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巨星落つ闇の中
東雲柳救出作戦 一人の社員の独白
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ヴィジョンデジタルテックス社員である来栖は目の前の対処に集中していた。後ろから上司の声がかかり、椅子から立とうとする。
「……社長!」
「いい、仕事を優先してくれ」
直属の上司の更に上、東雲柊だった。彼は立ち上がろうとする来栖らを椅子に押し止める。
柊は代表取締役社長であるが、現場の視点を積極的に取り入れようと奔走する姿勢を普段から見せていた。来栖はその意思を読み取り、再び指を走らせる。この事態への対処は緊急を要するのだ、しかも、彼の人生に直接関わっている。
「状況はどうだ」
「我が社のネットワークは今のところ、エイジス・セキュリティさんのシャットアウトによって島単位では無事です。会社単位での制御下にある部分も、粗方。しかしこの措置により、島は完全クローズドになりつつあります。他社様も同様の処理をしている最中でしょう。ですから、例えば今……島外からの緊急要請に対応する場合、またその逆の場合であっても、コミュニケーションに問題が発生することが考えられます」
来栖はそこまで説明し、手元で分析していた資料を一通り終わらせると、椅子を回して柊に向き直った。
「航空機、自動制御の運搬機器などはアナログ対応を強いられていることでしょう。故に人員を集めることにもリスクが伴います」
情報の共有という意味意外にも今はきっと、彼にとって気がかりなことがある。柊は隣の椅子に腰掛けて目線を低くしていた。
これが柊のスタイルだった。相手が立てば立ち、座っているなら座る。柊は随伴の社員にも座るよう促す。
「世界単位という規模になると、いかなる分野でも連携が難しい状況ということだな」
「そうです。電脳世界は現実世界の鏡写しのように存在しますから、このように安全が確保できず自由なやり取りができない事態は……非常に深刻です。どのような事故が起こるかも、未検証な部分が多く未知数といえます」
「……急速に発展してきた電脳世界の脆弱性が、こんな形で出るとはな……ネットワーク・システム関連企業が皆この事態に備えて準備はしているだろうが、これは未曾有の事態だ。しかし、災害は起きた前例がなければ対策が考えられない。君たちは今後のためにも気負わず、このまま柔軟に対応してほしい」
「しかし社長…………その、ご子息は」
来栖は柊を見上げた。彼の表情は経営者としての顔から、少しだけ柔らかいものに変わった。
「みなまで言うな」
その弱音とも取れる一言に、事態の深刻さを感じ取る。身内の生死と世界規模のトラブル対応。その両方に、かかる重圧は計り知れない。
「すみません、出過ぎたことを」
「いや、心配はありがたい。余裕がなくてね……生きてはいるが」
「はい……」
愛息子の存在は、柊の周囲の人間、また島内と首都に滞在する管理職クラスの社員たちはよく知っていた。
幼少の頃から息子が挑むネオトラバースという競技を、そしてそれに挑む息子自身を心から応援している彼の気持ちは、未婚の来栖にも想像できる。それに、ヴィジョンデジタルテックスは、事業内容のこともあって東雲柳選手の筆頭といえるスポンサーである。必然的に社内には柳自身を知る者も多数いるのだ。来栖もその一人である。柳とは食事の席を共にしたことさえあった。
全世界に晒された背中。人生の深い傷跡を、弄ぶように今回の大規模デジタル災害に利用しはじめたことに深い憎しみを抱く。敵方の狡猾さに、負けてなるものかというモチベーションが生まれていた。
「……力になりたいと、思っております」
なんて青臭い一言だ。しかし、今はこれだけは伝えたく、また柊は受け入れてくれると考えた。
隣席の部下が息を呑む声が聞こえた。電脳世界上に頻出するワードを纏めて分析する役割を与えられた社員だ。世間の反応を示すワード一覧には、東雲柳に関連しているものが先刻から爆発的に増え始めている。
組織とやらは、情報操作の一手を投じているのかもしれない。どこまでも非人道的だ。
「ありがとう、来栖くん。そして君たちは……すまない、名前を。作業は続けて」
「す、すみません。私は芦澤です」
「桃井です!」
せめてと振り返りながら芦澤と桃井が名乗った。
彼らは柊が直接自分達と挨拶をしたことは覚えているという話をしたことがあった。しかしそれはまだ新入社員研修の頃の話。今回のような緊急事態に起用されるのは始めてであり、やはり社長のスタイルに戸惑っているようだ。明らかに恐縮している。
「緊張しているね。確かに大変なことだ。でも君たちは入社以来、たくさんの努力をしてここに来ることを許された。それだけ対処に期待がかかっているということだよ……頼むぞ、芦澤くん、桃井くん」
部下たちは大きな声で返事を返していた。桃井に関しては感涙してさえいる。
部下たちの緊張を優しげな目元と口調で解きほぐし、期待がかかっているのだという実感を程々にプレッシャーとして与える。決して脅かしはしないが、経営者として優れた手腕を持つこの人は、この繰り返しで社内の求心力を得るままにしている。
来栖も彼に魅入られた一人だ。この人のためにならと、つい思ってしまいそうになる。
似たもの親子だとつくづく感じる。
この作戦本部となっている部室には高専ネオトラバース部の面々が次々と集ってきており、皆一様に東雲柳について心を寄せている様子だった。その光景を眺めながら、きっと部内での息子もこの社長のように振る舞っているのだと想像する。
これがカリスマ性というものなのかもしれない。
