双子令嬢の幸せな婚約破棄

石田空

文字の大きさ
1 / 13
プロローグ

プロローグあるいはエピローグ

しおりを挟む
 煌びやかな夜会。王都では定期的に開かれる夜会会場は、貴族たちの情報収集の格好の場であった。
 豪奢なシャンデリアの下、先日まで王立学院に通い、ようやく社交界デビューしたばかりの令嬢たちが談笑をしている。

「聞きましたか? 例の双子」
「ああ、パニアグア子爵令嬢の?」
「あちら、妹のほうが家督を継いだそうですわ」
「まあ……」

 それにクスクスと令嬢たちは笑う。
 最近巷では、ロマンス小説のような婚約破棄の話題で持ちきりであった。
 パニアグア子爵は男児に恵まれることはなく、容姿が瓜ふたつながらも、性格が真逆な双子の姉妹のいずれかが婿を取って家督を継ぐこととなっていた。
 王立学院に通っている間、勝ち気な姉のクラウディアが家督を継ぎ、学院内でも人気の高かったサンティアゴ男爵の次男のセシリオと婚姻を結ぶとのもっぱらの噂ではあったが。
 クラウディアの後ろをちょこちょことついてきていた妹のクリスティナのほうが家督を継ぎ、セシリオと結婚するという噂が出回っていた。
 それを聞いた令嬢たちは、溜飲が下がる思いがしていた。
 クラウディアはお茶会に誘ってもすぐに断る。勉強はできても礼儀作法がなっていない。言動が貴族令嬢の常識から外れている。とにかく気が強く棘のある言動が目立つために、友人らしい友人がいなかった。おまけにクリスティナをいじめていたというのがもっぱらの噂である。実際に、この場にいる誰もが、クラウディアの声を聞いたことはあっても、クリスティナの声を聞いたことがなかった。
 クラウディアの婚約者だったセシリオは温和で礼儀正しい令息であり、学院時代から人気が高かったものだから、余計にクラウディアはやっかみを買い、しゃべったこともないクリスティナには同情の目が向けられていた。

「ひどい人でしたものね、姉のほうは」
「まったくですわ。口汚いですし、粗忽ですし」
「でも、婚約破棄された女をもらうのなんて、もう後妻に入るしかないんじゃなくて?」
「まあ、学院卒業した身で、何十歳も離れた方と結婚?」

 下世話な言葉が飛び交う中、令嬢のひとりは扇子で口元を抑えて、密やかに囁く。

「それが……不心得者のドローレスの元に嫁いだんですって……!」
「まあ……!」
「あら? でもドローレスは妹のほうと婚約していたのではなくて?」

 エルベルト・ドローレスは学院内ではたいそう評判の悪い令息であった。授業には出ない、言葉遣いが乱雑、その上乱暴者。女学生からは大変に嫌われたものであったが、その一方なぜか男子学生からは人気があった。

「そりゃ決まっていますわ。普通はあれだけの不心得者と婚約だなんて、嫌に決まっていますもの。その上あの方は辺境伯を継ぐのでしょう? あんな紛争地帯に嫁ぎたい人はいまして?」
「妹のほうでしたら、あの不心得者とやってはいけないでしょう。だから姉のほうの婚約者に泣きついたのでしょうね」
「姉のほうでしたら、まだドローレスと上手くやっていけるのではなくて?」
「どちらも不心得者ですものねえ……」

 くすくすくすくす。
 誰もが「いい気味」とは口にはしなかった。どれだけクラウディアが不心得者で評判の悪い令嬢であったとしても、彼女たちも貴族教育を受けている身。どれだけ嘲っていても、それを口に出すような愚かな真似はしない。
 その愚かさが原因で婚約破棄をされた令嬢の二の舞には、誰だってなりたくなかったのである。

****

 王都より馬車を走らせて一刻ほど。
 パニアグア子爵領にある小さな教会は、新しい領主とその婿の結婚式が執り行われていた。
 領主の結婚式にしては、教会前で式を挙げる夫婦を見守る人の数は少なく、家族と屋敷のわずかな者たちだけで執り行われていた。
 子爵領は基本的にハーブの生産が国内でも上位であり、薬やお茶として売買される他、染料としても使用されていた。
 そのため、領主の婚姻衣装にもハーブの染料は使われ、柔らかなクリーム色に染め上げたドレスを着て、髪飾りとして月桂樹の葉でつくった冠を被るのが、この領地での一般的な結婚式の礼装であった。

