星渦のエンコーダー

山森むむむ

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君に逢いたかった、ありがとうを言いたかった

帰ってきてくれ

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「クリスちゃん、帰ってきて欲しいわね」
「そーそー、こわいことは考えないで、なって欲しい未来のこと考えよーぜ! 鞠也」
「うん」
 ぱんぱんと鞠也の背中を叩き、リリアは励ます。リリアが鞠也に詳しいように、鞠也もリリアがこうして他人を励ますとき、自分自信の落ち込みを持ち直させようとしているのだ、ということに気づいていた。
「俺らができることは少ないけど、今は広報班の下準備だ。大分、できたら渡すからチェック頼むよ」
 長岡はジャージのまま、着替える様子もない。売店で売られている肌着と洗面用具、それにランドリールームの持ち込み用バスケットを持っていることにリリアも気づいた。
「長岡は帰らないつもりなのか?」
「俺は本土に自宅あんだけど、交通システムまだ復旧してないらしくてなー」
 窓から遠く、繁華街方面を眺めるが、復旧しない本土との交通手段のせいで、歩行者と車、バスがもたつきながらうごめいているらしかった。リアルタイムニュースで混乱が伝えられている。
「警察官の手信号と交通ドローンの誘導で、持ってる人も減った運転免許の所持者がどうにかバスや路面電車を動かしてるけど……」
「事故が怖すぎて、家で何か起きない限り帰る気にならねえな」
「そーだな、やっぱ……眼の前で友達が意識不明になって運ばれたら余計になー」
 病院に運ばれる友の姿に、親しい面々には震えと動悸が起こった。もしかしてもう帰ってこないのではないかという不安が、彼らの間をぐるぐると巡っていた。考えたところで、何もまだわからないというのにだ。柳が倒れたときのクリスが、ああも取り乱したことと同じ。わかっているつもりだった。自分達も、彼らと同じ教室で学ぶ友なのだ。しかし今日、まさに怯えの理由を身をもって知った。赤子の頃からの相手なら、あの日クリスタルが泣いて怯えていたのも、無理からぬことと思える。
 クリスタルは柳を想う。何度だって相談を受けてきたし、友人たちも揶揄ってはヤキモキしてきた。

 不安を振り払うかのように、鞠也が玲緒奈にフルーツティーを差し出しながら問いかける。
「玲緒奈ちゃん、改めて確認をしたいんだけど、ここの皆で広報班を結成することになったの。お兄さんと一緒にやってくれない? 清宮くんも、いいかしら」
 鞠也も落ち込むときはとことん落ち込む方だったが、クリスの影響を受け、最近は持ち直しが早くなってきている。すでにやるべき仕事を見つけており、食事を終えた今は気力に溢れた顔つきでデバイスを操作していた。
「もちろん、やらせてください、大分さん! みなさん!」
「俺も構わない。もし座ったまま船を漕ぎ出したら……頭引っ叩いてくれねーか」
「それはちょっと……」
「頼むよ」
 兄妹もいつもの調子を取り戻している。今の流磨の言葉が冗談であることに、鞠也は遅れて気づいた。そしてユエンが指示していった通り、柳らとのエピソードや思い出などを書き込むアンケート用紙をARで飛ばす。やるとなれば仕事を割り振らなければならない。

 「ホワイトホール事件……一連のシステム干渉、乗っ取り等をすべて引っ括めてそう呼ばれてるけど、その名前がつくより前に、何が起こったか。その聞き取りはもう最初の作戦前に終わってるから、事実をまとめた資料と、各々の発言をシンプルに制作担当の生徒たちに伝えるわ。私達は長尺の動画を担当することになるから、シリアスな部分は私たちが作る」
 シリアスな。まるで物語を創作するかのような言い方だが、対外的にこれから東雲柳の『物語』を伝えなければならない。物語には娯楽性が必要だ。それがカタルシスであろうと、悲劇に終わろうと。
「お前らは、アタシらよりクリスや柳と付き合い長いしな。だから知らないやつから見て親しみを感じさせるようなエピソードをまとめるために、昔を思い出してできるだけ書いていってほしいんだ。打つより喋る方がよければそっちでもいいぜ。自動文字起こしツール使うから」
 体は怠いが流磨はやる気だけはあるようで、リリアが対応して補佐する形でインタビューすることになった。リリアのデバイスが広域展開された鞠也の多重ウインドウに合流してデータ共有し、文字起こしツールを起動させた。
「さすがメンタルコーチとかいうだけあって、精神的にもタフだよな~」
「いや、さっき見てたろ根岸も」
「なんだよ、ちげーの?」
 流磨は、突っ伏していたデスクから顔を上げた。電脳体験室には大勢の人間が残っている。学生も、教師も、協力企業の面々も。各々が食事を終え、決まった仕事に戻って力を注いでいた。巨大なコンピューターが室内を覆い尽くさんばかりの存在感をもって迫っている。排熱を処理するファンが周り、プログラムやマスコミ対応に応じるタイピング音、生徒たちの議論する声が、流磨を圧倒する。自分はこの中の一人としてなら働ける。流磨は、柳のような英雄にはなれないと思っていた。
「俺は本当に、大したことないよ」
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