学生時代までは、来栖はその言葉に疑いを持っていた。実際に目の前に、それを持つ人間が現れたことがなかったからだ。ファンタジーの中の存在のように距離感があった。百聞は一見にしかずとはよく言ったものである。
今、明確に理解した。この東雲柊と息子の柳は、人を引き付ける力がある。
「……社長!」
「いい、仕事を優先してくれ」
直属の上司の更に上、東雲柊だった。彼は立ち上がろうとする来栖らを椅子に押し止める。
柊は代表取締役社長であるが、現場の視点を積極的に取り入れようと奔走する姿勢を普段から見せていた。来栖はその意思を読み取り、再び指を走らせる。この事態への対処は緊急を要するのだ、しかも、彼の人生に直接関わっている。
「状況はどうだ」
「我が社のネットワークは今のところ、エイジス・セキュリティさんのシャットアウトによって島単位では無事です。会社単位での制御下にある部分も、粗方。しかしこの措置により、島は完全クローズドになりつつあります。他社様も同様の処理をしている最中でしょう。ですから、例えば今……島外からの緊急要請に対応する場合、またその逆の場合であっても、コミュニケーションに問題が発生することが考えられます」
来栖はそこまで説明し、手元で分析していた資料を一通り終わらせると、椅子を回して柊に向き直った。
「航空機、自動制御の運搬機器などはアナログ対応を強いられていることでしょう。故に人員を集めることにもリスクが伴います」
情報の共有という意味意外にも今はきっと、彼にとって気がかりなことがある。柊は隣の椅子に腰掛けて目線を低くしていた。
これが柊のスタイルだった。相手が立てば立ち、座っているなら座る。柊は随伴の社員にも座るよう促す。
「世界単位という規模になると、いかなる分野でも連携が難しい状況ということだな」
「そうです。電脳世界は現実世界の鏡写しのように存在しますから、このように安全が確保できず自由なやり取りができない事態は……非常に深刻です。どのような事故が起こるかも、未検証な部分が多く未知数といえます」
「……急速に発展してきた電脳世界の脆弱性が、こんな形で出るとはな……ネットワーク・システム関連企業が皆この事態に備えて準備はしているだろうが、これは未曾有の事態だ。しかし、災害は起きた前例がなければ対策が考えられない。君たちは今後のためにも気負わず、このまま柔軟に対応してほしい」
「しかし社長…………その、ご子息は」
来栖は柊を見上げた。彼の表情は経営者としての顔から、少しだけ柔らかいものに変わった。
「みなまで言うな」
その弱音とも取れる一言に、事態の深刻さを感じ取る。身内の生死と世界規模のトラブル対応。その両方に、かかる重圧は計り知れない。
「すみません、出過ぎたことを」
「いや、心配はありがたい。余裕がなくてね……生きてはいるが」
「はい……」
愛息子の存在は、柊の周囲の人間、また島内と首都に滞在する管理職クラスの社員たちはよく知っていた。
幼少の頃から息子が挑むネオトラバースという競技を、そしてそれに挑む息子自身を心から応援している彼の気持ちは、未婚の来栖にも想像できる。それに、ヴィジョンデジタルテックスは、事業内容のこともあって東雲柳選手の筆頭といえるスポンサーである。必然的に社内には柳自身を知る者も多数いるのだ。来栖もその一人である。柳とは食事の席を共にしたことさえあった。
全世界に晒された背中。人生の深い傷跡を、弄ぶように今回の大規模デジタル災害に利用しはじめたことに深い憎しみを抱く。敵方の狡猾さに、負けてなるものかというモチベーションが生まれていた。
「……力になりたいと、思っております」
なんて青臭い一言だ。しかし、今はこれだけは伝えたく、また柊は受け入れてくれると考えた。
隣席の部下が息を呑む声が聞こえた。電脳世界上に頻出するワードを纏めて分析する役割を与えられた社員だ。世間の反応を示すワード一覧には、東雲柳に関連しているものが先刻から爆発的に増え始めている。
組織とやらは、情報操作の一手を投じているのかもしれない。どこまでも非人道的だ。
「ありがとう、来栖くん。そして君たちは……すまない、名前を。作業は続けて」
「す、すみません。私は芦澤です」
「桃井です!」
せめてと振り返りながら芦澤と桃井が名乗った。
彼らは柊が直接自分達と挨拶をしたことは覚えているという話をしたことがあった。しかしそれはまだ新入社員研修の頃の話。今回のような緊急事態に起用されるのは始めてであり、やはり社長のスタイルに戸惑っているようだ。明らかに恐縮している。
「緊張しているね。確かに大変なことだ。でも君たちは入社以来、たくさんの努力をしてここに来ることを許された。それだけ対処に期待がかかっているということだよ……頼むぞ、芦澤くん、桃井くん」
部下たちは大きな声で返事を返していた。桃井に関しては感涙してさえいる。
部下たちの緊張を優しげな目元と口調で解きほぐし、期待がかかっているのだという実感を程々にプレッシャーとして与える。決して脅かしはしないが、経営者として優れた手腕を持つこの人は、この繰り返しで社内の求心力を得るままにしている。
来栖も彼に魅入られた一人だ。この人のためにならと、つい思ってしまいそうになる。
似たもの親子だとつくづく感じる。
この作戦本部となっている部室には高専ネオトラバース部の面々が次々と集ってきており、皆一様に東雲柳について心を寄せている様子だった。その光景を眺めながら、きっと部内での息子もこの社長のように振る舞っているのだと想像する。
これがカリスマ性というものなのかもしれない。
学生時代までは、来栖はその言葉に疑いを持っていた。実際に目の前に、それを持つ人間が現れたことがなかったからだ。ファンタジーの中の存在のように距離感があった。百聞は一見にしかずとはよく言ったものである。
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