「おめでとう、クリス!」

 式の参列者の中で一番盛大に歓声を上げていたのは、花嫁とそっくりそのまま同じ顔をした娘であった。
 花嫁と同じく編み上げられた栗色の髪、森の奥のような翠の瞳の娘が、にこやかに笑っていたのである。参列用のドレスは簡素な服であり、靴は靴底の分厚い乗馬ブーツを履いていた。

「お姉様……ありがとうございます。エルベルト様も」

 花嫁ははにかんでセージにローズマリー、矢車草を束ねたブーケを持って微笑んだ。
 彼女が腕を組んでいる青年は、人好きのする笑みを浮かべて、誰よりも祝うふたりを見た。子爵領の結婚装束を着る花婿は、ハーブで染められたドレスコートを着て、アイスシルバーの髪に油を軽く撫でつけていた。優しい瞳には空の蒼が浮かんでいる。

「ありがとう、わざわざ辺境伯領から」
「妹の結婚式を祝うのは当然よ。セシリオ。クリスを泣かせたら、私は辺境伯領からでも追いかけていってあなたを謝らせるから、そのつもりでいてちょうだい」
「手厳しいな、クラウディアは」
「まあ、俺が選んだ女だからな」

 そう言って花嫁の姉の腰を抱くのは、黒い髪に夕日の金を浮かべた青年であった。参列のためにドレスコートを着ているものの、腰にはサーベルを差し、鋭い雰囲気を隠そうともしない。それにクラウディアは笑う。

「威嚇しないで、エルベルト。クリスの結婚式なんだから」
「まあ、な……クリスティナ」
「は、はい……っ」

 クリスティナは緊張した面持ちで、エルベルトを見た。かつては婚約者同士だったのだが、どうにもこのふたりは水と油でそりが合わず、互いの式に参列していてもなお、噛み合わせが悪かった。
 彼女が緊張しているのを見かねて、「エルベルト」とクラウディアが睨み付けると、エルベルトは小さく肩を竦めた。

「そうふたりがかりで責め立てるな。結婚おめでとう。それだけだ」

 そうポンと投げて寄越された祝福の言葉に、クリスティナは目を白黒とさせたあと、はにかんだ。

「ありがとうございます」
「幸せになってね。絶対よ?」
「はい、お姉様も……住む場所が変わっても、私たちはずっと一緒ですから」
「当然よ?」

 そう言ってクリスティナのブーケを持つ手ごと、クラウディアはぎゅっと掴んだ。
 それをそれぞれの伴侶に家族、屋敷の者たちが目を細めて見守っていた。

 クラウディア・パニアグアと、クリスティナ・パニアグア。
 同じ栗色の髪と翠の瞳を持つ双子の姉妹であるが、気性は真逆であった。
 姉のクラウディアはとにかく気が強く、思ったことは衣着せず直球で言う性分のせいで、周りと軋轢を起こしがちであった。
 一方の妹のクリスティナはとにかく気が弱く、なにかあったらよく泣き、クラウディアの背中を追ってばかり。彼女のことをよく知る人でなければ声を一度も聞いたことがないと言われる程度には、人付き合いが苦手であった。
 ロマンス小説よろしく、気の強い姉は気の弱い妹を虐げた結果、罰が当たって婚約者も家督も奪われ、辺境に嫁入りという名の追放をされたと噂が流れているが、果たして本当にそんな話だったのだろうか。
 結婚式で参列しているふたりを見て、誰がそれを真実だと思えるというのか。

 これは、クラウディアとクリスティナ……クラウとクリスが幸せに婚約破棄して、婚姻するまでの話。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ときめき♥沼落ち確定★婚約破棄!

待鳥園子
恋愛
とある異世界転生したのは良いんだけど、前世の記憶が蘇ったのは、よりにもよって、王道王子様に婚約破棄された、その瞬間だった! 貴族令嬢時代の記憶もないし、とりあえず断罪された場から立ち去ろうとして、見事に転んだ私を助けてくれたのは、素敵な辺境伯。 彼からすぐに告白をされて、共に辺境へ旅立つことにしたけど、私に婚約破棄したはずのあの王子様が何故か追い掛けて来て?!

