつもの平和を愛する彼そのものだった。

「私知ってるもんね。柳って昔よく女の子に間違えられて、公園でぼーっとしてたら知らない男の子に告……」
 彼女の言葉は途中で遮られる。
「それっ、い、今と関係ないだろ!」
 それはまゆりが今までに見たことのないほど慌てた姿だった。
 窓から射し込む夕日が彼の表情をドラマチックに照らし出し、彼の普段の穏やかさが、どれほど大きな努力の結果であるかをまゆりに感じさせた。
 そんな表情、そんな声で、彼が女の子に大きな声を出すことを、想像したことがなかった。試合中の厳しい表情、情報番組のインタビューでの適切なコメントをする姿、そして、バスケットボールを軽々と操って活躍する時の彼しか、無関係なまゆりは見ていなかった。
 柳は一瞬、手の甲で顔の輪郭にかかった髪をはらう。
「……けほ、すみません」
 微かに紅潮した頬を隠すような動作を見て、まゆりは自分が何か悪いことをしてしまったかのような、妙な罪悪感を感じてしまった。
 そんな彼に対し女生徒はこの反応を意外と思うこともないほど深い仲のようで、姿勢を変えないまま見上げていた。柳はわずかに眉間に力を入れ、不満と恥ずかしさを耐えようとしている。

「ふふ、柳。今度の小テストの前に私に数学とプログラミング教えてくれるって言ってたの、覚えてたんだね……」
 一転して彼女の声が慈しむようなニュアンスを含むのを聞いて、まゆりは思った。このふたりは間違いなく良い関係なのだろう。

 まゆりは、柳に幼馴染の女の子がいることを校内の噂で聞いていた。その彼女がこの金髪の女生徒なのかはわからないが、会話からは明らかに深い絆を感じることができた。

「忘れるわけないよ。僕がみてないと、クリスの点数が大変なことになっちゃうからね」
「ちゃんと自分でも勉強してるよぉ」
「それ、本当かな……?」
「いじわる……」
「拗ねないで。ほらコレ解いてみる」
 なんだか、この会話が二人にとっての大切な時間なのだと気づいてしまった。これ以上知ってしまうのも、何となく悪い。
 まゆりはそっと視線を彼らから外し、鞄の中に入っていた無線式イヤホンを両耳に入れ、音楽に耳を傾け始める。外の世界から自分を遮断し、ふとした瞬間に垣間見た憧れの君の意外な一面を、心の片隅にしまい込んだ。

 彼は競技の世界で「白き死神」として恐れられているが、まゆりにはそれが信じられない。
 競技中の彼は確かに目の前の対戦相手には容赦ないかもしれないが、競技から離れた東雲柳は、ただの穏やかで物静かな青年に過ぎなかった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 夕日が西の空に沈む頃、クリスは勉強の続きをするため東雲家のフロアに向かった。
 彼らが住むマンションは、エレベーターで一階分移動するだけで互いの家に行き来できる便利さがあった。柳は、ここで父の柊と母親の夕子と共に暮らしている。

 部屋に入ると、夕子が温かく迎えてくれた。
「クリスちゃん、ようこそ。夕飯の準備がちょうどできたところよ。一緒に食べていってね」
 リビングにはすでに食卓がきちんと整えられており、家庭的な香りが部屋中に広がっていた。
 夕子は料理が得意で、今夜も色とりどりの家庭料理が並んでいる。手作りの味噌汁、照り焼きチキン、煮物、新鮮なサラダが食欲をそそる。

「母さん、美味しそうだね」
 柳がニッコリとしながら言うと、夕子は嬉しそうに笑った。
「ありがとう、柳。クリスちゃんが来てくれるから、少し頑張っちゃったわ。二人ともたくさん食べてね」
 食事が始まると、夕子はクリスと柳の学校生活や最近の趣味について質問をしながら、和やかな雰囲気を作り出した。クリスは彼の家の温かさに触れると心がほぐれるように感じる。桐崎家とは違う、控えめで落ち着いた明かり。