【完結】姫将軍の政略結婚

ユリーカ
恋愛
 姫将軍ことハイランド王国第四王女エレノアの嫁ぎ先が決まった。そこは和平が成立したアドラール帝国、相手は黒太子フリードリヒ。  姫将軍として帝国と戦ったエレノアが和平の条件で嫁ぐ政略結婚であった。  人質同然で嫁いだつもりのエレノアだったが、帝国側にはある事情があって‥‥。  自国で不遇だった姫将軍が帝国で幸せになるお話です。  不遇な姫が優しい王子に溺愛されるシンデレラストーリーのはずが、なぜか姫が武装し皇太子がオレ様になりました。ごめんなさい。  スピンオフ「盲目な魔法使いのお気に入り」も宜しくお願いします。 ※ 全話完結済み。7時20時更新します。 ※ ファンタジー要素多め。魔法なし物理のみです。 ※ 第四章で魔物との戦闘があります。 ※ 短編と長編の違いがよくわかっておりません!すみません!十万字以上が長編と解釈してます。文字数で判断ください。

訛りがエグい田舎娘に扮した子爵令嬢のわたしが、可愛がった子犬に何故か求婚される話を聞きたいですか?

バナナマヨネーズ
恋愛
アルシオーネ・トライベッカ子爵令嬢は、ある悩みを抱えていた。それは、子爵家が莫大な借金を抱えているということだ。お人好しな子爵が騙されて負わされた莫大な金額の借金を返済すべく、アルシオーネは、出稼ぎに王都に行くことを決意する。 しかし、父親から見ても地上に舞い降りた天使の様に可愛らしいアルシオーネを王都に行かせることに子爵が渋っていると、とんでもない勘違いをしたアルシオーネの行動に子爵は振り回された上、結局王都行を許してしまうのだった。 そして、王都に向かったアルシオーネは、そこでとんでもない運命の相手と出会ってしまうことになるのだった。 タイトルを変更しました。 旧「訛りがエグい子爵令嬢は、今日も元気にお金儲けに明け暮れる?」 全17話

婚約者が最凶すぎて困っています

白雲八鈴
恋愛
今日は婚約者のところに連行されていました。そう、二か月は不在だと言っていましたのに、一ヶ月しか無かった私の平穏。 そして現在進行系で私は誘拐されています。嫌な予感しかしませんわ。 最凶すぎる第一皇子の婚約者と、その婚約者に振り回される子爵令嬢の私の話。 *幼少期の主人公の言葉はキツイところがあります。 *不快におもわれましたら、そのまま閉じてください。 *作者の目は節穴ですので、誤字脱字があります。 *カクヨム。小説家になろうにも投稿。

婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。 本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。 そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく―― 身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。 癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。

モブ令嬢アレハンドリナの謀略

青杜六九
恋愛
転生モブ令嬢アレハンドリナは、王子セレドニオの婚約者ビビアナと、彼女をひそかに思う侯爵令息ルカのじれじれな恋を観察するのが日課だった。いつまで経っても決定打にかける二人に業を煮やし、セレドニオが男色家だと噂を流すべく、幼馴染の美少年イルデフォンソをけしかけたのだが……。 令嬢らしからぬ主人公が、乙女ゲームの傍観者を気取っていたところ、なぜか巻き込まれていくお話です。主人公の独白が主です。「悪役令嬢ビビアナの恋」と同じキャラクターが出てきますが、読んでいなくても全く問題はありません。あらすじはアレですが、BL要素はありません。 アレハンドリナ編のヤンデレの病み具合は弱めです。 イルデフォンソ編は腹黒です。病んでます。 2018.3.26 一旦完結しました。 2019.8.15 その後の話を執筆中ですが、別タイトルとするため、こちらは完結処理しました。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

これは王命です〜最期の願いなのです……抱いてください〜

涙乃(るの)
恋愛
これは王命です……抱いてください 「アベル様……これは王命です。触れるのも嫌かもしれませんが、最後の願いなのです……私を、抱いてください」 呪いの力を宿した瞳を持って生まれたサラは、王家管轄の施設で閉じ込められるように暮らしていた。 その瞳を見たものは、命を落とす。サラの乳母も母も、命を落としていた。 希望のもてない人生を送っていたサラに、唯一普通に接してくれる騎士アベル。 アベルに恋したサラは、死ぬ前の最期の願いとして、アベルと一夜を共にしたいと陛下に願いでる。 自分勝手な願いに罪悪感を抱くサラ。 そんなサラのことを複雑な心境で見つめるアベル。 アベルはサラの願いを聞き届けるが、サラには死刑宣告が…… 切ない→ハッピーエンドです ※大人版はムーンライトノベルズ様にも投稿しています 後日談追加しました

処理中です...