「柳が小さい頃はね、いつもこんな感じで家族みんなで夕食を囲んでたの。今でも、この時間が一番好きかもしれないわ」
 夕子が懐かしそうに話すと、柳は少し照れくさそう頷いた。彼の父親は多忙で、食事を一緒に取ることができない日も多い。
「僕も、家族との食事は大切にしたいと思ってる。クリスが一緒に食べてくれるのも嬉しいよ」
「本当においしい。……お母さんの料理、大好きです」
 クリスは素直に感想を述べた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 食後、夕子は二人にデザートとして手作りのフルーツケーキを出した。ケーキを前にして、三人は今後の学校行事や日常について話し合いながら楽しい時間を過ごす。
 デザートのケーキを切り分けながら、夕子はふと思う。「この二人、いつかきっと素敵なカップルになるんだろうな」と。その想像だけで、胸がいっぱいになる。
 柳とクリスがソファで並んで座り、楽しそうに話している。
 二人が時折見せる仲の良さはまるできょうだいであるかのような自然さで、夕子の心を温かくさせていた。

「ねえ、クリス。これ、クリスが欲しがってた漫画。たまたま見つけたから買ってきたんだ」
 柳がそっと雑誌をクリスに手渡すと、クリスは驚いた表情でそれを受け取った。
「あっ! これ売り切れだったの! ありがとう、柳!」
 クリスの目がキラキラと輝いている。それを見て、柳も嬉しそうに笑った。
 その様子を見ていた夕子は思わず「あら、あら」と小さく声を漏らし、二人のやりとりに心を躍らせてしまった。微笑が広がり、クリスの反応に合わせて柳がどのように対応するかを楽しく見守る。
 微笑ましいやりとりを見て、内心で「ふふ、もう、ほんとにかわいい」と感慨深く思いながら、二人が幸せな未来を歩むことを心から願っていた。自分の息子が大切に思う人を、彼女もまた家族のように大切に思う毎日が、何よりの幸せだった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 デザートを食べた後、柳とクリスはリビングでそれぞれの学業に集中していた。
 窓の外では街の灯りがほのかに煌めいており、部屋の中は穏やかな光に包まれている。途中で柳が紅茶を入れたのを機に、ふたりは少し休憩をとることにした。
「柳、ありがとう。いいにおい……」
 クリスは微笑みながらカップを手に取り、深く一息ついた。
「クリスが好きなアールグレイ、これだよね?」

 会話を交わしながら少しずつ身が寄せられていき、やがてクリスの頭が柳の肩に優しく触れる。紅茶の温もりと安心感に包まれたクリスは、知らず知らずのうちに目を閉じていた。
 ふと気づくと、クリスの深い寝息が聞こえてきた。柳はそっと彼女の頭を支えながら、夕子に目配せをする。夕子はそっと二人を見つめ、微笑みを浮かべながら桐崎家への音声通話をかけてくれた。

「こんばんは、サファイア。ごめんなさい、クリスちゃんがうちで勉強をしていたのですが、疲れていたのかそのまま眠ってしまって……もしよろしければ、今夜はうちでお泊まりということに……」
 電話の向こうからは快諾の返事があり、夕子は安堵のため息をついた。柳は礼のジェスチャーを送る。動けない柳が退屈しないよう、テレビの物理リモコンとドリンクを目の前に置いて、夕子はその場を去った。

 リビングの灯りは控えめにされ、部屋は柔らかな明かりに包まれていた。
 柳は静かに座りながらテレビの低い音量で流れる番組を見ていたが、心は全くそこにはなかった。隣で眠るクリスの穏やかな寝息が聞こえ、彼女の存在がこの静かな時間をより特別なものにしている。
「今日は頑張ったね……クリス」
 クリスの頭を肩に乗せ直し、重みを感じながら彼女の髪にそっと指を通した。柔らかく、指の間をすり抜けていく感触が心地よい。そのしなやかな髪を優しく梳き、ふと彼女の頬に落ちた一筋の髪を耳にかける。その動作は、何気なくも深い愛情を感じさせるものだった。

 テレビ画面の光が彼女の顔を照らし、その寝顔を更にはっきりと映し出している。
 表情は安らかで、時折微笑むような表情を浮かべていた。心地よい夢を見ているのだろう。自然と顔が緩んだ。彼女が柳に見せる無防備であどけない姿は、この上ない宝物だ。

 クリスが目覚めるその時まで柳はただそっと彼女の隣で過ごし、この静けさを大切にし続けるつもりでいた。
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